アナリーゼ・分析②
ここじゃ問題を起こした生徒は、処分が決まるまでの間、反省部屋という冷たい独房に入れられるのが慣わしらしい。
俺は数人の教師たちに取り囲まれるようにして、教会の裏手にひっそりとそびえ建つ石造りの建物に放り込まれた。
地上三階。
裸電球が吊るされた六畳ほどの小部屋に外から鍵をかけられ、俺は完全に閉じ込められた。
朝になったらギロチンにかけられる罪人にでもなった気分だ。
「ジョージ」
ショックと疲れから途方にくれていたところに、地上三階の窓を叩く音がした。
幻聴だろうとたかをくくっていた俺の視界に突如――。
見慣れた男の顔が飛び込んでくる。
「佐伯っ……?」
幻覚まで見ているのかと、俺は軋むガラス窓を無理矢理こじ開けた。
幻聴でも幻覚でもない。
現実に、屋上から命綱をつけた佐伯がぶら下がっていたのだ。
「お前、何やってんだよ!危ないだろ!」
佐伯はすました顔して、小さな窓枠に体をねじ込ませると部屋に侵入してきた。
「見くびってもらっちゃ困る。俺は昔ロッククライミングをやってたんだ。こんなもん屁でもない。お前こそ何やってる?突然いなくなったと思ったらこんなとこで遊んでたのか。俺もミツキも心配したぞ」
「冗談言ってる場合じゃないだろ。どこまで知ってる?岬は?部屋に戻ったか?」
「お姫さんならさっき完全警護で部屋に戻られた。ミツキは校長と理事長に呼ばれて、お前の悪事をさんざん聞かされたとさ」
「俺じゃないよ!言わなくても分かるだろ!」
俺の声に、エコーがかかって響き渡る。
「静かにしろ。これでも食って落ち着け」
佐伯は興奮した俺に向かって、クマを模ったグミキャンディーの袋を放り投げた。
「なんでこんな時にこんなお気楽なもん持ってくんだよ!」
「我慢しろ。部屋にそれしかなかったんだ。いいから食え」
俺は仕方なく袋を開け、言われるがままクマのグミを口に放り込んだ。
「それで、理事長にはめられたのか?」
「あいつが岬を殴ったんだ。俺は止めに入ろうとしただけだ。でも誰も俺の言うことなんか信じない。岬はどうなる?あの親父、普通じゃなかった」
「人の心配してる場合か。お前こそどうなる?このままじゃ退学は免れないぞ」
どうなるもこうなるも、なす術なんてなかった。
俺は岬との約束を破り飛び出して、あいつを助けてやることもできないまま、自分を窮地に追い込んだだけだった。
「俺はどうなってもいい。とにかく、岬をあの男から助けてやらなきゃ」
「ジョージ、お前ってヤツは……。よこせ」
佐伯は信じられないという顔で頭を振り、やけくそみたいに俺の手からグミキャンディを奪い取って食った。
「キツネをやったのも多分理事長だ」
「マジかよ?」
「今朝、音楽室から理事長が出てくるところを見たって寮生が、さっきミツキのとこに来たんだ」
「なんて?」
「教師連中にそう言ったが相手にもされなかったって。とにかく相手が悪い。俺たちが束んなって騒いだとこでこっから追い出されるか、キツネみたいに潰されるかのどっちかだ」
大きなため息をつくと尖った顎をさする。
さすがにお手上げといった感じだ。
「なあ、佐伯。岬の過去に何があったか調べてくれないか?」
「おい、何を言い出すんだ?」
俺は聞こえないフリをして続けた。
俺には確信があった。
「岬は、カストラートであることを、別に隠しておきたいわけじゃないんだと思う。むしろ自分の胸に押し留めておくのを拒んでるみたいな気がする。だから追い詰められた合唱コンクールで歌ったり、室井が書いた記事を自分でばらまいたりして……知らせてたんじゃないかって」
「知らせてた?」
「あいつ言ったんだ。真実を伝えたいって。でも室井の書いた記事は真実じゃないんだって。もちろん自分がカストラートだってことは否定しなかった。じゃあ、あの記事の何が真実じゃないのか――俺はずっと考えてた」
「事故の後遺症でカストラートになったって……そこか?」
勘が鋭いこいつのことだ。
俺が言わんとしていることの大筋は理解したらしい。
「『一生私の元で生きてもらう』理事長はさっき岬にそう言ったんだ。その意味、分かるか?」
佐伯の顔に緊張が走る。
「まさか――」
「合唱コンクールの事件の後、岬をピアノ専攻に編入させたのも、血眼になって室井の記事を差し止めようとしたのも理事長だ。岬がカストラートであることを隠したがっているのは、岬本人じゃない。むしろ理事長の方だ――」
「ジョージ、直に朝は来る。お前はクマの数でも数えて待ってろ」
言うが早いか、佐伯は命綱を伝って窓の外に飛び出して行った。




