104話 それからはじまるウォーゲーム
白玉は魔物を呼ぶ
天使と人魚を乗せて
駆け逃げる
宙間移民船造船用4脚型双腕重機ワーカーは、がむしゃらに走った。
4つ足台座の上に球体を乗せたかのような巨躯の周囲には魔物がぞろりと群がっている。
ゴブリンをはじめとした雑魚たちではあったが、いささか数がエゲツない。10や20はではきかない100や200の大群。たまらず重機は穏やかに茂る草花を踏みつけた。
そんな時速40kmで走る重機のなかで、胸部にあるふたつの鞠のような膨らみが存分にたわむ。
「胸も頭も痛いんですのよぉ!! なんでこんなに魔物が群がってくるんですのよぉ!!」
振動する操縦席は回る乾燥機に閉じ込められたかのように激動を繰り返していた。
審判の天使エルエル・ヴァルハラは涙目になりながらも転回レバーに捕まる。その動きに合わせてワーカーが右へ左へきょろきょろカメラを動かす。
「知らないッすよぉ! ヒレがっ! ヒレが乾くッすううう!」
もう一方は若々しい悲鳴は操縦士の膝の上から発せられた。
マーメイド族の姫ピチチ・ナルセル・ランディーは必死な様子で操縦士の首に腕を回してしがみつく。
ぴちぴち、と。尾びれと背びれが前方3枚のモニターを叩いて回る。
「だったら変化の魔法とやらで2本足に戻せばいいだろうに……」
「それが出来たらとっくにやってるッす! ワタシは喋ったり気が散るとムズムズして足が元に戻っちゃうッす!」
――……人魚姫かよ。いや、本物の人魚姫なんだろうけどさぁ。
どうやら幼い見た目と同様に未熟な年齢をしているためか、魚で言うところの稚魚なのだろう。
上部も下部も締め切られた薄暗い操縦席に生臭い臭いが充満している。原因は、ピチチのぬめりを帯びた魚の下半身が原因だった。
「こらふにゅう! ワタシは姫っすよ!? もっと慎重かつ大切に扱ったらどうッす!?」
濡れた青い瞳はきれいな海色。ピチチは半泣きになりながら抗議した。
未熟な稚魚が、この密閉されてなお激動と騒音の重機で耐えられようものか。
「天使も我慢してるんだ! オマエも我慢しろっ! っていうかついてきたのそっちだろ!」
「逆ギレっスぅ! DVッすぅ! こんな暴力男の親の顔が見てみたいッすぅ!」
「オレも見てみたいわァ!!」
目端に雫を浮かべた小魚、幼いマーメイドの姫に、舟生明人は、――割と本気で――怒鳴りつける。
共に霊魂の廃都ファリーズへと向かっていたワーウルフたちとは別行動となっていた。駆動音が隠密の邪魔になるという理由で、明人たちは逆側から囮として敵の目を欺く手はずになっている。
そして、とにかく今は自力でこの窮地を脱することが明人たちにとっての最優先事項だった。
魔物は悪意などの負の感情に引き寄せられる。そして、ワーカーは迷惑なことに魔物を無尽蔵に吸い寄せる性質をもっていた。
ようやく落ち着く場所を見つけたらしいエルエルは、操舵レバーを豊満な膨らみでむにゅりと挟んみながら身体を固定する。
「ワタクシは我慢しているのではなくふにゅ~様に拉致されてるだけですのよぉ……」
赤い首輪につけられた銀の鎖がちゃらちゃらと小刻みに音を立てた。
未だ天使は飼いならされている。なにせ捕縛した男はこんな便利な秘密道具をみすみす見逃すはずがない。
しかも変えのきかない散弾銃の弾薬を1つぶっ放したのだ。天使と言えど対価くらいは払ってもらわねば気がすまぬ。
「そんなことよりだ! なんでこんなに魔物がうじゃうじゃいるんだよ!?」
ぎゅうぎゅうに詰められた息苦しい1人用の操縦席に悲痛な叫びが木霊した。
明人はアクセルをめいいっぱいに踏み込む。そして、邪魔なエルエルの小さな肩を掴んでまるごと転回レバーを倒す。
球体の頭部のみを180度回転したワーカーのカメラに収められたのは、おびただしい数の魔物たち。コウモリのような羽が生えた空飛ぶ石像、馬のような下半身に牛の如き獣、浮かぶ目玉、そしてゴブリンまで。前面で横並びになった3枚のモニターは絶望的な光景を映しだす。
「ヒューム領には魔物を退治する者がいないッす! 誘いの森から逃げて流れ着く雑魚にとってはパライソなんすよ!」
明人の厚意により、ピチチは袖がない海兵のような衣服の上に黒いジャケットを羽織っていた。
