⑥
その日を境に、俺の目の前はバラ色に拓ける――はずだった。
俺は嬉しさ余って珍しく潮田のおっさんに自分から電話をかけた。
新しい友達ができたこと、オーディションを受けること、思いのほかこの学校は楽しいとか言って、いつになく上機嫌だった。
岬から特に、俺のハイテンションを裏付けるレスポンスがあったわけではなかったkれど。
でも少なくとも小講堂で過ごしたあの日は――2人が出会ってから初めて心が通い合った1日だった――はずなのだ。
しかし次の日、学校ですれ違った岬は当然のように俺を無視した。
他に人がいたせかもしれない。
そう思って放課後部屋まで押しかけてみたのだが。
冗談か本気かあいつは一言『殺すぞ』と言って、俺の目の前で乱暴に扉を閉ざした。
室井は書庫の本を無断で持ち出した一件で蒼井さんにとがめられ、1週間の自室謹慎を申し渡された上、次回の学校新聞の担当記者から外された。
部内ではだいぶもめたらしいが、蒼井さんは岬の了解を得ない限り、学校新聞で彼のいかなる情報も流すことはさせないと約束してくれた。
あの蛇のようにしつこい室井がそれでおとなしく引き下がるとは思えなかったが――。
俺はひとまず腰を据えてオーディションの準備に戻ることにした。
岬にまででかいこと言ってしまった手前、なんとしてでもシュザンヌ役を勝ち取らなければならなくなった。
室井にだってこれ以上好き放題させるわけにはいかない。
そして何より、結城丈児の名にかけて、負けるわけにはいかない勝負だった。
オーディションまで1週間を切ってからようやく、シュザンヌ役の課題曲が正式に発表された。
それが実力主義のこの学院のやり方だという。
課題曲は、俺も目星はつけていたサティ作曲のシャンソン『ジュ・トゥ・ヴ』
あなたが欲しいと高らかに歌い上げる恋の喜びの歌だ。
俺が愛しの君に『殺すぞ』と脅された翌日のことだった――。
次の日の午後には、一足先に主役エリック・サティのオーディションが行われた。
俺も会場まで見学に行ったが、オーディションは異例の早さで終了した。
佐伯が山高帽をかぶりベルベッドのスーツを着てステージに登場した瞬間、満場一致で主役は決まっていたのかもしれない。
サティの再来と吹聴する変人は、口だけでなくすべてが達者だった。
歌はもちろん、ダンスもセリフ回しもまさに圧巻の一言だった。
かくして発表までの待ち時間すらなく、佐伯はサティの生まれ変わりであることを、その場にいた誰もに証明してみせたのだ。
めでたくサティ・jrの称号を得た佐伯は、オーディション本番までにどうにか俺を理想のシュザンヌに仕立て上げようと躍起になった。
その夜から、蒼井さんも巻き込んで2人のスパルタ教育が始まった。
俺は夜中の2時3時まで、ピアノのある蒼井さんの部屋で『ジュ・トゥ・ヴ』を歌い続けた。




