三章〜想定外〜
言葉にすると簡単。でも認識して状況の把握までは少々手間取りそう。とそんな事を考えながら目の前の光景を見ていた。
いや見ていた。という行為は正答ではないだろう。不測の事態であれ予測範囲であれ、そう何かの関係を有しているのだろうと、そう判断するもの。だからといってこの判断に迷う状態は不自然すぎるだろう。
思い出せるは。意識途切れる直前に耳に嫌な音を伝える肉や骨が粉砕される音。
しかし足は不全であっても両腕は完治していた。
何故か小さな痛みがあるが、気にするほどではない。
首を軽く振るが小さな痛みもなく事もなく。不自然だと思う事は一点のみである。
そう。
『ふぐぐ。どうなってんですか。どうして僕。拘束されてんですか。』
轡を噛まされ視界を塞がれ手足を縛られている。立っているのでなく椅子に縛られていると理解していたが、それ以外の判断材料がなく、困惑するしかない。
把握材料は耳に届く音のみ。
衣擦れ。呼吸。足音。声。風。窓。水音。
これ等の情報は何を持たらすかは未知数なれど1つ確かなことは。
「これで我々の計画が実行できるというもの。この引きずり出した人形を使って。」
「ええ。そして私どもの願いも成就される。そうでありましょう。」
「ふふ。さてこれにて最終段階へと到達した。最後の仕上げといこうか。」
「御意に。」
その先は微睡みに呑まれ、遠くなる。
最後に辛うじて聞き取れたのは。
にえ。
次に気がつくと手足が縛られた状態であった。
確実に動かないよう縛られており微動すら赦されない状態。
だが幸いか目隠しはされておらず視界に見えるは多種多様な機器設置。
「うぉご。」
不快な声が漏れた。
「おごご。」
口内に何かを込められ鉄製の轡で抑えられていた。
不安が過る。どうしてこんな場所に居るのか。
記憶を辿るが欠落していて思い出せない。
悩む事も選択の内に入れていたが霞に紛れ次第に消えていく。
由々しき事態だと理解したのだが、現状を鑑みてもまあ。全身の力を脱いて流れに任せてみるということにした。
何かの意図を感じますね。さてさて覚えがありますけど取り敢えず、溜めときますか。
2日ほどして自由を認められ入場制限はあるが歩き回れるようにはなった。
最初は。
「あれ。なんで。どうしてだろうか。出入り口がない。それに窓もない。」
さ迷うように歩いて出口を探しているが見当たらない。焦るように速度が上がる。
「ふごうっ。」
端まで距離があるとみていたが、見えない壁に当たってしまう。
指先に触れるは見えない何か。壁にしては柔くそして暖かい。
何か寒さが全身というより。
「うぐっ。」
心臓を掴み潰される感覚。
「これは、まず、い。」
その場で倒れてしまう。が意識は失わなかった。
ああ。床が冷たい。はぁああぁ。
と思っていると。
ぐへはあぁっ。
腹から痛みが走る。
目を向けると。
鼻息荒くしかし表情の読めない人物が見下していた。
短く漏らし掛けたが呑み込んで見返す。
ふと目の前が闇に遮られると何か、言い知れない感覚が等間隔に襲い、それが全身を貫く。
多分、声は挙げなかったろうと。それが何か。と最初は気づかない振りをしていた。でも現実は甘くないし、全てを突きつけてくる。完治していた両腕が見事に完膚なきまでに根本から赤を槙散らして潰れていた。
おうふ。傷が癒えても癒えないものですね。
正味な話、生傷が絶えないのである。
諦めたように短く息を吐くと無理やり思考を停めて心の底へと落ちていった。
が又も痛みを伴い覚醒する。
何やら喚いているが内容は不明で続けられる数の痛みは全身からの警告により強制遮断し今度こそ本当に落ちていった。
闇。そう闇。闇だ。僕の肉体は在るようで有るのか無いようで失くなっているのか。はて無意味な言葉の列を並べても無意味に無味を上書きそしてこの自問までも無駄な思考すぎた。
んでどういった状況なの。