いかんせんその小さな体躯には余るのだろう。ダボダボの裾がゴムのようにうねる尾っぽを僅かに包む。
「確かに……戦争までやってるわけだし、魔物にとっては日本に住む鹿くらい住心地がいいだろうなぁ……」
ヒュームたちはアザムラーナの村からでることができない。でたところで野垂れ死ぬかエーテル種に捕まり洗脳されるのは明白。
ヒュームはエーテルの呪いによって村に縛られた種族ゆえに魔物の退治などできようはずもないのだ。
「どんどん距離が縮まってるッす?! この丸くてうるさいのもっと早く走れないッす!?」
追いかけてくる魔物との距離は計器が示す通り、およそ50メートルほど。
しかしピチチの言うように距離は徐々に詰まっていく。時速40kmが限界の4つ足重機では逃げ切れそうにない。
窮地に立たされた明人は眼前に突きだされた丸い尻に向かって助けを乞う。
「審判の大天使エルエル様! なんとかしてくださいお願いします!」
白のプレーンなワンピースから伸びる7分ほど晒されたしなやかな足。両性だが男よりであった過去に合わせて仕立てられていたため淫猥とまではいかずとも清楚さは確実に薄れていた。性転換ポーションは、いまだ継続中である。
「う~ん、ですのよぉ……」
「お願い! 後でチョコクッキー上げるから!」
臆病者はすでになりふり構っていない。
操縦席で魚臭さのなかに死の臭いを感じとっていた。
殺され食われるという恐ろしい末路。それでも繁殖に使われる女性が捕まるより幾分かはマシではあった。
通常、魔物は大陸南東の果てにある冥界の入り口より生みだされる。そしてどの地図もその箇所だけは切り取られたかの如く黒々塗りつぶされている。
創造神ルスラウスにより生み出された魂は、死後に冥界で浄化され、また地上に別物として舞い戻る仕組みらしい。つまりこの世界では輪廻転生を地でおこなっているということに他ならない。そして、存在できる魂の数も神の裁量しだい。これらの情報はすべて大判の本、一夜で仕上げたルスラウス大陸での生存方法に書かれていたものだった。
明人は嫌々ながらも半分くらいはそれらを信じていた。なにせここは異世界であり地球の常識に当てはめられない事象が多々存在する。現に魔物に追われて死の淵を彷徨っているところ。
「超美貌エルエル様お願いします! 助けてくれたら信仰しちゃうかも!」
「そうはいってもですのよぉ……こっちも色々あるんですのよぉ……」
ぷっくりとした桜色の唇に指を添え、エルエルは思考してみせた。
肩で蝶のように結われたワンピースの紐が振動で僅かにずり落ちる。
「信仰するから! エルエル教を設立して布教すしてあげちゃうから!」
「ワタシからもお願いしますッすよ! お母様を魚市場から助ける前にこんなところで死にたくないッす!」
天使の月のように丸いお尻に食って掛かるが如く1人と1尾は説得を試みた。
その間、モニターに映った魔物との距離は、およそ20メートルを示している。ワーカーの装甲は無駄に厚く、闘って勝つことは可能かもしれない。それでも危険を犯さないのは操縦士が臆病であるから。
「う~んですのよぉ……」
懇願を受けなおもエルエルは隆起すらしていない白細い喉を唸らせるだけ。
「頼むッすぅ! こうしている間にも同種たちがひどい目にあっちゃってるんス!」
「オマエいい加減にしろよな!? 誰のせいでオレらがこんな目にあっちゃってるのかわかってるのか!?」
「ああっ、ダメっスダメっス! どれだけ腹が立っても最後まで下手にでるのが懐柔の基本ッす!」
操縦席は混迷を極めた。
マーメイド種の特性、魔法以外にも歌にマナを乗せることで他者を癒やしたりや鼓舞させりなど様々なことができるらしい。
そこに目をつけたであろう敵の複合種たちは、マーメイド種を生簀に入れて無理矢理戦場で歌わせるという手段をもちいて使用しているのだとか。これによって敵の士気は高くワーウルフたちは敗北を余儀なくされた。
やはり、恐怖による支配と覇道の呪いによる差別心は混同させてはならぬものだと連合軍は知る。
しかし、エルエルも少女のなりをしてはいるが地上への干渉を良しとしない審判の天使だ。
「やっぱりダメですのよっ」
