⑦
「ジョージ!シュザンヌはそこらへんの小娘じゃない。アルトでしっとりと歌えばいいんだ。ワザとらしい声を上げるな!」
佐伯がそう言って俺の歌を止めたかと思えば。
「何言ってんの、今のはよかったよ。もっと可愛らしくてもいいぐらいだ」
蒼井さんが首を横に振る。
「おい、ミツキの言うことなんか聴くなよ。ミツキはまだ大人の女を知らないんだ」
「悠人!そんな下世話な話じゃない。それに大人の女だからこそ可愛らしくあるべきなんだ。お前のシュザンヌはなんて言うか……そうハレンチすぎる!」
俺を間にはさんで、時に2人は火花を散らした。
「ハレンチ!聞いたかジョージ!ミツキの思い描いているのは大正時代のハイカラさんかなんかだぞ!シュザンヌはそんなんじゃない!」
「じゃあお前のシュザンヌはなんだ?せいぜいキャバレーかダンスホールがお似合いじゃないのか?」
「なんなんだキャバレーって!戦前みたいなことばかり言うのもいい加減にしろ!」
最後には本筋とはまったく関係ない話でもめる始末だ。
「もういいよ!そんなのオーディションが終わってからやってくれ。第一、俺には俺のシュザンヌ像がちゃんとあるんだ」
俺はとても年上とは思えない2人の間に割って入った。
「理想のシュザンヌ像?」
「そう。彼女は――」
目を閉じてまぶたに浮かぶ理想の相手を思い浮かべる。
追っても追っても軽やかに逃げてゆく細い影。
羽のような髪と、驚異的な美しさ――。
彼女は優しげな外見とは裏腹に人一倍気が強い。
俺を見てもニコリともしないけど、時々驚くほどさみしげな顔をするんだ。
手を握れば拒むけど、けして自分から引っ込めたりはしない。
曖昧なスパイスで俺を虜にする――。
時に苦悩し、何かに怯えたカナリアのように歌い。
子供みたいな泣き顔は溶けかけの綿菓子よりも甘い。
そう、勝手な妄想かもしれない。
でも顔を見る度、こいつには俺が必要なんだって思わせる。
消えてなくなりそうな儚さも。
殴ってやりたくなるぐらいの図太さも。
同じぐらい愛おしい。
棘だらけの小さなバラみたいな――。
「俺のシュザンヌは、そんな人だ」
恋した男をおかしくさせるのは、間違いなくそんな人だ。
「ジョージ一体なにがあった?」
「……え?」
俺の力説に、2人は顔を見合わせた。
佐伯の目には一縷の確信が、蒼井さんの顔には子供のような戸惑いが見てとれた。
「いや、そんなんじゃなくって……!」
俺は今になって赤面する。
自分でも驚いた。
ただ胸の奥にあった思いが、言葉になり――堰を切って出てきてしまったのだ。
「本物の恋だね」
蒼井さんはピアノに両腕をついて深く項垂れた。
「へっ……?」
「いいぞ、ジョージ!いまのセリフ、劇中でそっくりそのまま使おう!」
あろうことか佐伯は、鳥肌の立つような俺のセリフを持ち前の記憶力で丸暗記して大声で繰り返しはじめる。
「やめてくれよ!恥ずかしいっ……!」
我にかえって俺は体をかきむしった。
後悔先に立たず、だ。
もう遅い。
「恥ずかしいのはバカな言い争いをしていた僕らの方だよ。なあ悠人?」
蒼井さんはいい映画でも見た後のような顔で笑った。
「おい、溶けかけの綿菓子より甘い泣き顔なんか、どこで見た?」
「ちょっ……お前なぁっ!!」
「なんだ、この俺が感動してるんだぞ。照れるな!」
俺は佐伯を黙らせようと、首っ玉に飛びかかる。
「結城くん、もう一度歌ってよ。その気持ちでさ」
蒼井さんは再びピアノへ向かうと『ジュ・トゥ・ヴ』の甘いメロディーを弾むようなアレンジで弾き始めた。




