序章~幻島:上陸・探索・捕縛・拘束・其々の道~
何隻かを沖に停泊させ、残りで島へと上陸する運びとなった一行。
降り立った島の縁。黒く尖った砂が敷き詰められた海岸だった。
ここからルートは分かれる。
先の属島と同じように三つに分けて移動をすることに。
さて、これが吉と出るか凶と成るかは進んでみないと判らない。
仮にルートβ、γ、δとしようか。
どれから知りたい。
そうだなあ。ならルートδで。
ルートδ:左回り。特徴。絶壁を越えた後に岩肌剥き出しの難解ルート。草木は生えておらず、気を抜けば世界と別れることになる。それを除けば視界は良好。遮る物は殆ど皆無。反面、食料になる物はない。最後には拒絶するような壁が鎮座している。
先頭を嗅覚鋭い獣人。その後ろに反応速度高めの支援数人。その後ろには左重視の索敵。その次に右重視の索敵。その後ろが食料や器材運搬。後方が背後警戒。
それを中心に同じような班が前後左右に展開している。
とはいえ最初に述べたようにこの道の初めは絶壁なので基本は縦列での移動になる。
しかし、これを越えれば岩肌剥き出しとはいえ足場が悪いだけでこれと言った特徴らしい特徴はない。
そうだなあ。強いて言うなれば遮る物がない。外敵が見つかっても隠せる場所はないから自ずと交戦が主流となる。
では、見てみよう。
どうにかして最初の難関となる絶壁を越え、一息着くために休息場所を探すも見つからず。それならばと、岩を壊して見るが見た目以上に頑強で、もし休憩場所を確保するために掘るのならば先に進んだ方がましだった。
「ふう。姉さん。これは予想より不味い事になるんじゃ。」
「なんだい。盗賊とも有ろう者がこんな事で弱音を吐くなんて聞いてて呆れるねえ。」
「ぐっ。それじゃあ姉さんはどうするんで。」
「そうさねえ。聞くけどそんなに固いのかい。」
「そうですね。俺達これでも仲間内じゃ力はある方なんで。それでも傷が少しも着かないのは」
「そうかい。なら手当てをしてから出発だ。なにか嫌な予感がするからね。」
「んな、それは無いでしょ。俺達が頑張ったのにそれだけですか。」
「なんだい。不服かい。それなら後で聞いてやるよ。でもね、今はこの辺りを離れる方が先決だよ。」
と、手を叩いて疲れている隊員に激を飛ばす。
疲れた肉体に鞭打ち、隊列を組んで当初の予定通りに出発する。
各隊の位置を必ず把握することに務め、岩肌地帯をどうにか抜け出した。
直後、大きな揺れを伴い、岩肌のあちこちから大きな亀裂が走り、その隙間から長くて赤くある位置から見ると細長い蔦のようなものが無軌道に蠢いていた。
「な、なんだ。あれは」
使い古された言葉を口にして、思考と体が硬直してしまった。
だが、内の一人はそうならず、
「何をしてるのさ、ほらさっさと逃げるよお前たち。」
この言葉で思考と体の硬直が解き放たれ、直ぐに逃げの準備をして終わった者からその場から駆け出していく。
息が切れ肺が潰れるのかと感じるほどに疲弊した隊員が地面で死体のように動かなかった。
あの異様な場所から全力で逃げてきて、大きな木々の森の入り口で休んでいた。
「ふえぇ。なんだあ、でっかい木だなあ。なあ。」
「知るか。口を動かすなら先ずは探索の準備を進めろ。姉御にどやされるぞ」
「ううい。了解。」
作業をしている二人。
そこから後方に設営されたキャンプ。
一時的とはいえ、それは一軒の家と言える外観をしていた。
その中に運ばれる倒れている隊員。
手の空いている者は食料加工の準備に入っている。
「さて、食べながらで構わないから皆聞いてほしい。あの坊やに着いてきて不可解な事に捲き込まれ、さらには、ふふ、まさか敵対組織である兄さん方と共闘するとは思わなかった。これも何かの縁かね。」
「姉さん。俺達は頭の指示でアンタに着いてきているんだ。もし俺達になにかあれば。」
「ああ。それでか。」
「あ、姉さんまさか、反故にするつもりじゃ」
「まあ、聞きなさい。」
自分の端末を操作。
「『やあ、僕の言葉は誰の言葉とは言えないけど。それでも敢えて言わせてもらうよ。お姉さんやお頭さんに着いていった双方の人達は人質ではありません。これは一つの親睦を深めると共に、後々の事を考えて混成にしました。まあ、最初は固くなりがちでしょうけど、蟠りもあるでしょう。考え方は人其々。否定も肯定もしません。ていうか出来ません。ですからもし、合流して真の意味で打ち解けていれば嬉しいですね。あ、そうそう。其々の頭領の了解は得ています。二人の合意も双方が納得してますので部下や家族の皆さんはリーダーであるお二人を脅そうとしても意味はないと心得てください。てか、そんな態度を取り次第、分かりましたか。では、合流できる日を楽しみにしているとは言えない。そんなスワ・コウマでした。』」
何を言いたいのか理解できない。
それは読み上げた者も同様だった。
「要するに。貴殿方の纏めているあの兄さんとは交渉と交換。それと技術向上という交流を兼ねての、懇談会みたいなものさ。まあ、昔から歪み合ってきた私らだからね。そう簡単には納得は出来ないだろうけど、今は素直に呑み込んでくれないかい」
多少の軋轢はあるだろうと。交渉の場で言っていたことを思い出していた。
それでもこの先の事を考えると双方仲良くしてもらいたいと、心底思っている。
が、ここでやはり反論が出てきた。
若いがその瞳には確かな熱意と思慮深さを窺わせている。
若者は読み上げたそれをあの少年が記したという確たる証明をしていただきたい。それと、何時何処でそのような交渉の場が設けられていたのか。それも同じく証明していただきたい。と問うてきた。
それも見透かしたかのように端末を操作して中空に表示させる。
薄暗く僅かに覗く光の柱がそこが光を通さない何処かの森の中なのだと認識させる。
だが、動く命は見当たらない上に、映し出された映像から漏れでる空気は心を蝕むには十分なほど陰気に包まれていた。
映像は同じ場所を映しており、動くとこも揺れることもなく、無駄に過ぎていくだけだった。
若者は我慢して見ていたが限界を迎え、ヘルミリスへと襲いかかっていった。
構えていたはずだが簡単に組しかれ、地面に伏されてしまった。
「はっ。女が上に立つのは気に食わねえ。良いか。よく聞けよお前ら。今からこの部隊は俺が仕切る。反論する奴。俺の意にそぐわない奴は俺が直々に手を下す。」
と、高笑いをする若者。足蹴にされている。ヘルミリスは悔しさと憎しみと不甲斐なさと自分の短慮に後悔していなかった。
「はあ、全く。もう少し何とか成らなかったのか。確かに言った通りにはなりはしたが。君が傷を負ってまですることかい。」
