②
やがて――。
「出てこい、ジョージ」
様子を見計らってドアに鍵をかけた岬が、小声で俺に呟いた。
「よお……なんで俺だって分かった?」
カーテンから顔を覗かせる。
感動の再会になるはずだった。
だが俺の予想に反し、岬は猛烈に怒っていた。
「こんなことするバカお前以外にいるか!」
「ご挨拶だな、せっかく生還したのに」
「生還?何が生還だ。来月で退学するって言ったんだろ?なんでだよ!」
岬は乱暴にカーテンを引っぺがすと俺の胸倉をつかんだ。
月光に照らされた綺麗な顔が目の前にぐっと近づいてくる。
まるで強気な眼差しのフランス人形。
「良かったな。傷、残ってない……」
愛しさが込み上げて、気がつけば俺は無遠慮に陶器のような頬を撫でていた。
細い指が俺の手を払いのけようとするが、どうにもうまくいかないみたいだ。
「あの人がそんなドジ踏むか。ちゃんと手加減してたんだ。それなのにお前は一人で熱くなって……」
指先は行き場を失った蝶のように舞って、やがて岬の頬に置いたままの俺の手の上に柔らかく止まった。
「言ったろ、今度こそ俺は約束を守る。どんなことしてもお前を助けるって」
なんの前置きもなく、岬の目から大粒の涙が流れ出した。
「なんで泣くの……?」
いつものそこはかとない悲しみが、俺の指の間をぬってゆっくりと染みてくる。
「本当は……君が飛び出して来てくれた時、すごく嬉しかったんだ。僕は……自分勝手な人間だ。僕は……君を犠牲にして自由になろうとしてるんだ」
俺は岬の体を抱きすくめた。
「バカ、何言ってんだよ」
この美しく愛しい人が、もう悲しみに暮れることのないように――。
「犠牲なんかじゃない。お前が与えてくれるなら、どんなことでも喜びだよ」
俺は全力で守り抜くと決めたんだ。
「……ジョージ?」
男であるとか女であるとか、そんなのちっぽけな問題だ。
俺の胸に湧いた愛の泉は、とめどなく溢れ出て、ただただ岬に向かって注がれていた。
そしてこれから先、何があっても枯れることなどないだろう。
そう思った瞬間、俺はごく自然に岬に口づけていた。
「――俺は、恵介が好きだ」
言葉以上の愛情を伝えたかった。
同時に、おそらくただの衝動でもあった。
突然のキスに面食らった岬は、すっかり放心状態で俺を見つめていた。
沈黙の中――。
「――恵介、もう寝たか?」
部屋の外から突然理事長の声がした。
呆然として返事をしかける岬の唇を、俺は咄嗟にもう一度塞いだ。
「病院に戻るからな――」
遠のいてゆく足音が聞こえると、ホッとしたのも束の間。
岬は気まずそうに身を引いてうつむいてしまった。
俺の照れ笑いにも反応を示さない。
どうしていいか分からず、俺は言葉を探す。
「忘れてた。今日は俺、三銃士を代表してお前をかっさらいにきたんだぜ」
冗談は緊張し、とても乾いて聞こえた。
「だから……早く行かなくちゃ……」
「ジョージ、今のは――」
岬の睫毛はなだらかな頬に綺麗な扇型の影を作った。
やっぱりいきなりすぎたか――。
「ごめん。やっぱ……怒ってるよね」
俺の情けない謝罪に、小さな唇が微かに動く。
「え……なに?」
「……ちがう」
岬はそう言うと、意を決したように顔を上げ俺をまっすぐに見つめた。
こぼれそうな黒い瞳が、薄闇の中できらきら光って――。
「ジョージ、お願いだ……もう一度……」
揺れた――。
俺は抑えられない衝動に駆られ、岬の体を強引に引き戻した。
「夢なら、覚めるな――」
そして岬が柔らかく背中を反らせ、甘い吐息を漏らすまで。
初めてのキスに夢中になった。




