一章~仕事~
意識を浮上させ混濁する思考が時間経過と、現状を認識するのに僅かにかかる。
椅子に縛り付けられ、両手足も特殊な拘束具により動かせる隙さえない。
見える視界も狭く、顔に何かを付けられている。
感触からして仮面の類いだろう。と推測する。
『さてさて、今回の君に届けてもらうものはこれだ。』
唐突に始まった全体から響く声。
加工しているのか、詳細は謀りかねる。
狭い視界から見えるモノは大量のアタッシュケース。
『この中に本物を紛れ込ませている。内の一つを君に届けてもらいたいというのが今回の依頼内容だ。』
自然と涙が出ていた。
したくもない事に対して、違うな。
自身の現状と状態を整理して理解したのだ。
『今回、失敗は許されない。なので一つ枷を着けさせて貰うことにした。』
アタッシュケースを挟んで、その向こうの壁に写されたのは家族写真だろう映像。白髪の女性は車椅子に座り膝掛けをしている。
その横に立ち肩に手を置き、確りと佇み、両眼からは力強い何かを感じさせる雰囲気が見えるような老人。
その両名を挟むように立つ人達。
大人複数に子供複数。
文字通り大家族。
『君の全て。それらを奪う用意は何時ものように出来ている。さあ始めよう何時ものように命と存在を賭けた仕事を。』
終ると拘束は解かれ自由になる。
『その中の一つを持っていきたまえ。』
他人事のように怒りや焦燥感も湧かず、言葉すら漏らさず事を進めるためアタッシュケースの一つを適当に取り出した。
持って確信した。
溜め息も吐き出した。
『それと最後に。目的地までを記した地図と他諸々を用意した。使うも使わないも好きにすると良い。それでは健闘を願えるならば。願おうか。』
数ヵ所から小さな爆発が起こる。
私には記憶が曖昧で大部分が欠落しているのですが、先程の画像も本物か怪しいとさえ思ってしまう。
それでもこれだけは自身を持って言える。
そう、私には家族と呼べる存在が居たということに。
で、す、が。それは写し出された者達では決してない。
赤の他人。何の縁もない。会ったことすらない。
それを人質とするなど愚かの頂きにしかならない。
この様に考えられたならどんなに良かったろう。
例え面識なくとも私のせいで無闇に命を流出させるのは不本意。
素直に従うしか方法はない。
気だるげに肩を落として出口に足を向け、首を傾げてしまいました。
出口に嵌め込まれた扉には解放させるための部分が無い。
いや。実際には在るのですが、その取っ手と思われる位置。その上に板を厳重に溶接されており、簡単には剥がせそうにない。
出るまでにも知恵を使え。そう言いたいのでしょうかね。
天井から吊るされた電灯。光源はこれのみで薄暗い室内には。
座らされていた倒れた椅子。その近くには拘束していた紐。
アタッシュケースの積まれていた台。
壁には幾つかの音響装置。内の数台は原型を留めているが、先ほどの爆発の影響か使い物にはならない。
これでどうにか出来るのなら苦労はしない。
出口に嵌められた物を軽く叩くと軽い音が内部に反響。
悩むのもウンザリするように腕を振り、腰を落として一撃で扉を吹き飛ばした。
外からの光を浴びながらアタッシュケースを持ち上げ寂れた部屋を後にする。
外へ出ると殺風景なその景色に気だるい肩がより下がり、自然と視線が上に向いてしまう。
私はとにかくこの場所から早急に離れるため、目的地点へと急ぐための足を確保することから始め、手間を掛けずして揃えられました。
と云うのも幾つかは事前に用意されていたのですが。
何故かその場で渡されなかったのです。
これ、完全に遊んでますよね。
さて。
一方は完全自動で海路を渡る道程。
時間は掛かりませんが、不安要素満載。
一方は自動だが、大きく迂回してさらに幾つかの関門を通らねばならない。
