二章~強襲~2
何時間後だろうか。不思議な事態に巻き込まれていた。
なんで。と、誰かが発した。
それは甲板にいた全員が思っていたこと。
わざわざ言葉にしたという事は、無意識からくる現状理解をするための自己確認だろう。
その光景を。景色を。周囲を見て理解できるものがいるのだろうか。
事の起こりは何の気なしに拾った品が原因だろうと思われるのだが、その仕掛けや原理は全くと言っても差し支えなく。解らなかった。
何故ならそれが原因と思わないのだから。
そうだ誰も。
拾った本人すらそれを認識していない。
いや正確には認識していても、それはその者の中では終わった事象であり、過去の記憶でしかないのだ。
なので其処に至ることはない。
広がるは海。なのだが、その色は見知っている色でなく、澄んだ色をしていて、といって空の色は何時もと同じ色をしている。
この異様な事態に皆が動揺することは必然か。
何か打開策を。
と皆が考えるが、世の中そう都合よく思い浮かぶことはない。
むしろ思い浮かびようがないのだ。何故ならこの現象の発端が判らないのだから。
無駄な時間が過ぎていき、甲板で立ち尽くしていた。
「これは本来ならあの人専門なんですけど。どうしてやりましょうか。皆さんはどうしますか。て。あぁあ。」
空間の影響下に置かれたことが原因のか。船員含め、二人も同じように瞳の光が消失していた。
「そう来ますか。」
これが三度目の襲撃だと理解した。理解したからこそ。
「うくっ。」
体勢を崩してよろめく。
「嫌だっ。入るな出ていけ。くっ、あ。」
立って思考の一部を残して尽くしている。違和感を伴わないように見た目だけでも周囲と同調しておく。
結果。
視界の内外に複数の外敵が船に姿を表した。
元から甲板にはいたようだ。
《作戦成功。これより船内へと侵入。目的を例の地点へ変更。人形達は動けなくしてから適当に纏めて放置。どのみち動けない。では、残りは徹底捜索に当たれ。装置の回収を忘れるなよ。解散。》
全てが頭部を動かすと一斉に散っていく。
甲板では慌ただしく動く襲撃者達。
認識して内の一人が訝しげに近付き頬を力の限りに叩き込む。その力に抗わず頭部を支点として回転しながら船の縁に当たり、嫌な音を響かせながら更に跳ね上がり、変色の海へと体が沈む。
慌てるように小舟で海から引き上げられる。
抗議の応酬だが時間が無いのだろう、早々に切り上げ再開する。
一人一人を動けないように腕を絞め、浅くもなく深くもない傷を負わす。
例外なく等しく施し、宣言通りに纏めて一所に集められた。
凡そにして2日経って目的とされる場所まで船は。
何事もなく到着した。
体感的と流れを考慮して、設定航路から大きく外れているのは理解できた。
そして物のように扱われて暗く乾燥した倉庫に放り込まれた。
離れていく荷物運びの話で。
これから相手方と翌日の交渉段取りをするという。
で。
時間を充分において、積もった何かを心から放ち、全てに巡らせる。
『はあ、長い旅ではなかったですが、まさかこのような場所があるとは。まあ、あの空間で動けるのは多分異常者くらでしょう。なら僕はそれに該当するのですかね。否定はしませんけど。では、行動に移しますか。』
置かれた場所が適当すぎて、まあ数もそれなりに有ったもので誤魔化しは効くだろうと考えてたが、少し工夫して適当に集めた物に足を固定していた器具を外して嵌め、適当に布をそれらしく被せておく。
「では皆さんはさようなら。なんてのはないですが少し待っててくださいね。これより先は。本当の意味での思考の外ですからね。」
返答は期待していなく、動かない皆を静かに眺め、そして扉の鍵を開けた。
扉を開けると番人が二人居たのだが。
