二章~準備~2
暗い。
動かそうとしても僅かばかりも動かない。
口に何かを入れられているのかくぐもった声しか出せない。
瞼も開けているはずなのに何故か見えない。
妙に寒さが両目に凍みる。
(「ヴォドゥモ。ヴァレハビィ。ヴヤゥナフェ。」)
不快にして不穏かつ不明な言葉が投げられる。
声で判断しようにも老いか若きかもできない。言葉の端々に老若が混濁しているのだ。
理解しろというのが無理なこと。
(「さて、肯定を横否定を縦さらにどちらでもないなら斜めで」)
さらに付け加えるなら。
性別も判断できないのだ。
そうくぐもる声と不快な音響。
見えない事には納得しようと思えども聞くに耐え難い不浄な感覚が全身を侵食していく。
(「なに此方には知りたいという情報が網に懸からないのでな。ふはは。交渉まで大人しく。と思っていたのだが、ほっほぅ存外巧妙に隠しているな。」)
短い言葉を発した。
(「きいてきた・。ひ・うめんがへ・かしてきた。・か・・。で・・・」)
先が聞き取れない。
正確にならば、言葉として認識できなくなっている。
「~〜〜〜ーーーーーーーー」
自身の発する言葉すらも。
「(では調べようか至高にして思考の底の奥を。」)
空気を何かが伝う。
意識と関係なく骨が震える。
あれあれ。まあまあ。とか嫌みにしか聴こえない言葉を言っても悲しい。ただ簡単に行くとか。あり得ないんだけどね、これ迄だと。どうやら目まぐるしく、んでもうちょい進めろと言うことかな。まあ時間も思ってたより消費してたけど。何でかなまあ元から素直に簡単に進められる。なんてのは考えてなかったけど、少しは融通とかを利かせてくれても良いんじゃね。とか思ってたり。しないんだけど。さてさて。献体が送られてくるのは嬉しくもあり、悲しくもなく。普通にしんどいからね。
もう少しは遠慮をして欲しいものだ。
形状が元が判る程度を望んでいてもこれでは進めるにしても正確な数字は出せないだろうな。ホント。
て、何を虚しくなる事を倩と駄弁ってるのだろうか。はあ。
まだまだ先は長いね。
見る先には暗澹たる空が広がっていた。先の不安が一層増していく。
二つ目。
マダガストが刻まれたシワをさらに深く刻み眼下を見ていた。
傍らに若い男が立っている。
あの頭領の腹心の一人。
頭を掻きながら同じように見る。
「軍勢。ですかい。」
「くくっ。奴さんも形振りてことか。短期間でこれ程を揃えるとは幾ら注ぎ込んだか。」
「仕掛けを施した者をご存じで。」
「おお。短期間でとなれば一人か二人とな。でどちらかと問われりゃ一人しかないな。くく。あの害にして概。俺に充てるとは其ほどに退屈かね。」
「でどうしますか。これだけの数を」
「ちょい待て。」
「ををお、は。何を」
「さっきから俺に対してのその物言いは正直気分が良いもんじゃねえ。改めてくんねえか。」
「そうか。ならこれからはこういう話し方でいかせてもらう。」
「おう。その方が面白い。でだ。なんだ。」
「え、あ、ああ。そうだった。でこの数をどうするのかと。」
「その事か。なら心配ねえよ。もう終わるしな。くくっ。ボウズも面白い品を貸してくれたな。設置に少々手間取ったが。」
言葉の直後に守られる地点の一点から膨大な収束する風の運動から生じる摩擦熱により一定地点から周囲を巻き込み爆発炎上、一定範囲を走る。
驚くは腹心。
「がはははっこれ程の威力とは。感慨深い。さて収まるまで一息入れようじゃねえか。なあ、ツウェイ。」
「うぐっ。どうして俺の。」
「おう。後で教えてやるよ。」
数えるにも限度というものがある。
爆発。それに伴う強風は拠点として簡易に造られた建屋を容易に吹き飛ばすはずなのだが、まるで根を張り巡らしたかのように微動だにしない。
この中では二人が談笑していた。それ以外は警戒しながらも寛いでいたが突如怒号が飛んでくる。
「な、それは有り得ないだろう。本当なのか。現に。」
「くく。それでもな聞いているとこれに帰結するとか言ってたなボウズは。」
「は、はは。そう、か。知っているのは。」
「俺とボウズと後は仕掛けた者。くらいか。まあもう一人もいるが。お、そうだ追加したか。」
「で、ではどうして。」
「さあな。まあ話はここまでた。今は掃除することが先だろ。ほれ、行くぞ召集を掛けろ。」
いつの間にか外から聴こえる爆発が止んでいた。
未だ何かを聞きたい事が山積みのだが最優先すべきは品の入手。
折れて部下を集める。
戦場を見渡せる場所。
積み上げられた岩の壁の内側には召集された者達がにツウェイにではなく別の方を見ていた。