「いつっ。しょうがないだろう。アタシも子供達を疑いたくはなかったからね。でもまさかねえ。」
「やはりあの少年は面白い。」
話す二人の前には拘束された。複数の者達が群衆の中央に座らされていた。
やいのやいのと抗議しているが二人には懸念の1つが解消されていて安堵している。
ようは聴こえていない。
「はあ、それでも、これだけ内部に入り込んでいたのは驚いたわね。家にもいたし。」
「少年はこれを判っていて細かく分けたのでしょうか」
「さあ、それは判らないけど。合流したら聞いてみれば」
「そうします。あ、そうそう。1つ少年から確認の言葉を預かっていました。聞いても」
「答えられる範囲なら良いわよ」
「ありがとう。では」
二人の間に流れる風が空へと駆け昇る。
拘束した者達の目を塞ぎ。耳に栓をして。口には落ちていた石を捩じ込んでから開けられないように吐き出さないように塞いで固定して。手足には幾重にも巻いた枷を着け、先を進むことにした。
暫く後でまた難解な景色が現れた。
それはどこまで見渡しても砂しかなく。影1つ落ちてはいなかった。
そんな場所に一同は出た。
「なんだいこれは。砂しかないじゃないか。」
「ふむ。実物は初めて、ではないですが。ここまで広大なのは見たことがないですね。」
「知っているのかい。」
「ええ。今は一部しか残っていない。秘境中の秘境。砂の土地。砂漠というものです。」
「さ、サバク。なんだい。ここはそんなに大変な場所なのかい。」
「おや、何かを勘違いされているような。」
「サバクだろ。それはここらは罪を犯した者が流れ着くみたいな場所なんだろ」
「はあ、それは裁きです。私が言ったのは砂漠という砂の漠。つまりは砂の土地という意味ですよ。」
「ふう。そうなのかい。アタシはてっきり罪人を裁くための土地なのかと。」
「似てはいますが違います。」
「どうするんだい。これから迂回するか突っ切るか。」
「突っ切りましょう。」
「なんだい。慎重にとは」
「いきませんよ。まあ、この道がどんなに険しかろうと急ぎはしないが悠長には進めません。場所が場所だけに。」
「まあ、アタシは兄さんに従うよ。」
「では、砂漠越えの準備を指示しますので整い次第出発しましょうか。」
「はいよ。」
頭上から照りつける灼熱と砂から跳ね返る熱気。
火傷を防ぐためとはいえ長袖とズボン。さらに頭も守るための布。
その為か、進んでも進んでも終わりが見えない砂漠地帯。砂丘と平坦な砂地が永遠と続いている光景は、意識を壊すには充分だろう。中には現実逃避を起こす者が数人出てきた。
それを待ち構えていたかのように地が揺れ空気が震えると奇声を放つ多足の生物が襲い掛かってきた。
疲弊の上、軽い水分不足と現実逃避者がその犠牲になろうとしていた。
「はあ、全く。なぜこのような面倒事が続くのか。少年の気質ですかねぇ。どう思われますか」
やれやれという姿勢をしながら何処へ向かって言っていたのか。
振り返ると返答を求めていたであろう相手。ヘルミリスは仲間と一緒に出現した多足の生物群を相手に奮闘奮戦していた。
「そ、ん、なひ、ま、は、無い。」
「そうですか。ならまあ頑張って下さい。傍観してますから。」
彼は傍観する。そうするように少年。光魔から指示されていたのだ。この先何があっても助けないように。そう厳命されていた。
光魔の意図は読めないが、そう願われたのなら断る理由もなかったので了承した。
「ぐ、う。なんだいこの固さは強固とかの比じゃ無いわよ。」
「姉さんこれぁどうにかしないとじり貧ですぜ。」
「分かってるわよ。だから必死に考えているんじゃない。」
こんな時誰でも思い付くだろう。その弱点を。
が、それにいける思考と余裕が失せているので考えがつかなくなっている。
そして、最初の犠牲者が出てしまった。
当然の帰結だろう。
疲弊脱水空腹。時間経過と進行していくこれらの症状に抗う隙などなく、次第にこうなるのは見えていた。
彼は片手に飲み物を片手に砂の山を築きながら傍観していた。
犠牲者は悲鳴を上げることすらできず、丸飲みされ生物の腹に収まっていった。
これを契機に部隊は瓦解し次々と呑まれていった。
その後、全てを平らげた生物は満足したのか、その場を去り、残されたのはあの、ただ傍観していた男だけだった。
「ふむ。これで終わりかい。つまらんな。もう少し持ちこたえるか、さもなくば、一捻りあっても良いものをと考えていたのですが、興醒めですね。」
飲み干した容器を仕舞い、砂をばら蒔くとその場を後にした。
これで、終わりかな。アッサリと本当に捻りもない。
とか思っても本当はある。
数百かそれより少ないかは本人は知らない。
何故なら、目の前には全てを平らげた多足生物の群れが今まさに襲ってきているのだから。
『考えても無意味だろうし、やりますか。』
そんなのを考えている彼の足下が揺れると穿たれる遥か前にその場から離れると、狂いそうになる口を開いてその奥から伸びる長く歪な舌らしきものが出入りしていた。
「時間もないですし。というより、このままだと私が怒られるでしょう。なら」
彼は屈伸運動を行い、息を浅く吸い、深く吐くと瞬間に瞼を開閉させ生物群の中へと迷いも怯みもなく突っ込んでいった。
「大丈夫ですか。お嬢さん。一応、全員助けられたと思っているのですが、後で確認してくれないですか。」
心配している表情でも、面倒くさそうな表情でもない、その読み取れない表情と聞かれた意味を理解するのにかかるが、理解すると自分と相手の周囲の惨状に思考は乱れ感情は悲鳴を挙げていく。
その光景は生々しくも荒々しく。そして凄惨にして陰惨な光景。
手こずったあの生物が全て辛うじての原型を止めているものの、息をしている物はなく。切り開かれ内部を打ちまけ、食われた家族や預かった仲間が全て一ヶ所に山にして積まれていた。
「ああ。私は傍観していただけですよ。知っているでしょう。君もその他も全て見ていたのだから。何故にこのようになっているのか。知りたいかい。」
「お、教えて。下さい」
「簡単だよ。君達か喰われつくされ、する事も無くなったので私に触れるでもなく帰ったあれらを見送ってから先を進んでいたんだ。そしたら、まあ、食べ残しと思われたのかね。地の中を進んで襲ってきたので迎撃したまでさ。」
「げ、迎撃て。これはどう見ても撃滅だろう。」
そうだね。と返答し山積みにしていた者達に荷物から取り出した瓶の中身を嗅がせていく。
気絶していた者を目覚めさせ、最初に喰われた者。それは拘束していた者達。四肢が溶け内部が露になって使えない。元々拘束していたので使うもへったくれも無いのだが。
不満タラタラで応急処置をしてから何人かで担架を造り運ぶことにした。
