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エントランス前に現れた数十人の黒服たちが左右に分かれ、チェスの駒のようにピシリと整列したのだ。


「な、なんで?」


鳴り響く妖しげなファンクミュージックは、間違いなく佐伯を歓迎している。


「悠人のお父さんは夜の帝王、ナイトスポットを統括して経営する佐伯グループの頭取だよ。さっきの運転手も、親父さんの経営するカジノで億の借金作ったとこを悠人が拾ったんだ」


蒼井さんは顔見知りの黒服たちに挨拶しながら俺にそう説明した。


「お帰りなさいませ、若」


支配人の号令を皮切りに、預言どおり黒服たちは一斉に佐伯に平伏した。


「おい、ここは俺の家だな?」


佐伯は納得いかない顔をして支配人に尋ねる。


「おっしゃるとおり。ここは若のご生家でございます」


支配人が深々と頭を下げてそう言うと、佐伯に絡んでいた連中は腰を抜かしたようにその場に座り込んだ。


「ほら、俺は冗談なんか言わないんだ」


とびきり美人のクロークが出てきて、佐伯からスリッパを預かると素足にもこもこしたパンダのルームシューズを履かせて去って行った。


「じゃあ、友達を俺の部屋へ通せ。そうだ、それから――」


パンダのルームシューズは向き直って主に絡んだ男たちを睨みつけた。


「あいつらにはスリッパを用意してやれ――」



俺たちはクラブ・パラダイスのVIPルームのそのまた上にある、佐伯の部屋に通されていた。


騒音もタバコの煙もここまでは昇ってこない。


下界の中心に位置していながら、そこを見下ろす神聖な部屋。


言われてみれば、ここ以上に佐伯にふさわしい場所もない気がした。


「あの二人は?」


フロア全体が見渡せるフェンス越しに身を乗り出し、岬が落ち着かなげに聞いた。


「さあな。遊び疲れたら戻ってくるだろ」


俺は支配人があらかじめノンアルコールですからと前置きして置いて行ったカクテルに口をつけ、部屋の中を一回りする。


「驚いたな」


きらびやかなライトに照らされた岬が、子供のような顔で言った。


「岬は初めて?」


「ああ。僕は音楽以外何も知らない……」


隣に並んだ俺にそう言って、岬は自嘲気に笑った。


「母は将来を期待されたソプラニスタだった。喉を患ってからは表舞台に立てなくなったけど、僕の前ではよく歌ってくれた。それで僕も声楽を」


「そうか……」


俺はそれ以上何も言えなかった。


岬がこの華奢な体に受けた苦難を思うと、胸の奥が鈍く痛んだ。


「ねえジョージ、君は僕の身に何が起こったのかもう知ってるんだろう――?」


唐突に、岬は尋ねた。



「いいんだ。君には聞いてほしい。ありのままの僕を知って、受け止めらきれなくなったら……」


「そんなことあるもんか!」


言葉の途中で思わず声を荒げた俺を、岬は冷静に見つめ返し続けた。


「僕は男でも女でもない――僕自身が神への冒涜、なんだよ」


俺が言葉に詰まると。


「ジョージ、『地獄の怒りに燃えるこの胸』聴いたことある?」


上品にさらりと話題を変える。


「……モーツァルトの?」


オペラ『魔笛』――夜の女王が娘パミーナに父親のザラストロを亡きものにせよと歌い上げる見せ場のアリアだ。


「母が最期に、僕に歌って聴かせたアリアだ」


穏やかな横顔にはどんな表情も見て取ることはできない。


階下で鳴り響くテクノチューンに耳を傾け、無心でダンスに興じる人々を岬はじっと見つめていた。


やがて。


「あの夜――。父の異常な野望に気づいた母は、僕を連れて逃げようと病院のヘリポートに上がったんだ。旅行にでも出かけるみたいにトランクを手に長いローブを羽織り、しっかりと僕の手をつないでね――。でも、ヘリは来なかった」


岬は今まさにその場にいるかのように、落胆し諦めに満ちた声音で語りだした。







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