②
「シュザンヌ役のオーディションを開始します。参加者は集まって下さい」
係の教師が、ステージの上からざわめく講堂内に呼び掛ける。
時計の針は開始時間の10分前をさしていた。
行ったら――戻れないかもしれない。
でも――。
「結城くん、どこ行くのさ!」
俺はステージとは逆方向へ走り出していた。
こんな汚いやり方、絶対に許せない。
例え退学になったとしても、この手で室井をぶちのめしてやらなきゃ気がすまない。
なにより岬が心配だった。
俺は誰より先にあいつのもとへ駆けつけなくちゃならない。
俺には責任があった。
俺はここで約束したんだ。
岬のこと、絶対記事になんかさせないって……。
それがこのザマだ。
だから何を置いても俺は、岬のところへ駆けつけなきゃならなかった。
外に飛び出すと、小雨が降り始めていた。
冷たい秋風が悪魔の記事を所構わず撒き散らす。
そんな雨の中、奇声を上げつつ紙切れを拾い集める男がいた。
「ジョージ!お前、こんなとこで何してんだ?!」
佐伯だった。両手いっぱいに抱えた紙切れを、俺から隠すように背中に回した。
岬の記事が、オーディション前の俺の目に触れないよう気遣っているつもりなのだ。
でももう遅い。
「もういいんだ……」
「いいもんか。誰が何言ったか知らないが、これはただのイタズラだ。早く会場に戻れ!」
「隠すなよ!もう見たんだ!」
俺は佐伯の手から湿った紙の束を引ったくった。
「室井だ。あいつを叩きのめしてやらなきゃ気がすまねえ!邪魔すんな!」
本当は必死で俺の練習に付き合ってくれた佐伯に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
なのに、八つ当たりして俺は佐伯の肩を押し退けた。
「落ちつけバカ!チャンスは1度しかないんだぞ。今は自分のことだけ考えろ。オーディションの後でも手は打てるだろ?」
そのまま走りだそうとする俺の肩を、佐伯は乱暴につかんだ。
「それじゃダメなんだ!今すぐ岬のとこに……あいつのとこに行ってやらなくちゃ!」
全身から力が抜けた。
俺の本心に、佐伯は面食らっている。
「この記事、本当のことなのか……?」
「間違いない。こないだ室井がこの件を記事にするって岬を脅した時、俺……側にいたんだ。書庫の本、なくなってたろ?あれも室井の仕業だ」
「カストラートか……じゃあ」
佐伯は記事に目を落とす。
「俺、絶対記事になんかさせないって、岬に約束したのに――」
何か言いかけた佐伯の視線が遠くなった。
視線の先に現れたのは蒼井さんだった。
「ミツキ……?」
蒼井さんは小走りに近づいてくるなり、俺の頭を抱き寄せた。
「ごめん。僕が甘かったんだ。室井くんをここまで追いつめて、君まで傷つけた」
雨に濡れたシャツが俺の頬に張り付いた。
何もかもが音を立てて崩れてく。
守ろうとしたものも、築こうとしたものも――。
「蒼井さんのせいじゃないよ。悪いのは室井だし、傷ついているのは俺じゃなくて――岬だ」
「――違うんだ」
蒼井さんの手はかすかに震え、俺の顔を覗き込むその目はいつになく動揺していた。
「ミツキ、どうした?」
佐伯が支えなければ、蒼井さんは俺を抱いたまま屑折れてしまいそうだった。
様子がおかしい。
何か、俺が考えている以上のことが起こっているのかもしれない。
「違うんだ、室井くんじゃない。記事を書いたのはたしかに彼だけど、屋上からばらまいたのは室井くんじゃない……」
そう言って、蒼井さんは目を伏せた。
「そんなわけないじゃん!あいつ以外に誰がこんな真似すんだよ?」
俺は濡れそぼった紙の山を見ながら反論した。
それでも蒼井さんは頑なに首を横に振る。
「いや、室井くんにはできないんだ」
「……できない?」