何も見えないから立っているのか浮いてるのか堕ちているのか流されているのか。ムミュミュ危険だの。どう対処しようか。ん。あれは。何だろうか。
闇の更なる奥へと歩む。それは何を示してるのか。何者も判らない。
現在。手配された一室にて軟禁状態である。
椅子に座り天井を見上げながら無為に過ごしている。
知らない間に傷は完治していた。が、それは別としてだ。
「うあぁ。正直、やることがない。既にこの施設の行動許可区域 を案内されたけど殆どが意味ない場所。合間とその後に幾つか検査をされたけど、結局は僕が何者なのか判らない。どうしてどうなるのか。正直怖いっ。」
彼自身が何者で何処からどういった目的でこの場所に存在を赦されているのか見当もつかない。さらにこの施設での検査も違法であれ合法であれ蓄積されている情報と照合してさえも一致するものは1つとしてなかった。
「んん。ホント。かね。」
それと。
「危険だな。むむむん。」
1つの懸念事項というより危険な想像が何時までも拭えないでいた。
この危険な想像が的中して欲しくない。とそんな立ててはいけない考えを巡らせてしまったが。
「考えても意味はない。今何が出きるのか。洗い出しますか。」
目を泳がせて思考する。
手に。いや正確には指に嵌められた枷。動きも儘ならないが致しかたないのだろう。
彼にはその時の記憶は無く、周囲に控えている側使えからの話で納得の態度を示したのだが。
これは1つの封印だという。彼の中に潜む多大な存在をを抑え込むための重石。
そう説明されたものの本人は今一理解できず、頭の中で疑問が湧き続けていた。
なので。
響く響く。至る場所に八つ当たりのように枷を打つける。
反響する音。
滅裂な挙動と喉より奥。気管より先。食道を進み 腹の底より鳴り響く言葉。
破壊衝動とでもいうべきその行動は異常すぎる。
監視の目と耳が着いていたがその行動に対して何もせず傍観していた。
それを知ってか知らずか。
彼はその場所だけに近づかず暴れていた。
暴れていて、暴れ続けて。時間は永遠ともいえる程に経過したころ、急に止まり、傷1つない枷を着けたままに床に寝転がる。
倒れて眠るものと思っていたがそのまま起き上がり彼自身も無視していた監視に向かってあることを聞いてみた。
「素直に答えてくれるなんて思ってないでもこれだけは答えてください。」
言葉は紡がれ空気を振るわせ届かない。届かないがそれが答えと理解して。笑った。それは下卑た蔑みと怒りを篭らせた笑だった。
翌日。とある施設にて数種類の飲み物を飲まされ腹に溜める。
その後に妙な入れ物に入り、強制的に眠られる。次に目覚めれば何時もの部屋の床で倒れている。それが数回続いた。
後になって知ることだが、この入れ物は人を人としての何かを消すための装置。
それをこの日より数回かけられる。それはそう彼の者の何かを消したいがためであろう。
投薬を含めた検査は一通りの終了を伝えられ、と同時に拘束のための枷も外れたが暇なのである。何故か視線と話し声が向けられている。理由を知ろうにも側に着いている者のは離れており。相手がいない。
なればこそ理由を聞こうにも皆が皆、近づくと散っていくのである。隙もなくだ。
「はあぁ。なんで。こんな突き刺すような視線と噂するような。」
項垂れつつも視線を向けると同じように。
再びの吐き出しと諦めにも似た感覚を背負いながら目的なく施設をさ迷うようしかない。
背後から続けられる話し声は彼の者の心を蝕んでいく。
自然。速度も上がる上がる。
居たたまれない感情が突き刺す抉り微塵となり風に飛ばされるようだ。
鍵を開け、雪崩のように入ると背後で扉を閉じ、鍵を掛ける。
崩れるとそのまま瞼を。
