102話 ところで、過去は過ぎて未来は来る
過去を悔やみ
新たな絵が見たくて
操縦士は歩く
そしてまた増える
奇しくも空は前日の決闘とおよそ同様の薄ばんだ紫色だった。働き盛りの日輪はタイムカードを押し終え、寝坊した月と挨拶を交わすようにゆったりと沈んでいく。
場所は前日と異なり、移動要塞モッフェカルティーヌ見下ろす村の北側の端。
ことのすべてを見守ってきたであろう赤い瞳は、これからの行く末を睨むようにじっと立ちつづける。
村民たちは空の下に集う。平静さを失い、ひとえには言えない表情はどことなく色あせていた。
村の北側には秋待ち草の如く頭を垂れたサラサララが群生しており、まるで黄金の絨毯のよう。さざ波だつ稲穂はヒュームたちを後押しするかの如く北へ北へと実を流した。
ヒュームの男たちは信じられないものを目にしたかのようにボソボソと語らい合う。
「あ、あれが誘いの森に住まうと言われる剣聖様……」
「最強の魔法使いではなく、最強の剣士まで……」
その視線の先にいるのは白と黒の2つの伝説だった。
「ありがたや……ありがたや……」
後顧の憂いなしとでも言いたげに拝む者まで。
その反応は三者三様だった。剣聖リリティアと語らずのヘルメリルが立っているだけでヒュームたちを湧き立たせた。
「さあ村の民たちよ刮目せよ! そして、大陸に平和をもたらさんがために武器をとった者たちと共に歩もうぞ!」
ヘルメリル陶器のような手を暮れゆく空に掲げた。
その姿は気品と尊厳に満ち溢れており、演出するかの如く足元には黒い霧が立ち込めていた。
「これは蛮勇ではなく正義であり歩むものはみな等しく勇者だ! 我らの行く道に歪みはない! 目指すは全種族の――ルスラウスの安穏のみである!」
まるで指揮者のような。それでいて歌唱者のように演説を吟じる姿は、まさに女王だった。
エルフは女王に敬服するかの如く膝を曲げ、ドワーフは様々な武器を片手に喝采を送る。ワーウルフたちは、じっとその光景を遠巻きに眺める。
そして、それらを総括するかの如く大陸に現れた上位種は、欠伸をした。
「ふぁ~……ねむい……」
寝起きのエリーゼはぽっかり口を開け目を滲ませる。
ゴスロリ調のモノクロドレスはスカートがベルのように開いており、へそ下から先が大っぴらにさらけだされている。
「おヌシ今回ずっと寝とっただけじゃろがい」
「寝すぎ。だから眠い」
染色された黒い髪の両端が結われており、大きな二房が目をこするたびに揺らぐ。
ワーカーの4つ足の元に横並びになった連合軍の主要メンバーたちで、ジャハルとカラムも同席していた。
しかし、双腕だけは右翼にて交戦中。ゆえにこの場には孫のラキラキが代理をすることとなった。
金色の稲に膝までを埋めて突っ立っているユエラは、口をへの字にしてぷいっと顔を背ける。
ヒュームの前にでるのは嫌だと抵抗しても、体内マナは散らされ前線への復帰は許されない。マナポーションは防衛戦では貴重品だった。
「なーんかヒュームどもの目がやらしいんですけどぉ?」
苛立たし気にユエラは隣の明人に語りかける。
しかし、ヒュームたちの目はほぼワーカーの上のふたりに向けられていた。とはいえ、多少はふとももを遺憾なく丸出しにしたエリーゼと尻を突き出して飛ぶ巨乳少女天使エルエルにも向いている。
そんなハレンチなふたりと見て、明人はユエラを勇気づけた。
「大丈夫。ヘルメリルの演説にみんな夢中だからユエラの需要は低い」
「……それ絶対に私のことバカにしてるわよね?」
そんなくだらない話に興じている間に、ヘルメリルのバリ立った演説が終了する。
幕が閉じるようにドワーフとエルフが惜しみない歓声を上げ、他の種族もこらえきれないといった様子で拍手で締めくくった。
「さあ、ヒュームたちよ。この船は泥ではない。異を唱えるものはいるか?」
2つ名を持つ英雄がいると知りながらも、ヒュームたちは今一歩踏み出せない様子だった。
むにゃむにゃと歯切れの悪い言葉を口にしながら周囲の動向をうかがうだけ。心は揺らぐが波立たず。
その時だった。ひとりの少女が村の境界から一歩踏み出だそうと足を上げた。
「っっ!!」
檻の出口へ。
「――あッ! 待てッ! ダメだ!」
その小さな肩を横にいた青年ががしっと掴んで留める。