同じく不安要素に難ありですが時間的なね。
さてさて、どちらにしようか。
迷いは停止。
そう思いって陸路を選びました。
陸路での移動には事前に用意された通行券を使用する道と、自力で確保の道。
前者は自動にかわりないが、後者は間違いなく時間を浪費してしまうだろう。実は陸路にも迂回が一番の安全策なのだが、問題点として。
時間が一切足りないのが一つ。
正直直線で行き何もなければ早ければ1日も掛からない。
これは海路と同じか少し長いか。
問題とするなら時間もあるが幾つか内包しているが、その最たる例があるにも関わらずこの道を選んだのだ。
直進順路。
短縮にして簡潔に。
早速の事だ。
そう思いながらケースを足で抑え呼吸を整える。
最初に感じたのは痒さ伴う向けられているであろう空気。
無視しても可能な範囲から距離を稼ぐ毎に大きくなり、ある地点で巨大な何かが囲んでいた。
逃げの選択は消失していた。
最初の関門まではまだ距離がある。
諦めの声が無意識に漏れる。
ふと脳裏に私の死を連想させる映像が思い浮かばされた。
理解よりも実感していました。
敵です。
目的は云わすもがな。
簡単には運ばないと踏んでいたのですが、よもや、と言うことなのでしょう。なれば対処は一つ。
持っていた荷物を地面に置き、抑えて周囲を警戒します。
眠るように私の前で横たわる者。
襲撃者ですが苦もなく対処し、地面で指を胸の上で組ませ寝息をたてている。
別段命を奪う理由がない限り生かしておくのが私の信条。
それでも動かれて追われるのは困るので足に枷を着けておく。
まあ、厳重に慎重を期して首にも、おまけとして先端は地中深くへ埋没させました。
手を合わせ小さく礼儀をし、その場を後にする。
それにしても、ずっと付きまとうあの大きな空気は何処へ行ったのでしょうか。
眼前に広がるは荒野。身を隠せるような遮蔽物もない。その遠方に見える空を穿つ山。それはふとした事で命の危険が伴うことに帰結する。
肩を落として乾いた硬く水気の全くない地面を数回叩くと、長い年月を思い起こさせる。
気合いを入れて腰に結わえた一本の特殊な紐。その先端にはアタッシュケースの取っ手部分が結わえてある。
息を整えるために深呼吸を繰り返し、やり過ぎて噎せてしまい、再度整えて初速から力を解放した。
その結果。
あの大きな空気は付かず離れずの絶妙な距離を保ちつつ、付いてきているような気分がする。
私は崖を登っている。
通常ならこの崖の真下地下深くに設置された関所を通らねばならないのだが、何かと手続きに時間を割かれてしまうのでこの道を通る事にしたのです。
さして案の定というのですか。この道を選んで、予想通り略奪者が現れた。
不可解なのが、この崖に対して私と同等に三方を掛け登って来ている事で。
手を出してこない。
一人は問題なく対処できるが、それをすれば無駄な時間を浪費してしまうのが見えている。ので足を掛ける崖に対して三足から二足へと移行させ頂上を目指すようにした。
これを予想してか二方の者が速度を合わせ頂上付近で仕掛けてくる。
速度を合わせるだけでも驚いたのだが、この状況でよもや仕掛けてくることは予想外。
仕方なく途中で停止して相手をする選択を取る。
そうしなければ何時までも追ってくるだろうから。
付いた煤や汚れを払いながら衣服を確認すると、多少の切れ目がある事に感心する。
概ねどうにかして略奪者を拘束してその場で放置。
先程と同等の処置をする
略奪者に罪はないように何となく考えられ、命まで取りろうと思わない。
先に進もうとして。
ん、そう言えば一人足りないような。
と云う考えが過るのだが。
まあ逃げたとして放っておきますか。
