101話 ところで、砂漠は自然でてんやわんや
あの子の覚醒
敵は恐れ
味方すらも
ヒュームとの交渉材料は
意外と身近に落ちている
「フム……なにやら面白いことになっているようだな」
ついっ、と。ヘルメリルは己の細まった顎を指で撫でる。
ヒューム説得の材料を揃えるために大扉を抜けた先は、漠然と砂の海が広がっていた。
ここは北西にあるピクシー領と北方にあるワーウルフ領の警戒にあたっている左翼部隊の真っ只中だ。
そして、大惨事だった。
「これはいったい!? 砂漠に青々とした蔦がびっしりと生えそぼっていますよ!?」
革鎧を着込んだカルルは腰に帯びた剣に手を添えた。
敵を探るように辺りを注意深く見渡す。緑の葉を蓄えた木々たちががモンキーダンスを踊る様は異様だった。
枝先の葉は玉房を持つよう中たちをしておいる。一見してチアダンスに思えなくもない。そんなおぞましい光景が広がっている。
白い砂丘から生えそぼった蔦と蔦にはエルフたちが捕まっており、その下でドワーフたちが懸命に救助を試みている。
「知らん。が、愉快だな。それでは健闘を祈るぞ」
「あ、ちょっと!? お忙しいからと言って――ああ、いってしまわれた」
そう言って、ヘルメリルは踵を返して大扉のなかへと帰ってしまう。
取り残された側としてはたまらない。踊る木々に呆然としつつ状況把握を試みる。
「で、どうするのじゃ? この大惨事の原因を突き止めねばちと厄介じゃぞ?」
革鎧に身を包んだラキラキは、くびれのない腰に手を当てた。
白縋の代わりに身の丈に合わぬ大斧を華奢な肩にどっしりかまえる。
「なぜ……我まで同行させれれているのだ……」
その横では補修された銀鎧を着たジャハルがよく跳ねる髪の頭を重そうに抱えた。
「あやつが無償で鎧を修理するはずがなかろ。護衛程度で済んでよい勉強になったではないか」
「くぅっ……! 拳を合わせて学んだはずだったのに不覚だ……!」
ここは戦争の渦中であり、念のために明人は護衛を用意していた。
なのだが複合種の姿はどこにも見当たらず。葉を鳴らして歌う木々とエルフたちだけを掴んで離さない蔦ばかり。
無論、明人一行にもその蔦がしなりの音を立てて襲いくる。
「ひゃわっ!? 《聖・壁》ですのよ!」
即座にエルエルの聖魔法によってすべての蔦が全て弾かれた。
波打つ光のカーテンは色鮮やか。まるでステンドグラスのような神々しさがある。
「と、とりあえずワタクシを戦場に連れてくるのは如何なものかと思うですのよ!?」
抗議の声を聞き流しつつ、明人の眼は目的の者をつぶさに捉えた。
青竹のような艶めく髪を振り乱して、何やら慌てている少女の姿がぽつねんと見える。
「おーい! ユエラー!」
ぴこり。少女は長耳を大きく揺らす。
それから音がするのではという速度でこちらへ振り返った。
自然魔法使いユエラ・アンダーウッドは、外套をはためかせながら駆け寄ってくる。
「あきと! たっけてえええ! よくわかんないけどとまんなくなっちゃったのお!」
その潤んだ彩色異なる瞳は琥珀とエメラルド色を鮮やかに彩っていた。
そして、切れ長の目は号泣するようにびしょびしょに濡れている。
膝に手をついて肩で息をするユエラを見ながら、明人は呆れつつも問う。
「とりあえず、状況の説明をしようか……?」
「はぁはぁ、いっぱいきて……使ったらとめどないのよぉ! それで、あふれてきちゃって――いっぱいいいっぱいなのっ!!」
言うとおり、ユエラはいっぱいいっぱいなのだろう。
しかし明人は冷静に返す。
「主語ってわかる?」
「敵がいっぱい! で、魔種を使ったのっ! えーっと……マナがあふれて止まらないのよっ!」
「よくできました」
要約すると、ユエラは敵の存在を視認して自身の《レガシーマジック》を使ったのだ。
魔種を体内に取り込むことで、自然女王形態になって体内マナの供給が無制限に可能にした。
そして、まだ不確定要素の多いために大惨事なった。蔦に捕まったエルフの悲鳴と、それを助けようとドワーフの猛りが夜に木霊する。
しかしそれでも気心知れたハーフエルフの無事を確認して、明人は些かの安堵を覚えた。