「っ! ――っ!!」
少女は、なにか言いたげに口を動かすも声はでない。
首を振って訴えかける素振りを見せるも、仲間であるはずのヒュームたちは、目を伏せるだけ。
なにせこの村から一歩でも外にでればエーテル族たちがすぐさまやってきて無法者は捕獲されてしまう。その後の結末は言うまでもない。
青年はなおも進もうとする少女を頑なに押さえつけた。
「オレたちはヒュームなんだ! しかも魔法すら唱えられないオマエが行ったって――」
「オレも唱えられないぞ」
「――ッ!?」
ひょうひょう、と。軽口を言うように明人は口を挟む。
対する青年はうつむいて拳を握りしめた。
そして、明人は生えそぼったサラサララを蹴りつけるように村の入り口へと向かう。
「車のワイパーみたいに行ったり来たり。そこから見える外の景色は、さぞキレイだろう。割れたガラスでも、だ」
「……なにが言いたいんですか?」
視線は合わせず。それでも青年は悔しげに表情を中央によせる。
「じゃあこっちの世界の言葉で言い換える」
「……こっち?」
「火口を揉んでも火はつかない。火がつかなければ燃え上がらない」
「ッ!?」
「これってオマエらヒュームみたいだよな?」
なにを言いたいのかは青年が一番わかっているはずだった。
その握られた拳は悔しさのあまり解かれることはない。
ただ、その檻から一歩を、命を賭けるという道を選ぶことができないでいる。
偽りの平和を謳う。言葉にすることで身に染み込ませ、安寧を得る。自らが吐いた嘘で自らを騙し、謳歌するふりをする。その末に自らの運命を縛っていることを知りながらも、生ける屍と認めながら生きようとする。
「考えず、常識的で、誰かに定められた道を歩むことを悪いと言ってるんじゃない。だけど新らしい道を見出して道を違えると覚悟したヤツを、引きずり下ろす。それはちょっと卑怯なんじゃないか?」
だから、明人は足を高く上げてバカを演じて歩く。
この村は、地球の世界に似ていた。
村民は、抑圧され傀儡となった操縦士を鏡に映すかのよう。
ただ、ひとつだけ異なる点があった。
「おいエルエルちょっといいか?」
「にゅ? なにかご用ですのよ?」
明人は指をちょいちょいと動かして天使を呼びつける。
すると、不思議そうに首を傾げてエルエルはふよふよと寄ってきた。
足元の稲穂を首から垂らされた銀の鎖が撫でチャラチャラと雑音を奏でる。
「こっちの子はさっきからなんて言ってるんだい?」
少女は願い乞うような上目遣いをくれながら手を結びつづけていた。
嘘を語らず、自身の思いを心に溜め込んだ少女。純粋なその黒い瞳は一点の曇りもなく、過去に悔いを残した黒い瞳を見つめる。
「闘いたい、守りたい、笑いたい、みんなと一緒に語り合いたい、といってますですのよ……」
まるで爪弾いたバラードを歌うかのよう。エルエルは少女の思いを静かに代弁した。
この村には、まだ変われる余地があった。手遅れではなかった、地球とは違って。
土色に汚れ、それでも固く結ばれる少女の願い紡ぐ手へ。そっと手が添えられる。痩せこけ骨ばった手は、まだ暖かい。
「未来は他人が作るものじゃない。自分できめるべきだ」
「……!」
蒼が仄めく。
「《マナレジスター》」
「――っ!」
転回する蒼の光。銀の指輪からまばゆく描かれた魔法陣は、少女の願いに呼応するかの如く強く美しく気高い閃光を放つ。
少女は一瞬蒼い光を見てひるんだようにピクリと肩を揺らすが、それでもすぐに明人を見上げなおした。不安と決意の入り混じる澄み渡った瞳をしていた。
蒼に浄化されるように体から染み出す大量の黒いモヤは、宙を舞って指輪のなかへと吸い込まれていく。
やがて光が収まるころには、すべてがもとに戻った。
「その願い……叶うといいな」
無責任。それでも明人にとっては最大の譲歩である。
しょせん自分と似た非力なヒュームを仲間に入れたところで足を引っぱるだけ。ならば、別に手を差し伸べる必要など一切ない。
しかし、明人は臆病であると同時に操縦士である。
もし自分たちが手遅れになる前に行動を起こしていたら、団結して立ち向かえたのではないか。
もし大切なものを守り通していたら、別の未来を見ることができたのではないか。
もしあのときに任務を遂行できていたら、約束を毎夜夢に見て苦しまずにすんだのではないか。
