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「亀くんは二、三時間好きなとこで遊んでこい。くれぐれも借金だけは作るんじゃないぞ」
バスは西麻布の一等地に立つ巨大なクラブの前に止まった。
「さあ、行こう」
「行こうって、ここ……」
老舗の大型クラブ、パラダイス。
IDチェックが厳しく高校生のガキンチョが入り込めるようなとこじゃない。
俺の制止も聞かず、店の前に列をなす客たちを押し退けた佐伯は、どんどんエントランスへと進んで行った。
「てか、お前!足元!」
スリッパ履きだ。
半裸の上半身ばかりに気を取られ今まで分からなかったが。
めかしこんだクラブの客たちはすぐにその異常事態に気づいたようだった。
「おい、スリッパ!」
柄の悪い男が佐伯の肩をつかんだ。俺は咄嗟に岬を庇った。
「見て分かんないのか?あっちから並べよ。まあ並んでもお前は入れねーだろうけどな」
男のもっともな意見に、周りからはどっと笑いが漏れた。
ドレスコードが甘くなったとはいえ、スリッパ履きで入れるクラブなんてないだろう。
「バカ言え。俺が入れないわけないだろう?大体どうして俺がこんな行列に並ばなきゃいけないんだ?」
俺は自信満々に男を見下ろす佐伯の袖を引いた。
これ以上、面倒事はごめんだった。
「やめろよ。もう行こう」
いくらなんだって無茶苦茶すぎる。
事態を丸く収めようとしたところに――。
「安いスーツ着て威張んなよ」
GUCCIのスーツでロリポップくわえた蒼井さんが最悪のタイミングで割り込んできた。
「蒼井さんっ!」
岬を庇いながら、二人の変人の暴走を止めるなんて無理だ。
案の定、血の気の多そうな男はへらへら笑い続ける蒼井さんにつかみかかった。
「なんだあ!大体おまえらいくつだ?こっちはなんも知らないガキに親切に教えてやってんだろが!」
「おい――」
蒼井さんの胸倉をつかんだ男の腕を、佐伯は赤子の手をひねるように片手でねじ上げた。
「お前はバカか?俺の家に遊びに来といて偉そうにするなら帰れ!」
佐伯の戯言に、失笑と怒声が入り混じって飛び交った。
「頭おかしいんじゃねえ?自分の家だって!」
「なら証拠見せてみろよ!」
痺れを切らした他の客たちも口々に怒鳴り出した。
最悪だ。
化粧の濃い女が岬にちょっかい出してくるのを追っ払いながら、俺は佐伯の腕を引いた。
「佐伯、もういいだろ?冗談もほどほどにしろよ」
エントランス前には知らぬ間に人垣ができていた。
たちの悪い変人を罵る大合唱だ。
「冗談?俺は冗談なんて言ったことないぞ」
「悠人、そりゃないだろ。スリッパで」
口から真っ赤なロリポップを抜き出し、蒼井さんだけが大いに笑った。
「ああ、もう!一体何しにこんなとこ来たんだよ!」
やがて、騒ぎを聞きつけた店の黒服がエントランスから顔をのぞかせた。
異常事態に驚いたのか店の中に取って返す。
せめてパトカーが来る前に退散しなくては。
俺は岬の手を引いていつでも逃げ出せるよう構えた。
「言ったろ、ここは俺の家だ。リラックスしろ、ジョージ」
佐伯は言い張って一歩も引かない。
それどころか芝居がかってシャツを翻すと、敵ばかりの聴衆に向きなおり言い放った。
「いいか、よく見ていろ。主が戻った家には明かりが灯り、従者はみな平伏すんだ!」
佐伯が預言者のように天を仰いだ瞬間――。
「嘘だろ、おい……」
突然、パチンコのフィーバーを思わせる眩しさで至る所にネオンが灯った。
と同時、足並み揃った靴音がクラブの中から響いてきた。
俺は自分の目を疑った。




