100話 ところで、天使は空から見てる
語られる敵
中枢の真実
畏怖し、耐え難きその2つ名は
『にゃにゃにゃ』
それとは別に偉大な天使は
そろそろ怒る
押し迫る懇願によって、ジャハルは面倒そうに身につけていた銀の鎧を放り投げた。
それにすかさず明人とラキラキが飛びつく。
「どう思う? 凹み窪みは内側から叩いてから、ヤスるか?」
「そうじゃな。しかしこれは装飾品に近い代物じゃ。丁寧にやらんと跡が残りかねん」
その様はまるで餌を投げられた猿のようにすばしっこい。
そして技術者同士の濃密なミーティングがすでにはじまっていた。
「じゃあ叩きはラキラキだな。オレは細かい傷と……ん? このヒビはまずいな」
「ぬぅ……これはここではなんともならん。工房でないと難しいじゃろうて」
「それでも鎧は大切な防具だ。せめて補修程度に済ませて鎧の自壊だけは防いでみよう」
「おっけーじゃ。では、とりかかるとするのじゃ」
互いの額が触れ合うほどの距離で、明人とラキラキは作業工程を確認し合う。
「なんなんだお前らは……? 我の胸当てを脱がせた上になぜ頼んでもいない修理を始める……?」
ジャハルの奇異な者を見下す目は職人たちに届かない。ここにあるのは職人の魂だけ。
すでにヒュームの列は捌き切られ、みなが一様に仕事へと戻っていた。その手には、新品といっても差し支えのない農具や調理具。命を守るにはいささか物足りないものだが、本来の役割を遂げるにはそれだけで充分な品物。
まるでおもちゃを買い与えられた子供のように、ヒュームたちはハツラツと働いていた。
せこせこと鎧の修復に取りかかる1人とひとりを横目に、男娼服のカルルが尋ねる。
「ところで、なぜ複合種は覇道の呪いにかかっていないのでしょう?」
頭の疑問を指し示す感じで、大きな金のイヤリングが備えられた長耳はぴこりと上をむく。
瞼は紫色の粉がまぶされ、ひじきのようなつけまつ毛。その新緑の瞳は当然のようにジャハルへと向けられていた。
それは戦争終結のための確信を突くような疑問である。そして、戦争に参加している者たち誰もが思慮したであろう重要な項目。
「覇道の呪いに蝕まれているはずの複合種が、なぜ共闘を図ってワーウルフ族のみを攻撃したのか気になりますね」
男娼風の胸板にちらちらと視線を惑わせ、ジャハルはいじらしそうにコホンと可愛げな咳ばらいをする。
「こ、コホン……。あれは恐怖と圧力による支配だ。別に我らの覇道の呪いが解けているというわけではない」
「支配、ですか? 屈強なワーウルフ以外で獣種を支配できるとは思えません」
そう言って、カルルはチークが暑く塗られた頬を掻いた。
ある程度ヒュームたちが家から出払う時間を狙っての出張鍛冶屋だったため、日の方角からしてすでに午後半ば。じりじりと照りつける日光が1日でもっとも眩しく感じてしまうのは暖められた大地と草花のせいだろう。それでも自然が多くても湿気も少ないため、日本よりは過ごしやすい。日が傾いたことでワーカーの影で涼みながらの作業もできた。
背に貼り付いてマーキングするように首元を頬でこするキューティーがいなければ、明人はもっと快適に作業ができていたはず。
「ああ、少なくとも我らが頂点に座していたころは……――ッッ! なぜ我らはあのような行動をとってしまったのだ!!」
ジャハルは、思い出したかの如くまつ毛の影を伸ばした。
「お、落ち着いてください! なにがあったというのですか!」
カルルが慌てて制止を試みるも、彼女は爪の伸びた手で髪を乱す。
「あんなことをッ! 過去のヒュームとなにもかわらないじゃないかッ!」
伏せられた表情はまた昨夜のように泣き出してしまいそうなほど歪み、ふかふかの尾が一段と垂れた。
そんな様子を見て、カルルは困ったように眉を寄せながらも優しく撫でるような声色で問うた。
「話していただけますか?」
「ああ……償いはできぬだろうが、それでも……!」
握りしめ震える拳には自身への怒りの現れ。潤んだ瞳は後悔を帯びて語り始める。
支配、それはジャハルが生まれる前から続いていたのだという。
種を決まった地域に閉じ込め、逆らわぬよう管理し、必要なときに呼び出す。つまり、奴隷。力による支配。
差別心を煽って他種への敵意を増大させる覇道の呪い。それすら上回るには圧力という手段がもっとも最適だったのだ。狼族は度重なる暴力と暴行によって他種族の反骨心を削ぎつづけた。
いつしか闘う意志のなくなった者たちはワーウルフたちに媚びへつらうことしかできず。世代が変化するごとに、子供たちはその世界を無理矢理にでも常識とせねばならなくなっていた。
「しかし、あるとき反逆……いや、恨みの返しがきた」