これが後に影響するだろうと誰もが思い、何かのどさくさに紛れて放置する事も考えていた。
これまで絶壁、岩、森、砂と越えてきた一行だが、有力者、獣人、獣人に従うモノ達も生物に呑まれ体力も底を着いている。
これ以上は進むことは容易ではないだろう。
「それでは、皆、選択してください。即死か時間の死か進むか。何れを取っても異論、批判はしない。もちろん、蔑みも侮蔑も卑下もしないと誓いましょう。さあ、どうしますか皆さん。」
突如の選択。確かにこの状況では足手まといが多数。即断即決しなければ無駄に浪費するだけだろう。
彼は強制はしていない。自由意思を尊重している。何を選択してもかまわない。
「さて、どうしますか。」
気付けとはいえ起き抜けの思考の定まらない状態で正常な考えなど出来るはずはない。
それでもどうにか全員で答えを出した。
「出したからには尊重します。ですが、逃げるなよ。」
生唾を飲み下し、早急に出発の準備をするとものの数分で完了し、動けない者は例がごとく担架を組んで運んでいく。
動ける者は負傷者を見放さず、看護をしながら進む。それは、生きる選択を選び時間を掛けずに移動をする。見捨てない選択を全員が選んだ。
枷になることは理解していた。だが、どうしても見捨てると言う選択は初っぱなから除外していた。
しかし、先程の思考は誰の思考だったのだろうか。
彼は何も言わず本当にその答えに反論せず、不適な笑みを携えると表情を殺し、準備を傍観して終わると最後尾に連なり黙って進んでいく。
不自然な光景。加工された木の板を敷き詰めたその場所は全方位を見えない壁に囲まれているように感じられ、一歩が踏み出せない。はずだろうと誰もが考え、思うだろう。
彼は全てを無視して戸惑いも躊躇もなく一歩を踏みしめた。
板が翻り、彼を強力に挟んでしまう。
全員が目を背け、開いてみると、彼は散歩を楽しむかのように、ただ板の上を歩いていたのだ。
進み、その背後で轟音に近い音を響かせる板。その音は聞いていると次第に悔しさを纏っているように聴こえてきていた。
板を端まで歩き終えると振り向かず。
「言っておきますがね。躊躇は戸惑いを生み、戸惑いは視野を狭め狭くなった視野は思考を鈍らせ、そして鈍った思考では踏ん切りが付かない場合が多数を占める。ゆえにそれは時間の浪費と体力の無駄。なので、こういった場合は迷わず揺るがず突き進んだ方がまだましだろう。そう思い進んだ方がほら、仕掛けが解かれる。」
言葉通りに作動した板はバラけ、地肌むき出しの地面が露出していた。
「渡っても大丈夫ですよ。解き終わってますから。これ以上はないでしょう。さあ、先を急ぎますよ。皆さん。」
さっさと歩いて、いつの間に持っていたのか、木の破片を振り向かずに背後に投げ出し、木の板に当たると数回跳ね、少し滑ると何事もなく止まる。
その後も続いて数回投げたが何も起こらず本当に罠が終わったのだと理解して、普通に板の上を進むことができて目的地点まであと僅かという所まで来ていた。
「さて困りましたね。よほど嫌われているのか、それか別の意味があるのか。正直理解できないですね。」
「前者なら誰の。後者なら誰が。だろうね。分かりやすいのは前者だけど。」
「返答ありがとう。独り言のつもりだったのだが、まあ、この場合《誰》というのが当てはまるのかは、置いといたほうが良いですかね」
「「はあ。」」
溜め息が出るのも当然か、一行の前には渡ることを拒むように大きな谷が口を開け、底から吹き上がる風は厚い壁となって、さらに対岸には最初の絶壁が優しく思えるような切り立ち反り返る壁。
「渡るしかないわよね。」
「まあ、左右を見る限り、彼方へ渡る橋、のような存在は見当たらないですから。探すよりこの場をどうにかして突っ切ったほうが速いでしょう」
「で、その方法はあるのかい」
「うん。あの拒むような風。上手く使えるかも知れないですね。後の事は個々に任せて。では、サクッと造りましようか。」
材料は有った。だが、ふんだんにあるわけでなく。数人が選抜された。
ようは実験台。
中でも軽い者と面積の大きいものが選ばれ、急造で拵えた浮遊装備を身につけ崖縁に足を掛ける。
「躊躇したら分かってますね。」
とか笑顔とは裏腹に恐ろしいことさらっと宣う。
その恐怖に選ばれた者達は次々と崖から飛び降りる。
同然の如く、悲鳴と絶叫が谷から響く。
数人は谷の闇に呑まれたが残りは強風に体が浮いている。
「では引き上げてください。」
その声に反応して、落ちた者に繋げていた鎖を引き始めた。
「命を粗末にするな。と少年から言われてましたから、一応対策はとってましたけど。」
選ばれた者達には命綱として腰や肩に鎖を巻き付け固定していた。
それが幸いして落ちていった者は残った者達に引き上げられていた。
「どうだい。行けそうかい」
「へえい。何とか行けそうです。」
「なら行けるところまでお願いするよ」
「へい。」
返事をしたひょろ長いもの含め数人が飛翔装備を使って対岸まで向かっていった。
地面に杭で固定した鎖が音を鳴らす。
全員で一斉に引いていくと軽く勢いを着けて先端が現れた。
先端には赤く濡れた液体が付着しており、他の鎖も似たり寄ったりだった。
「喰われた、かね。」
「どうやら飛んで向こうまで行くのは止めた方が良いですね。」
後ろやらなんやらが煩いが、それを相手にすると時間を食うので敢えて無視して話を進める。
これが後に反感を買うことになるだろうと分かっていたのだが、時間を無駄には出来ず、別の方法を模索することにした。
やっぱりというのかまあ、こうなるだろうなと、言うのか。これを見越してこの編成にしたのか。と彼は思っていた。だが、奇しくもこの編成が功をそうし、時間制限付きではあるが、対岸との橋を懸けることに成功した。
「ふう。さあ何とか向こうまでの目処は立ちましたが。如何せん彼らの負担が心配ですから終えたものから出発して下さい。私は最後にしますから。」
誰も反論はなく黙って従う。
「じゃあアタシも先に行かせてもらうわね。」
「ええ。後で出来れば合流しましょう。」
後にこれが彼の残した最後の言葉だとは誰も思わない。
時間にして大分経った頃、一行はどうにか全員が渡り終える事ができ、最後は彼を残すのみとなった。
だが、待ってもなお彼は橋から現れず、ヘルミリスの一存で先に進むことになった。
力を切ると崩落していく急造の橋。
音を聞きながら眼前の難所に感嘆の声を誰もが上げてしまう。
遠目から見てもその巨大さは理解していても間近で見るのとは全く異なっていた。
表面は反り返り滑らかで掴むような物は皆無。さらに何処から流れでる液体で滑る上、強力な酸性で触れれば火傷だけでは済まないだろう。
