一章~無限、既視感、負傷~
それ程の距離とは認識していない。
そう200メートル程。
船の速度と波の抵抗を考えても可笑しいと考えるしかない。
壁を穿って開けた道を入ってから反対側に出ていても良さそうなのにだ。
全く抜け出せないでいる。
光魔は思い至る。
自然と短く納得の声が漏れてしまう。
昨年の事を、あの忌まわしきとは言わないまでも、面倒な依頼。姿を眩ましたあの、阿呆を迎えに行く途中で遭遇した幻に。
あの時は大元であるイルシオンを騙して捕縛、この時も無駄な時間を僅かに過ごしていた。
この状況もあれと同等か。それに近い類いだろうと思考する。だから先に自分の感覚を疑ってみた。
この状況が何時から絡め取られていたのか、島で盗み見た情報と照らし合わせて推測してみた。
推測しただけで解決策など早々に思い付くことはない。何故だと問われるなら、もう幻の籠に入っているのだから。
あの時のように対象を誘き寄せる道具は持ち合わせてもいない。
実際あるにはあるのだが極力使用したくは無い。
そうなればこの場合の最終手段しかないだろう。内心絶対にしたくは無いが背に腹は変えられないし、時間も有限だ。だから。
『意識を完全に手放す。その先に何があっても仕方がないと諦められるかも知れない。』
問題は意識を保っている現在が本当に起きているか。だろう。この瞬間ももしかしたら終わりない幻かもしれない。入った瞬間に意識を飛ばされ無限の幻に囚われた可能性も否定出来ないが。という考えが過る。
さて悩んでいても無闇に色々なモノを消費していくだけだろう。
故に迷わず惑わず省みず。行動に移した。簡単だ周囲にあるモノで意識を消失させても決まった結果と成るかもしれない。なら一つだけかもしれない方法は。賭けにしかならないか。
大きく息を吸い込み、緊張のためか頬を伝う汗を拭うと船の速度を限界まで上げるよう端末に指示する。
もしかすれば、これ事態も組み込まれている可能性も排除できない。出来ないが遣るしかない。遣らなければ無意味に過ごす無限の環に囚われる。
「ふうぅ。やりますか。」
限界を越え、船体が悲鳴を上げると、制御を完全に手放し海面を数回跳ぶ勢いに任せて最後の跳ね上がりで船体が回転し海面へと叩き付けられる。
それは光魔の肉体も同様に。
停まる事ない海面に叩きつける体と船の壊れていく音。
昨年のあの時が過る。
状況は違うが結果は似ているだろう。
試験用車輌でのあの事故と違い、今回は自ら起こしたこと。
船から投げ出され海面を水切石よろしく数度跳ね、壁にも何度か当たり、自分の内外に傷が刻まれていく。
痛みは予想外に全身を巡り、視界を染め上げる赤と船体の色。軋み絶叫する自身の肉体に追い討ちのように最後は船の破片が全身を貫く。
死を予感して掴むものは無いが夢中で動かしていると何かに触れ耳を突き刺す音が体を突き抜け心が磨耗して意識を消失した。




