②
まるで誘導尋問だ。
2度聞かれると、人間さすがにだんまりはできなくなってくる。
蒼井さんはきっと、新聞部でも敏腕記者であるに違いない。
単細胞の俺にとって、本来こういうタイプの人間は最も苦手な人種のはずだった。
だけど――。
「岬の歌声は――おかしかったです」
彼は違う気がする。
鋭いだけじゃない。
信頼にたるだけの心遣い、優しさ、謙虚さ、純粋さ、すべてを持ちうる人物な気がした。
「蒼井さんも合唱コンクールで岬の歌を聴いて、佐伯にそう言ったんでしょ?」
俺も自分の直感を信じて手の内を明かすことにした。
「ああ――」
蒼井さんは俺の言葉に、にっこりと笑った。
「たしかにそう言ったよ。自分でもびっくりするくらい稚拙な表現だけど、あの時はそうとしか言いようがなかったんだ。悠人のヤツ、変なことはしっかり覚えてるんだから」
「蒼井さん、俺も聞きたい。教えてよ、岬の歌声の何がおかしかったのか――」
俺はステレオから流れてくるカウンターテナーの歌声に耳を澄ました。
たしかに性別の判断さえつかないほど、彼のソプラノは自然だった。
もちろん一流のプロと比べて、岬の歌が荒削りで、歌唱力や表現が劣っていたとしてもなんの不思議もない。
だけど、あれは――。
そんなレベルの話じゃなかった。
「教えてくれたら、俺も話すよ」
俺はソファーに腰を据え直した。
「岬くんは聖マリオン学院きってのカウンターテナーだった」
蒼井さんは語り始めた。
「学院で式典の度にチャペルで歌う役――ここじゃそれをアマーデオって呼ぶんだけど。ホラ、始業式で悠人がやってた役だよ。ようは音楽科の花形だ。彼は入学してすぐ、その大役に任命された」
「アマーデオって?」
「イタリア語で『神に愛される子』って意味。アマーデオにはボーイソプラノに一番近い声の者が選ばれるんだ」
アマーデオ、神に愛される子――。
岬にぴったりな呼び名だと思う。
だが彼は1年足らずで、音楽科の花形、その大役を捨ててしまうのだ。
「新入生がアマーデオに選ばれるのは、学院はじまって以来のことだったから、もちろん反論はあった。彼のお父様のことは悠人から聞いた?」
「はい。大病院の院長で、ここの理事長だって」
「そう。岬くんが入学早々アマーデオに選ばれたのはそのせいなんじゃないかって、まわりの風当たりは相当強かったんだ。君ももう分かっていると思うけど、彼が他人と相容れない性格で、周囲の誰とも馴染もうとしなかったから余計にさ」
蒼井さんは口元に微笑を浮かべ、肩をすくめてみせた。
「でもね、誰も面と向かって反対できなかった。カウンターテナーは稀少な上、実際のところ岬恵介に匹敵する実力がある者はいなかったからね」
「入学当時の彼は、普通のカウンターテナーだったんですよね?」
「ああ。普通以上ではあっても、決しておかしくはなかったよ――」
佐伯も言っていた。
普段は最高のカウンターテナーだったって。
「じゃあ、彼の声がおかしくなったのは合唱コンクールの後?」
「いや。今年の4月にピアノ専攻に移るまで、その後も何度か彼の歌声は聴いたけど、おかしかったのは去年末の合唱コンクールの日、一度だけだ」
それが、岬が声楽からピアノ専攻へ鞍替えする原因となったターニングポイント。
「その日、一体何があったんですか?」
俺は身を乗り出して蒼井さんに向き直った。
蒼井さんの勘が正しければ、俺はこうして岬恵介という男と深く関わることになってゆくのだ。
それが自分にとっていいことなのか悪いことなのかなんて分からない。
ただ俺の性格上、火がついた好奇心をこのまま胸に収めておけないことだけは確かだった。
「聖マリオン学院の合唱コンクールは1年に1度、他校の生徒と来賓を招いて開かれる大切なイベントでね。去年岬くんは合唱の途中でソロパートを歌うことになっていたんだ」
蒼井さんは記憶をたどるように目を伏せた。
「1年生で声楽専攻の主席、アマーデオの座を得て、親は学院の理事長ときてる。それだけでも彼はみんなの嫉妬を買って然るべき人間だった。その上――」
蒼井さんが大きくかぶりを振る。
「天使の容貌に似合わないあの鼻もちならない性格ときたら。もちろん、そんなの彼のせいじゃないよ。みんなが勝手に、彼の美声と容姿にふさわしい人格を望んだだけだ。でも結果的に岬恵介に魅了され近づいた人間は、彼の性格を知るとことごとく裏切られた気分になった。分かる?」
「分かります」
まるっきり自分のことを言われているようなもんだ。
「そんなみんなの不満が爆発したのが、あの合唱コンクールの日だった。岬恵介はステージの上で、声楽専攻の生徒たちに陥れられたんだ」
「陥れられた?」
「上級生の命令でね、彼のソロパートに重ねるようにみんなが歌いだしたのさ。彼の見せ場をなくし、なおかつ彼1人が合唱の音程とずれるよう巧妙に仕組まれたってわけ」
「ひでぇ……」
「岬くんのソロパートは2度あったらしい。内状は声楽専攻の生徒たちしか知らなかったから、後になって分かったことなんだけどね。観客はみんな彼のミスだと思って見てたよ」
舞台上で仲間に陥れられる――考えただけでもぞっとする。