「誰か壊せるかい。」
返答者は無し。
ヘルミリスが適当に拾った石を壁に当てるが流れ出る液体に触れると軽く音を出し、溶けて先の壁に触れると脆く崩れていく。
「打つ手、無しかな」
そんな諦めの言葉を誰が無視したのか不意な風と耳の奥を突き破る音。さらに足下が軽く揺ると眼前の壁が液体もろとも粉砕されていった。
誰も言葉が出なかった。あまりの出来事。唐突の変化。崩落する壁と飛び散り勢い増す液体。
誰かの笑い声が反響する。
次の一陣が湧き出る穴と散乱する大小の破片を散らす。
もう何も言わなかった。
ヘルミリスの耳に近づく音が聴こえて振り返ると。
「あ、危ないですよその場所は」
人影が注意した地点にヘルミリスが居た。その結果。
彼の足が彼女の肩を踏切りそれによってヘルミリスは負傷。肩を脱臼してしまう。
「くっ、ど、どうやって来られたの。アンタは」
着地して全身に付着した埃を払い、衣服を正し振り返る彼にはどうしてかやりきった表情をしていた。
「な、なんで、あれで、終わりなんじゃ」
「ふむ。」
何か格好をつけて、
「それは誰に言われたのか知りませんが、私この通り生きてますよ。」
と、負傷しているヘルミリスに触れる。
実態だと誰もが理解した。
「ああ。言っておきますと変身して入れ替わっているなんてのはありませんよ」
その証明として近くの者に得物を持たせ腕を思いの限り差し出した両腕を殴り付けてもらう。
苦悶の声を漏らすがその姿に変化はなく本物と証明された。
だが、中には懐疑的な者もいる。
それを見越してあるものを荷物から取り出し、 地面に叩きつける。
それは光を放ち全員が軽い目眩にさらされた。収まると変化ない全員がその場に存在していた。
「さて、これで協力者等の線も消えました。これで納得できましたか。」
戻った彼は隊員全員に指示して、破壊した壁と塞いだ穴を丹念に確認させた後、出発の指示を出した。
例が如く、彼は隊の最後尾を歩いていく。
「はあ、何故に素直に進めないのですかね。ひ、ひひ。あ。はあ、こんな事なら別の方にすれば。てのも意味はないでしょうね。絶対に。」
何故なら他を選んだとしても結果は見えていたのだろう。
選ぶも何も無理だが。
「ん。何ですか。誰か」
前方から列を離れて一人近づいてくる。
「おや、なぜ後方に。用事でもあるのですか。」
「ん、ああ。あや、ね聞きたいと思ってね」
「ほう。何をですか。」
「時間は掛けるな。」
「時間とは」
「ああ。いや気にしないで。あのね。実直に聞きたいんだけど」
「はあ、どうぞ。私が答えられるなら」
「じゃあ、んん。あのね。」
「はい。」
「どうして普通に話してるの。」
「は。」
彼はその質問の意図に瞬時に理解できず。それでも思い至って答える。
「答えは簡単です。何故ならこれが私の普通ですから。」
「はっ、じゃあ、今までの喋り方は」
「はは。君は知っているでしょ。少年は別にして、後あの眼鏡の兄さんも。別にしますか。後の二人はほら、有名で僕が霞むだろうな。と。」
「まさか。」
「んん。そうです。まあ対外的な人物像作りですかね。」
「あっきれた。何よそれ。アンタは基本あり得ないでしょ。なにせあれに載るほどなんだからさ。自信持ちなさいよね」
笑う彼。
「何よ。可笑しな事は言ってないわよ」
「いや、まあ少年にも似たようなことを言われましたよ。分けるときにね。『正直気持ち悪いし頭に来るから止めてください。』と」
「それじゃあ、その喋り方が本当の」
「はい。そうですね。まあ、これも苦労したんですけど。」
何かを納得して先頭へと戻っていった。
『はあ、さてさて。たぶん後少しで目的の合流地点でしょうかねぇ。速くこんな不可解な島から脱出したいのですが。出来るのでしょうか。ねえ。皆さん』
「何を感慨に耽ってる。おら、もう直ぐだ。早く行くぞ」
「どうして私が貴方の様な方と組まされているんですかね。」
「そらあ、ボウズの采配だろ。俺達に反論は、まあ許されているが従う時はちゃんと従うものだ。だから従ってるだけだぞ。言いたいことはあるがな」
「そういう事ではなく。貴方は私のような罪人と組まされて不満では」
「ああ。だから、言いたい事てのは、それだよ。決まってるだろう。俺は元、いや、今でもか。上の存在だぞ。その俺が下級な奴と組まされてるんだ無い方が可笑しいだろうが」
「それでも少年には従うんですね。何故で」
「そらお前も分かってるだろ。」
「ああ。そうですか。面白ければ。ですか。」
「そういうこった。」
盛大に笑う男。
それに対して冷静な視線を向ける彼の思考はこの組み合わせにした少年に対しての意図を理解しようと努めていた。
だからって答えが出るはずはない。
そんな事をしながら一行は目的地点に到着した。
と此処までがδルート。
顛末も変異もなく。
可もなく不可もなくといったところか。
まあ有ったと言えるなら。彼が生きていた。そんな所か。
で、残り二つの内どちらを知りたい。
んー。それじゃあβで。
ルートβ:右回り。始めに言っておくと、左と違い地中が中心。徘徊する凶暴なる獸という悪しき生物が存在している。
特徴として常に飢餓状態。
好みは新鮮な肉。それはつまるとろ。悪しき生物の目の前に現れた一行。
βルート調査部隊。
ヴァドロ率いる窃盗団中心の部隊編成には成っているが、各班にヘルミリスの家族が数人含まれている。
頭としての威厳で不満を持つものは少なからずいたが、ヴァドロの説得で微妙ながらも納得はしてもらっていた。
が、先のルート同様、この部隊にも例の者共が紛れていた。
「俺の方針は基本目についた者から奪う。というのを禁じている。これはそちらの預かった者達も同様だ。反論は認めねえ。」
騒々しくなる集められた者達にそう宣ったヴァドロ。長年死線という数えきれぬ数を潜り抜けてきたその体には生々しい傷跡が一つ存在していた。
「それとな混成といえ俺一人で統率出来るとは思ってねえ。だからこのお二人にも助力をこうている。博識である俺でもできるだけ質問には答えたいが、無理な場合もあるかも知れねえ。そのときはこのお二人にでも相談してくれい。」
一人は恭しく傅かず。明後日の方向を見いていて一人は荷物を確認していた。
もちろん、二人からの返事はあろうはずも無く、中にはその態度に憤慨するものも出てきた。
諌めるヴァドロ。
そして憤慨する。
「止めた方が良いのか。それとも放置して推移を見守るか。どちが正解だろうか。なあ、クロメガネ」
眉が少し動くが手元の荷物の確認をする。
「黙りか。まあ、僕は気にしないが。他なら間違いなく血が沸き立っているだろうな。さて、不毛な諍いは無意味。と元標的は言うだろうな。」
