一章~激戦での帰還報告は後に何をもたらすだろうか。~
光魔は意識を完全に現在の器たる肉体へと意識を戻した。
その両眼に飛び込んだ最初の光景は、意識を完全に深く潜る前に相手していた者の成れの果てと、両腕に付着する肉片と夥しい赤。
吐き気を覚えて地に吐き出す腹の内容物。
意識を深くへと誘う前とは比べるまでもなく大部分が原型を保っていなかった。
どうすればこれ程を行えるのか疑問に思うが。意識を前に向けると敗走する敵兵。
追おうとする自軍の部隊。
だが、足踏みしている。
さて、これで光魔の仕事は終わりに近い。
敗走する敵兵の遥か先から咆哮と憤怒を纏った声が轟いた。
不思議と光魔の思考とは裏腹に笑っていた。
その事を契機に光魔が属していた軍は何かを吹っ切ったように戦意を戻し反勢力を駆逐、確保、拘束していく。
地面に横たわる死骸の中には年端もいかない、幼さを残す少年少女の姿が見てとれる。
その表情は苦悶と驚愕が共存し、目の端には渇いた涙の痕が見てとれる。
深くに沈む直前に聞こえた声。
それは自分の声のはず。
だが何か納得できない部分があり、心に不可解な何とも言えない感情が留まっていた。
何の気なしに足下に転がる屍に対して。感慨も憤慨も外聞も感情と掛け離れた何かに動かされるように、蹴り上げて宙に浮くと追い討ちをかけて遥か地平の彼方まで全力で無慈悲に蹴り飛ばしてしまう。
耳へと微かに届いた物は風に流され光魔の思考から消えていく。
終わりの見えていた戦場。
全方位から燻る煙と焼け焦げた鼻を突き刺す臭気。
肉塊と成り果てた元生物と鉄塊となった武器兵器。
抉られた地上と数人空を旋回する影。
一息付こうと腰を下ろす瞬間に味方からの伝令が耳に届いた。
その声を元に気だるげに上空を見上げると空の人影も臨戦態勢に入る。
薄い雲。その向こうに一つの影。
獣人の使役する配下は唸り鳴き吠える。
これは本能によるものだろう。
有力者もまた身体が強ばっている。
一つの影は空気を切り爆ぜさせ地表へと落ちてきた。
土煙を舞わせながら楕円形の塊が地表に突き刺さる景色と言うのはシュールさがあるだろう。
数人が警戒しながら近より調べている。対比としてその塊は大きく、軽く大人三人分は有るだろうか。
遠目なので正確には把握しづらいが。
全身を突き刺す殺意が襲うと片膝を付いて呼吸を整える。
近くに有った連絡機を使って、大声で伝えた。
『その場から急いで逃げてください。』
直後に塊に皹。ではなく幾つもの筋が走り地表から僅かに浮き上がると何処に有るのか、地の底に引きずり込むような音とも声とも取れない、そんなものが戦場に響いた。
近くにいた数人は直に浴びた影響で即死。
距離は開いているものの、それから連鎖的に次々に地面に倒れていった。
響いた物は止んでいた。この戦場で無事な者は残り一人となった。距離が離れていた者は即死は免れたが危険な状態には代わりなく、直ぐに処置をしなければ命が危ない。
疲弊していた。光魔しか立ち上がれる。対処できる者は居ない。
深く息を吸い、呑み込むと吐く。
身体にむち打ち土埃を叩きながら一応立ってみる。
視界が赤く染まる事に気づいて、慌てて服を破って頭に巻いた。
再度息を吐く。
視線の先には塊が変形を完了させていた塊。
さてさて、次の舞台の開始だ。
光魔は思った。考えた。
その形は四肢を持ち―対比が可笑しいが―、頭部には二本の突起物遠すぎて見えなかったがその表面は二色に彩られていた。
全体的には人のそれに近く。しかし二本の突起物と全身の生物としては有り得ない気持ち悪い配色。何よりその存在を引き立てているのは頭の突起物より、背後から覗く長い先の尖った尾より、そう片腕の異常すぎる大きさにあった。