という結論へと帰結させ移動開始するも、ある事に気づいて振り返り、腰に括り付けていた紐からの先端部。荷物は所々が変形して歪な形に。これでは先の道のりには耐えられないだろう。
首を傾げてみたものの何処かで納得して。諦めて腰に結わえた紐を解いて持ち上げ腕に抱えてその場から速度を上げて走り出す。
思考しながら先を考える。
そう代わりを用意しなければ。
先は長い。
長いからこそ速度を上げる。
あと別の入れ物を用意を考慮する。
何か気分が重くなってきている。
そんな気分を他所に進んでいき小さな廃村らしき所に着いた。
見た所かなり年数が経っているのだろう。
廃墟には蔦が絡まり多色の葉を繁らせ、地面は土すら見えないほど雑草に覆われている。
それにしても廃村であるにも関わらず、私以外の一つの感情をを込めた視線が複数点在している。
存在は到着前から認識していた。
位置は把握できず、着くまで考えても対処法方を思い付かない。こうして中心まで来たのですが最後まで何も思い浮かばず勢いに任せるにした。
息を殺す気は更々無い。というのは離れていた地点で理解してました。
完全に私を標的にしていると分かっていましたし行動選択肢は狭まるでしょう。
本来なら愚かとしか云えない。自ら死を招く行為。
しかしこのような場合はどうなのでしょうか。
廃村の中央。多分、元は広場か何かなのでしょう、雑草の合間に椅子らしき物が見えてます。
風が雑草を優しく撫でる。
アタッシュケースを持ちながら腕を下げ、構えるでもなく立ち、眼を閉じる。
警戒しているのだろう。不用意に襲ってくる気配がなく。静寂が廃村を包み込む。
殺意込めた存在感は増している。
時間は動いていた。当たり前だが。
それでも尚、隠れ潜む存在達は一向に動けないでいた。
なぜなら。
私は閉じていた眼を片方開け、変形した荷物に視線を落とすと腕を水平に広げその場で回転してみました。
理解できないその行動に戸惑いを隠せず僅かに動いてしまった数人。その音を察知して次の行動へと移し、それを確信に変えるため荷物を上空へとへ放り投げ、濁る空へと姿を消していく荷物。同時に廃村の反対側へと走り出した。
考えではそれほど多くはないと踏んでいたのですが、視線を背後に見やると追ってきた存在達は存外に多く。速度を二つ上げることにし、廃墟を突き破りながら最短で向かう。
功がそうしたのだろう。廃村の反対側に出ると諦めたのか追ってくる気配が消失していた。
そして放物線を描くように投げた荷物は地面による激突で完全に入れ物としての機能を失っていました。
廃村を抜けると、異常に大きな木々の森が姿を見せました。
私の足下には使い物にならない状態の荷物。幸い中は無事のようですが何処かで変えなければ。
それよりこの異様な空気というか雰囲気を放っている森を抜けるしか道は無いのでしょう。が。
そう考えて左右を見渡しても、永遠とも思える終のない森の外周。
時間も限られているこの状況で私に選択権利などなく。眼前の森を進むしかないでしょう。
意を決して足を一歩踏み入れました。が、激しい頭の痛みと全身を襲う脱力感。その場で膝を折り踞ると脱力感は激痛に変換しながら胃から込み上げる吐き気。さらに穴という穴から赤い液体が流れ出ているような感覚に陥る。やがて精神と肉体の限界を超える。
私の自我は。消滅していくのが理解できました。
途切れる寸前に何かが聞こえたように。
そして私は消えてしま、う。
次に気がつくと、私は森の外に立っていた。
何が在ったのか理解より早く、現状を理解するしかありませんでした。
なぜなら、私の衣服は森の前で微かに擦りきれていた状態なのに、今は見るも無惨な状態でした。
もう理解のできない現状でため息しか出ません。
それでもこの森を抜け出しているのは判ってました。
なので目的地まで引き続き向かおうと気合いを入れ直します。