「なら早く止めたらどうだ。」
「おや、独り言のつもりだったのだが、まさか返答が来るとは予想外。」
「自身との不毛な争いも無意味だと思うが。」
「ああ。そうだな。なら止めてこよう」
「言っておくぞ。」
「何かな」
「殲滅は無しだ。」
「了解。まあ、無理ならそのまま流しでてのもありうるけど」
「ふん。自身は深く関知するつもりはない。安心しろ」
荒げる声をたて、言い争う頭と若き者共。このままでは間違いなく流血沙汰になるだろう。
「はいはい。そこまで。双方の意見はまあ、分からないでも無いがね。」
頭は睨みだけに止め、若者からは頬に一撃を貰った。
華麗に綺麗に放物線を描いて、殴り飛ばされる。
「はっ、双方の意見とかお前が言うのか。原因はお前達だろうが」
「ぐふっ。とか吐血しても良いかな。」
本当に吐き出した血の量は相当。貧血で倒れてしまう。
クロメガネと呼ばれた存在は、探っていた荷物からタイミングよく小さな容器と数錠の薬を取り出し、手慣れたように処置を施すと何かを耳打ちして、
「ああ、お頭、こいつをその辺のガラクタで適当に拵えて担架を造って運んでください。ああ。数日は動けないので手荒に扱わないようにお願いします。」
それをいうと制止も質問もする暇なく荷物を片付けて一人で先へと行ってしまった。
クロメガネに指示されたようにガラクタを集めて簡単な担架を造り、吐血した者を乗せ去っていった存在の後を追うように先へと進んでみると。
それは異常としか答えられぬ光景だろうか。
追い付いた部隊。全員の目に飛び込んできたそれはあまりにも理解できない。いや、理解しようとはしていた。だが、それでも思考と心では納得できずにいたのだ。
何人かは視線を外し見なかった事にしようとしたり、何人かは幻だろうと頭部を打ってみてり、また何人かはお互いの意識が正常だと確認するための暗号を言い合っていた。
その他にも現実逃避をする者。その場で踞り、事態の推移を見守ることにした者等々、その反応は見ていて飽きることはなかった。
頭であるヴァドロと吐血した者を除いては、かもしれない。
「で、これはどう説明すればいいんだ、なあ」
「さあ、俺に聞かれても何ともはやとしか言いようがないんだがなあ」
部隊の目の前の光景。
どうなっているか。分かるか。
分かんないだろう。そんなのは。
それは、そう、それは。
肉の塊が散乱していた。のではなく。先に進んでいたクロメガネが餌と成り果てている。のでもなく。激しい戦闘の最中。なのでもなく。クロメガネにかしずいている。のでもなく。
では、何なのか。
それは、あの異形としか言えぬ悪しき獸共は互いが互いを喰らっているように見えて、じゃれ合っていたのである。それはまだ、部隊全員には理解できるし、納得は出来る。が、その中で異質過ぎるのがあのクロメガネである。
何をしていたのか。
何をしていたと思う。
さあ検討も付かんな。
正解。それは、寝ていたのである。それも大きく、存在を見せつけるようにイビキをかいていたのである。
それでも尚、獸共はその場に居ないかの様に振る舞っている。
「お、おい。あれは不味いんじゃ」
その発言は風に流され、クロメガネまで届いているだろうと推測すれど、起きる気配は無く。
「か、頭、早くどうにかしないと」
返答するより早く。事態は意図しない方向へ動いた。
この時を謀ったかのように紛れ者が行動に移したのだ。
近くに居たものを容赦なく斬り、刺し、殴り、足下に敷くと、
「ふはっ。これ程に上手く行くとは思ってもいなかったが、存外いくものだな。」
と、まあ、それを合図に一人の元へと数名が集まると、担架に乗せられていた男を足蹴にし、高らかに宣言したのだった。
我々の要求は一つ。とそんな切り出し方をして。
「今はこの場には居ないが協力してもらいたい。」
その言葉のみでどれ程の者が理解しただろうか。
通常はこのような言葉を並べるのが定石だろう。だが、その場の全員が理解した。この場に居ないがとは誰を示し、協力とは何を意味しているのかを。
瞬時に浮かんだその顔を。
誰かは泣き崩したいと考え、誰かは苦悶に歪ませたいと考え、誰かは張り付けた仮面を引き剥がして本当の表情を知りたいと考える。
さて、これに乗っかるのは浅はかな思考で流されやすい者達。
賛同したのだが。誰も空気に飲まれなかった。
違う、飲まれる前に事態が変えられたのだ。
その契機は集団の足蹴にされた者。
「はあ、末恐ろしさを禁じ得ないとは正に、この事だろうか」
その場の空気を読んでいるのかいないのかその者は真顔でそのような言葉を紡いだ。
「はっ、何を宣っている。お前は動けないだろう。仲間の一撃でその身にはたっぷりと毒が回ってるからなあ。」
何かを納得したのか、小さく頷くと視線を泳がせ、地面に着いていた腕を動かす。
「この毒は何れだけの猶予が」
「あると思ってるのか。はは。めでたいな、」
「それは、無い。そう仰るのですか。そうですか。なら死ぬ前に聞かせて頂きたい。その先を」
状況と優位に立っているという意識が一種の集団催眠のような状態を作り出してあたのだろう。
男の質問全てに答えていた。
男の全ての質問に答えたリーダーとおもしき者は気づくべきだったのだろう。
気づかないような状況に仕立てた二人は笑う。
「さあ、では我らに従って貰おうか、な。」
そういった言葉を待っていたのか、別段どうでも良いだろう。
二人は行動に移した。
クロメガネの姿は消えていた。それだけにあらず、周囲を徘徊していた獸共も居なくなっていたのである。
その事に気づいたのは自身が置かれた状況を完全把握できた時だった。
先に述べておくとな。それは地獄と言ったらそれまでだが、正にそれしか当て填まらん。
では、ある者の思考を見てみようか。
さてさて、これまで最悪続きだった自分が、まあ、当初の予定から大分外れたけど、それでもまあ、リーダーが指示だけじゃなく率先して前に出てくれるから楽だな。うん。そうだ、この仕事が終わったら大分貯まったし顔を出そうかな。ふふ、驚くだろうな皆。へへ。
て、あそうだリーダーに交渉しとかないとね。前の時は跳ねられて手元に残ったのは僅かだったし。
あの。て、え。
どうしたんだろう、全員の動きが、え、ちょっと待って。何でそんな所に。うあ。ガフッ。ええ。なに今の、は。あえ。動かないよ。何で。ふん。
ええと。腕は有るし。足も、ある。
ん。あれ。有るよね有るはずだよね。
う、うあああああああ。な、なんで。何で有るはずの腕が、足が無いのおおおおおぉ。
嘘だ嘘だよ。こんなのあり得ない。何でどうして。え、んな。
と此処で意識は途切れた。
客観的に見ると、若者は頭から丸呑みされたのだ。
