109話 それから君はみんなの道標
残ったしこりは
誰かの心のなかに
俯く美貌
それでもみんな
大切な者たち
昼からはじまった会議は、精鋭突撃やらの作戦をねっていれば窓の外は見事な茜色へと変貌を遂げる。遠間に見える日は、卵黄のようにオレンジで山稜を黒く焦がしていた。
仲睦まじく尾を振って部屋から出ていくふたりの狼を見送り、会議は終了する。
それと同時に廊下を走る小気味よい音が聞こえてきた。扉が勢いよく開けば紅葉した落ち葉のような埃が宙を舞う。
「ねえっ! どうなっ……ん?」
心配を端正な顔に貼り付けるようにして飛び入ってきたユエラは、足元に落ちているなにかに視線を落とす。
首を半分まで覆う黒いピチッとしたスーツに身を包んだ男は、打ち上げられたイカの如く。
ユエラの足元にいたのは直立姿勢で小汚い木床に伏した明人だった。
「なにしてんの?」
膝に胸を乗せるようにして抱え込むとユエラは、指でつんつんと突く。
小刻みに震える様は誰がどう見ても怯えている。
「……うあああ」
作戦立案者の言い出しっぺによるくぐもった声が、小汚い部屋に響き渡った。
三国目の電撃参入が決まった今、闘いは1分1秒を争う。その過ぎ去った時間によって生存者を救出できる確率も大きく変化する。
しかもピクシー族が攻めたのは連合軍ではない。見計らっていたかの如きタイミング。それはきな臭く腹に一物抱えてると予想された。
指揮官によって抑圧された民が戦争と日常共に不満を抱えていることは魚市場の件で明白。重要拠点から尻尾巻いて逃げる辺りかなり士気は低いと見える。
希望の見えない複合種が諦めてピクシー種に投降でもしようものなら大惨劇は避けられない。
夜がもっとも濃くなる時間からのワーウルフ領へと出撃することとなった。当然、明人も共に。
そして、決戦まであと僅か。
だらしなく伸びた髭をしごいてゼトは義手で明人の腕を掴むと、軽々持ち上げた。力なくぐったりしてぷるぷる震える様は、まさに臆病者。
「相変わらず難儀なヤツじゃなぁ」
ふんっと鼻からため息を漏らし、同じ形容をしている辺り流石はラキラキの祖父といえよう。
そして、ゼトは引っ掴んだ糸の切れた操り人形のようになった明人を円卓の上に放り投げた。
「ほれ、メリー。ワシは、それの指示通り防衛に向かう。ささっと大扉出してくれい」
軽い調子でビリビリと腹に響くような低音。ゼトは、これから防衛の要となる。
北と北西へ注意を向けつつの野営は老骨にムチを打つようなもの。そうでなくとも1戦を終えてからの魚市場救出にも加わっている。
それでも疲れを言葉に出さないのは、なお戦場に留まる連合軍のドワーフとエルフを思ってのことだろう。
「ガッハッハ! 次ぃおうときゃしゃんとしとけぃ!」
恐らく接続先は、途中参加したカルルのところだろう。
音もなく現れた大扉をゼトは、力技でこじ開け高笑いを残して渦巻く闇に消えていった。
戦場へ向かう男の背中は誰よりも雄々しい。それをヘルメリルは、か細い声で見送る。
「……武運を祈る」
ゴウンと鐘を打つような重々しい音色で閉じた大扉を期に、空間は静寂で満されていく。
焼けただれるような紅の光が床板を照って各々の浮かない顔を映し出した。
不思議そうに部屋を見渡してユエラは、小首を傾げ、彩色異なる瞳を瞬かせた。それでも特に口は挟まず、ただ慣れぬ空気に圧倒されているよう。
「……明人。命を賭けて私になにを望む? ここで与えられるものはそう多くはないぞ」
感傷的でいてそれでもなお美しい声。ヘルメリルは目の前の円卓に落ちている者へと問いかける。
失態。次の手が見つかったとはいえ、やはりまだカラルの詰め寄りが響いているのだろう。なだらかななで肩を寄せて、しんなりと垂れた先細りの長耳は上を向くことはない。
しかし、件の作戦を失敗とするか足がかりとするかは見るものによっては異なる。
とり分け、考えに考える異世界の人間にとっては顕著といえよう。
「オレは悪魔かなんかか?」
震えとまらず、顔は向けず。
それでも芯の入った叱咤を飛ばした。
「見くびるなよ。本気で困ってる友だちがいたら助けるに決まってるだろ」
