111話 【新・新生イージス隊VS.】抑圧されし複合種の群れ
夜が更ける頃
狼と重機は戦場に赴く
願うは解放
複合種と複合種の織りなす
闘いの序曲
夜露の滴る野っぱら。月の光をその瞳に蓄え、闇夜を滑るように駆けるは総勢100匹による狼の軍勢。
本国を取り戻さんとするにこれを多いとするか少ないとするか。少なくとも作戦の立案者は、重機のモニター越しにちょうどいいと考える。
そして、ワーウルフたちも地獄から這い出しての翻る。群れを成し、尾を立てて4つ足で闇を切る姿は、獰猛な獣による狩りを彷彿とさせた。士気の高さは語るに及ばず。
複合種にとって政とは心技体を重んじる習わしがあるという。その頂点に君臨しつづけた元支配種である気高きワーウルフこそ少数精鋭を飾るにふさわしいだろう。
その猛る群れの最後尾。大地を穿って4つ足を繰り出す白玉は、歌う。
「おーれたっち新・新生イージスとっこーたーい! けーだまーのうーしろーで……あー、いぇいいぇいぇーい!」
スピーカ越しに響き渡るドラム缶を叩いたような醜い音階が世界から色を奪っていく。
「うーるさいッすよぉ! 不協和音を垂れ流すのはやめるッす!」
あまりのうるささからか。きゅっと目を瞑ったピチチは、ひれのような耳をたたんで塞いだ。
途端にぽふっと《トランス》の魔法は切れ、腰布の下で小さな尻は魚のソレに変化へとする。
狭苦しいコックピットに染み付いた鉄と油の臭いに生臭さが追加された。
これに対して操縦席で小魚を膝に乗せている明人も眉をしかめ、マイクを持ったままに怒鳴る。
「これも作戦なんだよ! さっき説明しただろ!」
「それでも聞くに耐えないッす! マーメイドとして見逃せない下手さッすよ!」
「作曲者が音痴だったんだ! オレは、音階通りに歌ってるだけだっての!」
蒸し暑いワーカーのなかで喧々諤々。
1人と1尾。そこに聞き慣れぬ声が天上より降ってくる。
そこへまるで心を洗い流すような澄み渡った声まで混ざってきた。
「こらっ、ピチチ。あまり困らせるんじゃありませんっ」
上部ハッチの縁に座ったピジャニアが僅かに眉尻を上げて娘を叱りつける。
白く美しい2本足を操縦室へと垂らし、踊り子のような優美な衣装がよく似合う。纏った翡翠色の羽衣も風にたゆたう。
母のひと声にピチチもたまらずしゅんと俯いた。
「ごめんなさい、明人さん。この子のために上着まで貸していただいていたというのに……」
困リ顔で、それでも優しげに弧を描く目立ち。
ピジャニアは、黒いジャケットを取り戻した人間に謝罪する。
小川を泳いで逃げる途中。ピチチは、ゼトに釣り上げられた際に巻いていたはずの腰布を失くしてしまっていた。
「魚は好きだから臭いがついても別にいいですよ。でも……マーメイドの人体構造ってああなってるんですね……」
「あっ! は、はいー。その……娘が未熟なばかりにお見苦しいものを見せてしまい申し訳ありません……」
僅かに頬を赤らめてピジャニアは視線を逸らす。
「いえいえ……こちらこそなんかごめんなさい……」
対して明人も寂れた表情でモニターを見た。
親子同伴。魚市場で多種によりおこなわれた暴行と陵辱。ワーウルフを相手に戦場へ赴けば無理矢理にでも歌わされ、声がかすれれば電池を変えるが如く霊魂の都へと落とされる。
そんな過酷な環境に晒されたマーメイド族は心が疲弊し、感情を乗せて魔法が唱えられない。なので比較的元気であったピジャニアを、明人は指名した。
ピチチは、勝手についてきたとはいえワーカーの上部の操作が任せられるというもの。重機は走りながら操作するものではない。
「ふわぁ~……ねむねむですのよぉ……」
逆に、一切の協力性がない審判の天使エルエルは、口をぽっかりと開けて目をグシグシと擦る。
棒状の転回レバーを胸で挟み、尻の向く先では星が瞬く。落ち着くのであろう、いつもの体勢。
そんなやる気のない天使を、明人はじろりと睨みつけた。
「今回はオマエにも働いてもらうからな。それで銃弾の負債は一括返済にしてやる」
「ふわぁい……ですのよ……」
低い唸りに、あくび混じりの軽返事。鼓動するワーカーのなかでチャラチャラと銀の鎖がせわしなく音を立てる。
6つの眼を光らせワーカーが轟々と唸り向かう先は、ルスラウス大陸最北に位置するワーウルフ領。2つ名を持ち現複合種の親玉が好んで入り浸っているという、混淆の祠。そこへ東のエーテル領ぎりぎりで詰め寄ることにより東からの奇襲を避ける。
無論、夜襲とはいえ敵もすでに対応して南下を始めている。
カラムの情報によれば、ワーウルフ領内でも点々と防衛拠点が築かれているらしい。つまり、忍ぶのは困難。ひとたび見つかれば包囲されるリスクが高い。
そこで明人は考えた。
――……きたか!?