何にと思うだろう。
思わない。
いよ、思えよ。まあ、良い。
そうだなあ。
答えはバカやアホにも理解できる。
そう。餓えた魔なる獸共。
そやつ等が若者共を屠る。
不思議な事に喰われるのはリーダーに集まった者共のみ。
その光景を見ていた隊員や足蹴にされていた男には目も呉れていないのだ。
この状況の答えは背後から聞こえる存在。
「はあ、もう少し遅く来られても良かったのですが。ねえ。」
「そうしてもいいが。それではクロメガネが困るだろ。一応段取りは決められていたが、不測の事態も想定しておけ。そんなのをあのおっさんに言われてたろ。」
「ええ、ですから解毒薬をお渡ししていたでしょ。特別製のを」
「それでもなあ、心配だろ。」
「心配、ですか。それは仕方ないですね。それでも動けますでしょ。」
二人のそんな理解しがたい言葉のやり取りに一人だけ割って入った。
「な、何故だ。」
「ふう。ああ。何故とは、自身が動ける理由か。それとも君達のみを襲う幻獸なのかな。まあ、君一人を残して退場してもらうけど」
さて、この先は話しても無意味だろう。
肉体的質問は真実味はなく。精神的質問もまた、実を結ぶ事は出来ないだろう。
ならどうするかこの時、幻術使いが居れば例のように嵌めて背後の存在を知ることも容易にできたろう。
が、この場にはそれを叶えられる存在はいない。
リーダー以外を魔獸の腹に収め。クロメガネの側で満足に眠っていたのだ。
不可思議なものだ。
満たされることの無い存在である幻たる魔の獸が腹を満たしておる。
永遠に喰っても絶対に満たされないはずなのに。それでも満たされている獸共は満足している。
「ああ、君、後は任せても良いかな。」
「構わんが。何処へ行く。」
「なに、先を見てくるだけですよ。」
何も言わず男はクロメガネから預かった荷物の中から幾つかの小さな容器を取りだしリーダーの周囲に並べていく。
「それじゃ、後はお願いしますね。方法は教えたように。それでは」
普通は通れるはずのない道の向こうへと姿を消していった。
『アナタの正確の本名と所属していた島を教えて下さい』
「う、あわ、私の名前、は。ナチ・モントゥール。旧アメリカ大陸北方ユッカ・ギガンテア」
その言葉に皆が驚いた。
この名は実験島でなく。
地名である。
そうこのリーダーは島の出身でなく沈む心配の無い。陸地で育った者達のひとりであった。
人工的に造られた島には支えが不可欠。だが、島は元々穴を塞ぐための物で長期的に見ても必ずガタが来てしまう。
定期的な検査をしても同じこと。
故に島に移住する事を拒絶する者は少なからずいたりするのだ。
だが、陸に居たからといって穴の影響が皆無とも言えない。何故なら穴の力は空だけに放たれるものでなく。地を伝い水を伝い遠く離れた場所でも影響が確認されているのだから。
この影響はこの世界での理念というのか、それとも概念というのかそういった思想みたいな感情を根底から覆してしまった。それを公表したのは現在より数年前。
発現当初は秘匿されていたのだが、あの世界の暴露によって有力者や獣人が産まれる確率が島より低いがそれであっても産まれてくる事が公表された。
これにより、ある懸案事項が浮上した。
そう、誘拐やそれに付随する殺人の増加だ。
暴露はある者達にとっては手痛い事であるが、これにより、それまで秘匿されていた陸地有力者や獣人に関する事件全てに対しての施策が施され、過去数十もの時を遡って関与した者達を一斉に検挙したという。
そるは僅か1年と満たなかった。
だが、それから漏れた存在も居るのだ。
そういった者達は外道を歩み表へと出ることが出来ない者達。
世界府庁も救済の手を差し出したが、殆どがこれを拒否した。その主な理由が、そう歩んできた時間を急に変えることは出来ない。それならばこのまま外道のままで歩んだ方が。と言うのが大勢を占めていた。
府庁も色々な手を尽くしたが、やはり拒絶し姿を眩ました者もおた。
中にはこれを機に、府庁屠の繋がりを持って金銭を稼いでいる世渡り上手な者もいるという。
そうしてこのリーダーは拒絶した一人だった。
正確には拒絶した家族の一つ。そのほうが合っているだろう。
「それでは僕の質問に答えてください。拒否しても構いませんが、後々を考えることをお進めします。では、質問です」
リーダーの脳裏にはある光景がこびり付いていた。
その光景は家族の悲惨とは遠い光景。
ある日ある時ある場所で不意に加わった一人。その者が元から居たように振る舞い。知らない内に権限が全て掌握されていた。
それに気づいた時には遅く。家族に進言したところで向けられたものは侮蔑と殺意。
幼いさを残していた年齢とはいえ、リーダーはこの時を持って意識を隠すように努めた。
これが項を奏し、家族崩壊を只一人免れることが出来たのだった。
詳しいことは知らない。それでも切っ掛けはアイツだと解っている。でも、あれだけ探しても上方の取っ掛かりすら掴めない。あれだけの存在感を放っていたにも関わらずだ。
まるで意図的に隠されているのか。元から存在していないのか。それとも家族が幻を見ていたのか。
今となっては知りようがない。はあ、どうしてこうなったんだろう。
楽な仕事と聞いて、勿論独自に調べて信頼に足る内容だと判ったから。引き受けたのに。
何処から狂ったのだろうか。
あ、勝手に動いていた口が止まった。終わったの、かな。
「そうですねえ。最後の質問です。覚えているでしょう。アナタの家族を崩壊させた者について、です。答えられる範囲で構いません。一番重要なのは性別と年齢ですかね。それ以外で覚えているなら詳細にお答えください。」
焦点の合わない相貌はまるで切っ掛けのように合わさり、クロメガネの濁った瞳を貫いた。
「ど、どうしてそんなことを、聞くの」
「いえ、アナタの答えの中に因縁のような存在がかいま見えたものですから。で、覚えてますか」
首を縦に振り、その対象のことを覚えている限り話したリーダー。その相貌の奥には驚きと戸惑いと、燻っている怒りが読み取れた。
「なら、後であの人に聞いてみるといい。機会があれば、ですがね。」
指を鳴らすとリーダーの意識は途切れ、地面に倒れてしまう。
リーダーを拘束してから幻獸の背に乗せ、先をいった男の後を追うため出発したのだ。
少数とはいえ、若い連中が脱落したことは手痛い。
機材や食料等一人が背負う重量が増えてしまったのだ。
長い質問のため休憩に入っていた部隊も男に追い付く時には二人を除いて疲弊していた。
追い付いた先は洞窟の中間よりやや先。最初に申したように、このルートは洞穴や洞窟、地下が主な道程である。
