⑤
「結城くんはどうなの?文化祭のオーディションもちろん受けるんでしょ?佐伯くんがサティなら、結城くんは親友のコクトーってとこ?」
すっかり調子づいて、7番ボールまで順調に落とした中田が俺を茶化した。
「やだよ、劇中でまで」
俺の言葉にかぶせるように――。
「じゃあ恋人のシュザンヌ役でもやったら?」
背後からそれはそれは嫌味な声がした。
穏やかな午後のひと時に、一瞬にして不穏な空気が流れ込む。
「室井くん……」
悪代官のように現れた室井は、おもむろに中田の持っていたキューを奪い取った。
「いいんじゃないの?変人の恋人。結城くん、そういう趣味ありそうだしね」
相変わらずいやらしい笑い方で、俺を挑発するようにキューを突きつける。
「何が言いてえんだよ?」
不安げな2人をよそに、俺たちは睨みあった。
「でも、今の君の実力じゃ準主役なんてとても無理か。ごめんごめん。つい忘れちゃうんだ、君がもう歌えないってこと――」
俺はカッときて、突きつけられたキューのきっ先をつかんだ。
「いつまでも大人しくしてると思うなよ」
非力な室井から瞬時にキューを奪い返すと、反対に嫌味な鼻先に突きつけてやる。
まわりが俺たちの異変に気づき、ざわつき始めていた。
「おっと、またいつかみたいに暴力振るう気?やめてくれよ。野蛮な君と違って、僕は繊細なんだ」
「どこがだよ」
どこまでも分厚い面の皮をひっぱたいてやりたいところだが、ここじゃそうもいかない。
室井は俺を挑発するようにゆっくりと唇を舐めた。
「やるなら正々堂々、舞台で勝負したらどう?」
俺は呼吸を整える。
頭では分かっているのに――まんまと。
「やってやろうじゃねえか」
挑発にのっていた。
「オーディションでそのシュザンヌとやらいう役、俺のモンにしてやるよ。出来なかったらなんでもお前の言うこと聞いてやる」
取り返しのつかない言葉を口走る俺に。あたりが騒然となる。
「やめなって結城くん!」
「君、シュザンヌのことだって今日はじめて知ったばっかりでしょ?」
中田と岩下が止めに入るのを、片手で制して叫ぶ。
「うるせえ!俺のモンにするって言ったら絶対する!」
外野の声なんて聞こえなくなってた。
「随分な自信だね?ここにいる全員が証人だよ?そうだな、僕が勝ったら――この学校から出てくか、卒業するまで僕の下僕になるか、選ばせてあげる」
キューの先端を弄ぶように撫でていた室井が、まわりを巻き込んで空笑いした。
「いいさ、笑ってろよ。そのかわり俺が勝ったら――」
俺は室井の手をキューから跳ね退けると。
「2度と岬恵介に近づくな――」
耳元で囁いて、ビリヤード台に乗り上げた。
人生ミラクルショットを決めなくちゃならない時がある。
例えば自分を蝕み、かすかなプライドまで踏みにじろうとするこういう人間に会った時だ――。
俺は室井を見据えると、キューを構えた。
「言っとくが俺、本番に強えーぞ」
8番ボールを跳ね飛ばし、そのままナインボールをポケットに落とす。
この勝負、俺の勝ちだ。
「いいだろう。でも音楽はゲームとは違うよ。君もプロならそれぐらい分かるでしょ?」
望むところだ。
逃がさない、絶対に――。
「ああ。まだ名もない学生のお前とは違う。俺は結城丈児だからな」
これは単なる室井との勝負じゃない。
俺自身のプライドを賭けた闘いだ。
そしてこの性悪ギツネから岬を守るためにも、俺はどうしても勝たなくちゃならない。
いつの間にか、ビリヤード台のまわりには人垣ができていた。
「なら名もない学生からの忠告だ。こんなところで遊んでないで、基礎からやり直しでもするんだね」
野次馬を押し退け、踵を返した室井は――。
「失礼するよ。明日大事なピアノの試験があるんだ」
去り際、意味ありげにそう言って笑った。