こつんこつんと。ワーカーの白い満月のような丸い体が奏でる不自然な音。
背後から雨の如く降り注ぐ矢と魔法の大嵐。
「あーんもうっ! ありえない数がついてきてるんだけどぉ!?」
ワーカーの肩に立っているユエラは、現状を卑下した。
風で暴れる青竹のような長髪を手で押さえ、もう一方の手は厚く透明な六角形を作り出している。ワーカーの上半分をまるごと保護する、《ハイプロテクト》の魔法だった。
その彩色異なる瞳の先には、雄叫びと罵声を口にしながら追ってくる複合種の大群があった。
両翼を広げ滑空するハーピー種に三角耳をピンと立ててしなやかに手足で走るワーキャット種。馬の下半身に人の上半身はケンタウロス種。うねる蛇の半身は、ラミア種。それ以外にも荒唐無稽な種が様々。
「魔物の後は複合種かぁ……。色とりどりですなぁ……」
他人事のように明人は、背もたれに背を預けた。
「アンタねぇ!? それにリリティアも手伝ってよぉ!?」
「風が気持ちいいですぅ」
重機のもう片一方の腕に腰を下ろしたリリティアは、ワーカーとユエラの魔法を盾にして必死で逃げるワーウルフの尻を眺める感じで目を細めた。まさに高みの見物。
ワーカーは赤色の支援魔法をその身に宿し、速度はコンソールにとり付けられたメーターを振り切って走る。
明人発案による空前絶後の強行突破が今まさにおこなわれていた。
ワーウルフたち各々が身に纏った防具の大半は、革もしくは己の体毛。それは機動と柔軟性を活かすもの。さらには武器を持つことを嫌う。
ならば、存分に身軽な体でドッグランで遊ぶ犬のように走ってもらおうという配慮。ではなく、立ちはだかる複合種を最低限死なせないためのもの。
ワーウルフは狼でありその主たる武器は爪と牙。そして、複合種の頂点に君臨しうるスピードと技の持ち主である。エルフとドワーフでは、こううまくはいかないだろう。
当然これは作戦全体を通じてほんの一握りに位置する切れっ端。発案者による真実の狙いは、まだ先があった。
『ハッ、ハッ……ッ! ――敵襲だッ! 前方に体系を整えた集団が見えたぞッ!』
息の隙間で怒鳴り散らすような声。垂れた耳をぱたぱた上下に揺らしながらジャハルは、剛毛の手足で野を征く。
向かうは、敵の領内。後方から追われ、前方に敵が配備されていたとすれば当然挟み撃ちにもあおう。しかし、明人はマイクに向かってゆるく支持をだした。
「リリティア。怪我なく、ご安全に頼む」
「ふふっ、心配してくれるんですか? じゃあ、がんばっちゃいますから見てて下さいね」
「殺すのは、なし。殺したら殺した分だけ作戦の支柱が脆くなるから注意してくれ」
「了解です。さて、では峰打ちでいきます」
リリティアも微笑み、ゆるげに返答する。
腰に帯びた剣鞘から両刃の剣をすらりと抜きだし、ステップを踏むようにトンっと軽くワーカーの無骨な肩を踏む。
刹那、白い裾をバタバタと荒れ狂う海の如く波打たせ空を舞った。
ルスラウス大陸最強の剣士剣聖が、白鳥の如く戦場という舞台に舞い降りる。
地に降り立って姿勢を低くとり、なお羽ばたく紅の三つ編み。その速さは光線ようにひと蹴りでワーウルフたちを追い越し、ぐんぐん敵との距離を詰めていった。
接敵。リリティアは築かれた陣の中央へ呑まれるように。それでいて敵を呑むようにして猛威を振るう。