微笑ましくウィンクをしながら言い切ってしまうあたり住む世界が違う。
「そこをなんとかお願いするッす! このままだとマーメイド族は他種族に酷使されて滅んじゃうッす!」
「それも自然の摂理ですのよ。神は世界の在り方を見守るだけですのよ」
「しょんなぁ~ッす……」
ピチチは椅子代わりにしている操縦士の胸板に額をこすりつけて、ずるずる。ずり落ちていく。
もはや魔物の手がワーカーの脚部に届くほどに近づいていた。ゴブリンは手にもった棍棒はときおりワーカーの野太い鉄柱のような足を叩く。操縦室にいてもその振動がリアルに伝わってきていた。
「しゃーなしか。エネルギーを使いたくないからやりたくなかったんだけどな」
なので、明人はとっておきの奥の手を使うことを決める。
制限があるためにあまり使いたくないが、苦肉の秘策というやつ。
「わっ、わわわっ、暴力は反対ですのよー!」
腰を掴まれたエルエルはなにを勘違いしたのか白い羽根をぱたぱたさせて慌てふためく。
が、明人は無視して転回レバーを天使ごと横に倒した。そうやってモニターの景色もぐるりと進行方向へと向き直る。
そして、コンソールの端にある指紋センサーに親指を押し当てて、話しかける。
「認識コード840、舟生明人」
中央のモニターに大きく表示された《Good Morning》の文字。
次いでスピーカーから声が発される。
『パイロットおはようございます。前回はエラーで強制終了しました。同様の操作をおこないますか?』
淡々とした声色だった。
冷たくも暖かくもなく。ただ作業をまっとうするだけの音声機能でしかない。
「しゃ、喋ったッす!? この鉄巨大いったいなんなんスか!?」
膝の上でピチチは、ぷるっと小さく震えた。
しかし、明人は気にせず操作をつづける。
「モード変更。なるべくセーフティーで残業モードを頼む」
『かしこまりました。セーフティで残業モード起動します。オーバーワーカーフレックス残量70パーセント。使用後残量62パーセントを維持』
キィィィン、と。4つ足の振動よりも頻繁に小さく鼓動する連続したエンジン音に、けたたましい熱量が混ざっていく。
途端に操縦室が蒼の光によって満たされた。
「なっ、ななな、何が起こってるッすか!?」
当然、状況はつかめないのであろう。
ピチチは華奢な両肩をひそめ、尾をピンと伸ばしながら狼狽えた。
きょろきょろ見回すたびに肩甲骨辺りまで伸びた癖のある髪がふわりふわりと波のように宙を踊る。
「…………」
それでも、天使は黙して目を細めるだけ。
『オーバーワーカー起動完了です。ご武運を。パイロット』
案内終了とともに、明人はアクセルを1度だけ抜いて前回まで踏み抜く。
それに同期してオーバーワーカーは雄々しい唸りをあげる。
ズズズンズズズン。その足はリズムを僅かに早めて平原に穿った跡を刻んでいく。
「……うん? 闘わないんですのよ?」
拍子抜けといった表情でエルエルは首を傾げながら振り返った。
ぱたぱたと申し訳程度に手のひらサイズの羽が瞬く。
隠したところでしょうがないので明人も胸を張って正直に答える。
「こうすることによって時速が15キロも早くなるっ! これが残業モードのワーカー――いや、これがオーバーワーカーの真の力だっ!」
「なーんか、カッコよく光るわりにはしょっぱいッすねぇ……?」
「馬鹿を言うな! これで今日1日は残業モードがつづくんだぞ! すごいだろ!」
「ムダに長いッす!?」
蒼い光を全身に纏ったオーバーワーカーはぐんぐん魔物との距離を離していった。
明人は、もう1度エルエルを腰を引っ掴んでカメラをグルッと回す。
敵との距離はすでに100は離れている。警戒はしても、窮地という状況からはだいぶ脱せいている。
「――はッ! これは使えるぞ!」
そして死の恐怖から逃れ冴え渡った脳が、不意にひらめいた。
「なんなんスかぁ……。まだ朝っぱらだってのにわたし疲れっちゃったッすよぉ……」
「ククククク、いいからいいから任せておけって小魚ちゃんよぉ」
絵に描いたような邪悪極まりない笑みだった。
エルエルは可愛らしくため息をつく。
「ハァ、内容はわからずともワタクシ知ってますですのよ……。絶対にロクでもないことですのよぉ……」
○○○○○




