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「それがお前に与えられた自由だろ?」


それが、決定打だった――。


いやらしい室井の笑い声が、急に呼吸を止めたようにくぐもった。


「――自由だとっ!!」


俺は自分の目を疑った。


痛烈な声音で叫んだ岬は室井に飛びかかると、激しく首を絞めあげた。


奇襲攻撃にひるんだ室井はピアノの前に倒れ込む。


「君の言うとおりかもしれないよ。たとえ僕が君を殺しても、きっと心神喪失で片がつく」


馬乗りになったまま、岬は両手に力を込め続けた。


室井の手足が宙をかいた。


髪を振り乱し、天使は凶暴な魔物へと豹変する。


まずい――。


俺は一目散にステージめがけて走った。


室井は殺されてもしょうがない悪党だが、みすみす岬を殺人犯にするわけにはいかなかった。


それにしても――俺は座席をいくつか飛び越えステージに駆け上がる。


なんだってこいつはいつも俺の予想を上回る暴挙に出るんだ。


今度ばかりは俺も本気だった。


俺は後ろから全力で岬の体を取り押さえた。


「やめろ岬!ホントに死んじまうぞ!」


室井から引き離そうとする俺を振り返り、岬は狂犬のように吠えた。


鼓膜が破裂しそうな声で叫び続け、何かに取りつかれたように暴れ出す。


「見ただろ?これがこいつの正体だ!」


室井は咳込みながらステージを後ずさると、どうにか体を起こし。


青ざめたまま、壊れた楽器のように唸りたてる岬に悪態をついた。


「お前、早く出てけ!」


岬に振り回されながらも、俺は室井を怒鳴りつけた。


岬の声は治まらない。


理由もなく泣き続ける赤ん坊のようなエネルギーで、俺の全身の力を奪ってゆく。


「化け物め!」


室井はむしろこの状況を待っていたかのように興奮して叫んだ。


「うるせえ!とにかく今は消えろ!」


俺の声は轟音にも似た岬の叫び声にかき消され、室井に届いているかも分からない。


「あんまり騒ぐとせっかくの声が潰れちまうぞ、カストラート!」


室井はふらつく体を2つに折って本とカバンを拾い上げると、ようやくステージを下りた。


俺は後ろから抱え込むようにして、岬の体を抱いていた。



どれぐらい――そうしていただろうか。


室井が去るとしばらくして岬の声は止んだ。


まだ呼吸の荒い岬の体を抱きしめたまま、俺は動けないでいた。


話しかけたら、きっとこうしてはいられない。


手を放したら、どこか遠くへ行ってしまいそうで怖かった。


小柄な体はバネのように俊敏で力強い。


それなのに壊れそうに柔らかくて、あたたかい。


どうしたらいいのか、分からない――。



どうしてあげればいいのかも分からないまま、俺はそうしてただ座っていた。


だがもう何を言われても、たとえ殴られたってこの手を放したくない、そう思っていた。


「また……あんたか……」


かすれた声が耳に届くより先に、震える呼吸が岬の背中から俺の心臓に伝わった。


岬の中から溢れだす悲しみが波紋して、俺の胸をざわつかせる。


「俺、お前のこと記事になんかさせないから……」


岬にとってこの状況は本意ではないだろう。


だがもはや、俺の手から逃れる力も残っていないほど、岬は憔悴しきっていた。


かすかに天窓から差す秋の日差しが、石造りの小講堂に降り注ぎ反射する。


平和な日曜の午後の光が、傷ついた俺たちを優しく包みこんでいた。


「もう、無理だよ」


俺は言った。


もうこの真正直な感情を止められやしなかった。


ワガママだって、自分勝手だって、押しつけがましくたって。


「俺もう、岬のこと放ってはおけない」


日の光がごく自然に降り注ぐように、出会ってからずっと、俺はこいつのことばかり――。


「あんたみたいな人間が、一番嫌いだ」


俺の腕の中で振りむいて、岬は囁いた。


滲んだ瞳は虚ろなまま一番嫌いな人間を視界に取りこんでいた。


「分かってる。でも残念だけど俺は嫌いになれない。けなされても、殴られても、人を殺そうとしているところに出くわしても、だ」


俺が笑うと、開きかけた口を閉じ、岬は顔を背けてしまった。


「俺、室井と賭けをしてんだ。文化祭の舞台である役を勝ち取れるかどうか。俺、お前のために必ず勝って、記事を差し押さえてやる。約束するよ」


俺は無理矢理指をつないで岬に指切りさせた。


岬は迷惑そうに手を振り払ったけど、その後も、俺の腕の中から立ち去ろうとはしなかった。






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