それゆえ、行動に制限が掛けられてることに窮屈さを覚えているが、何事もなく男に追い付いたのだ。
「ん、おお。長く掛かりましたね皆さん。で、収穫は。」
肯定の意味を込めて頷く。
その行動と周囲の変化によりクロメガネも黙ってしまう。
以降の会話は端末がメイン。
『で、どうしました。あの子達は置いてきたのですか。』
『簡潔に云うと、あの獸は入らなかった。何かに怖がって入らないからその場に置いてきた。』
『ほう。なら厳重警戒するに行き過ぎてのはないですね。』
『そうだな。入る前に確実警戒等級を最大にしたから。この場所までで何とか来られた。だが。』
前方を見やる。
『ええ。私も、この先に行くには覚悟がいるでしょうね。とそれで貴方達を待っていたんです。』
『無事合流できたんだ行くか』
『そうですね。では、行きますか。』
『なあ、アンタの薬でどうにかならんのか』
『正直、これは想定外でしたから。』
『ならどうにかして切り抜けるしか無さそうだな。』
『ええ。そうですね。』
操作して部隊全員に進むことを伝える。
小さく手をあげて、同意を示し、暗く滑る奥から放つ異様な臭気を全身に浴びながら部隊は洞窟の奥へと進んでいく。
その存在を全員が判別出来たのは、それの相手をしてる存在。人のような影だった。
遠く暗く判別は難しいがかろうじてわかった。
そんな状態で全員が助けようと動こうとせず動静を見ていた。
その光景は前触れもなく終わりを告げ、その終わりは眩い光と共に存在2つは消えていた。
幻と誰もが思った。
それは否定される。
目の前にあるその景色が全てを物語っていたのだから。
破壊された鍾乳石。波打つ湖面。いまだに痺れる体。
これらが示す物が理解の範疇を超え、何人かは思考が爆発して気を失ってしまう。
『あれは何だと思いますか』
地底湖を過ぎ去り、更なる奥で小休止している一行。
沈黙を破ったのはクロメガネ。
『俺やヴァドロに聞かれてもな。検討付くかよ』
『だがなあ。あれが集団幻覚とは言えねえよな』
『たしかに。あれは現実でしたよ絶対に。』
『投射映像てのも考えられるが、余りに生々しい』
『それにあの巨体や相手をしていた奴は何処にいった。あの光も瞬間的なものですし、時間にして僅か。それで隠れるなど無理ですしね』
三人が黙ってしまう。
まあ、元から誰も声を出していないので黙るも何も無いのだが。
『もう普通に話しても良いんじゃないか』
『ふむ。「そうですねえ。あれが原因だったのかは定かではないですが、多分大丈夫でしょう。おや、なぜ驚かれるのですか」
「はあ。端末会話から普通に話すなよ。緊張状態の中で出される音ってのは驚くだろうが」
「ははっ。面白いな二人は。あれだけの光景を見ていながら心に傷を負わねえとは。やはり重大犯罪人は違うねえ。」
「そういやあ頭も少年を捕縛か殺害のために雇われたんだよな。依頼主関係は」
「当然知らねえよ。書面と代理だからな。」
「ですよねぇ。」
「と、いうのであればリーダーも同じ、だろうな。」
「仕方ありません。今は詮索しても無意味ですから。この先の事を話しましょうか」
こうして今後の事を話し合う三人は結論を出し、先に進むことをを決めた。
「さて、皆には待たせてしまったが、選択肢を示そう。」
「1つ。道なりに進んで時間を掛ける。手間はかかりますが安心安全。後は脱出します。」
「1つ。最短距離を造ってこの空間から脱出する。その後集合地点まで行く。」
「で、2つに1つだ。時間は掛けられないから。そうだな、これが溶けきるまでだ。」
頭が取り出したのは透明な容器に入った黒い物。
「黒溶石の欠片ですか。」
「おうよ。まあ、屑石だからな価値は無いも同然だ。」
「まあ、これで準備の時間も稼げるし、早速始めましょうか。」
脱出準備を終わらせ同時に黒溶石も完全に溶けた。
これで部隊の回答は最短を選んだ。
「事前にこの洞窟の内部は把握している。それを踏まえての最短は此処から少し行くと三叉に突き当たる。その向かって左と直進路の間の壁には空間が隠されている。はずだ。その部分を開ければ地上に出る階段がある。それを昇れば」
「地上ですか。」
「いや、まあ、そうなんだが、」
「問題があると。」
「そうなんだが、まあ、口で説明するより見た方が早いだろう。」
「簡単には説明出来ない。そういう事だな」
頷く頭。
「なら速く向かった方がいいですね。急ぎましょう」
号令のもと部隊は奥の三叉へと向かった。
更に奥へ進むとたしかに三叉路に突き当たった。
「で、頭。これの」
「おう左隣中央の間。そこの壁を壊したら出るはずだ。が、」
頭が先を喋る前に隊員数人が力を使って間の壁を破壊してしまった。
瞬間。壁に近い者が二人喰われてしもうた。
物理的でなく物質的にだが。
「心潰し」
精神系統能力の1つ。幻術系統の中でも上級に位置する力であり、常人なら廃人と成り果てるだろう。
だが、長年死と隣り合わせの者達ならば意識の消失のみで済んでいた。
「あらら。緊張と閉鎖空間からの解放でろくに説明を受けずにするから」
「はあ、済まねえ二方。もう少し気を配っていれば」
「過ぎたことを悔やむより。出てきますよ。」
「はあ、まあ手はず通りにお願いしますね。」
頭と男が返答すると、臨戦態勢に移行する。
「おう、お前らこの気絶した奴を後方に運んだらメガネの兄さんの指示を聞け。俺とこの人で、相手をするから援護を頼むぞ。」
戸惑う頭の部下と預かった 者達に的確な指示を出す。
戸惑い狼狽える者達はその言葉で我に返り、其々の役割を果たしていく。
準備を整えている最中にその姿を見せた存在は狭かったのか体の途中が突っかえてしまう。
幸いと頭は準備の指示を出していく。
クロメガネは荷物からあの獸に対して行った容器を取り出し。男は何処から取り出したのか手甲を填めていた。
「なあ、これって形容するとしたらどうなんだ。」
「俺には出来ねえな」
「クロメガネは」
「ふむ。そうですねえ。大きく捻れた角三本。7つの尖った目尻に獸特有の瞳。鋭い上顎の牙に下顎の小さな五本の牙。耳らしきものは見当たらず。しかしその特徴と言えるのは肉体を覆う表皮でしょうか。黒くしかして、灰色にも見えるのは現状不可解きまわりない。まあ頭部のみなのでこれ以上は表現のしようがないですけど。」
「まあ、的確といやあ、そうなるわな。だがこれで陣形は整った。討伐と行こうかね」
全員が得意な武器を持ち、構えていた。
「じゃあ、行きますよ皆さん。覚悟は出来てますね。」
顎を下げ、持つ手に力が入る。
「では、発火。」
この場合、名をつけた方が良いかのう。
好きにすればいいと思うが。
ならスネイルセブコネル。かのう。
センスねえな。
ほっとけ。