あと衣服の変えも荷物と同時に確保しなければ。
はあ、懸案事項が増える一方です。
簡単な事なのだが、人生山あり谷あり。
不幸なことが続いたり思っていた通りに事が運ばなかったり。
それは誰にでも経験が在るだろう。
で、入れ直した気合いを吹き飛ばすように地面が一度大きく縦に揺れると、轟音が反響しニ度目の揺れで砂塵が舞い起きると、咳き込みながらそれを認識して確定してしまった。
轟音砂塵を引き連れて現れた存在は私より遥かに小さき存在。
触れた瞬間、容易に壊れてしまいそうなもの。
なのにその姿に反して触れたくない。そう思えるようにこの場に似つかわしくはなく、現れたそれは地面に触れると同時に陥没させ俯せの状態にあるにも関わらず周囲の空気を集めているように見えました。
いえ、吸い込んでいるのでしょう。
私は何処かで警鐘を鳴らしているような感覚に襲われ、咄嗟にその場から離れることにします。
判断が遅れていたのならこの世界には器を残していなかろう。
離れて秒で溜め込んだ空気を少し吐き出して、叫び上げて放たれた力は周囲にへと拡がり、瓦解へ至り崩壊させた。次いで無にする効果を及ぼし、世界の修復力さえ遅緩させる影響を与えてしまう。
これにより中心からある程度の距離は意識から外れてしまう。
いや、正確には意識等の話ではなく次元違いとなるが。
そう吹き飛ばされた地面は常人が視認する領域に非ず。
もし視認出来るのなら、写るものは文字通りの虚無。
虚構ともいえるその状態は認識してしまえば自我を崩落させてしまうだろう。
その要因は世界の在りようが根底から覆り、在るのに無いという矛盾する現象たるその状態は、認識を凌駕して許容量を越えて壊れてしまう。
息が苦しく踠きながら、どうにかして埋まった頭を地面から抜き出させる。
酸素を全身に行き渡らせるため呼吸も速い。
首を振り土を払うと更なる轟く音が響き体が浮く感覚を得て飛ばされる。
次は衝突前に手で受け流し姿勢を制御して着地する。
現れた見た目幼く脆い赤子の様な存在は紙でできた物を履いており、それ以外は裸に等しい。
此所にきてなんという物を投入したのだろうか。
これを知っているものがいるのなら全てが卒倒確実。
それを前にした者は触れた瞬間に滅びを経験し。
消滅の叫びに巻き込まれた者は理解より早くこの世界から別離を果たす。
その赤子のような小さき存在故の怪物を視認した瞬間、私の脳裏にある言葉が浮上しました。
生物兵器《赤子の癇癪》
捻りも何も在ったものではない。
兵器として作成された赤子の形を施した怪物。
世界戦争中期に投入され最終まで多種多様なシリーズが作成。
基本は戦場の地形を塗り替える力を有している。
この力により立てた作戦は瓦解し流れが混乱するに至る。
その隙を突いて奇襲を駆けるというのが本来の運用目的だったのだが。開発元から全ての情報が引き抜かれ各上位へと流されていった。
その結果、世界の混乱は一層極めに極まり、最後は世界の消滅まで計算に入れられていたのだが、ある存在により阻止され、全てのシリーズが封印され隠蔽されたモノ含め暴かれ処分となった。
作成方法や制御他を記した情報も同時に破棄されたのだ。
なんですか。どうして。
初見のはず。知っている。というのは思っていた以上に気持ち悪いものですね。
そんな感覚と思考が私を通り抜け、それで。
言葉を紡ぎ、呆れた表情を向ける。
時間も迫っているこの状況で相手をして掛ける物はない。
なので、つ、く。
あ、たま、が。
頭痛が再発し額を抑えるとその目に異質な力が宿る。
宿る力は赤子の視線に写ると、本来在るはずない感情が全身を支配する。
癇癪の力でなく底から沸き上がるそれに器たる肉体は意思に反して逃げようとしている。
それをそのままにする程の感情はなく、赤子の視界から姿を消すと、足の感覚が消えていた。