まあ、場所的にも暇なのだろう、サボって眠りこけている。
それも器用に各々の武器を杖代わりにして。
一人など。
「ふひひっ。もっと近くに来い。ふひっ。可愛がってむにむに。」
などというのを言っている始末。
頬が引くつくことを認識して、物理的に引いている。
中屈みになって観察してみる。
頬をつついてみる。
起きない。
「結論。誰かが薬を盛ったか。幻術で堕ちているのか。正直、助かりますけど、なんの意図があって。」
てのを考えても始まらず。
無駄に時間を浪費するよりも先を進めた方が利益にもなる。
見た感じでも自然に出来た場所を使用しているのは分かった。それと洞窟を利用し、一部を加工した倉庫だというのも含めてだ。
道なりに進めば出口に着くだろうが、周囲を警戒して損はないだろう。
観察しながら進んでいると壁と地面に僅かな擦れが数ヵ所に見られた。
時間もないので調べはしなかったが。
出口が見えてくると鼻を擽る臭いがしてくる。
それは潮の香りなら良かったかもしれないが。
外へと出ると。
目に飛び込むは。
おおうっ。酷いというのか、惨いというのか。はてさてどうしましょうか。
広がるは腐った塊に集る羽虫や獣。
一心不乱に食らうそれは見てて良いものではない。
なぜなら、幾つもの人の慣れ果てた姿が見えているのだから。
普通なら吐いて、悲鳴をあげて終わりなんでしょうかね。しかし、これは何ともはや。という他ありませんね。ではいきますか。
気を引き締めるということをせず。
山という山の間を臆せず躊躇なく歩く。
一息で噎せる腐臭は嗅覚を歪め、味覚を狂わし、視界を歪め、気道を炎症させ、肺を犯し、確実な思考力を奪っていく。
その上に、耳に否応なしに届いてしまう喰らい尽くさんとする獣達の補食行為。
それらは一心に頭を山に突っ込み、必死に腹を満たそうとしているかのようにも見える。
羽虫に至っては齧り取ったものを何処かへ運んでいる。
だが、何かの切っ掛けでその標的は、此方に成ってしまうかもしれないだろう。
なにせ新鮮な肉の塊なのだから。
そうして耳に届く、引き裂き砕く音を無視して山を抜ける。
その先には。
一望して感動してしまうような、大きな森。その先には寂れた街。それか村。とい形容した方がよかろうか。
遠目ゆえに詳細は判りかねたが、どうやら、あの襲撃した者達の根城らしい。
その理由は簡単で、街か村を囲う壁の数ヵ所に出入り口らしい場所があり、そこをあの襲撃した者達と同じ衣装を着用した数人が番兵をしていたからだ。
さらに遠方には黒に縁取られた水平線。
「ん、そういえば、あの番人達は着ていなかったような。まあ気にしないでおきましょう。では、船と脱出路。それとあの人達を解除しませんとね。さてさて。どうなりますかなこの先は。」
道なりに進むという手もあるが。
「時間は有限ですし。森を突っ切りましょうか。」
眼下には森へと続く垂直の道という崖。
迷っている暇はなく。少し下がって、一気に飛び落ちた。
耳に届く何かがあったがそれすら気にしないでおいた。
飛び降りて直後に一つ忘れていた。
「あ、着地。どうしよう。・・いやああああああああぁぁぁ。あへぐぶるしっ。」
近くの一本に打ち付け、枝を折り、葉を散らしながら地面へと落ちていく。
「あがっひゅっ・・・。」
断裂破裂粉砕。
肉体が壊れる音が耳に流れる。
「ひゅはっかっは。」
二酸化酸素以外も吐き出す。
「ひゅっひゅうぅ。ひゅっひゅうぅ。ふえ。」
見えている木々が遠ざかっていく。
「・・・・お、えぇ。」
言葉を紡ごうとしても肺はつぶれており息もままならない。
神経が死んでいるのか全身の感覚がない。
遠ざかる樹は遥かな場所へ。そして闇に包まれていく肉体。