片方の大きさは常人と同じだろう。異なる点を挙げるとするならば長さか。
が、それを差し引いたとしても一方である片腕の異常な大きさは不釣り合いすぎる。あれに当たれば間違いなく死に直結する。
その考えが残り一人となった光魔にのし掛かった。
さらには視覚である目が無いことにも恐怖を一層掻き立てた。
動けないし動かせない。光魔との距離は比較的離れているのであの異形ともいう存在は気づいておらず、周囲を、地面に横たわる死体に対して何故か一つずつ調べている。
理由としての目的が有るのだろうか。
そんな考えに及ぶ思考もなく早く逃げ出すような算段をつけようとしていた。
間に合わなかったと言うべきだろう。
異形は光魔の存在に気づくと口端を歪め、奇妙な音を放ちながら間合いを積めてくる。
その速さは尋常でなく瞬き一つで光魔の前へと来てしまった。
死にたくないと心の底から込み上げる感情は表面に、頬を伝う涙として表された。
近くで見ると予想より大きな高さ。そして、見た通り不均等な両腕。片方は近くで見た方が大きかった。
全身から放つ臭いは嫌に吐き気がする。
異形は無慈悲に笑うと片腕で身体を掴み、光魔の頭を反らすようにして、大口を開け勢いを付けて首に噛みついた。
痛みは無かった。キズが深すぎるせいで感覚が麻痺していたのだろう。
だが、異形が口を僅かに動かすと全身を走る痛みが襲ってくる。
「う、うぎゃあああああ」
と盛大に絶望を含んで叫びを上げた。
それが心地よかったのか、同じ動作を幾重にも。
その度に全身を蹂躙する痛み。
恐怖する。自分の何かが物理的にも物質的にも失われていく感覚は抗いようがなく、少しすると光魔の瞳に宿る光は消失していった。
意識を壊し尚も啜り続ける異形は手を離し、光魔の身体はその口のみでぶら下がっている状態である。
静寂の中で啜る音が虚しく響いていた。
さて、どうするかね。
どうするとは。何れを指す。
決まってるじゃん。倒れてるこいつを起こして奮起してもらうか、それとも表に出てウェイトゥルースを処理するか。だ。なあどうすれば。
お主がやれば良かろうが。
い、あ、聞いてもいいか。
なんだ。
何故俺が表に出る事を。
お主も今言っておろうが。あれの処理をする。と、それに名を出しておったしな。それは。
あ、ああ。しまった。はあ、まあ、あれは知ってるよ。あの時に全滅させたんだけどな。まさか発展型を投入してくるとは。
記録等は処分したのだろ。
どうせ事前に隠してたんだろ。あれの大元は結局見つからなんだしなあ。別の施設で進めてたんだろ。はあ往生際が悪いねえ。
で、行くのか。
そうだな。こいつも疲弊してるし、俺もまだ足りないしな。
そうか、ならこれは我に任せておけ。
そうだな。なら行くか。あれを放置してるとまた世界が歪むだろうし。
ではまあ楽しんでこい。見たところこれの目覚めには時間が必要だしの。
そうか、なら任せた。
それにの。
ん。
それに感じるのだ。
感じるて。
誰かは分からぬ。だが、確実に近くに居よう。
は、そうか。其々が引かれ合うて事かね。
そのようなものだ。
まあ時間があれば探る事はしてみよう。
頼む。
じゃあ行ってくるわ。戻れる時は戻る。
うむ。
啜り続ける異形。その表情は読み取れないが雰囲気から楽しんでいるのは理解できよう。
異形の次の標的はこの獲物の周囲にまとわりつく五匹。さて終わればどうなるのやら。
と、そんな思考など持ち合わせていない。頭にこびり着いている六匹の詳細な情報。内一匹は手を出せない場所にいる。
あと一啜りで終わる。と思考を移そうとすると自身の顔に何か冷たくも熱い何かを感じた。と、顔の突起部分と顎を掴まれる感覚の後に通常なら剥がすことも離すことも出来ない噛みつきを引き剥がし、痛くはないが身体に衝撃を与えて腕の中より離される。