それで理解していた。理解する知能は有している。だから見ないようにしたのだが、見てしまい認識していまう。
認識するというのは現状を理解するということ。理解するというのは自身のこの先に何が待ち受けているのかを。
失われた足からくる一つの感覚を認識させるに至る。
〈痛覚〉という生物に備わる危機回避能力。
それまで振るっていた力とは別指向性の声が赤子から放たれ両目から感情を表す拒絶の液体を流れ出させる。
無意味なのだが、それを認識して更なる穿ちの牙を剥き出しにし
赤子は世界から完全に処理された。
それは末期の声を上げることも赦されず、ただ蹂躙される非捕食者の様な立場であった。
はあ記憶が戻った。なんだそう云うことか。なら作戦を変えないと行けないかね。ふふふ。
含まれた笑いは元赤子の怪物には届かず、空気が震え瞬間で姿が消え失せた。
残された赤く満たされた液体を並々と湛える穴。
世界の修復力によりそれは固形し、石のような物質と化して、穿たれた虚構もしくは虚無の穴は塞がれていく。
現れた場所は、目的地にして本来なら辿り着くのに数日を要する、断崖に建てられた鉄骨剥き出し雨ざらしの建設途中で放棄された建物。
その中に始点に置かれていた台と同じ台が置かれていた。
一応警戒して鉄骨の建物の内側へ入ると、全身に照射される無数の点。
始点と同じように響かないはずの声が聴こえてくる。
『おめでとう。これにて依頼は完遂された。君の家族に施した装置も解除されるだろう。しかし君は姿を消したね。これは違反に値するのだが、どうだろう。取引といこうか。』
無数の点に照射されても歩み、台に新しく用意したケースを静かに置く。
すると力が抜けたのか足から崩れ片方の手を台に着け頭を下げ、残る手を足の間に置き、呼吸を整えるように肩を上下させる。
『なんだ緊張が解けて力が抜けたか。』
俯くその表情は読めない。
元から仮面を着けていたことを一つの理由だが。
『まあ楽にしてもかまわ、ない。』
呼吸を整えていると思われていたが、予兆もなく止まると小さく次第に笑いを上げる。
『な、なんだ。気でも狂ったか。』
上げた顔から嵌められ、特殊な方法でしか取れない筈の仮面が膝に一度落ち、地面に乾いた音を立て、鳴り響かせながら止まる。
口を押さえても含んだ空気は中から指の隙間を通り漏らす。
押さえられず手を額に移動させ、堰を切ったように更に笑ってしまう。
何を笑っていると普通に問う。
力が抜けて安心して自然と笑いが込み上げたに過ぎない。
そう答える。
怪しさを含む言葉を投げ掛けるもその場で寝転がる。
これ以上の追求は不可能と判断したのだろう。話を仕事に戻す。
完了と暫くの休息を約束して、それ以降は音もなくただ風が吹いているだけだった。
心地よい風に身を任せ、感じるままに時間の赦す限り眠ることにして次の仕事まで休息する。
思考はこれから先の計画を詳細に練り上げていたのだが。
それらを知る術などない。在ったとしてもそれは事前に潰されていたであろう。
全身に吹き抜ける風は疲労が溜まっていない器であっても気分を良好にしてくれる。
時は進み、ある現場には幾つもの惨劇の痕が続いている。
肉片。ガラクタ。瓦礫の山。赤く染まった周囲の数々。
見まごう事なき殺人事件現場。
その惨劇の最奥には三人の人物。
建屋内の壁天井床調度品に至るまで無事なモノなどなく。全てが壊され傷ついていた。
一人は追い込まれ、一人は拘束され地面に組しかれ、一人は全身を赤に染め上げ手先から滴る赤が地面を染め上げる。
喚く一人。涙を流し呻き声を漏らす地面に組しいた者を足蹴にして黙らせる。
軽く腕を振り、残る赤き液体を飛ばす。
乾かぬ内に頭を掻きなぐり、満足した事を伝えて二人に背を向け外へと歩いていく。