耳に聴こえたのは全身を打ち付ける硬いものと沈んでいく音。吹き上がる音と穿つに似た音。
意識が途切れる。
目を覚ますと流水音。
目を開けているので生きてはいるはずだ。
視界全てが黒に覆われている以外は。
「ん。おお。地下通路じゃないですよね。これは地下洞窟ですか。たぶん。」
起き上がり全身を調べても普通に動く。
「今は置いておいて、先に進みましょう。」
飛沫を上げながら適当に進む。
「へぐっ。壁ですか。ゴツゴツしてますね。それほど広くはないですね。でも適当に進んでは無意味ですから。」
足下に流れる水に触れる。
「此方ですね。」
見えないが足下を流れる川に沿って飛沫を上げながら進んでいけば何とかなるだろうと楽観視している。
そう簡単には行かないが。
そう、足下を流れる川の終着点は壁と地面の間だった。
「困りましたではどうしましょうか。ん。」
途方にくれると思っていたのだが、流れる音とは別に微かに聴こえる音があった。
「これは。もしかして。ダメなら諦めて体力の回復に努めましょう。その後はその時で。では行きますか。」
届く音を頼りに遠ざかる流水音とは別の音に向かって、暗闇を進んでいく。
反響しているが近づいているのは確実だろう。
心は踊るし血が騒ぐ。
体感時間にして一時間少しか。
反響のせいで行き止まりに何度も遭遇してしまったが、音の元凶までたどり着いた。
「これは。吸水装置。じゃあこれの管を辿れば。ん。」
自身とは別の足音が近づいてくる。
隠れられる場所はないが、その場を離れて距離をとる。
幸い近くに曲がり角があり、姿を隠す。
壁の向こうから光が漏れている。
音からして複数はいるだろう。
「さて、どうなりますか。」
漏れる光はあの装置で止まった。
そば耳をたてる。
「はあ頭も全く。なんで若の失敗をあの程度で許したんだか。」
「頭も歳だろ。性格は難ありだが、それでも若以外のご兄弟は乗り気じゃないだろう。まあ、一番有力だったあのお二人もあれから鳴りを潜めて大人しいもんさ。それにつられてかその一派も頭所属で大人しく従っている始末。はは。これは確定かな。」
「しかし、あれは酷かった。別にしてもあれだけの裁定を下すなんてな。」
「これは噂なんだが、どうも若の差し金らしい。もしくはそれに近いもの。とかな。それであれまでの罰を課したんだとさ。ああっ。今思い出しても震える。」
「ん。さて、整備終わり。なあ。これからどうする。明日からは何かでかい交渉なんだろ。俺達も某かを任されるとか。」
「そうだがまあ、それまでの自由時間でこんなことをしている俺達も物好きだろうが。さて交渉についての此方の対価は今日仕入れて倉庫に入れた人形なんだろう。まあ、どうなるかね。若も遣る気だし。これが成功したら確実だろう。さてどうなるか。」
「まあ、明日にならないと判らない。運命は何とやら。てやつだ。」
「はは。そうだな。お、そろそろ飯の時間だ。お前達急がにゃ食いっぱぐれるぞ。早く片付けて行くぞ。」
「お、そうだな。」
複数の返答と片付けの音。装置の音。
来たときより急ぐように帰っていく。
膝を抱えて頭を埋め、目を閉じている。
「ふうん。交渉。で、人形か。早いとこ片をつけないと皆さんが危ないですね。それにしても気絶してからそんなに経ってなかったのね。まだあれもばれては無さそうだし。早く行動しないと。はは。僕のこれまでを考えても簡単には行かないでしょうけど。はあ。」
立ち上がり壁から顔を出してみる。
あの集団とはかなりの距離が離れている。
距離を維持して着いていく。
誰でも分かる出口へと到着した。
出口には鍵が掛かっていない。
無用心だとは思うが、この場所が関係者のみしか利用できないのならば鍵をかける必要は無いに等しいだろう。
