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想い焦がれて  作者: 小宵
12/12

第十話

「ノエル」

「お兄様」


 名を呼べばふわりと微笑む少女。

 弟を膝に抱きノエル・アビントンが嬉しそうに俺を振り返る。

 幼児にしては目つきの悪い赤ん坊を担ぎ上げて昼食を入れていた籠を持つ。

 俺に続いて立ち上がったノエルの旋毛をみて、ふむと考え籠をノエルに渡す。

 素直に荷物を受け取ったノエルの前に手を差し出す。

 きょとんとその手を見たまだ8歳の少女に苦笑し、ノエルの手を握る。

 手を繋ぎ、ノエルの弟のレヴィを片手に担いで屋敷まで歩く。

 きゅっと手に力が入ったので隣を歩くノエルを見下ろせば耳まで真っ赤になって俯いていた。


「あ? どうしたんだ、ノエル」

「え、い、いえ……」


 ぱっと手を離し、顏を覆うノエルを「何だかよくわからんが可愛い」と思い亜麻色の髪を優しく撫でてやるとさらに赤くなった。

 抱きしめて背中を撫でてやると泣きそうになるのを知っている。

 母親を亡くしたばかりの幼い少女。

 甘え馴れていない不器用な女の子。

 家では完璧な女主人になろうと努力している。

 そればかりか幼い弟の姉として、母として自分を犠牲にしている。

 聞けば王子の世話役も引き受け始めたらしいではないか。

 ノエルの性格からして断れないのは分かっているが……背負い込み過ぎだ。

 

「ノエ……」

「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 この……と目を覚まし、ノエルに向って手を伸ばしじたばたと暴れだしたレヴィに悪態をつきながらノエルに渡す。

 ノエルの腕の中に収まったとたん大人しくなる。

 本当は重たい幼児などノエルに持たせたくはないが。

 

「どうしたの、レヴィ?」

「あねうえがいい」


 舌ったらずな言葉遣い、甘えた口調。

 それを腹立たしく思うがレヴィはまだ子供。

 そう言う自分もまだ12だがこの中では一番年上であるからこれでいいのだ。

 8歳のノエルが3歳のレヴィを抱えたまま屋敷まで歩くのは無理だろうとその場に座り、羽織っていたマントをそこに敷く。

 遠慮するノエルを無理矢理座らせて自分もその横に寝転がった。

「あねうえにちかづくな!」とレヴィが騒いでいるが知った事か。

 俺にはノエルの隣に居続ける権利がある。


「ノエル」

「はい、お兄様」


 亜麻色の細くてさらさらの髪を一房とり、口付ける。

 この少女を、心から愛しいと思う。

 初めて会ったそのときから好ましく思った。……否、焦った。

 少女の精神は成熟しており、自分のなんと幼い事か。

 常に努力を怠らず、凪いでいるノエルに釣り合う存在に、頼られる存在になろうと身体を鍛え、剣術を学び、嫌いな勉学にも励んだ。

 このころのガキが思いつく頑張りなどその程度のものだろう。

 剣神だ神童だなどと騒がれているが、今の自分はノエルが居なければこうはならなかった。

 年の近いの友達とつるんで遊びほうけていたに違いない。


「ノエル、俺がお前をずっと護ってやる」

「ふふ、ありがとうございます、お兄様」


 嬉しそうに笑うが、決してノエルは寄りかかってこない。

 甘やかして、甘えて欲しい。



 いつになったら、俺はノエルの頼れる存在になれるのだろう。


 幼い婚約者をぎゅっと抱きしめればレヴィが腕に噛み付いて来た。






+++





 

「くそー! お前なんか、ただのおやじのくせにっ!」


 何で勝てないんだ! と地団駄を踏むレヴィの額に思いっきりデコピンを食らわせる。


「って! 何するんですか、このくそおやじっ!」

「おやじだぁあ? 俺はまだぴっちぴちの二十歳だっ!!」


 剣の指南をしてほしいと言うからこうして忙しい仕事の合間にこんなちびっ子の相手をしてやっていると言うのに。

 全く相手にならん。

 この世にもっと強い奴は居ないのか。


「ごめんなさい、お兄様……レヴィ、謝りなさい」

「ぐっ……申し訳ありませんでした」

「かまやぁしねぇよ」


 美しく麗しく育っているノエルに頬が緩みそうになるのが押さえられない。

 16にしてまるで人妻のような色気を醸し出している。

 将来ノエルが自分のものになると考えただけで嬉しすぎて死ねる。

 本来ならもう結婚できるのだが、世話をしているヴィンセント王子が渋っているらしく、今申し込んでもノエルはきっと待ってくれと言う。

 母親の分まで溺愛しているレヴィと同じぐらい可愛がっている王子だ。

 もう一人の弟だとでも思っているのだろう。

 どのみちレヴィがもっと大人になるまでノエルは嫁ぎたがらないだろう。

 俺もそれぐらいは待つつもりだった。

 ノエルの不安がなくなるまで。

 もう少しで昇進するしその頃でいいだろう。

 

 