静止の言葉を投げ掛けるが聞かず歩む。
ある一言を告げて完全にその最奥から姿を消した。
残された二人。
一人は戸惑う。一人は戸惑いと困惑。
意を決めて拘束していた者の命を奪い、頬を伝う涙の意味さえ考えずその場から逃避したのだった。
別の時間。調べ上げた目的地を破壊していき、一つを残す。
で当然これ迄潰された情報は伝わっている。
残存を総動員させ警備を厳重にしたその場所には、それまでの非ではない規模で守られていた。
そんな些細な事を苦とも考えず抵抗無抵抗関係なく老いも若きも男も女もその場の全てに殺戮の限りを尽くし、最後の場所を全焼させた。
燃え盛る建物を背にして、その表情は曇りなく、と言って満足したものでもない。
あるのは、そうただの無感情。達成感や焦燥感も存在しない。あるのは心無い表情だった。
両腕を広げ、手先に付着した汚れを振り払うようにし、又は衣服に付いた汚れを叩き落として歩いていく。
その途中で生き残った者が物陰から襲ってくるが、先読みしていたのか、まるで事後処理のように簡潔に対処していく。
その処理も。
貫き。切断。噛み殺し。引き裂き。微塵切り。殴り殺し。部分破壊。
悟った者は懇願するが、それすら無視され無惨に不様に命を刈り取られる。
静寂すら越えて無に等しく、耳に届く音は燃え盛る炎の舌先。
地面を軽く踏み鳴らすと空に浮かぶ衛星に視線を向け、その場から次の目的地まで移動していった。
さらに時間は経過して…。
笑っていた。いや、嘆いているのだろうか。
私の腕で首を掴まれ持ち上げた。その全体重が首の皮膚や内部にのし掛かる。
その表情は先の通りであるのだが、次第に勝ちを誇ったように蔑みと侮辱が表に出る。
「今回全ての計画を先んじて壊さず、あまつさえ大事な顧客の血筋を見捨てただけに止まらず、俺の貯蔵庫まで消し炭にするだけでなく、次なる段階の準備までも潰された。は、ははは。これは上位も黙っていないぞ。残念だよ。もっと近くで見ていたかったのだが。まあ暇潰しにはなったから。そうだな良しとしよう。」
聞き入っていたのでなく。さてどうしてこの存在を終わらせようか。それに撤していたのだが、探し物を思い出したので時間を掛けることを断念し、急ぐことにした。
相手の耳に口を近づけると私はあることを詳細に語り、離れるとその表情は一変して驚愕と絶望に上書きされていた。
何かを惜しむでもなく、別れの挨拶を早々に、支えていた手を放し、目の前の存在を言葉通りに潰し殺し落ちていく。そうして世界から消滅させた。
眼下に残るは着ていた衣服の一部が悲しくはためく。
残るは、放置しても問題ないと思われるグズだけだが、後腐れないように全てを屠るため私は在る思いを抱きながら邁進する。
『済まない。後少しだけ待っていてほしい。』と。
その景色を見ていたのならその誰かはこう呟くだろう。
ー儚いねえ。面白いように哀しみに濡れないその深い部分でそれ程を考えて、どうして残りを貪り食すのやらー
時間は幾つもの日付を通りすぎ、滅ぼした一つの事柄は彼方に追いやり、揺られる船の甲板で海風を全身に感じながら鼻をさす強烈な海の臭い。
あれから随分と経過しているのに心には大きな尽きることのない炎が舞い踊っている。目的まで近い証明だろう。
自然と頬が緩む。
船内放送で到着と下船準備の促しを告げる。
自分の部屋に戻り簡単な荷物を纏めて背負う。
船は減速し着岸する。
最後の軽い衝撃に揺られると軽く多々良を踏み持ち直す。
扉を開け、他の客の流れと同じように出口へと向かう。
さあ、何時振りだろうか。この感覚は必ずいる。
これまで空振りばかりだったがもう離れることはない。
会ったら先ずは。ふふふ。
沸き起こる感情が抑えられず壁に向かって不気味に笑っている。
その姿に他の乗客は遠巻きに出口へと向かい、関わらないようにしている。