それとも別の理由だろうか。
扉の隙間から覗くと完全な人工物となっており、距離や時間を考えてもあの街か村の下だろうと推測する。
当たっていればだが。
一応静かに扉を開いたが、誰も居なかった。天井を見ても監視装置の類いも見当たらない。
「これは後で何かありますね。」
左右には同じような扉が並んでいる。
「んん。位置とかを考えても此方ですか。」
扉を閉めて左を進んでみた。
「おお。これは。」
歩いてほどなく時間を要さず広く亀裂が走っている場所に出た。
「闘技場。かな。」
『ご名答。よくもあれだけの高さから落ちて生きているなんてな。偶然に助けられたか正直驚いたが。まあ済んだことだ。さて、これより実験を始める。簡単には死んでくれるなよ。』
声がしたが姿は見えない。なら。
「もうなんなんですか一体。あの。聞いたら答えてくれますか。」
『はは。命乞い以外なら答えよう。』
「じゃあ、そうですね。アナタ達は何者ですか。」
『ふはっ。そうだな。我々は古代から続く傭兵派遣集団。今は手広くやらせてもらっている。』
「そうですか。では、此処は何処ですか。」
『場所を知ってどうする。』
「いえ、位置を把握してなかったら後が大変でしょ。」
『ふふ。儚い夢となるだろうに。まあ良いだろう。教えてあげよう。』
エウプホールビアから東に位置する二つの島が合わさり1つの島となった自然島。
『それがこの島。レンゲリース・リシャンスさ。』
「はあ、そうですか。で。最後の質問ですけど。」
『なにかな。』
「実験て何をするんですか。」
『はっ。はは。そうだね。知らずに終わりたくはないよな。じゃあ教えてあげよう。』
空間が震える。
次に亀裂が走る壁が競り上がり、格子が現れる。
『さあ始めて終わろうか。強度実験と思考能力値試験を。』
鈍い音が響く。
同時に格子が床に収納されていく。
『さあ、始めなさい。合格したら最高の食料をあげましょう。』
声が、響く。
端的に言ってしまえば。
生物実験だった。
歪に改造された、元が何かも判らないほどの生物の、群れ。
まともな部分を僅かに残したモノも居るならば歪すぎるモノもいる。
『さあ、いきなさい。』
「ああ。もう。何なんでしょうね。」
『ふふ。今さら命乞いかい。もう遅いけどね。』
周りを囲む歪な生物。奇声咆哮が混ざって不愉快極まりない。
頭を掻き、首を少し引っ掻いて。
「はあああああああああっ。」
片手で頭を抱え長い嘆息をする。
「正直こんなんばっか。時間も無いというのに。」
『なんですか。自棄を起こしましたか。』
「ねえ。もし、この人達を全て沈めたら。素直に解放してくれますか。」
『ふはっ。生き残る気かい。ふむ。面白いね。そうだな。もし仮に、だが。その実験台を全てできたなら解放は約束しよう。』
「いやはや。そう来ますかまあ、それで充分です。では。」
胸の前で手を合わせ、小さく頭を下げる。
「最初に謝っときます。そして、終わりです。」
下げた姿勢で姿が消える。
直後にその場の実験生物達が文字通りに沈んだ。床の底へと。
同時に出てきた反対の壁が破壊されていく。
次に現れたときには。床一面の赤と夥しい量の物言えぬ塊達。
その場で一息つく少年。
「ふう。さてこれで終わりですか。では解放をしてください。」
狂気という光景の中で当たり前のように一つ息を吐き出し、解放を求める。
『き、ききききききききききききき。きいいいいいいいぃ。なんなんだ。お前は。』
「さあ、誰でしょうね。では、先ほども言いましたけど、解放してくれますか。」
『くくっ。変わった。お前を研究して。』
「そうですか。」
再び姿が消える。