「と、いいますと?」
ふと明人は、研磨剤が欲しいなと思った。
しかし、当然ふたりの会話にも耳を向けている。聞き逃すにはあまりにも肝要すぎる内容だった。そしてそれは宝のような情報の群れでしかない。
「覇道の呪いを避けるためとある洞窟に籠もっていたはずのお方が民を先導し、我々に立ち向かってきたんだ」
ジャハルは自身の唇を白くなるまで噛みしめる。
それは恐れか、はたまた怒りか。もしくは、どちらでもあるのだろう。
僅かな静寂。ラキラキも一旦手を止めて聞きに徹している。
外側は焦げ付くように。しかし、内側は底冷えするような錯覚。気温すら気にならぬほどにその場にいる者たちは静かに次の言葉をまった。
「に、にゃにゃにゃ様が――」
語るジャハルは唇をわななかせ、カルルとラキラキはその身を凍りつかせた。
そして、明人は立ち上がる。
「だれだあああ!? 深刻そうな場面で物凄く気の抜ける単語がでてきたぞ!?」
発された叫び声が天高く空を突いた。
明人もこの世界にきて色々な経験をしてきた。だからこそ、それがなんとなく2つ名だと理解できた。しかし、その安易で安直な響きに黙ってはいられなかった。
「にゃにゃにゃっ、てッ!? フザケすぎだろッ!!」
「まさか明人さん……に、にゃにゃにゃ様をご存じないのですか!? ウッ……口にすることすら恐れ多い……!」
「なにその深刻そうなテンション!? オレはカルルについていけてないんだけど!?」
カルルは、青ざめたきった顔で、明人に問うた。
しかも怯えているのはラキラキとジャハルだけではない。背に当たる感触すらぶるぶると震えている。
「にゃ、にゃにゃにゃ様っ!? にゃ、にゃにゃにゃにゃ!?」
キューティーすらもその名を聞いて震えていた。
この場において明人だけが置いてかれてしまう。
「知らない! でも絶対に猫だなッ! そいつの種族はワーキャットだッ!」
「いえ、狐です。ワーフォックスです」
「くそがあああああ!!!」
2つ名を持つということはLクラスで間違いないはず。
にゃにゃにゃの2つ名を持つ者の名は、ニーヤ・L・コンコン・ランディーというらしい。
「しかもニーヤでにゃにゃにゃで狐ってなんだあああ!?」
カルルの説明を受けた明人はもう一度だけ叫んで、精魂尽き果てた。
手は力なく、それでもちょうどいい加減で銀鎧をぞりぞりヤスる。
そんな異世界人を無視してルスラウス世界の民たちは重苦しく話を進めていった。
「にゃにゃにっ、にゃ様が敵となるとは……恐ろしい限りなのじゃ」
「ええ……まったくまさかにゃに、にゃっ、にゃ様が敵に回ってしまうとは……苦戦必死です」
「もちろん天界でもにゃにゃにゃのにーにゃっ……、様の名は広く伝わっているですのよ」
「フッ……。我らワーウルフでさえも、にゃにっ……、にゃにゃ、に……、ニーヤ様から逃げることで精一杯だった……」
圧倒的温度差だった。車座になって真剣な顔で話し込む。
そしていつの間にかエルエルまで輪に加わっており、明人の背中では未だにキューティーが震えている。
「誰ひとりとしてまともに名前を言えないってどういうことだよ……」
話をまとめると、にゃにゃにゃのニーヤという肉体変化を極めたたった1匹の狐が、複合種の支配権を得た。
そして、ニーヤはワーウルフを超越した凶暴性と残虐性で他種族をまとめ上げることに成功した。
当然暴力による支配。それでも、今まで虐げられていた他種族たちは下剋上とばかりにワーウルフを攻撃を仕掛けた。
ここで得られる教訓は、覇道の呪いを負の感情で消すことはできぬということ。
ひそひそおこなわれる密談を横に、明人はジャハルの鎧にある亀裂を見つめる。
「亀裂……ね」
口にして、チクリ心臓に棘が刺さったかのような錯覚を覚えた。
それは過去の忌まわしい記憶の一端であり、すべてでもある。
思いを振り払うように明人は頭を振って、ワーカーの下部ハッチからなかに乗り込んでエンジンを掛けた。
周囲に轟く重機の鼓動。畑仕事中だったヒュームたちの視線がワーカーにむけられる。
「それ……なんですのよ?」
エルエルが碧眼を細めた。
先ほどまで別の場所にいたはず。なのにもうそこにいる。
明人が降ろした小型の溶接機とバッテリーを見て射抜くような鋭い眼光を光らす。
「もう1度訪ねます。それはいったいなんですか?」
浮いているにも関わらず背筋はしゃんと伸びていた。
豊満な胸を突き出すように天使然としたその姿は、空中に立つ威容。
小さな羽が弾けるように白く綺羅びやかな羽を舞い上げ、翼を広げた鳥のように大きく羽ばたいた。ふわりとひらいたブロンドの髪が水中に沈んでいるかの如く扇状に広がる。
