108話 それから異種族間会議+1人
女王の失態
責め立てられ
長耳を垂らすのは
大切な友だち
2つ名たちに求められ
採算度外視は
誰がため
ピクシー種。それは無邪気で純粋無垢な小さな羽の生えた種族。妖精王であり、癒し手の2つ名をもつ者によって統治された国であるらしい。
埃臭い村役場兼会議場。明人は、部屋の端っこの椅子にどっかりと腰を降ろして復習に励んでいた。体を動かすたびに椅子がギィギィと不満げに声を上げる。
「注釈に書いてあるピクシーは羽虫ってなんだよ……」
パタンと閉じられたかすかに汚れている大判の本。新品を貰い受けた当初と比べてくたびれ気味の表紙には様々な困難を乗り越えた跡が滲んでいた。
雨にさらされたり泥を這ったり、明人と共に世界を歩む本。タイトルは、一夜で仕上げたルスラウス大陸での生存方法。
押し絵付き。ルスラウス世界の知識を筆者の偏見付きで解説してくれるとてもありがたい本である。
そして、部屋中央の置かれた円卓を囲むのはエルフドワーフワーウルフ。多種の権力者たち。
ヒュームはエルフに、マーメイドはワーウルフに、すべてを一任する姿勢であるためこの場にはいない。
忌々しげにカラム・カラル・ランディーは卓を叩いて、上座に座るヘルメリルへと吠えるように怒鳴りつけた。卓の上に置かれたコップが水しぶきを上げて波紋を作る。
「やはりあの時に打って出るべきだったのだッ!! それを汝らは女々しく引き篭もる道を選んだ!! その結果がこれだ!!」
カラムは灰狼の巨体に革鎧を着込んだ。
ワーウルフ族の族長であり、複合種をまとめ上げるワーウルフ国の王として憤りを噴出させる。
狼の要求は前線を押し上げての正面衝突。血気盛んなワーウルフらしい玉砕覚悟の堂々たる戦。犠牲ですら、闘い散った誉れとする。
しかし、それは勝利と確定的だと思っていたであろう娘であるジャハルの敗北によって妨げられた。
血縁者が卑怯者の弱者に嵌められて無様に敗北したことも父親としては、怒れる要因のひとつかもしれない。
円卓を挟んで対面するのは剃り残しの髭を生やしたオカマ、奇妙にもドワーフ王。バッチリと濃い口のメイクされている辺り、もう本心のままに突き進むらしい。
真新しく輝く黒壇の鎧に身を包んだドギナ・ロガーは、わたわたと慌ただしく両手を振った。
「ちょ、ちょっと落ち着きましょうよぉんっ! あのまま攻めていたらピクシー族はこっちにきちゃったかもしれないわよ!?」
「そうなってから防衛策をとれば良かっただろう!? 兵は神速を尊ぶ、戦とは機転を利かすものだッ!」
「で、でもでもでもぉん……!」
古ぼけた卓を挟んで喝を飛ばす屈強な獣と引け腰の強靭なオカマが語らうなか。
「…………」
連合軍総指揮官であるはずの語らずは、耳をへにゃりと垂らして上座で縮こまっていた。
普段であれば顎を上げて人を見下す妖艶さも、今はとなっては憂鬱げに美貌を下へ傾けて目に影を落とす。
平和的解決を望み、最悪の事態を招いてしまったという口惜しさが勝るのだろう。もしくは、意外と打たれ弱いか。
ピクシー種は、ワーウルフ領へ津波の如くなだれ込んだ。その怒涛たる勢いは瞬く間に敵地の半分を制圧し、なおも進行中である。
「覇道の呪いによって差別心を漲らせた妖精共は、間違いなく複合種たちを不幸にするッ!! 皆殺しにされるかもしれないのだッ!! 今すぐに全部隊を北へ向かわせろッ!!」
複合種たちを統べる王がまくしたてる。
興奮して剣山のように逆だった灰色の体毛は自らの民を思う気持ちの現れ。
「それは、そうだが……しかし……」
対して、ヘルメリルはモゴモゴと煮え切らない。
日焼けのない真っ白な額は青ざめ、ずぶ濡れになった子猫のようにどんどん小さくなっていく。
その後ろでは、勇気づけるためか。弱気になったヘルメリルの跳ねのないしっとりした黒髪を清涼な聖女は、陶器のような手で優しく撫でる。質素、あるいは清楚な純白のドレスに身を包んだ剣聖リリティア・L・ドゥ・ティール。