「無駄さ。その部屋はどんなに速く動こうとも感知する装置を設置しているからね。はははは。」
「そうかい。」
「ん。ぐえへっ。」
「簡単に解放なんて端から期待してませんよ。」
「ど、どうして、この場所が。」
「ああ。ほら近すぎず遠すぎず。それを考えたらこの部屋かなと。」
「そ、そんな理由で。」
「じゃあ、後々を考えて。壊して消していきますね。」
「え、なに、を。」
答える事はせず、機器を破壊し、情報も全て消していく。入念に。
作業の間中絶叫という悲鳴を音楽に進めていき、その間にも質問をする。
破壊や消去が数分で終わると、蓄積された情報も機器も全てが破壊され、学者の前には修理不能な残骸しかなかった。
「な、なんなんだ。一体。」
質問に答える対象はなく、虚しく響くだけであった。
足音が響く。先ほどより三階層上に移動し廊下を走っている。
どの階も同じような造りである。正直飽きてきた。
疲れも溜まってきている。
と幾つ目かの扉から話し声が聞こえてくる。
『ねえぇ。明日からでしょ。商品の引き渡し。』
『そうね。でも私達には関係ない話。それに謹慎中と罰則の継続中だし。勝手には出来ないわよ。』
『うん。でもね。運び込みを少し見たけど面白い人形が有ったのよね。』
『ふうん。そう。』
『なあに、興味ないの。』
『そんな事言ってないわよ。で、何があったの。』
『んふふ。それはね。』
『え、ええ。そうなの。ねえ、もしそれが本当なら大事件よ。なら今回の交渉は絶対に成功させないと。』
『そうよ、だからどうなるか見ものよね。ふふ。』
『じゃあ、邪魔は。』
『しないわよ。これ以上は頭の心証を悪くしたくないし。それに反撃の準備は出来てるのよ。何時でもね。』
『そう。じゃあ今回は静観に撤しましょう。』
『ねえ。それより。』
足音が向かう。
『えいっ。』
重い一撃が簡単に扉を蹴破り、反対の扉を巻き込んで部屋の奥まで飛んでいく。
「あれえ。居ない。」
「どうしたの。」
「ん。なんか誰か居たような気がしたの。」
「そんなはずないでしょ、だってこの区画は。」
「まあ、気のせいだと思うから。さあ、早く着替えて罰の続きをしましょ。」
「そうね。じゃ着替えて行きましょうか。」
戻り残りを済ませて部屋を後にする。
談笑しながら遠ざかる二人の声。
完全に消えて気配も消えた。
残され壊れた扉二枚。
少し動く。
扉の下。正確には扉二枚の間から指が伸び、掴むと一気に押しどける。
「くはっ。はあはあはあ。し、死ぬと思いました。はあ。」
体を払い。部屋の外を確認する。
「どうやら本当に行ったみたいですね。はあ、驚きましたよ。本当に。」
部屋を出て反対の部屋へ入る。
思った通りその部屋は更衣室になっていた。
「はあ、さすがにこのままだと考えものですし、ちょうど良かった。さて、何を着ましょうか。下手な物だと変態ですから。お、これは、まあ無いよりましですかね。では、勝手に拝借。していきます」
「んーそれは困るかな。」
「よとぅわあ。」
心臓が早鐘を打ちならし廊下を出て転倒してしまう。
「んん。誰か知らないけど、勝手に持っていったら。めっ。なんだよ。分かった。」
「はあ、驚いた。ああ。まさか戻って来るなんて考えが甘かったかな。まあ、いいや。取り敢えず逃げ」
ようとして起き上がれない。
「いつの間にか拘束されてるし。くのっくのっ。」
「うんうん。駄目だよ逃げたら。ていっ。」
「げふっ。」
「ねえ。質問しても」
「はは。偶然か必然か。さて、どちらなのでしょうか。」
「ちょっと、質問は私がしてるんだけど。」
「ん、そうですね。でも質問はまだしてないでしょ。」
考えてみてその通りだった。
「聞きたいことは沢山ありますけど。今言いたいのは、どうして戻ってきたのかな。とか。」