「ああああ。疲れました。ええ。本当に。ねえ。なんでこんな事柄罷り通るのかな。僕はただ知ることを知りたいだけだし。僕は何者で俺は何なのか。なあ。知ってるかい。監視者諸君。ああ。この数日で理解したよ。あなた方は呼吸はおろか全てを悟られないという技術。そう言ったものを体得しているのだと。しかしですね。ふはは。無意味にして無価値。」
瞬間全てから消えた。
『がっ。』
『ぐふっ。』
『けふっ。』
と彼以外、誰も居ない空間にて複数の苦悶の声が漏れた。
次に捉えられたのは。
不自然な姿勢で仰ぎ見る彼の姿である。
戦慄にして恐怖がその部屋を食らい尽くす。
不自然な姿勢を解き、扉へと近づき中腰になって何かをする。
そして画面が乱れ暫くは何も変化なく結局は何もなく、床に倒れそのまま深い眠りへと落ちた。
早朝。広場は慌ただしく人で溢れていた。施設に居る全員が集まっていたのではなかろうかと思われるが警備に就いてた者は除外されていた。
不思議なのは早朝の、暗い時間であり強制起床後に関わらずその目には1つの極めに近い感情が篭っていた。
眠気など吹き飛んでいる。
『鎮まれえぇぇぇぇいっ。』
声に全ての視線が集まる。
『これより全朝集会を始める。最初は各班。』
『はい。では書物監理班からです。』
早朝での集会は全体を通しての報告会である。些細な事から備に報告される。
何時ものように誰彼問わず報告が挙がっていく。
そう何時もと同じだ。
一点を除くのなら、だが。
報告は滞りなく進んでいる。幾つかの事案の内に関連していようものは後に資料が配布される。なので多少の聞き逃しは許容されるのだが。
この日。この時。この空間では違っていた。
全員が上の空。もしくは右から左へと流れている。
聞いていて聞き流している。その理由は誰でも明らかであろう。
粛々進行していく会議も終わり解散という流れだが。
『これで本日の朝会を終了する。』
通常ならこの時に『解散』の言葉を掛けられるのだが。
『さて。皆が気にしている事がありましょう。』
瞬時にざわめきが波のようにたつ。
『何から話せばよいのでしょうか。迷います。』
静寂の緊張が感染する。
手に汗が滲み。喉の潤いが枯渇する。
信徒全てが一点を注視する。
その注視する場には椅子が存在していた。そして鉄線と鉄玉。
これ等が示すのは何か。と問われたなら全てがとはいかないまでも。そうまさに囚人が拘束されている映像を思い浮かべてしまうのだろうか。
まあその通りに近いのだが。数段高い位置にある。この施設の統率者が居座るその横に前述した者が存在を許されていた。
開始前からその場に似つかわしくない存在はまるで、幹部達には見えていないかのように振る舞われ皆が幻か何かと困惑したほどである。
だが終わらない。いや、朝会は実質終わっていた。だからこそ解散の流れという流れに乗るのだが。
停められた。
『先ずは見えているでしょうこの存在を。』
指し示されたのは椅子に座る。正確に言うのであれば。
椅子の背もたれに付属している頭部を固定するための器具。そこから伸びる大小の管は穴を塞ぐように装着させられている。
腕は鈍く重い色で幾重にも固定され、指先も固定されていた。関節すら動かせない。
手首には鉄玉が附けられていたので簡単には動かせないだろう。
口には塞ぐように二色の布を宛がっている。
体には細く頑丈な特殊な金属で加工された鉄線が三ヶ所に巻かれ三本が一本の棒で繋がっていて簡単には外せないだろう。
さらに下半身部分には僅かずつ締め上げられるように作動する拘束する輪が等間隔に設置されてる。
『さて。これが何なのか。君達は理解しているかね。』
誰にも答えられない。
『その反応は少し面白味に欠ける。が、当然の反応。ならば応えよう。』
立ち上がると手元を弄びながら椅子の横へ。
肩に触れると怯えるように肩が動く。
『これはある日紛れ。そして我らの宝を盗みを企んでいたと判明した。』
騒音と言っても差し支えない言葉の波がその者に向けられる。
感情は。《怒り》
