表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/72

「シュザンヌ役のオーディションを開始します。参加者は集まって下さい」


係の教師が、ステージの上からざわめく講堂内に呼び掛ける。


時計の針は開始時間の10分前をさしていた。


行ったら――戻れないかもしれない。


でも――。


「結城くん、どこ行くのさ!」


俺はステージとは逆方向へ走り出していた。


こんな汚いやり方、絶対に許せない。


例え退学になったとしても、この手で室井をぶちのめしてやらなきゃ気がすまない。


なにより岬が心配だった。


俺は誰より先にあいつのもとへ駆けつけなくちゃならない。


俺には責任があった。


俺はここで約束したんだ。


岬のこと、絶対記事になんかさせないって……。


それがこのザマだ。


だから何を置いても俺は、岬のところへ駆けつけなきゃならなかった。



外に飛び出すと、小雨が降り始めていた。


冷たい秋風が悪魔の記事を所構わず撒き散らす。


そんな雨の中、奇声を上げつつ紙切れを拾い集める男がいた。


「ジョージ!お前、こんなとこで何してんだ?!」


佐伯だった。両手いっぱいに抱えた紙切れを、俺から隠すように背中に回した。


岬の記事が、オーディション前の俺の目に触れないよう気遣っているつもりなのだ。


でももう遅い。


「もういいんだ……」


「いいもんか。誰が何言ったか知らないが、これはただのイタズラだ。早く会場に戻れ!」


「隠すなよ!もう見たんだ!」


俺は佐伯の手から湿った紙の束を引ったくった。


「室井だ。あいつを叩きのめしてやらなきゃ気がすまねえ!邪魔すんな!」


本当は必死で俺の練習に付き合ってくれた佐伯に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


なのに、八つ当たりして俺は佐伯の肩を押し退けた。


「落ちつけバカ!チャンスは1度しかないんだぞ。今は自分のことだけ考えろ。オーディションの後でも手は打てるだろ?」


そのまま走りだそうとする俺の肩を、佐伯は乱暴につかんだ。


「それじゃダメなんだ!今すぐ岬のとこに……あいつのとこに行ってやらなくちゃ!」


全身から力が抜けた。


俺の本心に、佐伯は面食らっている。


「この記事、本当のことなのか……?」


「間違いない。こないだ室井がこの件を記事にするって岬を脅した時、俺……側にいたんだ。書庫の本、なくなってたろ?あれも室井の仕業だ」


「カストラートか……じゃあ」


佐伯は記事に目を落とす。


「俺、絶対記事になんかさせないって、岬に約束したのに――」


何か言いかけた佐伯の視線が遠くなった。


視線の先に現れたのは蒼井さんだった。



「ミツキ……?」


蒼井さんは小走りに近づいてくるなり、俺の頭を抱き寄せた。


「ごめん。僕が甘かったんだ。室井くんをここまで追いつめて、君まで傷つけた」


雨に濡れたシャツが俺の頬に張り付いた。


何もかもが音を立てて崩れてく。


守ろうとしたものも、築こうとしたものも――。


「蒼井さんのせいじゃないよ。悪いのは室井だし、傷ついているのは俺じゃなくて――岬だ」


「――違うんだ」


蒼井さんの手はかすかに震え、俺の顔を覗き込むその目はいつになく動揺していた。


「ミツキ、どうした?」


佐伯が支えなければ、蒼井さんは俺を抱いたまま屑折れてしまいそうだった。


様子がおかしい。


何か、俺が考えている以上のことが起こっているのかもしれない。


「違うんだ、室井くんじゃない。記事を書いたのはたしかに彼だけど、屋上からばらまいたのは室井くんじゃない……」


そう言って、蒼井さんは目を伏せた。


「そんなわけないじゃん!あいつ以外に誰がこんな真似すんだよ?」


俺は濡れそぼった紙の山を見ながら反論した。


それでも蒼井さんは頑なに首を横に振る。


「いや、室井くんにはできないんだ」


「……できない?」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