くるりくるり花開く裾は百合の如く。舞いのついでに閃光のような剣を繰り出し、撫でられたワーキャットはそぞろに地へ伏した。
背後からケンタウロスの斧による奇襲は振り上げと同時に蹴りで潰され、後方の味方ごと数十メートル先まで吹き飛んでいく。
飛び道具はすべて斬り伏せられ、それでもつがえ直すアラクネは、眼を丸くしたままにゆらりと倒れた。
まるで蜘蛛の子を散らすように道が開けていく。
奮闘して見えるのは、リリティアではなく複合種のほうだった。
次々に突き崩されていく様は、まるでフライパンの上に乗ったコーン。すべてがポップコーンになるのも時間の問題である。
しかし、それでは作戦の意味をなさない上に、時間も足りない。
ワーウルフたちは、ピラミッド状に展開し剣聖の作った隙間に槍の如く駆け込む。
期を見計らって明人も指示を飛ばす。
「ピジャニアさんは、ワーウルフたちに歌で援護を」
コクリと頷きピジャニアは歌う。
聞き惚れそうなほどに澄みわたった玉を転がす歌声。喉を丸くして笛のように紡ぐ歌は、鼓舞ではなく守護の歌。
旋律を揺すり飛び交う音の渦は、ワーウルフたちを包み込んだ。ときおり迫ってくる敵の猛撃を軽々と見定め、蹴りと拳でいなして駆ける。
「オオオオオオッ!!!」
ひとりが叫び。共鳴するように大空へ吠える。まるで遠吠えをするかの如く。
誰であれワーウルフの進撃を止められるものはいないだろう。そんな錯覚をさせる個々の強さ。
種の未来を慈み、闘う者はみな勇ましく、意気盛んに敵の中央を貫いていった。
「ユエラは片手間でいいから蔦で気絶した連中をどけてくれ。もしワーカーで踏んだら死ぬ」
単純明快な指示を明人は飛ばし、それを聞いたユエラも真剣な面持ちでコクリと頷く。
そして、ユエラは外套を払いどけて起伏のはっきりとした肢体を見せる。腰蓑から小さな豆粒状の種をとりだした。
コクリと白い喉を鳴らして飲み込み、前回の失敗を生かしてだろう。唱える。
「《廻れ巡れ捧げよ。伸びろ花めき散りゆく命。自然よ精霊よあまねく時を歩む森羅万象を御身に体現せよ》」
ピジャニアの美しくも儚い旋律に加えて冷然と涼しげな詠唱は合唱のように重なって戦場を彩る。
そして、ユエラは体内マナ無制限の自然女王形態へと移行した。
ワーカーの向かう方角に蔦がにょきにょきと生え、気絶した者たちを丁寧に拾い上げてどかしていく。
戦場の音に織りなす旋律と情熱と混血の|偉業。そんな光景を明人は超過技術のなかから眺める。
不意に1匹の小魚がそんな明人に問いを投げかけた。
「あの剣、両刃ッすけど峰ってあるッすか?」
「ん? ――げッ!?」
作戦立案者は表情から余裕をかき消し、ガタッとモニターに詰め寄った。そして、眼に神経を集中させる。
狭っ苦しいコックピットでふたりの少女が「ぐえぇっ」と絞り出すような声をあげた。
「……あー、あれは……剣で叩いてるなぁー。うぇ……エゲツないことするなぁ……」
優雅に踊るリリティアは、神速の剣を鉄板のように横に向けて敵を叩き、なぎ倒していた。
「ほぇー、あんな早いのよく見えるッすねぇ」
「目は、結構いいほうだからね」
その後、幾度も無事敵をやり過ごした新・新生イージス隊。
さらに増えて音量を増す複合種の罵声を背にワーウルフ領への突撃入国を果たした。
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