③
約束の時間を大幅に上回っていた。
俺は岬の手を引いて学校の裏門まで走った。
「あれ」
岬が歩を止める。
裏門の前には学院専用の白バスがポツンと止まっていた。
「――ここにいて」
佐伯や蒼井さんの姿は見当たらない。
岬の手を放し俺はそっとバスに近づいた。
「ジョージ、あぶない!」
岬が声を上げると同時、何者かが暗闇から飛び出してきて、俺の肩に手をかけた。
「――っ放せよっ!」
俺が力いっぱい男の手を振りほどくと、
「わっ」
意外なほどあっさり男は身を引いた。
「参ったな。僕だよ、ジョージ」
ホストのような身なりの男は親しげに俺の名を呼ぶ。
バスに小さな明かりが灯り、俺は絶句した。
「あ……蒼井さん?」
眼鏡を外し、細身のスーツに身を包んだ蒼井さんがトロンとした目つきで笑っていた。
「こんばんはミサキ姫。お待ちしておりました。さあ、馬車へ」
一体どうなっちゃってんだ、佐伯じゃあるまいし。
明らかに様子が変だった。
呆然と立ち尽くす俺をほったらかしにしたまま、千鳥足の蒼井さんは岬の手を引いてバスの中に導いてゆく。
「ちょっ……なんなの!」
バスに乗り込んだ俺は再度目を丸くする。
「わっ!」
「貴方は……たしか」
この学院に来た初日――。
俺を小馬鹿にした執事のような運転手が、当然のように運転席に座っていた。
「なんであんたが……」
しかし運転手とゆっくり禅問答などしている場合ではなかった。
後部座席に連れて行かれた岬が小さな悲鳴を上げた。
「岬っ……どうしたっ?」
不安げな岬に駆け寄った俺の目の前に――。
「遅いぞ、ジョージ!」
派手なシャツを翻した佐伯が床からむくりと起き上がった。
前がはだけて半裸の状態だ。
「なかなか来ないから一寝入りしたぞ。ミツキなんか見ろ、もう完全に出来上がってる」
蒼井さんは席に座って鼻歌交じりにチョコレートをほお張っている。
「お前!蒼井さんに酒でも飲ませたのか?」
「バカ言え。この学校に酒なんか持ち込めるか。ミツキは砂糖中毒なんだ」
「砂糖?」
「そう、白砂糖の成分でラリってる。普段のトラッドじゃ面白くないから遊びに連れ出す時はいつもこうして――」
後部座席にはたくさんのお菓子が積み込まれていた。
「一口食べさせればこっちのもんだ。あとはあのとおり止まらない」
「お前なあ……」
「今日はパアーっと行くって言ったろ? まあ、お前も食え。姫様にはこれをあげよう」
突然変人から渡されたロリポップを手に、岬は無言で俺を睨みつける。
非常にまずい状況だ。
部屋からカッコよく連れ出してはみたものの、三銃士が聞いて呆れる。
「若、今日はどちらに行かれます?」
バスでは飲食禁止と冷たく言い放っていたはずの運転手が、満面の笑みで振り返る。
「麻布まで頼む」
若と呼ばれた佐伯も、当然のようにそう答え笑っている。
「だいたいあの運転手なんだよ?こんなことして学校に知れたら……」
まとめて退学にされちまうのがオチだ。
俺は一人ヒヤヒヤしていた。
「あれ? ジョージ知らないの? 悠人は彼の命の恩人なんだよ」
完全に人の変わったような蒼井さんがキャラメルポップコーンの袋を開けながら言った。
「亀はその昔うちの親父に莫大な借金を作ってな。海に沈められるところを俺が助けてやったんだ。なあ」
バスが走り出す。スピードを上げたまま道を下ってゆく。
「亀?」
佐伯は運転席の隣に立って大音量で音楽を流し始めた。
俺のコレクションから持ち出してきたのだろう、70年代のパンクロック――。
「浦島太郎の亀ですよ。なので若を竜宮城にお連れするのは私の役目なんです」
運転手は照れくさそうに笑いながら、こないだの安全運転が嘘みたいに車をとばす。
猛スピードで急カーブを切ると、ロリポップ持ったまま立ち尽くしていた岬が俺の腕に飛び込んできた。
「ジョージ、一体これはなんなんだ?」
岬は怖い目で俺を睨みつけたまま、自分を支える手を振りほどく。
「ごめん、こんなはずじゃ……ちょっと、音うるせーよ!」
さっきまでのムードが台無しだ。
これじゃ嫌われるのも時間の問題だった。
「お前の好きなヤツだろ!最高にカッコイイ雑音だ!」
佐伯は座席に上がるとぴょんぴょん飛び跳ね始めた。
蒼井さんはタクトを振る代わりにポップコーンの袋を振り回す。
「ちょーっと!」
俺は岬を庇って頭からベタベタしたキャラメルポップコーンをかぶった。
「お前のその頭!アフロみたいだぞ!」
二人は声の限りに大笑いする。
「とんだ三銃士だな……」
岬はポツリと呟くとうつむいてしまった。
「分かってる。ごめん……」
収拾がつかないままオロオロする俺の目の前で、岬の肩がかすかに震えていた。
「こんなの初めてだ……」
「岬……?」
言って顔を上げた岬の口元は、すっかり綻んでいた。
「見ろ、お姫様が笑ったぞ!」
佐伯はピエロみたいにおどけて見せた。
「岬、楽しい?良かった。俺、てっきりお前が……」
花が咲くような岬の笑顔に、俺はすっかり舞い上がる。
「いいから、その頭どうにかしろよ」
笑いをかみ殺して岬は言った。