心配げに、それでいて助けを求めるような。金色の瞳はときおりちらりと部屋の角で思案中の明人へと向けられている。
そして、当人もリリティアのまるで手をこまねいているような、機嫌を伺うような上目遣いを察知していた。
加えてもうひとつ。
「……それでは、双腕様たちのお考えをお聴かせ願えませんか?」
まともな話し合いにならないと判断したのか。ヘルメリルに向けられていた威圧的な態度を転じて、その獣の瞳はドワーフ王の背後にいる大男へと向けられた。
巨大な鉄球を転がすかの如き破竹の活躍でマーメイド種の救助を担った伝説の鍛冶師。双腕のゼト・L ・スミス・ロガーも同席している。
「ムっ?」
白髪眉で鋭角を作り、しわがれた喉がぞっとするほど押し殺した低音を発す。
土のうのような胸筋の前で組み巻かれた2本の義手が銅色に鈍く光を放つ。
その2メートルをゆうに超える体躯の背に備え付けられた2本の巨大な紅白槌。振るって戦場を駆ける姿は、まさに重戦車といえよう。
「そうじゃのう……――ふむ、おヌシはどう思う?」
下手に悩む演技。機を見たと言わんばかりにニヤリと樹皮のように年季の入った口角がせりあがる。
ゼトは、部屋の入り口にむかってカマルの質問を受け流した。霞んだ瞳に貼り付けられたような楽しげは、すべてを視線の先にいる者に一任しているよう。
剣聖と双腕。ふたりの期待を背負って満を持して明人が立ち上がった。ゆったりと気だるく。
「なあ、結果論で話するのやめないか? 失敗を悔やむのは当然として、これからどうすれば上手くいくか話し合おう」
手にもった本を腰のポーチに押し込んで、カマルへと歩み寄る。
「だからその話し合いをしているのだろう。部外者は黙っていろ」
対してカマルは親の仇を見るような憎しみの目を人間へと向けた。
「その話し合いの結果が真っ直ぐ行って玉砕覚悟ってか?」
「……」
沈黙。お前とこれ以上の語り合う気はないという空気。
ならば、と。明人も解決のためにとびきり笑って、親指を立てた。
「じゃあそれ採用。真っすぐ行って突っ込んで玉砕しないいい感じにしてみようか」
円卓を囲った者たち全員が泡立つようにどよめく。
無論のこと灰狼も虚でも突かれたかのように尾を逆立てる。
「なっ――貴様正気かッ!?」
牙と目をこじ開け、カマルは吠えた。
しかし明人は手をふって質疑と飛んでくる唾の療法を跳ね除ける。
そして、作戦の功労者であり基盤を組んだ女性へ視線を送った。
「おつかれ、ヘルメリル。行ったり来たりで大変だっただろ」
ぴくりと。その垂れに垂れた長耳に芯が入り、僅かに見目麗しい顔が垣間見えた。
揺れる瞳の下は睡眠がろくにとれていない証拠が浮き出ている。
ヘルメリルとて狼と同じで自らの民を思い、連合軍の出血を避けつづけていた。
それは、エルフとドワーフが戦争をしていた頃に遡っても同じこと。冷戦状態でも攻めなかったお陰でここにドワーフとエルフの未来が生まれた。
臆することとは決断を遅らせる。しかし、その間に幾度となく熟考する。
そして、ヘルメリルは女王といわれる身分でありながら雑事をこなし民である兵たちを支えに支えた。
それを責められる者がどこにいようかと、明人は思うからこその手助け。
円卓に広げられた地図に明人は、油で汚れた魚臭い指をつける。そして、指し示したアザムラーナからワーウルフ領へと、びゃっと勢いよく弾いた。
「このルートをワーウルフとオレたち誘いの森のチームで駆け抜ける」
少数精鋭部隊による敵地中央突破の突撃指示。
「親方は、中央に回ってピクシーの襲来からアザムラーナの防衛をしてくれ。ヘルメリルは今まで通りの裏方とエルフの首都防衛。それでオレたちは東、エーテル領ギリギリのところからワーウルフ領に突撃しよう」