そんな、たらればの物語のつづきが見たくなったとしたら。
「お、オマエッ!! 僕の妹になにをしやがっ――!!」
青年は、檻の外にいる明人へと拳を振り上げる。
「お兄ちゃんやめて!!!」
「なッ!?」
少女は叫ぶ。カナリヤのような高く美しい音色で。
それを聞いた青年は、村民たちは、戦慄するように身をすくませた。
「え……? あれ? ボク……ボク話せてる……? 話せるよっ!? 話せてる!!」
ほろほろと流れる喜びは、少女と青年のこけた頬をなぞる。
そして、明人は踵を返す。ニヤニヤと卑しく笑う仲間たちのもとへと戻っていく。
手をポケットに突っ込みながら目を赤くする異世界人の頭を、エルエルは追従しつつ優しく撫でる。
「うふふ~っ、はじめからこうするつもりでしたのよぉ?」
満天の笑みのを払い、また撫でられ、また払い。一進一退の攻防がつづく。
その後ろでは、兄妹とアザムラーナの村の民たちがまるで混声合唱のようにさめざめと泣ていた。
「やめろっての! 撫でるな! このっ!」
「よしよしですのよー。笑顔も好きですけど優しい涙はもっと好きですのよ」
「撫ーでーるーなー!」
ヒュームの強力は得られずじまい。これではヘルメリルからの依頼は放棄したも同然だ。
だがそのまま終わったわけではないはず。抑圧されたヒュームたちが少しでも前向きに生きられればそれが報酬とする。
全員それがわかっているからか、誰も文句を言うことはなく。ただ天使とじゃれ合う明人を優しい表情で見ているだけだった。
「……え?」
不意に現れた鐘楼の如き大扉に、明人は思わず変な声をだして飛び退く。
いつの間にやら演説台となったワーカーの上にヘルメリルの姿はない。
ぎぎぎ、と。普段以上に重々しく魔法の扉が外開きしていく。うねるような粘つく闇が扉の向こう側いっぱいに広がった。
がしゃりがしゃりと鉄の軋む音とともになかから現れたのは、ドワーフのなかでもより強靭な肉体を誇った大男。だらしなく伸びた白髪を頂点で括り、白い髭をタオルのように顎から伸ばしている。
「うん? おぉ、ちょうどよい! キサンのもっとるまなちるちるとやらでこれを解呪しちまってくれい!」
扉の中からでてきたのは双腕のゼト・L・スミス・ロガーだった。
そのボーリングの玉のような巨岩の如き肩に引っかけられている、歪な物体。およそ見える部分のみで語るならば、魚か?
てらてらとぬめった下半身の先っぽ。尾びれがゼトの胸板をぴちぴちと叩いている。
「はーなーせーッす! 私はマーメイド族の姫っすよぉ!? 無礼千万とはこのことッす!」
キンキンと甲高い抗議に、ゼトは面倒そうに白い眉根を寄せた。
そして幼い魚の女の子を地べたへ雑に放り投げた。
「ぐぇッ……す!?」
岸に上げられた姿はヒラメかカレイか。否、マーメイドである。
落ちた少女は黄金色の稲草の上で平べったくなった。
「じゃあの。もうちくと救助できるかもしれんからなぁ。ワシはまたマーメイドの奴隷市場、魚市場にいっちくる」
ゼトはそそくさと足早に「天使が見えよったわい。お迎えが近いのかもしれんのう……」とぶつぶつ胴間声で呻きながら大扉のなかへと消えてしまう。
「お迎えとは失礼ですのよ! ワタクシは選定の天使ではないんですのよ!」
ふよふよ浮かんで喚き散らす天使と、ぴちぴち跳ねる下半身が魚の少女が残されてしまった。
そして明人は地べたで干上がった魚の少女に辟易とした視線を向ける。
「どうすんだこれ……あと魚市場ってなんだよ……」
腹がぐーとなり、周囲には魚の生臭い匂いが漂っていた。
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語る隙間がない剣聖のSSコーナー
……………
「まな……ちるちる、です……」
「袖をきゅっと掴んでいじらしく言っても嫌なものは嫌だ」
「…………」
「あーあー、泣いちゃうわよー? 1回位言ってあげたら?」
「ぐぬぬ……」
「まなまなちるちる。いいと思うのじゃがな」
「ぐぅ……!」
「まなちる。うん、いいと思う」
「四面楚歌ッ……うううっ! 絶対に言わないッ!」
「強情ですのよー」
「…………卑怯者が正しいと思う我がオカシイのか?」