「それはこの大陸に存在していても良いものなのですか?」
天使の降臨。
そして、彼女はバランサー。
「お答えください。その不可解な道具はこの世界に存在し得ないものと存じ上げております」
エルエルが天界よりルスラウス大陸に降り立ったことには理由がった。
それは現れた異物の善悪を判断することではない。異形文化の流入による世界バランスの崩壊を危惧してのもの。
技術とは知識の経験値によって足の指先のみで進むが如く微量な進化を遂げていく。よって段階を経なければならないという神からの注意勧告は、出合い頭に告げられている。
「大丈夫だよ。これはどうせ目で見えないものだから」
「……」
物言わぬエルエルは、自身の体躯の4倍はあろう翼を広げてそこにいるだけ。
つい先程まで談笑していたはずのカルルは地べたにへばりつくように尻を降ろしていおり、ジャハルは股からひょっこりと巻かれた尾が飛び出ていた。
しかし、ラキラキだけは違った。笑った膝を押さえて立ち上がる。
「ふ、ふにゅ~はこんなヤツじゃけど悪いやつじゃないのですのじゃっ!」
「それは……審判の天使による審判が信頼に置けないということ?」
「うっ……! うぅぅ……」
蛇のひと睨み。そこに今までのエルエルの面影はない。
ただ鏡のように抑揚のないそれでも美しい音色は、その場にいるものを十二分に黙らせるものだった。
そんな葛藤と他所に、明人は溶接マスクを被り、ホルダを手にして銀鎧のヒビに母材を近づける。
「――ッ!」
ジジジジジッ。聞き慣れぬであろう放電現象による鈍い連続した音が光とともに響いた。
昼を照らすほどに弾ける閃光。見ている者たちが反射的に目を背けて逃げてしまうほどの強き人工による光。そしてそれはアーク溶接。
90度に立て、浮かした母材で鎧の傷をなぞる。すると、みるみるうちに鎧の亀裂が閉じていく。
最後は真っ赤になった鋼材が色あせ修復は完了した。
「な? 眩しくて見えなかったろ?」
被っていた溶接マスクを脱いだ明人は、得意げに鼻を鳴らす。
「……ハァ。まったくもうもうですのよ……」
すると、エルエルは小さくため息をついて翼を折りたたむ。
その背中には小さいアクセサリーのような羽を残して。
「それもできるだけ使ってはだめですのよっ! これは減点1ですのよっ!」
まるで諭すような感じ。
それでもどこかホッとしたようにエルエルは胸についたボールの如き淫猥な膨らみを撫で下ろす。
そして周囲でも面々が強張った表情を溶かす。安堵の吐息が漏れていった。
「超過技術の使用はなるべくおやめくださいですのよ! 強制ではないですが約束ですのよ!」
「わあってるわあってる。そのへんは利害が一致してるんだから姑みたいに口酸っぱくしなくてもちゃんと守るって」
「んもう! これはワタクシではなく貴方様のためを思っていってるんですのよ!」
天から人に対して言い渡された禁止事項は超過技術の伝搬である。
裏をかけば、理解さえさせなければ使ってもあるていどならば目を瞑るというもの。
もし、誰かが視界で捉えて答えに行き着くのであればそれは発想の転換による成長であるという寛大さが設けられている。神は寛容で頭が柔らかい存在だった。
「そっかそっかぁ」
明人は銀鎧にひっついた鋼材の起伏を、備え付けのワイヤーブラシでこすり取った。
見栄えは悪いが、応急処置としては上出来。キラリと光る銀鎧はまだ闘えると言っているような声さえ聞こえる。
「聞いてますですの――わきゃ!?」
普段の顔に戻ったエルエルは眉をハの字にして詰め寄るも、明人に頭をぐしぐしされて小鳥のように鳴いた。
偶然にも異世界の人間と神はまったく同じ思考回路をしている。
「この世界の文化をイタズラに発展させたりしないって前にも言っただろ。オレは、ここが自分の世界よりも好きなんだ」
「むぅぅ……ですのよぉ……!」
清涼な聖女は白い頬をぷっくりと膨らませて唇を尖らせた。
何の気なしに、明人は片手でその頬を両側からむぎゅっと押し込む。
するとむくれ面の天使は不細工になった。
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執筆練習ついでに手探りで物語を書き始め、ついに第100回を迎えました。
1章辺りから読み直返すとカメラの動き方が違かったりしますね。しかも2000字周辺を目安にしていたので短いです。
(現在およそ3時間で4802文字)
これからもどうか台所の三角コーナーを見るような軽い気持ちで読んでいただければ幸いです。
ここまでのお気に入りや評価、本当に本当にありがとうございました。
(モチーフイラスト+ヘリメリルキャラ画鋭意製作中)