この様な状況にも込み上げる感情は抑えようがなく。壁から離れても暫くは怪しい笑みを浮かべてしまう。
気が落ち着いた頃に船内から外へ出ると耳に届く音。その後に突き刺すような臭い。そして、着岸時の揺れの非ではない大きな揺れと悲鳴。
目に飛び込むは空を貫く火柱と船外の絶句する光景。
自然と足がすくみ、自身でも悲鳴を上げてしまう。
目から溢れる液体は甲板を濡らし、逃げるように自ら投げ出した。
絶望の景色は過去の幻影。
呼び起こされる感情は本来、あり得ない。
幼き日々の本当なら壊れない確約された古い記憶の断片。
しかし、その景色たる光景は少しずつ、欠けていく。
止めようにも止める手立てもない上に過去の記憶を思い出しているに過ぎない。
そう過ぎし日々の懐かしき名残。
ただそれを映像として見ている。
映し出されていく過去のそれは幾つもの課された試練を越えて、幾度目だろうか。
その日は、今でも覚えている。
そう。その日は何時もの試練と何ら変わり無い、これまで同様にこれ迄より少しだけ厳しさを上乗せされた試練の道だった。
そうそのはずだ。
その日、私は年に一度の、誕生祭の行事の1つ。試練を受ける準備を整えている最中に事が起こされていた。
そう起こされたのだ。
最初は気のせいだと自分に言い聞かせていた。
これが後に後悔の一つになるのだと今更ながらに思いしらされた。
ずっと聞こえていたのだ。背中に響く声が、試練を言い訳にして省みなかった。
試練を何時ものように、僅かな苦労を感じながら完了させ、来た道を戻っていく。
何時もならば皆が出迎えてくれる光景が最初に飛び込む。
でも、その日は、本当に、違ったのだ。
戻る最中でも嫌に胸が騒いでいる。
無意識に速度も上がる。
目前に迫る深い茂みの向こうに何時もの光景が在ると信じていた。
信じたかった。
それは容易に裏切られ、茂みを出ると目に飛び込んだものは、赤に染まる住居と人の焼ける臭い。
それと蹂躙される見たくもない光景が広がっていた。
咄嗟に茂みに隠れ、隙間から覗く地獄の光景を目に焼き付けたくなくても焼き付いていく。
塞いだ耳に届いた色々な音。
閉じていても瞼越しに伝わる熱と振動。
震えて振るえて嗚咽を殺して小さく茂みに隠れていた。
虚しさしか残らず。幼きその日に全てを潰され。全てを奪われ。全てを。
目の前に拡がる。元生物で在ったモノタチ。動かず。黒く染まり目の前で狂気の宴が繰り広げられた。
もう、思考するのも、疲れていた。
笑う。
何が面白いのか。
叫ぶ。
何に対して。
泣く。
どうしてだろうか。
そんな考えが頭に浮かんでは消え失せ、流すものも枯れ果て。視界の中で変わらないそれに自我が、塗り潰されていく。
そして何かが、私の口に、何かを飲ませ、胃に落ちると、地べたをのた打つ、生物の様に、転げ、末端から感覚が、消失していく過程を感じて、濁りゆく世界に、別れを告げるように、自我が、消えていった。
動かなくなった。幼きそれを用意した特殊な運搬車へ厳重に運び入れ、各班に別れて事後処理を行いあらゆる証拠を隠滅してから滅ぼした地域を離れていく。
後に特定災害区域。という後付けされたこの地域は以後数百年一般が立ち入ることを禁止される事となる。
後の世にこれ等の情報が開示され、当時関わった全ての者達に対しての調査追求が続けられ、関連する血脈は断絶を免れても永遠に表に立つことは出来なくなった。
当然、その恨みは計り知れず一人の存在へと向けられていく。
まあ、その存在にしてみれば塵芥ほどにも感じないのであるが。
揺られる心地よくない。嫌な記憶。
この後の事は思いだしたくない。
思い出したくないのに思い出す。
思い、出す。
記憶は途切れ、暗闇が浸食する。
遠方から気配が寄り音が響いている。




