表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/72


「リエコさんが言ったとおり、時は来たんだ。俺たちが地獄の炎に燃える岬の胸の内を、今こそ解き放ってやらなきゃ――」


「俺にいい案がある」


佐伯は深く頷くと、岬を見やった。


「だが、お姫さんにできるかどうか。人目にさらされ深く傷つくことになるかもしれない」


山並みの向こうに白い宮殿が見えてきた。


愛する息子のために建てられた白亜の城。


しかし本当の姿は、カストラートを捕える小さな鳥籠だったのだ。


その時。


岬の手がしっかりと俺の手を握り返してきた。


「君たちがいてくれるなら……僕にもできるかもしれない」


俺が小さな頭を支えると、そう言ってゆっくりと体を起こした。


「恵介、大丈夫か?」


目を開いた岬は、真っ直ぐに俺を見つめた。


「ジョージ、最後まで僕の側にいてくれるか?」


その目に宿る一縷の光を、俺は生涯忘れやしないだろうと思った。


生まれたての星のように小さな、だが力強い輝きだった。


「大丈夫だ。何があっても側にいる」


もう、鳥籠に一人ぼっちになんかさせやしない。


俺は人目もはばからず、岬を抱きしめて言った。


「これで俺たちも本物の三銃士になれるな」


「お前が僕に砂糖を与えたりしなきゃね」


佐伯は笑って、具合の悪そうな蒼井さんを小突いた。


「ところで、なんでそんな変な服を着てるんだ?」


岬は自分の身なりをまだ知らず、俺のエルビススーツを笑った。


それから何秒もしないうちに――。


岬がバスを揺るがす悲鳴を上げたのは言うまでもない。




相変わらず監視の目は厳しかったが、俺は残された一ヶ月という期間をこの世の春のように楽しんだ。


人目を忍んで岬を連れ出しては、学院の裏手にある森に分け入って二人で過ごした。


秋は深まり、木の葉は色鮮やかな暖色に染まっていた。


今日は特別なニュースがあった。


俺は野生の蔓薔薇がアーチを作る森の入口で岬を待っていた。


「それじゃ、役がもらえたんだ」


湖のほとりに寝ころんだ俺の胸の上に、岬は頭をもたせて横になった。


「そう。佐伯の相手役に決まった一年生の子が、泣きながら役を降ろしてくれって先生に頼んだんだって。この人にはついていけないって言ってさ。それで、俺のところに」


俺はシュザンヌ役のオーディションを受けなおすチャンスを得た。


そして見事役を勝ち取ったのだ。


「退学寸前の生徒が準主役なんて、よく認められたね」


憎まれ口を叩く岬の髪を指ですくと、黄金色の夕暮れにサラサラと零れ落ちた。


「実力って言いたいとこだけど、同情かもな。最後にいい思い出をってさ」


俺は笑った。


「まさか、本当にこの学院から出て行く気じゃないだろうな」


急に不安げな口調になって、岬は頭を上げた。




「ないよ。でもそのためにはお前に頑張ってもらわなくちゃ」


『いい案がある――』


あの日、佐伯の思いつきで始まった計画は――。


文化祭の舞台で実行される予定だった。


計画はこうだ。


当日の公演はミュージカル専攻の舞台で終わる。


幕が下りた後、特別演目と銘打ってすかさず岬を舞台に上げる。


演目はもちろん『地獄の炎に燃えるこの胸』だ。


岬は自分の口から父親である理事長を告発し、真実を明らかにするとともに、過去と決別する心づもりでいる。


真相が明らかになれば、おのずと俺の嫌疑も晴れるというわけだった。


すでに蒼井さんがオケの指揮をとり、練習は内々に開始されていた。


権力には権力を。


俺は潮田のおっさんにすごいものを見せるからと頼み込んで、文化祭の当日、学院に可能な限りのマスコミを連れて来るよう根回ししていた。


権力の一番の味方であり、また同時に脅威ともなりうるもの――。


それはマスコミだ。


俺は身をもってそれを知っていた。


だが、俺たちの計画に露ほども気づいていない理事長は、学院の宣伝になるからと取材を二つ返事でオーケーしたらしい。


地ならしは完了した。


あとは岬がそこに種を蒔くだけだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