『が、安心したまえ。その宝は未然に防ぎ、安全に戻されたことを確認済みだ。さて。君達はこの顔に見覚えはないかな。』
皆が傾げる。
『そうだな。では、これを外したならどうか。』
頭部を固定していた装置。そして目隠しと猿轡を取り去る。
動揺がさざ波に始まりうねりを溜め。一気に流れ込む。
困惑に憤怒を混ぜ込み、驚愕を香辛料として加えたような表情が出来上がった。
この規模の組織であれば自ずと派閥というものが出来てくる。解釈。思想。思考。など様々あり所属するもしないも自由である。
で。剥ぎ取られたその下には派閥の中でも少数精鋭と謳われる1つの。それも筆頭であるから動揺は当然であろう。
『さて先ほど。言いましたね。その矛盾を解消しましょうか。答は簡単であり。そしてこれが我々の敵。』
頬に僅か触れる。そのまま水平に動かすと、脱皮のごとく捲るように破れ現れるは見覚えなき者。
『統合情報により正体が判明している。のだ。がな。不明な点を含めると納得できそうになく。故に。この者の真なる証明を望む。誰かいないか。』
見渡し、一人一人の眼を直視する。
直視し、一人を選んだ。
『では君に頼もうか。』
認定されし者は。我関せず。周囲を見回していた。
ので。
「ん。」
自身に向けられていた視線に気づかず天井を見ていた。
視線を下に移動させ初めて向けられていたことに。
「んんお。」
動揺した。
痛い感覚に促されるようにさらに先。
「うえっ。」
一番前。その先の存在が見ている。射抜くような視線。
本来。目上。それもこの施設での頂点たる者に見られている。
「んんっん。」
切り刻み貫く視線に。
目線を外すためか。俯く。
「ふ、」
お、わら。
「ふあぁ。眠い。部屋に戻って。休みたいので。」
轟音。
そう一斉の轟く音が壁面に小さな亀裂をつける。
「うっさ。」
誰かがいった。
指名されてその態度はなんだ。と。
「指名。と言われても。僕は。ただ興味でこの場に居るのであって、その人の指示に従う理由がありません。それと。その椅子に縛られている人は。高位式世界救済機関。たしか、セルベリア・ティスド。だったかな。そんな組織の一人だと記憶してますが。そうですね。証明を。とい云われるなら、高位式の構成員には必ず内部の何処かに印が刻まれています。それで大まかな目的が判明するでしょ。むにむに。じゃあ部屋に戻りますので。」
一気に言葉を発して満足はしていないが、てか満足とは別の何かだろう。面倒を押し付けられることが嫌で椅子に縛られている存在の正体をこうして暴いたのだ。
『待ちなさい。』
止められたが無視。
正直、寝不足でこの時間に起こされたことに怒りを覚えているが興味で参加していたので早く撤収して夢に堕ちたいのである。
なので呼び止めの言葉は聞き流し出口へと歩くが。
「うべっ。」
背後から首を締め上げられ足が床を離れる。
「貴様はなんだ。大正高様がお聞きになられているのだ。信徒なら応えるのが義務だろう。」
「ぐ、ぐえぇあ。」
首を締め上げられ応えるもないが。
「おい、やりすぎだ。放してやれ。」
「む、そうか。」
放され床に触れるか触れないかの刹那振り返り相手に一撃を放つ。が何の変化もなく小さな虫に刺された程度感覚なのだろう掻くと、拳を握り振り落とす。
小さな悲鳴と共に床に赤を伴う内部が四散すると誰もが思っていたのだが。
「とに。頑丈なのも問題ですね。」
簡単に避けると面倒臭そうに。
「はぁ。では何を応えますか。」
不意に向けられ虚を突かれるが姿勢を正し質問する。
『君はどうしてこの者の正体や所属している組織を知っているのかね。』
「さあ。僕はただ無駄にして無益な時間に労を掛けたくないので、ただ応えたまで。この答に行き着くまでの過程を詳細にお教えするには。あぁあ。なんか面倒だから戻って良いですか。」
「お前は質問に対する姿勢を。」
『まちなさい。』
「ですが。」