「ではこれより掃討戦を開始する。」
誰も聞いていないように見受けられるが。
「まてまて。それは誤りだぞ。」
「は、何を。」
話を続けようと気を張っていたが横槍である。
「掃討戦。てのはその土地で生きてる存在を追い出すということを指すよな。が、これはそれに当てはまらない。何故なら。ほれ見てみろ。」
示された先には。
「うぐっ。げあえぇ。」
息する存在が皆無の夥しき焦げ付いた何か。
強烈な臭気は風に乗って運ばれ、鼻を突き、抉っていく。
結果としてツウェイを含めた大多数が吐き出した。
聞いていなかったのではなく常に警戒していたのだろう。
「おいおい。これで気が滅入るてなら、この先は無理だぞ。これから先同等以上が待ってるからな。くく、だからボウズと一緒は面白い。」
「な、ぐふ、あ、あんたは何を言っている。狂ってる。」
「おう、そうだな俺は狂ってることは昔から自覚している。あの戦場で絶対の存在を直接見たからかもな。」
「そ、それは」
「《言葉に出来ない狂いしモノ。》だな。はは。正式名は世界に伝播されているが、おぞましく、そして醜いモノとして名は、伏されている。」
「は、はは。あんたは先代と同じように。」
「まあ気にするな今は目の前の仕事を片付けようか。」
気分が落ち込む。
がそれすら許される状況でないのも確定している。決意することもできずに元戦場へと向かう。
「おうそうだこれをお前さんの部下を含めて付けるように。なに。そんな怪しい品じゃねえよ。まあちょっとした脅しのような意味合いだとよ。真意は知らんがな。」
渡された品を見、その異様さに別の吐き気が込み上げてきた。
もちろん吐いたが。
「おいおい。汚ねえな。たくっ。これが信頼する腹心と配下かよ。精神面は脆すぎだろ。」
「ぐ、あ、あああ、あんたは何も感じないのか。こ、こんな異様な物を持っていて。」
「ん、そんなに異様かよ。そうだな慣れた。まあ今はこれを付けろよ。戦場を円滑に進めるための仕掛けよ。納得しなくても、それはそれで面白い。だが納得しろ。これは絶対の配慮だ。」
夥しい負臭を放つ何かの塊。遠目には金属としか見えないが、それは確かに元生物だと理解させられてしまう。
「ぐ。では、三人一組になり清掃を開始してくれ。問題が生じれば都度報告を。終わりは信号で知らせる。この場へ集合するように。では解散。」
臓賦を爛れさすような強烈な汚染された空気。普通に息をしたならば発狂死は免れない。
全てに配られたその異様さを放つものを着けながら作業を開始する。
「とは言え俺達か、違うな俺がする事はないよな。どう考えるよツウェイ。」
「ぐっ。うえぇ。」
「なんだ、着けていてまだ無理か。慣れるかこの地を去るか。どちらかだぞ。」
拒絶と肯定を強いるのだろう。
拒絶を選んだならその場で処理される可能性が高い。いや確実だろうという情報は手にしていた。
そして肯定を選んだのなら無限といえる地獄へと沈んでいくのだろう。
「は、へへ。なら留まらせてもらう。いやそうでなければ頭に顔向け出来ない。」
「はっ。よく言った。そうでねぇと面白くない。さあ。始めようか。掃除という名の何かを。」
粛々と進行していく。
当然だろう。動けるものなど皆無。ゆえに更なる赤を流す事はない。筈だった。
そうこの地にも予想外が訪れた。
もし名を与えるのなら《狂いの歯車》。
何時から何処から存在していたのか。知覚したのは数人が全身に走る悪寒と同時に潰れたのだ。
そして絶叫が響き、次々と潰れていった。
「は、はひひひひひいいいいい。」
「い、いやだあああぁぁぁああ。」
「し、ししし死にたく、ないいいぃ。」
混乱し散るように逃げていく。
『狼狽えるな愚か者共。』
静まる。
『俺達を思い出せ。』
これで全員が冷静を取り戻す。
『先ずは距離を取れ。状況を各自確認。対処しろ。負傷者は即時回収。後方へ引きずってでも運べ。』
あれ程の混乱をこれだけで静め的確な指示を出すことに素直に感心する。
「なんだ。」
「くく。なに。称賛に値する。そう思っただけだが。統率がとれているな。」
「ああ。こんなものは日常にありふれてる。混乱するにせよ上が示せば下は素直に従うものだ。」
「違いないな。で、どう対処するつもりだ。」
「四人一組になって距離をとれ。反応があれば都度対応しろ。」
「くく。合理的だな。勿体ない。」
「勿体ないとは含みのあるような言い方。何か不満か。」