ない目を相手に合わせる。
「はあ。だっりー。なんだホントに。早すぎるよなやっぱさ。なあそう思うだろウェイトゥルース。」
首に手を充てながら喋る。
ウェイトゥルースは傾げている。
思考で可笑しいと考える。
あと一息で啜り終えるまでに成り果てていた肉体のはずだ。それはこれまでの実験場で証明されていた。一回の咆哮で命ある存在は瞬時に削られ、離れていてもその影響は計り知れない。
今回も同様の筈だった。
そう何時ものようにまだ息ある存在には直接命を吸い取る。そうしてこの戦場の掃除をしていた。
だが、これはなんだ。どうして動いている。どうして音を出せるのだろう。
そしてどうして普通なら知られる筈のない研究名を知っているのか。
まあ、良い。何時ものように啜り内を満たすのみだ。
と、そのようにして光魔の首筋に牙を立て命を啜ったのだ。
それなのに、一度完全に命が尽きたと認識していた獲物が肉の塊に成り果てて、あと一啜りでどうして動いているのだろう。
それだけに非ず、どうして何事もないように動けて音を発するのだろうか。
取り敢えず、もう一度咆哮を。
と大口を開けると衝撃が口を閉じさせ、これまで感じたことのない感覚が器に掛かる。
それは気がつくと獲物との距離が開いていた。
思考して答えを出す。
不思議な構えで。何となく理解した。
どうやら顎を蹴り抜かれ吹き飛ばされたのだと。
全身に震えが意思と関係なく起こる。
口をすぼめ、空気を吸い込む。
頬を膨らませ、最大出力で放つ空気砲と表現すれば分かりやすいだろう。
見えないこの力で逃れたものを葬ってきた。
自然と口端がつり上がる。
光魔は考えるまでもなく動かしていた。
ウェイトゥルースが口部をすぼめ、体内に空気を溜める動作に入るとその誤差の間に距離を詰め、背後に回っていた。
何時ものように何時もの如く。放たれた空気砲。その線上に有るものは触れれば容易く死へと誘われる。
その証拠に跡形もなく消し飛んだ。
「はえぇ。すっげえぇ威力。触れなくても死ぬな確実に。」
背後からの音に反応するや背に力を込めて数本もの触手を生やし、攻撃を繰り出す。
だが、片手でもなく避けて何処から何時から存在していたのか、一振りの刀を持っていた。
その事に一瞬の隙が出来てしまった。
「なんとなく。《不問付随》」
刀は確かにウェイトゥルースを捉え、肩より脇腹にかけ刻まれ、胸の下を綺麗に真一文字、左から右へと肩から腕を切断。腰を少し落として上半身の回転のみで両足を丸太切り、その勢いで俯せに地面へと倒れ追い討ちとして背の中心を一閃。
触手への指令を出す時間さえ与えられず切り刻まれ頭と胴体を切り離される。
止めとして頭部を破壊され。思考が途切れる。
「さあ、起きようか。」
その声に意識を戻すと何も変わらない光景と自身の器。
確認のため内に思考を走らせるが別段変わった箇所は見当たらなかった。
「うんうん。まずまずか。成功かね。」
腕を振り、攻撃をするが容易くかわされた。
「まあまあ、落ち着け。」
その発する音を無視して攻撃を続けるが全てをかわされてしまう。
「なあ、このまま続けていて利益なんて生まれないぞ」
発する音を無視して攻撃するが尚も避け続けられる。
諦めという概念は除外されているので攻撃という選択を選んだ時点で当たるか自身が失敗と認めない限りは止まれない。
そういう使用に設定されている。
「仕方ない。なら」
光魔は敢えて避けず。その一撃を持ってる刀で強引に止めた。
これでウェイトゥルースの攻撃は止まった。
思考する。自身の咆哮は命を狩るものだと。