『聞こえてない。とい事はないですよね。』
「う。」
引き下がり黙ってしまう。
『失礼したね。では続けようか。』
「いや、だから面倒だから帰りたいなと。」
『ほうっ。それで全てが。』
「いや、この場の全員を納得させなくてもいいでしょ。」
『どういう事かな。』
「そこで拘束している一人に関しての回答なんて元々アナタは懐に入れている。そうこれは一種の試験。選ばれた者が真に信徒に相応しいかの。実にくだらない。遊びのようなもの。でしょ。なので理解できるのは一人だけで充分。そうアナタだけでね。では戻りますので今日は関わらないでください。」
一方的に締めくくり扉を開いて出ていく。
誰も納得しないその説明でない。言い訳にもなっていない言葉を並べただけの何か。が、物理的に止めようなどとは誰も思わない。手を出せば下手すれば肉体を損傷してしまうだろう。
事実。あの出口で止めた者は。頭部に頭上から強烈な一撃を貰い、床にめり込んでいた。
ただただ。見守るしかなかったのだ。
部屋の前まで戻ると。気がつけば後ろで控えている側使え。
「ねぇ。」
「はい。」
「少し籠るから何か在ったときだけ呼んでください。」
「畏まりました。ではそのように周知させます。」
「うん。じゃ。その時になったら呼びます。それまでは自由を許可します。」
「はっ、では。」
部屋へと入り扉を閉める。
側使えは暫しの間佇んでいたが小さなお辞儀をしてその場を離れた。
部屋では幾つかの品々を並べて唸っている者がいた。この部屋の主たる者。名も出自不明なので一応としてリートと名を与えられた。だが名を貰っていてもこの施設での態度は傲岸不遜にして傍若無人の上、唯我独尊ときて八面玲瓏である。
媚びず窺わず。巡らせず造らず。たとえ何がどうなろうと関知する気持ちはなく。懇願されようと自身の思考を優先させ如何様にも処理する。記憶なくとも身に染みた経験とは切り離せないものである。
して、現在は勝手に宝物倉庫から拝借した品をみて考え込んでいた。
実は起きたときに机の上に並べられて置かれていたものだが誰かが貶めるために置いたのかと考えたが記憶を辿ると自身で侵入し、この品々を持ってきてしまったのだ。
「持ってきてしまったのなら仕方ないにしても。どうして此なんですかね。」
全ての品を備に観察して心に引っ掛かりを感じていたが。
現在。本人は知らないが関係している品であり。そして幾年もの間行方知れずとなっていた品である。
1つを手にしようという考えはどうしても出来ず、見ているだけに留めている。
「ふうぅ。これ見たことないのになんでだろう。たしか。」
無意識。記憶なくとも憶えているもの。知識でなく、心。ゆえに自然と伸ばした手にした品は見た目、巻物であるがその実は周辺を瞬時に把握し記す速記装置。簡単に云ってしまうと。
地図である。
縛ってある紐を解き、軽く宙に投げると数倍に拡がり床に落ちた。
見た目は紙なのだが所有者によっては細部まで書き込まれる一種の機密引き出しという側面も持ち合わせているので。
「これは。へえ。」
拡がる地図には現在地を含めた周辺の詳細にして緻密に書き込まれた地形が現れていた。
「ん、なんだろ。これを」
次に持ったものは硝子の容器に入った灰色の砂粒。
蓋を開け地図上にばら蒔くと飛散せず、地図の上で在る法則により形を成す。
「この集まっているのが最も多く居る場所。んで」
指を閉じると縮小し開くと拡大する。
「えと、今居るのがこの地点。それで。」
机から別の物を取って分解。とは少し違うが。地図の上に等間隔で置き1つを起動させると連動して全てが起動する。同時に地図から砂粒が軽く浮き上がり目線の高さで固定すると立体図形を形成させる。
「へえ。地上の見えていた部分だけとは限らないとか云うけど相当深くまで建造してるのね。で、この場所が宝物庫か。でも簡単には入れないよね普通は。なら」