明人は、利己的に生きる。
しかし、今まで何度か例外は存在した。命を救ってくれたリリティアとユエラへの恩返しを終え、自由になった身でありながらこうして死地へと赴く。それすべて大切な者たちのためとは口が裂けても言わず。
安い言葉を吐かず。それでも行動はすべて誰かのために。
「そんな顔をするなよ。その無駄にデカイ胸張って楽しげに上だけ見て歩いてればいいんだよ」
「……」
意識してか。もじりと身をすくめてヘルメリルは、バッサリと開いた白くたわわな胸を両の腕で挟む。
落ち着きのない足は、コツコツとヒールを一定のリズムで鳴らした。
彼女は誰よりも責任感が強いのだ。それでいて女王然としているわりに誰彼構わず交流し気持ちのやり取りをする。
そして、歩いた道を民は迷うことなく後に続く。民によって讃えられ、民を愛する女王。それがヘルメリル・L ・フレイ・オン・アンダーウッドと呼ばれるエルフだった。
そして、その細白い首筋を腕を回すようにしてリリティアは、ヘルメリルを優しく包み込む。
「明人さんの言う通りです。メリーはメリーじゃないと周りの方々も動揺しちゃいますよ?」
純な白と可憐な黒。柔らかな寛容と偽りの尊大。
まるで正反対のふたりでも互いにあだ名で呼び合うあたり付き合いが長いことが伺える。
「ですが、今は充分に傷ついてもいいんです。私たちはアナタの弱いところも含めて、友だちなんですからね」
まるで子守唄を歌うようにしてリリティアは、ヘルメリルに頬を寄せて目を閉じた。
「……す、まない……」
湿って震える声。喘ぐように紡がれた謝罪の言葉。
漆黒の髪の隙間からひとつふたつと夕日色の雫がこぼれて、スカートの淫美レースと可愛げのあるフリルを濡らす。
それを聞いて明人はむくりと円卓の上に立ち上がった。伸びをして、もう体は震えていない。
「謝るな。本当に困ってるならオレたちが力を貸す。――なっ! ユエラ!」
「はひ?」
とぼけた声によって場の空気が反転する。強引な話題変更は、意図的な飛び火。
「ワーウルフ領に突っ込むことになったから!」
高い位置から明人はぐっと拳を突き出して会議の結論だけを濃縮にして伝えた。
しかし慌てふためくという予想に反してユエラは、驚くほど冷静に応対する。
「あー、はいはい。そんなこったろうと思ってたわよ」
魅力的なくびれのある腰に手を添えて、高飛車ぶって青竹のような長い髪を梳く。
勝手に頭数に入れてしまった明人は、多少の罪悪感を覚えていたが肩透かしの反撃を貰った。
半年前の誘拐の時に比べユエラは、めきめきと強くなっていた。
性分であるたゆまぬ努力と生まれ持った才能。その若さにして《エピックマジック》を扱う天才性。魔種によっての形態変化は体内マナを無限とする。
今や自然魔法使い第一線で活躍するほどに成長を遂げている。
「その怯えっぷりからしてアンタもいくんでしょ? なら私も行くわ」
投げやりに見えて、その実真剣な眼差し。
すすり泣きを背に明人は、円卓から降りユエラとの距離を近づける。
強くとも年頃の少女。誘拐され馬乗りにされた過去のトラウマもあろうもの。戦場に2つ返事でついてくることに疑問を呈した。
「そんな簡単に決めていいのか?」
「はぁ? 簡単じゃないわよ」
むっと不満げにユエラは唇を尖らせる。
「ただ、私は帰りを待つのが嫌いなだけよーだっ」
そう言って、腕を組むと髪を振って明後日の方をむいてしまう。
「とぉこぉろぉでぇ!」
しかし、ユエラはすぐさま振り返ると明人にきめの細かい指を向けた。
「いい加減リリティアときっちり話をしなさいっ! 居心地悪いったらないわ!」
言うとおり。明人は、現在リリティアと微妙な距離感である。
話しかければ答えはするも白いスカートを波打たせながらそそくさとどこかに去ってしまう。逆に話かけたそうに影から半分顔をだすことはあれど、そこ止まり。
いまならば、と思って明人は振り返る。
「……。なあ、リリティアちょっといいかな?」
しかし、そこにはいつの間にかヘルメリルはおらず。
リリティアはそろりそろりと足音を忍ばせて窓へ向かっている最中だった。
前編です