「連絡では接敵と聞きました。しかし、敵はこの異常事態を見て撤退してしまったのでしょうか?」
カルルは化粧に彩られた目を細めた。それでも手は剣鞘の持ち手をしっかと握っている。
その様子を友だちとして笑わぬように明人は謹んで応じる。
「だろうねぇ……せっかくジャハルを引き込んだのに無駄になったよ」
「肩透かしを食らったのは我のほうだぞ。少なからず戦闘を前にして滾っていたのだがな」
ジャハルも素人というわけではない。
戦争を経験した身で油断なく、腰を落として周囲に気を配っていた。
油断大敵。試合だろうと殺し合いだろうと油断こそが目下の敵であることを学んでいる。気を引き締めすぎるということはない。
「ところで、なぜエルフだけ捕まっているのでしょう? とくに害を加える様子はないようですが……」
青々として生命力に満ちた蔦の集合体。その先っぽの方で、ぐるぐるに巻かれもう好きにしてくれと言わんばかり生気の消えたエルフたちが捕まっている。
生贄を祭るが如く木々たちがエルフを振り回しながら踊り狂う。それは、およそこの世の不思議の端っこの方で語られるような奇妙すぎる光景だった。
「それはユエラ様の心理にあるんですのよ」
カルルの独り言を質問だと思ったのか、エルエルがふんすと鼻を鳴らして答えた。
「心理……ですか?」
「そうですのよ。マナの暴走によって使用者の手から離れてしまったため魔法が本能的に動いているんですのよ。通常では普通にマナの枯渇で活動が止まるはずなのに止まらない状況になってるんですのよ」
「なるほど! もしそれでマナが無限に湧いてしまう術者だとすれば……」
「止められないですのよ。コントロールをとり戻すにはそうとうな技術を要するんですのよ」
その言葉を聞いた面々は愕然とした表情でユエラを視線を集める。
つまりユエラは、本能的にエルフが大好きでたまらないということを明確に示していた。
とめどなく水を吐き出しつづける蛇口。ハンドルがとれた上に2度とつかなくなってしまったようなものか。このままでは、砂漠地帯が妙ちきりんに歌い踊る林として誰もよりつかなくなることだろう。
緑を増やすことで自然環境を破壊する新たなる1歩をユエラは踏み出してしまった。
――なかなかどうして。ユエラも化け物じみた力を身に着けてるなぁ。
失敗は成功の母ともいう。
明人は解決策をひらめきながらも、ヘルメリルの言い残した通り面白いから静観することにした。
「ね、ねえ! そこのおっぱい大きい子! 魔法のこと詳しそうだしなんとかする方法知らない!?」
「貴方様もなかなかに大きいと思うんですのよー……」
ユエラは、自身の話している相手が審判の天使であるとわらかぬらしい。
涙目になりながら縋りつくようにしてエルエルの両手をしっかと握った。
「お願い! このままじゃエルフの子たちがぁ!」
「むー、そうですのよねぇ。止める方法はあるんですけど、地上へ干渉するのはよろしくないのですのよぉ」
そして、エルエルはオマエもう気づいてんだろとでも言いたげに明人をちらちらと見た。
明人は明人で、銀を基調としてブルーラインの入った指輪のはめられた左手をジーンズのポケットにねじ込む。
「ねえ……お願いよぉ……」
「うぅ……そんな捨てられる直前の子犬みたいな目をされましてもぉ……」
小さな肩に縋り付くようにユエラはエルエルに詰め寄った。
審判の天使として地上への過干渉を防ぎたいのだ。エルエルは苦々しい表情で涙ながらに訴えてくる少女にヒントを提示する。
「マジックスタンパーのようなもので体内マナを――ハッ! 貴方様のマナを、こう、散らしてはいかがですのよ!?」
妙案得たり。その豊満な胸を弾ませエルエルは目をぱちくり輝かせた。
しかし、ユエラは小首を傾げるだけ。
長い深緑色の髪がさらりと流れ、前髪の端で結った三つ編みがぴょこっと揺れる。
「だ、だからですのよ? ちーるちるですのよ。マナをー……ちーるちるさせればいいんですのよ」
「……んう?」
「なんでここまで言って伝わらないんですのよ!?」
出来の悪い生徒と叱ることを禁じられた教師を見させられているみたいだ。
明人は鼻歌を歌いながら周囲へと視線を巡らす。
――さて、リリティアはいったいどこにいるんだ?