指を動かし粒の1つに触れると、そのものの情報が大まかに表示される。
「ふふん。んでんで。これがどう繋がるのかな。」
楽しそうに地図の操作をしながら時間を潰していった。目的を忘れて。
数時間後。慌ただしく扉を叩く音で我に返り地図諸々を隠して出ると側使えが迎えに来ていた。
「昼食です。」
「え、あれ。」
慌てて時間を確認すれば昼に近い時間を指していた。
「うそっ。なんで。」
「はい。一度と言わず何度かお呼びしたのですが、いらない。の一言で。それ以外は。」
抱えた。しゃがんで思い出してみる。
みるみる思い出す。
そう軽く調べるつもりが、のめり込み。熱中し集中して没頭していたのだ。呼び出しには拒絶を無意識に放って。
「うがああああぁぁぁ。」
「うえっ。」
その場で高く飛んで。次には。
「ごめん。」
謝っていた。
予想外の対応に狼狽する。
「な、何を仰るのですか。本来なら主たるアナタに空腹を与えるなど死をもって詫びる事が私の。なのにさらに主の貴方にその様に頭を下げさすどて。」
「あそ。んじゃ行こうか。」
「は、あれ。あの。」
「過ぎた事を悔やんでも無駄ですから。一通り悔やんだらあとは進むことに邁進するだけです。では連れていってくれますか。食堂へ。」
その切り替えの早さは異常かもしれないが。
「ではこちらです。」
「頼みますね。」
もう連れていってもらう必要はないがこの施設の規則であり上の者は単独行動を赦されていない。
必ず一人は同伴させなければならないという。
「なんて無駄な規則なのですか。」
「おやその言葉はあまり」
「好ましくない。ですがこれは普通、逆のように思いますけど。上は下に対しての示しとして規範でないといけませんよね。なのに食事をするために下の者が来るまで待機なんですかね。」
「それは」
「それは昔。一人で行動していた幹部が何者かに殺害されしかも発覚したのが犯人が逃亡して大分経ってから。なのでそれを回避するため。てのは聞いてますが。それでも使えている主の更に上の者の犯行であるなら止めようがない。これ矛盾しますよね。どうなんでしょうか。」
「ですから。」
「だからこうして側使えが着いている。複数で。でも無意味よな。だって、結局は側使えとは。言い方は最悪だけど主の手足であり、道具であり消耗品であり、また生徒でもある。そして奴隷でもある。主の位は。そのまま側使えの位も意味していて、上の犯行ならそれに着いている者達もまた同等ですよね。告発したとして結局は握り潰され終極的に粛清される。とまあこんなところですかね。では長くなったので行きますか。続きは別の時にでも。」
横を通り食堂へと向かう。
奪われ呆然とするが頭を振り、慌てて追う。
食堂は賑やかに和やかに談笑しながらの食事だった。
そう彼が到着するまでは。
一歩。踏み入れると空気は冷たく。熱く。全ての視線が一人に集約されている。
側使えは怯むが意に介さず中央を進んでいく。
「定食。一番安いので。」
短い返事に少しまって出てきたものを受け取って適当な席へと着く。
「あれ。スプーンとかは。お、あった。」
備え付けの入れ物に手を伸ばすと。
「おおっと。そうだ皆で此の洗浄を頼まれていたんだった。」
かっさらうように容器ごと取られ。
「ならこれで。」
「ああ。そうだ。炊事長に頼まれてたんだった。」
取られ。
「そうか。ではこれで。」
「おおとっ補充しておくの忘れてた。」
奪われ。
残ったものはなく。
「んん。」
周りから密やかな言葉と蔑みの笑い。侮蔑の視線。
「うん。しょうがない。」
熱々の料理。長いものから丸まっているもの。姿そのままに残っているもの。様々である。
嘲りが向けられる中で。
短く息吐き出し器を持って一気に掻き込んだ。
動揺が走り、吐き出すものも数人。
「ぐちくぢ。にちにち、ぶちゅっぶふぉっ。生焼け。んく。」
飲み込む。