「んんん。素直に答える気ないね。それじゃあしょうがないかな。んふ。えい。」
耳にしたくない音が下半身左から響いた。
「ひっ。くあっぐ。」
「おお。スゴいね。これで悲鳴を堪えるなんて始めてだよ。ならもう少し良いか、な。」
潰れる。
「ひぎっあ」
「おお、お。まだ我慢できるんだ。んふふ。ちょっと興奮してきた、かも。じゃこれは。」
風を切り裂く音がした。
「ちょっと何してるの。用事があるからとか言ってたけど何、もしかして。なんてのを思ってたけど。間違いなく侵入者ね。何処から入ってきたのかしらね。もし戻るのが遅かったら今頃、玩具に成ってたわね。」
「あ、こんなことをしてる場合じゃなかったよね。」
首が冷える。
「なんか面倒だし、このまま処理しても良いよね。」
「そうね良いんじゃないかしら。どうせ誰も困らないし。」
「じゃさようなら知らない誰かさん。」
殺す気配が一点に集約される。
「さよならお二方。」
同時に短い言葉を放つ。
二人の視界は一度反転すると一人は前面を壁に打ち付け。一人は天井へ背面を強打させられる。
「はひゅう」
「はけっ」
「ん。んん。無理ですか。歩けるだけでもよしとしますか。よっ、と。」
「かふっ。一体、何が。」
「つっ。何、今のぅ。」
「質問ですが、最後の質問です。お二方は直近で何か個人の端末強奪を依頼されませんでしたか。」
二人が反応することを見逃さない。
「それをその後に通常の手段では手の出せない所へ運びましたよね。覚えて、あれどうして震えて。」
「どうして、それを知っているの。あの詳細は一部しか知らないはずなの、に。」
「あの時のは。」
完全確信。
「良かった。覚えてましたか。いやはや、本当に次会えたならどうしようかと考えていたんですけど。会ってみると何かをする気が消えました。でも。」
足を力強く踏み鳴らす。
屈んで二人の間に顔を近づける。
「今度はもう少し確認して仕事をしてください。では。さようなら。」
倒した二人を置き去りにして上階へ向かう。
「ま、待ちなさい。誰なのお前は。あの時の対象は全て引き渡した。」
止まる事はしない。
それでも答える。
「それは簡単ですよ。あの時の人達には相応の報いを受けてもらい、軍へ引き渡しました。それだけです。彼らのその後は知りません。僕には関係ないですからね。」
これ以上言葉はない。
姿が消えた後も二人は動けないでいたが、僅かに回復してからお互いを気遣い傷の治療のため更衣室とは反対の部屋に入る。
その場所は怪我人等を治療するための部屋。
手の届かない場所はお互いで薬を塗る。
「はあ。ねえ。誰だと思う。」
「判らないわ。だってあの時は全員が眠ってたから。」
「そうよね。でも一体何なのかしら。ん。」
「どうしたの。」
「ねえ、確か足を壊したわよね」
「ええ。そうよ。その後で潰したし。」
「可笑しいわよね。」
「え。どうし、て。え。」
「うそ。嘘よね。」
「そんな。まさか。」
「「超回復者」」
意識と関係なく悲鳴を挙げていた。
直上階では関わりたくない光景を目にしたのだが、何か憤怒が沸いたので突入して全員を殴り落とした。
気が少し晴れた。
階層を上がるにつれて人の気配が濃くなると思うだろう。
何か気配が微かにしかない。
それでも地上は近いだろう。
やはりと云えば誰でも納得してしまうな。
上階へと繋がる階段を目前にして、遮る者が現れた。
「何か嫌気を感じて来てみれば。くふふ何処から紛れたのか。それはどうでもいいんだ。そう。今は、鬱憤を晴らしたい。なのでええ。しねええええあええええええけかえけええてえ。」
目が瞬時に赤く染まる。
「ひ、ひゃあ、ああああああああああああああああ。」
