②
実際俺は、浮足立っていた。
トランクを引っ張り、小走りに廊下を駆ける。
文化祭が終わってすぐ、理事長の身柄は警察に引き渡された。
前代未聞の事件に、警察側も相当困惑していたらしい。
学院では早々に、新理事長を選任する緊急会議が開かれた。
この宮殿のような学院を維持していくためには、相当な資金源が必要だったからだ。
候補者の中に、たった一人だけその財力を持ち合わせた人間がいた。
だから学院は否応なしに、その男の申し出を受け入れざる負えなかった。
かくして、異例の早さで新理事長が決定した。
そして俺は、文化祭の振り替え休日である今日の朝――。
保留にされていた退学処分の件で、校長と教頭の立会いのもと、新理事長に呼び出されたのだった。
「退学は取り消しだ。その代わりお前にはやってもらわなきゃいけないことがある」
聖マリオン学院にふさわしくない派手なスーツを着て。
理事長室の壁に間抜けなツラした木彫りの面を飾りながら。
「ジョーちゃん」
その男は言ったのだ――。
「随分楽しそうじゃないか、野蛮人」
「室井……お前」
螺旋階段の角に、天敵だったはずの室井が痛々しいギプス姿で立っていた。
「戻ってきたのか?」
「悪いか?安心しろ。またすぐ出てくさ。この手じゃもうピアノは無理だからな」
肩から提げたボストンバッグを器用にギプスで抑えながら、言い放つ。
「……学校やめんのか?」
さすがに俺だって同情しているのだ。
だが――。
「バカ言え。俺の才能はピアノだけじゃない。天は俺に二物を与えたんだ」
そんな俺を鼻で笑い、室井は吐き捨てるように言った。
「俺は普通科へ編入して、ジャーナリズムの世界に進む。こないだの一件でマスコミ連中にもコネができたしな。行く末は音楽評論家だ。覚えとけよ。いつかお前が運よく表舞台に戻ったとしても、常に俺のペンの力に怯えて暮さなくちゃならないってことをな」
相変わらず冴えわたる皮肉を残して、室井は階段を下りてゆく。
「おい!文化祭の時は……ありがとな」
俺は室井の後ろ姿に、素直に礼を言った。
聞こえないふりして一階まで下りて行った室井は俺を見上げると。
「お姫様によろしくな。今後はせいぜいお前らの私生活にでも密着させてもらうわ」
口元だけで笑った。
平穏な日々は、まだまだ来ないらしい。
ため息を吐きつつ、それでも俺は満面の笑みで螺旋階段を上った。




