②
「リエコさんが言ったとおり、時は来たんだ。俺たちが地獄の炎に燃える岬の胸の内を、今こそ解き放ってやらなきゃ――」
「俺にいい案がある」
佐伯は深く頷くと、岬を見やった。
「だが、お姫さんにできるかどうか。人目にさらされ深く傷つくことになるかもしれない」
山並みの向こうに白い宮殿が見えてきた。
愛する息子のために建てられた白亜の城。
しかし本当の姿は、カストラートを捕える小さな鳥籠だったのだ。
その時。
岬の手がしっかりと俺の手を握り返してきた。
「君たちがいてくれるなら……僕にもできるかもしれない」
俺が小さな頭を支えると、そう言ってゆっくりと体を起こした。
「恵介、大丈夫か?」
目を開いた岬は、真っ直ぐに俺を見つめた。
「ジョージ、最後まで僕の側にいてくれるか?」
その目に宿る一縷の光を、俺は生涯忘れやしないだろうと思った。
生まれたての星のように小さな、だが力強い輝きだった。
「大丈夫だ。何があっても側にいる」
もう、鳥籠に一人ぼっちになんかさせやしない。
俺は人目もはばからず、岬を抱きしめて言った。
「これで俺たちも本物の三銃士になれるな」
「お前が僕に砂糖を与えたりしなきゃね」
佐伯は笑って、具合の悪そうな蒼井さんを小突いた。
「ところで、なんでそんな変な服を着てるんだ?」
岬は自分の身なりをまだ知らず、俺のエルビススーツを笑った。
それから何秒もしないうちに――。
岬がバスを揺るがす悲鳴を上げたのは言うまでもない。
相変わらず監視の目は厳しかったが、俺は残された一ヶ月という期間をこの世の春のように楽しんだ。
人目を忍んで岬を連れ出しては、学院の裏手にある森に分け入って二人で過ごした。
秋は深まり、木の葉は色鮮やかな暖色に染まっていた。
今日は特別なニュースがあった。
俺は野生の蔓薔薇がアーチを作る森の入口で岬を待っていた。
「それじゃ、役がもらえたんだ」
湖のほとりに寝ころんだ俺の胸の上に、岬は頭をもたせて横になった。
「そう。佐伯の相手役に決まった一年生の子が、泣きながら役を降ろしてくれって先生に頼んだんだって。この人にはついていけないって言ってさ。それで、俺のところに」
俺はシュザンヌ役のオーディションを受けなおすチャンスを得た。
そして見事役を勝ち取ったのだ。
「退学寸前の生徒が準主役なんて、よく認められたね」
憎まれ口を叩く岬の髪を指ですくと、黄金色の夕暮れにサラサラと零れ落ちた。
「実力って言いたいとこだけど、同情かもな。最後にいい思い出をってさ」
俺は笑った。
「まさか、本当にこの学院から出て行く気じゃないだろうな」
急に不安げな口調になって、岬は頭を上げた。
「ないよ。でもそのためにはお前に頑張ってもらわなくちゃ」
『いい案がある――』
あの日、佐伯の思いつきで始まった計画は――。
文化祭の舞台で実行される予定だった。
計画はこうだ。
当日の公演はミュージカル専攻の舞台で終わる。
幕が下りた後、特別演目と銘打ってすかさず岬を舞台に上げる。
演目はもちろん『地獄の炎に燃えるこの胸』だ。
岬は自分の口から父親である理事長を告発し、真実を明らかにするとともに、過去と決別する心づもりでいる。
真相が明らかになれば、おのずと俺の嫌疑も晴れるというわけだった。
すでに蒼井さんがオケの指揮をとり、練習は内々に開始されていた。
権力には権力を。
俺は潮田のおっさんにすごいものを見せるからと頼み込んで、文化祭の当日、学院に可能な限りのマスコミを連れて来るよう根回ししていた。
権力の一番の味方であり、また同時に脅威ともなりうるもの――。
それはマスコミだ。
俺は身をもってそれを知っていた。
だが、俺たちの計画に露ほども気づいていない理事長は、学院の宣伝になるからと取材を二つ返事でオーケーしたらしい。
地ならしは完了した。
あとは岬がそこに種を蒔くだけだった。