ぐるりと見渡し、ゼトがわざとらしく義手を小さく上に上げた。
「西と東には部隊を展開せんのかー? 守りが薄くておっかないぞー?」
「東にはリリティアと共に闘っていた部隊を置く。すでに複合種は左半分を制圧されてるからこっちは守りやすくていい」
鍛冶屋の弟子と師匠。同じ釜の飯を食った師弟関係だからこその製図だった。
作戦概要は、ゼトに主力を集めた専守防衛部隊とリリティアを軸に立ち回る精鋭突撃部隊。
これこそ明人が戦争前にヘルメリルへと要望した精鋭突撃の提案だ。
はじめは蹴られたとはいえ現状では、発案当初と比べてよりやりやすくなっている。
なぜなら、魚市場打壊で目覚ましい活躍を見せたワーウルフがいるから。
手合わせして共にマーメイドを救助した実績と信頼を置く相手である。
「そっちの理想を叶えたと思うけど、異論は?」
そう言って、明人は覗き込むように灰色の塊へと問いかけた。
てかりを帯びた健康な鼻の上で深まったシワ。聞くまでもなくカマルは、憤怒している。
「貴様の指示で動けというのか!? この、われら、ワーウルフがッ!!」
「でもオレに負けただろ。約束を反故にするつもりかい?」
「あんな無様な闘いをかッ!? 自惚れるな!! 娘の涙を見て、貴様を受け入れられようものか!!」
カマルは、王としてではなく愛する娘の名誉のために認めざるを得ない。
それはワーウルフとして、誇り高き種としての意思と親としての子に向ける慈愛の心でもある。
「父上」
高く澄み渡り思い切りの良い声。カラムの背後で静かに佇んでいた娘が前へ足を踏み出した。高い位置で結われた髪の線がふるりとうねる。
しなやかな人型の両手を下腹に添え、教養のあるしゃんとした佇まい。補修された銀鎧は精巧な刺繍が彫られ汚れてなお美しい。
ジャハルは、姫である。
「この男は卑怯で嘘つきです」
「…………」
その第一声に、明人の心は紙やすりで剃られた程度の傷がついた。
しかし、父子の話し合いはそのままつづけられる。
「しかしこの男は他者を傷つけるような嘘は決して言いませんでした。そして、あの試合は明らかに我の敗北です」
言い淀む娘と毛に覆われた三角の耳をあちらこちらに向ける父。カマルは娘の前で明らかな動揺を見せた。
「もし、それ以上試合の結果に異を唱えるのであれば……」
そして、ジャハルによって告げられた次の言葉はあまりにも残酷なもの。
「我は父上を娘として、ワーウルフとして――軽蔑します」
「ぬ、うぐぅをっ!?」
声にならない声を発してカマルは、革の鎧に包まれた胸を抑え崩れ落ちた。
倒れそうになった椅子は明人が冷静に支えてやる。
「な、なぜ……なぜだぁ? む、娘よ! だって……! だって泣いていたじゃあないか!?」
カマルは尾を下に巻きながらも4つ足で娘に這い寄っていく。
その姿は狼というよりは犬。あるいは、娘を理解出来ぬ父、か?
「ぐぅ……ぬぬぬぅ!!」
頬を赤らめ親の痴態からジャハルは呻きながらも、ぷいっと顔を背けた。
そして垂れた耳をはたと扇きながら、叫ぶ。
「悔しければ我だって泣きますっ!!! なにか悪いんですかっ!!?」
試合にエンターテイメント性を求めて客を盛り上げようとした挙げ句、積み上げた功績のすべてをさらわれた惨めな敗北。
相手を見下していた分その揺り返しの反動はとてつもないだろう。
「……なんてことだっ」
埃の積もった床板にモップの如く伏した灰色の毛玉は、子を愛する父である。
「ウオオオン!! 我としたことが娘の悲しみに気を回せぬとはッ!!」
親の心子知らずではなく子の心親知らず。娘を持った男親の気苦労はこれからも絶えることはないだろう。
こうしてワーウルフは、明人率いる新・新生イージス隊へと加入を決定した。
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