スネイルの体をつっかえさせていた部分を崩壊させ全身を露にさせる。同時に多方から強烈な光が照射された。
「予想より歪ですね」
「どう表現しても無理があるだろう」
「まあ、それでもするなら。細長く部分的には太く伸びる足。その先端が機能を発揮できるか不明ですが、何ですか足首から先が巨体を支える様には見えないですし。その上、あの無意味な小さな羽は。飾りでしょうか。」
「何にせよ、だ。やることは確定している。早く終わらせて脱出しようか。」
「それにしてもこの臭いは嫌になるな。」
全員に防護面の装着を義務付ける。
戦闘に入ると行動力を奪うため重量級の者が物理を無視している足を潰しにかかる。
無論、援護射撃を忘れてはならない。
が、一撃が重くのし掛かるはずの攻撃は数発繰り返しても損傷率は軽微。
それか皆無。
この場面で予想外の事に三者三様。考えが纏まらなかった。
頭は消耗を狙っての持久戦。
男は表皮の隙間を探して突き破るピンポイント戦。
クロメガネは薬品を用いてのどちらかと云えば持久戦か。
強力な効果があるほど周囲への影響も比例して強くなる。防護面を着用していてもな。
まあ、だからか。これが必然といえばそれまでだろう。そうスネイルは見逃さなかった。思案する三人のその思考を突いて動いた。
正に蛇の如く、光を奪い、動きを奪い、思考を奪い、そして正常な判断力を奪った。
後はスネイルの思う壺。見えずとも足首より生える細く靭やかな触手。足に生えておるから触足が正しいか。
巨体を支えているそれを瞬間収縮させて地面を打ち付けると巨体は跳躍し混乱している隊員が無惨にも丸呑みされた。
悲鳴を上げる間もなく。
暗闇で身動きできる者はいたが、最初の跳躍で全てがスネイルの腹に収まってしまった。
その混乱は収まることはなく、闇が一層の混乱を助長する。
そして、残ったのは主要三人と数えるに事足りる者達だった。
それは死を意味していた。
用意した機材は破壊され、得物や私物も紛失。作戦を立てても失敗する。
打つ手は出し尽くした。
もう死を待つしか残されていない。
残った皆が体力なく地べたに這うしかない。
スネイルは毒を含む舌を蛇のように動かし喰らう順番を決めかねていた。
そして、これがスネイル最後の思考だった。
スネイルは痛みと、自身の器が徐々に消えていく光景を見ながら幻島から消滅していった。
暗闇が瞬時に失せると空間内全てが見渡せるようになった。
明るくなった空間には十人にも満たない生き残りが寝そべり、その視線の先には一人の男子が立っていた。
言葉を喋っているのだろうが聞いても理解できず。
出口を指していた。
何となく状況は判ったがスネイルを殺した方法が検討もつかない事になにか奮然とせずだがどうにか助かった事に安堵して謝礼を述べておいた。
それは聞こえているがどうやら男子の方もも同じように言葉が通じていないらしく、首を傾げていた。
誰もが思ったろう。男子の格好に。
その出で立ちは、頭に平べったいものを乗せており、服は着ておらず、下半身は尻が丸出しでもし、そうもしこのまま振り返れば誰がどう見てもいや、見なくとも変態だと認識されるだろう。
男子は振り向いた。綺麗に華麗に戸惑いも躊躇も恥も外聞もなく振り返った。
一人から悲鳴が上がるが、男子は気にしない。振り返ると頭に乗せていた物を顔に当てており、それの能力なのか全身を見馴れた衣服に包まれていたのだった。
『あ、ああ。んんっ。僕の声が聴こえますか。僕の言葉を理解できますか。』
頭は驚きと警戒心を。
男は思案と決意を。
クロメガネは不安と義務を。
男子は三者三様の思考を嘲笑うように言葉を紡ぐ。
三人と他は紡がれた言葉に対して冗談だと考え聞き返した。
『んあ。冗談でも戯れ言でも虚偽でも空耳でもなく。あなた方全員を一発殴らせろ。そう言ったんだが。』
その言葉が真実だと悟ると全員が臨戦態勢に入った。
すると男子は頭を下げてきた。
唐突な謝罪に考えが及ばず、硬直してしまった。
それでどうなるのか。
男子の姿が消えたのだ。
直後に全員が浮遊感を覚えて気がつく時には地面に倒れていたのだ。
反響する声で男子は語る。
『心配しないでもらいたい。この場で無意味な殺生はしない。あなた方を殴ったのは祓うため。肉体的痛はないでしょ。』
響く声を聞き、全員が意識を失った。
まあ、時間にしても短く。
全員が同時に眼を覚まし起き上がると、たしかに居たはずの男子の姿は消えていた。
気配を探れど感じられず。夢か幻かと思っていたが男子が居たとおまもしき所に存在していたと確信させる品が地面に落ちていた。
拾い上げたそれは表も裏も普通の品。
試しに顔に着けて声を出しても変わらず。何処にでもある普通の品物。
「なあ、どう思うよ二人は。これに冠して」
男が背後に放り渡し一人が受け取る。
「どう見ても、普通の物だよな。」
クロメガネの手に納まった品を覗き込み、答える。
「このような物を着けていたとは、どういう仕掛けでしょうね。」
「クロメガネと頭の知識には無い。そういう事ですか。なら捨て置きましょうか。今後に支障をきたすことはないでしょうから」
「いや、もしかすれば他の者が知っているかも。一応回収しておきましょう。」
「危険な感じはしねえし。大丈夫だろう。」
「そうですか。それでも念を入れて密閉して運びましょう。」
「なら用意してくれるか。」
ないだろう。スネイルとのいざこざで機材全てを破壊され私物も失ってしまったのだ。容れる器も袋も無い。
「なら俺の服に繰るんで運ぶか。俺のは特別製でな此れくらいの大きさならくるめるだろう。」
なんと言うご都合主義。
頭が服の一部を境目から引き裂くと少し伸ばすと数倍に伸びていく。
「これはまた、珍しい品を。」
「値は張ったが使い勝手の良いもので重宝している。」
伸ばした物の上に品をのせ包むと手近な物に入れて地上へ出る準備をしてから静かに存在する地上へと続く階段を昇ることになった。
それほど時間は要していないだろうが、地上に出るとそこは集合場所の近くであった。
安堵する間を与えず、最後の試練が待っていた。
それは何処からともなく、突如としかいえぬし何の前触れもなく落ちてきた。
大きな岩が。
だが、元々警戒をしていた三人は岩が出現すると疲労の蓄積と体力の限界にも関わらずクロメガネが最後の薬品を投げつけ、男が絞り出した力で岩を打ち上げ最後にヴァドロが跳躍して空中で砂塵と化す。
散っていく砂を見向きもせず何とか目的地点の合流地までたどり着いたのだった。
なんだ彼方は終わっているのか。その姿を拝見したかったが。まあ、仕方あるまい。近い内合間見えるだろう。その時まで待つとするか。