狂った力が肉体を極限まで高める。
「ふしゅっふっうぅ。」
力が消えたかと思われるが、瞬きの後に姿は消えて横からの衝撃で吹き飛んだ。
壁を崩壊させその奥へと身を飛ばされ、意識を手放しかけた。
壁から瓦礫が落ちる。
廊下では震えうつむいている。
「くふふふ。はぁあ。最高の、気分だぁ。」
何かいけない方向へいってるような。
「悦楽へ向かうのはいいのですが、終わったように思わないでね。」
「くひゅっ。ひゃはあ。良い、良いねえ。直撃の瞬間にずらしたね。面白い。」
傾げてしまう。
「さて、これはどうか。な。」
「ぐふあっぁ。」
一息で詰められ、腹に振り上げる一撃をもらい、天井へと叩きつけられる。
自身も追い討ちをかけるため跳躍し更なる一撃、それも重さや衝撃は先の非ではない力を繰り出す。
力の凄まじさは天井に亀裂が走り、貫かれていく事で証明される。
「あ。」
即ち、地上階へ出たということ。
床に二度目の叩きつけ。
意識に関係なく声が出る。
幸いなことに頭から落ちなかった。
届く声。
穴。つまりは下から見た天井。上から見た床から声が発される。
「おお。少し本気を出しすぎたか。まあ。これで大人しくなるだろう。回収だ。」
穴から出てくると、倒れて半死半生の侵入者の一部を掴みあげ、担いで出ていく。
後に残るは、穴と瓦礫と砂塵と、静寂を破る小さな呼吸。
「行ったかな。」
安心したように息をはきだす。
「うんうん。やはりと言うべしか。」
「え。」
周囲を見渡しても見えず。ある思いを抱いて見上げれば。
あろうことか、出ていったはずの者が天井から見下げていた。
担いでいた偽の塊をぶら下げて。
「おう。これはまた。」
「ふふはっ。出ていったかと思ったか。くくっ。残念だったね。これを見て気づかない今の我でない。さて、どうする。」
「ふ、ふふふふはははははははははは。」
「ほ。逃げられないと悟って正気を失ったか。」
「あひゃあひゃあひや。」
笑いながらそのまま床に転がり笑い続ける。
「ひいひいひい。」
「ふう。狂ってしまってはどうしようもないな。処分して後に報告しておくか。」
「は、はあああぁ。もう、むり。」
「ん。正気を保っている。なら」
「ああ。いいや、なんとなく理解しました。この場を見て思い出しましたし、そうですか。ふむ。ねえ。もしかして、」
視界から姿が消えると耳元で囁く。
その言葉を聞いた瞬間。
それまでの余裕は消滅し、持っていた塊を落としてしまい乾いた重い音がする。酷く狼狽してしまう。
「はは。やっぱりそうですか。ならこの場はそうなんですね。そうですかならやることは。一つ。この事も纏めて実行しますか。ではさよなら。《天使の薬使》。」
最後の表情は驚愕に衝撃と混乱を混ぜ合わせた表情だったという。
張り付いていた天井にその器たる肉体を一撃で圧し潰した。
天井に赤く染められた花が咲いた。
「はあ、そうですか。あの。関連施設でしたか。。個人的な何かが増えました。」
床に着地して天井を見上げる。
「はは。これ程に死を。」
建物から出ていく。
今度は穴と瓦礫と砂塵と静寂。塊に赤い花から滴る水と弾ける音。
光魔の中には疲れと虚無が鎮座していた。
建物を出ると思っていたより暗く。周囲は闇に閉ざされた森林だった。
予想は外れていたようで、まだ森林の中だった。
不思議なことに普通は思うかもしれないが、光魔は気にせず森林に入り、進んだ。光が遠ざかることも気にしない。
それにしても上から見た限りではこんな建物を確認できなかったんですけど、特別な処理でも施していたのでしょうか。まあ終わっていますので気にしませんけど。
闇に支配された森林を進んでいく。
静寂の森を。