器にはどれ程の強化を施している者であっても容易く容易に通せるものではない。
強靭な肉体をさらに多重に施された鎧殻繊維。これによりいかなる外部からの変異変遷変化変容をすべて断つ。
その筈だ。
そう思考する。
だが現状はどうだろうか。獲物である最終目標を前に攻撃全てを防がれ、最高と自負する咆哮も楽々とかわされた。
何故だと思考するが当然答えに辿り着く筈はない。
「おまえの攻撃咆哮全てが無になる理由を知りたいか。」
ウェイトゥルースは首を振ろうとするが思考に反して器が拒絶するように動かなかった。
「まあ、拒絶しても答えるけど。答えは簡単。おまえの情報は最初から最後まで知っているから。初見じゃないしな。当たり前だけど。」
光魔は何かを思い出したように口ずさみ、そして再び腕を挙げると不理解な物を感知した。
それは先程まで持っていた刀とは異なる形状の凶器を握っていた。
逃げようともどうしてか逃げられない。地に掴まれているような感覚で身体を無茶苦茶に動かしても無駄に気力を消費するだけだ。
そうして足掻くウェイトゥルースに一陣の風が吹き抜けた。
破壊や崩壊を直感したが何時までも全身に感じる空気の流れが途切れず知覚を戻すと。
「お、俺の言葉が理解できるか。」
全身が震えて自制が効かない。
「お、ちゃんと聞こえて理解できてるな。いやこの場合聴こえているの方が正しいのか。まあ良いか。成功だ。それとおまえに対して施されたあらゆる事を全て消滅させたから。情報内にも関する事柄も無くなってるから。自由に動けるぞ。それでも多少の制約は設けてるけどな。」
今まで命ある標的達の発する音がこの時、初めて言葉として理解して、これまでの音が言葉として脳裏を過った。
それは時間にして一瞬の事。ウェイトゥルースにはそれで十分だった。
これまで汚く耳障りな音が言葉として再生されていく。
それら全てが命乞いだと理解して。
光魔は予想に反して崩れるウェイトゥルースに戸惑っていた。
予想では言葉を理解してこれまでの所業を理解して狂気に走ると思っていたのだが。
目の前のこれは何だ。
無い目から液体を流して振るえているではないか。
何でだ。そう考えていたが、流した液体が前兆なく途切れると立ち上がり、震えを停めるために呼吸を整える。
風荒ぶ線上に一人と一体。向かい合い、そして遠方から声が響いてくる。
傾げる光魔とは対称的にウェイトゥルースは別の理由によって振るえだした。
「そうか。あれが元凶かそれとも今作戦の元締めか。」
不敵に笑う。
「心配しなさんな。言ったろおまえに関しての事柄は全て消滅させた。そう言ったろ。あれが何かは知らんが、大丈夫だ。」
言うと声が途切れその後なにも変化が起こらなかった。
「な、心配する必要は無いだろ。そうだ。これから行くあてがあるなら別に干渉しないが無いなら俺の、正確には別の俺の仕事を手伝ってもらいたい。報酬は払う。」
答えない。
「あれ可笑しいな成功している筈なんだけど言葉は通じてるよな。」
ウェイトゥルースは空を仰いで無い目を光魔に合わせると。条件を出して、再会を約束して消えていった。
その後。そう何となく。何となくだが声のする方へと別の一振りを持って振り抜いた。別に意味はない。
一息ついて残った光魔は考えていた。どうやって本部に報告したものか。と。
眼前に広がる死体の山と荒れた土地。それと捕獲した反勢力もウェイトゥルースの力に充てられ死体と成り果てていた。
「はあ。どうも中に始末したい存在がいたのか。それとも情報漏洩阻止のためか。結局無駄に終わったのか。まあ、本来の目的は果たしたか。」
その言葉は虚しく溜め息と一緒に空へと消えていった。