「おお、この編成を考案したのはお前と聞いている。その能力があるなら他で生きていけるだろ。なぜそうしない。もしかしてあの小僧に恩義でも感じているのか。がはははっ殊勝だな。」
「その小僧が誰を指しているのか。まあ今は置いとこう。なに恩義でなくただの忠誠心だ。」
「くく。忠義は時に動きと思考を曇らせ次を封じる事もあらあ。」
「できるだけ心に留めておこう。」
「でだこの戦場はこれにて終わり。ということに成るのだろうが、ああ。そうなればだ。簡単すぎるよな。抵抗らしい事もなし。と言って裏からの状態変異も起こらねえ。ならこの指定された場所は何のために用意されたのか。お前さんは。知っているか。」
「その質問には少し不可解な部分があるよな。」
「そうかい。でどうなんだ。」
「そう思われた根拠は。」
「上手すぎるのと出来すぎた。そうさな自身の力を有効に使用することもない。なのにお前さんには数々の情報が入ってくる。なのに。だ。現時点をみてあれらの存在を完全無視してるよな。先に云うぞ。惚けるなよ。」
「はあ。やはり元上位。か。何時から。とは無粋か。で俺をどうする。拘束かはたまた永遠の眠りに伏させるのか。」
「素直だな。いや、時間潰しのためだったが。正解を引くとは。」
「貴方は、何をしたいのですか。」
「したいわけじゃねえよ。あのボウズが何を見せるのか。それが気になるだけだ。他意はない。」
「坊主ね。貴方は上位です。ましてやかの組織に所属していた。いえ、現在も所属しているな。なのに何故だ。下位であるその者に従っている事には理解できない。」
「簡単なことだ。」
「簡単な、事。ですか。」
「取引だ。先の事は知ってるよな。」
「ああ。去年のあれですか。本来なら標的を拘束か命を断つ。それが関係しているのも理解しています。ですが、貴方の性格上素直に従うというには不可解。裏があるように勘ぐるのが常だろう。」
「ねえよ。俺あな、あのボウズを気に入ってるのよ。」
「それは玩具としてだろ。」
「違うぞ。」
「何がだ。」
「面白い。」
「は。何を。」
「だから面白い。と言ったんだが。」
「まさか、それだけで。」
「そうだ。それだけで。だ。もう少し付け加えるなら。ボウズの周囲には自身が許容しようが拒絶しようが付き纏う俺からしたら面白い種子が溢れているのよ。まあボウズには迷惑以外ないだろうが。だからこそ予測不能。いや、できるからこそ外れるんだろう。んや、この場合は外している。が正確か。」
「よもやその様な。他者が感じるような下らない理由で。」
「おう。そうだ。そして、くくボウズの進む道。その終着地が何なのかを知りたい。いや見てみたいのよ。」
他人事だからだろうか。
マダガストの表情は嬉々として危機を孕んでいる。
「それによ。あれを見て玩具にしようとすれば、まあ世界の地形が塗り替えられるだろうぜ。」
「ほほう。それは興味深い。誇張ではなくか。」
「あり得ない程の何かを背負っているだろう。あの歳で何を経験し。そして何を見てきたのか。お前も気にならないか。」
「はっ。だがな、その何かがなければただの子供。ということだろう。違うか。」
「くく。そう言えるのならそれで構わんよ。お、終わったな。此処までだ。お前さんの処遇は何れにしてだ。見に行こうかあの仕掛けを。」
「その前に一つ言わせてほしい。」
「おう。なんだ。」
「俺はあの人形共とは関係ない。今は証明できないが、その内に証明しよう。」
「そうか、その内が何時になるか見ものだ。」
「うっ。」
嫌な笑みを見せると仕掛けへと向かう。
人だかりができていた。
かき分け二人はその中央へと進んでいく。
絡められた鋼糸により地面に縫い付けられたその状態はなにか心が踊るようだと後に告げていた。
「これは一体なんだ。とか言った方が話しやすいか。」
「それを先に云うか。まあそうだな。だが俺も知らん。としか。」
「本当にそうか。まさか偽りでは。」
「偽ってなんの得がある。これを知っていたら言ってる。」
「ふう。その目は偽りない。ではこれが何かは不明とするか。」
「で、どうする気だ。」
「これをどうするかは後にして取りあえずは、封印か。」
「その封印とやらをどうするよ。」
「だから。おい。用意しろ。」
部下達に指示し用意させたのは。
「ほう。これは融解の鋼化糸か。何処で手に入れたのか後で聞きたい所だが。これならあのふざけた物も止められて封印できらあな。」
「あれは知らないがこれは知っているか。全くもって度しがたい。貴方の立場上知っていても不思議ではないが。はあ。」
呆れながらも融解の鋼化糸を不可解な物に投げ当てる。
