フィナーレ
第三幕までどうにか耐えた。
でももう限界だった――。
『ジュ・トゥ・ヴ』を歌い終えるや否や、俺は早々にサティをフッた。
もちろん台本にはない即興劇だった。
佐伯は目を丸くしながらも、仕返しとばかりに即興でダンスシーンを作った。
驚いたオケも即興でワルツを演奏し、どうにかそれなりの形にはなった。
「ふざけるな、ジョージ。お前舞台を降りる気か」
俺の体を抱き寄せると、佐伯は殺気立った声で咎めた。
「岬がいないんだ。探しに行かないと……」
マイクに声が入らないように、俺は佐伯の耳元に囁いた。
「いい加減にしろよ。マスコミ連中はお前の再起だって見てるんだ。なのにこんな中途半端で……」
悪女の囁きに、苦悩の表情を浮かべるサティ。
観客にはそう見えているに違いない。
「後は頼んだぞ、お前は最高の友達だ」
「ジョージ、てめえ……」
「お願いもう行かせて!」
俺はシュザンヌの声音を使って、大声で懇願した。
「この借りは返してもらうからな……」
佐伯は大きなため息をつくと、俺の体を思いっきり舞台袖まで押し戻した。
「行け!もう行け!もうたくさんだ!どこにでも行っちまえ!」
迫真の演技には、少なからず本心が混ざっていたに違いない。
俺は舞台袖で佐伯に両手を合わせると、一目散に駈け出した。
着替えをすませ、猛ダッシュで楽屋を飛び出してから――きっかり30分走り続けた。
俺は小講堂の前で蒼井さんにでくわした。
「岬、見つかった?」
俺の問いかけに、息を切らした蒼井さんが頭をふる。
「どこにもいない……さっき会場に戻ったら理事長の姿もなくて……」
「まさか、連れて帰られたってこと?」
「それはないと思う。まだ車があった。でも理事長の取り巻きたちが学院内を駆けずり回って岬くんを探してるから……もしかしたら計画がばれたのかもしれない」
きっと岬は、危険を察してどこかに身を隠しているのだ。
「どうしよう、蒼井さん」
「落ち着け。結城くん、心当たりは?岬くんが身を隠すとしたらどこ?」
「そんな急に言われても……」
俺は肩で大きく息をした。
ここで岬が捕まってしまったら一貫の終わりだった。
それは俺が今日で学院を去り、岬は明日からもあの悪魔に捕らえられたまま生きてゆくことを意味した。
「こないだはここにいた。俺のオーディションを見に来たって言って……俺が見に来てくれって頼んだからかもしんないけど……」
「じゃあ、今日は?岬くんになんか言わなかったの?」
「だって今朝は会ってないし……」
「まずいな、もうすぐ舞台が終わる時間だ」
俺は混乱の中で記憶をたどった。
「もしかしたら――」
役をもらった日――。
俺は『ジュ・トゥ・ヴ』を岬に歌って聴かせながら、言った。
「いつもお前のために歌うって……」
「え?」
俺は蒼井さんの手を引いた。
間違いない。
岬はいつも突拍子のない行動に出たけど、それはあいつの心が信じられないくらいに純粋だったからだ。
俺の言葉を信じているなら岬は――。
「会場の中だ。あいつは必ず会場の中にいる」
俺は蒼井さんを連れて会場に取って返した。




