③
「さっき校長に呼ばれて事情を聞いた。昨日室井くんがこの記事を持って岬くんのところに現れた時、理事長に出くわしたらしい」
「岬の親父に……?」
「そう。それで理事長がその場で記事を没収したんだって――もちろんバックアップも」
「じゃあ、キツネはどうなったんだ?」
佐伯が青ざめたままの蒼井さんに先を促す。
「室井くんは今朝早く、第3音楽室で倒れてるところを発見されて病院へ運ばれたんだ――」
思ってもみない言葉、俺は事態を把握しきれない。
「死んだのか!」
佐伯の声が裏返る。
「まさか。命に別条はないよ。でもある意味では、そうとも言えるかな……」
「どういうこと?分かるように説明してよ!
募る不安のせいで、俺はつい声を荒げて蒼井さんにかみついた。
「室井くんはピアノの蓋で何度も自分の手を挟んだんだって――。見つかった時は両手の骨が砕けてショック状態だったらしい。ピアニストとしては致命傷だよ。パニックの末の自傷行為だろうって……理事長は言ってたけど――」
あまりにも残酷な展開に、俺は言葉を失った。
「そんなバカな話、あるか」
佐伯が俺の気持ちを代弁した。
「僕もとても信じられない……」
俺は岬の言葉を思い出していた。
あの日、室井の首を絞めあげながらあいつは言った。
たとえ殺してしまっても心神喪失で片がつくと――。
あいつはそう言ったのだ。
それは一重に医師であり理事長でもある父親の力に寄るところだろう。
「蒼井さん、室井が運ばれたのって――」
「もちろん、理事長の病院だ」
血の気が引いた。
気ばかりが焦り、混乱する。
「じゃあ、こいつをばらまいたのはいったい誰なんだ?」
唸る佐伯の髪から雨粒が滴り落ちる。
雨は次第に強くなってきていた。
「言ったろ。昨日の時点でその記事は理事長が差し押さえていた。誰も手にすることなんかできないはずだ。多分――岬くん本人をのぞいて」
「じゃあ……お姫さんが自分で屋上からまいたってのか?なんで?!」
佐伯は混乱して近くのベンチを蹴飛ばした。
「岬は――?あいつは今どこにいるの?」
俺は蒼井さんのシャツをつかんで揺さぶった。
早くあいつを見つけなければ――。
「それが分からないんだ。朝から行方知れずで、みんな血眼になって探してる」
早く――。
「ジョージ!どこ行くんだっ?」
俺は2人の制止を押し切って、雨の中を走り出していた。
「岬は俺が連れ戻す!」
これ以上あいつを傷つけてたまるか――。
岬が例え何をしようと、俺にはすすり泣きにしか聞こえない。
あいつが罪を犯したのなら、俺が被ってやる。
何か欲しいって言うなら、盗んででも与えてやる。
今この雨の中、どこかにひっそり身を隠しているのなら――。
俺は傘にでも風除けにでもなってやる。
もう何を捨てたって構わない。
そう思った――。