と元から絡めていた鋼糸と同化し溶けて数倍の量と太さになり大きな球体ができる。
「本来なら一つで充分だが、贅沢な使い方を。」
「これを軽んじて後に傷を残すと頭に顔向けできないからな。」
「そうか。じゃあ俺も上掛けしといてやるか。」
唐突に投げ当てたものは触れる前に弾け、内容物を全体に浴びせた。
「お、おお。これは。」
「くくっ。ただの強化液よ。まあ通常とは違い、原液だが。これで簡単に開封できねえだろう。」
「本当にまったく。怖いな。」
夕刻時。
一通りの片を付け一時の休息を満喫していた。
一ヶ所を除いてだが。
その場には戦場での瓦礫やゴミを纏めていた。
もちろん、動かぬ存在も含めて。
「これをどうして一緒くたにした。分けて保管しろ。と指示したはずだが。」
「そ、それが原因もわからず、いつの間にかこのような状況に。先刻は混ざっていなかったのですが。」
「そう、か。はあ。仕事を増やしてくれるな。」
「小言を言ったところで時間が惜しい。こうなれば速いとこ始めて終らそすぞ。」
「だな幸いにして全てが終わった後で助かった。」
休息を挟みつつ夜を撤しての作業に追われ、完了したのは次の夕刻であった。
その時間の後、事件は起こされた。
最後の足掻きにして最悪の布石だろうか。
夜通しというくらいでなく1日掛けての仕分けは思ったより疲労を溜めに溜めた。
結果。更にという事になる。
そうこれこそがかの者等の思惑にして計画。
紛れ者の目的。これを紛れさすために小さな事件が散発したのだ。
追われに追われた処理により時間と人員を割きに割き収拾したのだ。
完全完了には数日を要した。
「だ、はあああ。疲れた。老体に連日の肉体労働は堪えるな。たく。あの腐れどもが悪足掻きを。」
「だが、これで我々の方は紛れを一掃した。心配は無いはずだ。」
「心配なんざしてねえよ俺は。だが、くくく。俺達の所だけなんてのは無いだろう。完璧にして絶対に他にもいるの。」
「それは、あの紛れ者か。一体何がしたいのか。どう考えても無駄な犠牲だろう。」
「まあ無駄かどうかは先にならねえと判らないもの。この場で答え全てを出すには早計だぞ。それに貴様もだろ。」
「はは。肝に銘じておくよ。では行こうか例の回収へ。」
「おう。」
二人は本来の目的を果たすべく施設最深部の更なる深淵へと足を踏み入れ目的の品を回収する。
「そうだ。なあ。」
「お、なんだ。」
「どうして俺の名を知っていたかの理由を聞いてなかったな。と。」
「ん、おう、そうか。なに。昔に取ったなんとやら。てので知っていただけ。それ以外を探るなら。そうだなあの戦争でのお前さんとこの先代に会ったときに見せてもらった。てのはどうよ。」
「はあ真実かは別にしても。そうかあの戦争経験者だったな。善くも悪くも生き残れたな。聞いた話じゃそうとう酷かったらしいな。」
「くくっ。細かいことは後でしようや、優先すべきは、な。」
「そうだな。じゃあ今度こそ行こうか。」
二人はある建物へと向かっていた。
元戦場の端に位置する建物へと。
その場は目的とした場所ではなかったのだが、ある考えによりその異様にキレイすぎる建物に用があるのだ。
二人は着いても入らず、周囲を散策するように歩いている。
「お、此処に。」
「おいっ。こっちにもあったぞ。やはり。」
「これで一つの仕掛けは解けるだろう。」
「だが仕掛けられた数は半端ではないぞ。潰せても限られる。」
「だからこその品なのだろう。」
肩を落としてソレを見る。
「そんじゃあ潰しておくか。彼方の遅延には繋がるかもしれんしな。」
「そうだな。まあ影響など微々たる程だろうが。」
「始めるか。」
「そうだな。」
二人は目につくソレを潰しにかかり、長い時間を要して終わらせた。
「なあこれで終わらせても面白くないよな。」
「何を突然。」
「いやな、周囲がこれで、俺達が潰した仕掛けも発動しない。だが何かしらで、それも手違いで見落とした。なんてのもあり得るだろう。」
「だから。なんだ。」
「だからな。」
二人で屈んで小声で話し合う。
「んな、それをするつもりか。」
「この場を終わらせられて、俺達をどうにか出来なくなる。さらに仕掛けの漏らしまでも覆い隠せるだろう。と同時に潰せる。どうだ。」
諦めたのか頷き数人を秘密裏に呼び寄せ準備させて全員で拠点へと戻っていった。
程なくその建物が爆発炎上し鎮火までには誰も手を出さず完全鎮圧には数日を要した。
それは彼らが後にしたことであることは云うまでもないだろうか。
無論、主目的の品を回収済みである。