「ふえぇ。食った食べた。さ、戻ろ。」
席を立ち器を返却口に置いて盆は指定の場所に戻して感想を述べる。
そのままの足で出口に向かい食堂を出て一歩目で半回転して涼やかに軽やかにお辞儀して。
「それでは皆様。ごゆるりと、お食事を堪能してくださいませ。」
半回転して後にした。
部屋に入る直前に呼び止められ見ると側使えが神妙な面持ちで近づいてきていた。
「なんですか。」
「いえ、あの態度は如何なものかと存じますが。」
「あの態度。ですか。それは何を指しているのですか。」
「あの妨害に対する。」
「ん。妨害なんてあったのですか。それは知りませんでした。僕は普通に食事をしただけですが、それに問題があるなら、まあ考慮しますよ。それだけですか。」
「いえ、その。お体は大丈夫なのですか。」
「ん。なんで。普通に食事していただけですよ。」
「ですが、余りにも。」
「まあ何を云いたいのか知りませんが気にしないように。では用事があるので失礼します。」
扉を開けその向こう側へと姿が消えていく。
「ぐ、何なのだあのモノは」
その表情は伺いしれぬ何かを秘めてある場所へと向かっていった。
室内では変わらず地図を操作し眺めていた。
「どうしても出口が見当たらない。完全に危険な状況のような。でも心が思考を停めるな。そんな事をいっている気もする。なら従いますか。」
地図を操作し続け微細な情報をも逃さないように収集していく。
その最後の過程で。
「は、は。まさか。そんなのって。」
現実を突きつけられていた。
数日後。事態は動かず。動けず。無駄な時間を浪費していく。
相変わらずの監視も緩められず。側使えも増えていた。
理由など考えるまでもない。
「ああ。そうだ。あれ。何か聞いたけど調べてくれたかな。」
「はい。司教様にお伺いしましたところ、あれは<制約という器>とお教えいただきました。」
「ふうん。あそ。じゃあさ今度はあの船に関しての全てを調べてくれないかな。」
「それをお知りになってどうなるのでしょう。」
「さあね。やりたいことも無いから暇を紛らわれるためですよ。深い意味なんてありません。」
「左様ですか。ですが調べるにも時間が掛かります。」
「うん。別に気にしません。じゃあ、宜しくお願いします。」
「畏まりました。では」
気配が消える。
調べにいったのだろう。
「それじゃ君達には別の件を調べてもらえますか。施設でも幾つか保管されてるでしょうから。」
『宜しいのか。我々を制限せず行動させて。』
「良いですよ。それに、もう少しで事が極致に達するでしょうから。」
無言。
『では行ってまいります。が、一人残していきます。これも規則ですので反論は認められません。では。』
気配が消える。
「はぁ。」
無意識にある一点を見る。
だが直ぐに視線を外し眺める。
膝を抱えて顔を埋める。
その言葉は小さく誰にも聞こえていない。
はあ、予想外。
いや、想定外か。
数日掛けて物理的にせよ物質的にせよ欲する情報は全て揃った。こうして眺めながら暇潰しをしているのは手を尽くした結果であり、現状することがないのである。
極致も甚だしいか。
脱出方法やそれ以前に自身の本当の名前すら解らない。附けられた名もどうしてか馴れはしない。そんなもどかしさを内包しながら数日間過ごしてきたのだが、この区域からの出る方法が完全にないのである。
そう何故ならこの場所は周囲全てを広大な水に囲まれかつ獰猛にして狡猾なる存在が蠢いている領域。
海域の名は、裏切りの領地。その領域に唯一許容されし島。名を《タゲテス》という忘れられし孤島である。
空を見上げながら呟くも、儚く虚しく無気力に一日を同じ場所で過ごすしかなかったのである。
が、これより先。切っ掛けが向こうから会いに来る。それは久しく、しかし忘却に霞み再会は最悪への布石と成のかは誰が予想し誰が確定へと導こうとも彼の者には。