砂漠の日は暮れるころ。日が沈んで暗くなる。夕暮れ。夕方。
警戒に根を砂に埋めて踊る木々は奇々怪々。空に木霊する悲鳴と怒号のなかに甲高い笑い声がひとつあった。
「あははははっ! わーい! たのしいですー!」
鈴の音を転がすような、明人にとって聞き覚えがありすぎる声だった。
それは丁度真上にいた。暇を嫌い、非日常を愛する者の名は剣聖リリティア・L・ドゥ・ティールである。
「地上と空がぐるんぐるんしてますー! あははははっ! 空を飛ぶよりずっと面白いですー!」
剣を片手に、スカートを押さえながらリリティアはひときわ物凄い勢いで振り回されていた。
質素だが貧乏臭さを感じさせない白いドレスの腹部分をがっちり蔦に巻かれ、右へ左へ風を切っている。
それを見た明人は、難しい顔をして考え込んでいるユエラの手に軽く触れやった。
「《マナレジスター》」
そして、唱えた。
と、左薬指にはめられた指輪が回転するように蒼い光を散らす。
これによって途端にマナの供給が途絶えた蔦や木々が、祭りを終えたかのようにへなへなと砂の上に横たわっていった。
指輪のマナ散らしの効果によりユエラの体内マナは弾け消え、捕まっていたエルフたちが柔らかい砂の上に尻餅をついて一息つく。
そして、白鳥のようにリリティアも空から舞い降りてくる。
「はーっ! たのしかっ――……たですねぇ?」
明人と視線が交差し、リリティアは慌てて顔を逸らした。
僅かに上気した頬にはシミひとつなくぷっくりしている。そして、ブロンドの髪についた青いリボンが揺らぐ。
「久しぶり」
「……は、はい。どうも、です」
ドレスの胸部位をリリティアは、きゅっと握った。
しかもひたすらに目を合わせようとはしない。
「な……なんですか? なぜ、その……こんな場所に?」
たどたどしい質問に対しての沈黙が流れた。
明人は黙って隙を窺う。
周囲の面々も空気を察してか、ひとりと1人の様子を見ているだけ。
「あ、あの……そ、そのっ……」
リリティアがオタオタと足踏みするたびに腰に帯びた剣鞘がカチャカチャ音を立てた。
一緒にリボンストラップの絡みついた大きな三つ編みが揺らぐ。
「わ、私は敵の様子でも――!」
顔を明後日の方角に向けたリリティアが足を動かした。
瞬間。明人は地を蹴り、飛びつく。
「え、えっ!? あ、あああ、ああ、明人さん!?」
お姫様抱っこをされたリリティアはちょこんと明人の腕のなかに収まってしまう。そして顔を紅蓮の如く真っ赤に染めあげた。
わたわたと手を振って抵抗するも、実際には抵抗していない等しいほどの力しか籠められていない。本気でリリティアが暴れるのならば明人なんぞ赤子の手を捻るのと同義であり、本気ではないという証拠。
「わぷっ――!?」
そして明人はリリティアの顔をぎゅっと胸板に引き寄せ、予め用意していたメリベルを鳴らす。
「もちもち捕獲完了からの強・制・連・行ッ! まどろっこしい話し合いなんぞしてたまるかッ!」
現在、明人には水戸黄門でいうところの印籠が2つある。
ひとつはあまり協力的ではない審判の天使エルエル。もうひとつは言わずもがな、胸のなかで固まっている大陸最強の剣士リリティア。
どちらもヒュームを媚びへつらわせるに値する強力な交渉の道具だった。
明人の腕のなかでリリティアは借りてきた猫のように動かなくなってしまう
ジャハルはあんぐりと口を開けてあっけにとられていた。
「あ、あの御仁が伝説の剣士、剣聖様なのか? なんというか……ただの可憐な乙女にしか見えんのだが?」
「そうじゃ。んで、その可憐な乙女を強引に抱えてるあの男はただの卑怯者なのじゃ」
現れた厳大扉にむかって明人はリリティアを投げ飛ばす。
それ見ながらラキラキはやれやれと肩をすくめる。
「それは知っている」
ジャハルは銀鎧に包まれた胸をどっと張るようにして言い切った。
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