 今思えばこの時の甘っちょろい考え方をしていた自分を殺してやりたい。

 より強く頼れる男になるべく励み、時間を空けてしまっていたことに。





+++



「好きだ、ノエル。俺と結婚して俺の子を産んでくれ」


 少し照れくさかったが、これが素直な気持ち。

 久々に会ったノエルは俺の予想を裏切らない完璧な淑女となってそこに居た。

 レヴィも15になり姉の助けなしに、自分で物事を考えられる年。

 ましてやノエルが躾けたのだ。完璧でないわけがない。

 

 ノエルは俺をひたと見つめていた。

 

「お兄様、ごめんなさい」

「? どうした」


 何がごめんなさいなのか理解できなかった。

 

「お兄様、私、あなたとは、結婚、できません」

「……」


 ぐっと歯を食いしばり、ノエルは目を反らさず俺の目をしっかりと見ている。

 意思の宿る強い目だ。

 

「理由を、聞かせてくれないか」


 心臓が握りつぶされるような思いだ。

 ノエルが何を考えているのか分からない。


「……護りたい人が、います」

「……」


 誰にも渡さない。

 

 そう言おうとしたがノエルの言葉がかぶさってくる。


「ヴィンセント様を傍で護って差し上げたいのです」

「……」

「あの方には、今私のような者が必要なのです」

「俺に、ノエルが必要ないとでも?」


 私のような者、と言う事はノエルでなくとも構わないはずだ。

 しかし俺にはノエルしかいない。


「お兄様がとても好きです。でも、あの方を見ているとどうしても傍で支えてあげたいと思ってしまうのです。このような気持ちでお兄様に嫁ぐなどできません」

「俺はそれでも構わないと言ったら?」


 ノエルは首を横に振る。

 分かっている、ノエルが昔から頑固な事くらい。


「あの方が私を望まれました。私もそれを受け入れました」

「……」


 包み隠さず全てを話す。

 それがノエルの誠意なのだろう。

 

 また一人で背負い込んで、一人で悩んで、一人で決めて、一人で頑張っていく。


 ノエルが俺に寄りかかる事はない。

 甘える事もしない。

 

 ノエルはいつだって一人だ。


 手を伸ばすが、ノエルに触れる前にその手をおろす。

 今ノエルに触れれば乱暴にしてしまうかもしれない。

 何よりノエルが一生懸命に虚勢をはっているというのにそれを壊してしまいそうで。

 今ノエルに触れれば何かが崩れると思った。


 無理矢理笑い、幼い頃そうしたようにノエルの頭を優しく撫でる。


「……お前がそう決めたなら、俺はそれに従う。でも」


 ノエルは今まで一度も泣かなかった。


「何かあれば俺を頼れ」


 母親が死んだ時も


「いつでもお前の傍に居る」


 貴族から悪い噂を囁かれ馬鹿にされても


「だから……」


 年頃の少女らしい我が侭も言わず


「俺の事を、忘れないでくれ」


 俺を一度も頼らなかった。





 だから、俺はノエルを手放した。

 若かったせいもあるだろう。

 今の俺ならノエルが何を言おうと離さない。

 ノエルを連れて国を出ても良い。

 ノエルに苦労なんてさせない。

 ノエルとなら幸せな家庭を築く自信があるし、俺しか見られないようにさせる自信もある。

 それだけの地位と富もあるし、あの若き王のようにノエルを困らせたりしない。

 ノエルに甘えるばかりの王には負けない。

 俺はノエルを甘やかして、幸せにして……この腕の中で泣かせてやりたい。


 聞こえてくる噂は吐き気のするものばかりだったが国に尽くす事はノエルの負担を和らげることだと仕事に励んだ。

 

 しかし、我慢の限界が訪れた。


 ティアラの輿入れだ。

 

 ヴィンセントが幼かったためノエルは後宮にまず入れられたが、そのうち昇格し正妃になるものだと思っていたのだ。

 ショックだった。

 苦労性なノエルの事だから色々悩んだに違いない。

 王に嫁いだのだから当たり前の事だと割り切らなくてはいけないかもしれないが、ノエルは俺にとって唯一なのだ。

 そこで流れた闘技大会の褒美の噂。

 ……俺がでない訳にはいかなかった。





+++






 初めて見たノエルの涙に狼狽する。

 しかし徐々に落ち着きを取り戻したノエルに自分の思いを告げる。

 

「ノエル、昔も、今も───ずっと、愛してる」

「……」


 驚きに目を見開いたノエルの頬に触れようとするとその手が弾き飛ばされた。

 ……気配は感じていたが全く邪魔な奴だ。


「ノエルに、触るな」

「これはこれは、国王陛下。ご機嫌麗しゅう」


 肩で息をするヴィンセントがノエルをぎゅっと抱きしめ俺から隠した。

 それに苛つきを覚えつつも目を細めて余裕のある表情を作る。

 むっとした若き王を無視してヴィンセントの腕の中で未だ何が起こっているのか分からないといった体のノエルに、にっと獣のような笑みを向ける。


「ノエル、必ずお前を取り戻す」

「なっ!」


 いつもの優しげな王はどこへやら、眉間に皺を寄せ険しい表情だ。

 くつくつと笑い、宣戦布告もした事だし帰ろうと踵を返そうとした。


「あの……」

「……」


「ノエル、話すな!」と感情も露にヴィンセントが怒鳴るが、ノエルがじっと見つめれば不満気ながらもぐっとこらえた。

 そして、ノエルが懐かしい呼び方で俺を呼んだのだ。



「アドレーお兄様」と。










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