↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/5

第2話「漆黒」

戦場から戻ってきた俺を待っていたのは、休息でも祝福でもなかった。


白い照明に照らされた、無機質な廊下。


軍施設の奥深く。


俺は一人、そこを歩いていた。


FW-01 ガーディアンで出撃してから、まだそれほど時間は経っていない。


身体には疲労が残っている。


腕も重い。


操縦桿を握っていた手には、まだ微かな震えが残っていた。


それでも、俺は歩き続ける。


向かっている場所は分かっていた。


あの機体が運び込まれた場所だ。


――HX-01A。


俺たちが戦場で遭遇した、正体不明の人型兵器。


俺自身が戦った機体。


そして、俺たちが初めて「確保」したHX。


格納庫へ続く隔壁が開く。


その向こうに、巨大な空間が広がっていた。


そして。


そこに、あの機体はいた。


「……これが……」


思わず足が止まる。


巨大な整備用クレーンに囲まれながら、黒とも灰色ともつかない装甲をまとった人型機体が立っている。


戦場で見た時とは、少し印象が違った。


あの時は敵だった。


ただ生き残るために、必死で銃口を向けた。


けれど今は違う。


動かない。


何も言わない。


ただ、そこに立っている。


まるで眠っているようだった。


「HX-01A……」


背後から声がした。


振り返ると、白衣を着た研究員が立っていた。


「正式名称は?」


俺が尋ねる。


研究員は少しだけ間を置いて答えた。


「HX-01A、プロト・ヴァルグレイヴ」


「ヴァルグレイヴ……?」


「そうだ。暫定的な名称だがね」


俺はもう一度、機体を見る。


ヴァルグレイヴ。


妙な名前だった。


けれど、不思議と耳に残った。


「こいつは……本当に亡霊艦隊が作ったのか?」


「現時点では、そう考えるしかない」


研究員は端末を操作する。


空中モニターに、いくつものデータが表示された。


「製造工程は不明。構造も既存の兵器体系とは一致しない。FWとは比較にならないほど複雑な機構を持っている」


「じゃあ、動かせるのか?」


「それを調べている」


「……人間が?」


「ああ」


研究員は苦笑した。


「だから君を呼んだ」


「俺を?」


「あの機体と最初にまともに交戦したのは君だ」


「でも、俺はFWパイロットだ」


「知っている」


即答だった。


「だからこそだ」


意味が分からなかった。


俺が黙っていると、研究員は続けた。


「この機体について、我々は何も知らない。操縦方法すら分からない。どんな原理で動いているのかも完全には理解できていない」


「……そんなものを動かすのか?」


「動かせるかどうかを調べる」


その言葉を聞いた瞬間。


嫌な予感がした。


「まさか」


「そのまさかだ」


研究員は端末を閉じた。


「君に、HX-01Aのテストパイロットを頼みたい」


「……俺に?」


「正式な任命は上から出る。だが、研究班としては君を推薦している」


俺は黙った。


視線を再びヴァルグレイヴへ向ける。


戦場で見た、あの機体。


俺のガーディアンを圧倒した存在。


正体も分からない。


どんな機能があるのかも分からない。


そんなものに乗れと言われている。


「俺じゃなくてもいいだろ」


「そうでもない」


「どうして?」


研究員は、俺の目を見た。


「君だけが、あの機体を実際に敵として見ているからだ」


「……」


「他のパイロットは映像しか見ていない。シミュレーションもできない。実際にあの機体と戦い、その動きを身体で覚えているのは君だけだ」


確かにそうだった。


あの機体が動いた時の感覚。


突然視界から消えたような加速。


次の瞬間には、こちらへ向けられていた腕。


俺は今でも覚えている。


一つ間違えれば、俺はあそこで死んでいた。


「……俺が乗ったら、何か分かるのか?」


「分からない」


研究員は正直に答えた。


「だが、何も分からないからこそ、試す必要がある」


沈黙が流れた。


遠くで整備機械の音が響いている。


俺はヴァルグレイヴを見上げた。


その巨体は、何も語らない。


まるでこちらを待っているようにも見えた。


「……分かった」


口から出た言葉は、自分でも驚くほど静かだった。


「やる」


研究員が少しだけ目を見開く。


「本当にいいのか?」


「断ったところで、誰かが乗るんだろ?」


「……そうだな」


「だったら、俺がいい」


俺は拳を握った。


「少なくとも、俺はこいつが何なのか知りたい」


その日。


俺は正式に、HX-01A プロト・ヴァルグレイヴのテストパイロット候補となった。



◇



数日後。


俺はヴァルグレイヴのコックピットに座っていた。


「……狭いな」


第一印象は、それだった。


もっと巨大なものを想像していた。


だが実際には、操縦席そのものはFWと大きく変わらない。


ただし、内部の構造はまるで違っていた。


見たことのない表示。


見たことのないインターフェース。


そして、見たことのない反応。


「システムチェック開始」


研究員の声が通信機から聞こえる。


「各部反応確認」


「……了解」


俺は操縦桿に手を置いた。


その瞬間だった。


――ブッ。


目の前のモニターが一瞬だけ明滅した。


「……?」


「どうした?」


「いや……今、何か」


「何か?」


「……なんでもない」


気のせいだと思った。


俺は息を吐く。


そして、操縦桿を握り直した。


「起動シークエンスへ」


「了解」


施設全体に低い機械音が響く。


ヴァルグレイヴの内部に、何かが流れ込んでくるような感覚。


FWとは違う。


エンジンが動いているという感じではない。


もっと直接的だった。


まるで――


機体そのものが目を覚ましている。


「電力供給開始」


「各部リンク……正常」


「操縦系統……接続」


次々と表示が切り替わっていく。


そして。


「HX-01A、起動」


その言葉と同時に。


ヴァルグレイヴの目が光った。


「……!」


俺は息を呑んだ。


機体が、ほんの僅かに動く。


指先。


腕。


首。


そして、ゆっくりと頭部が動いた。


まるで周囲を確認するように。


「動いた……」


誰かが通信越しに呟いた。


俺も同じことを考えていた。


動いた。


俺の操作に反応している。


つまり。


「こいつは……俺の命令を理解してるのか?」


「まだ断定できない」


「でも動いてる」


「そうだ」


研究員の声が震えていた。


「動いている……!」


格納庫がざわめく。


俺は操縦桿を握り直した。


「歩かせる」


「待て、まだ――」


「大丈夫だ」


俺はゆっくりと前へ倒す。


ヴァルグレイヴの脚部が動いた。


一歩。


巨大な足が床へ降りる。


ズン、と格納庫全体が揺れた。


二歩目。


さらに前へ。


「……歩ける」


思わず笑ってしまった。


たったそれだけのことなのに。


なぜか嬉しかった。


未知の機体が、自分の意思に応えてくれている。


「シン、そこで止まれ」


「了解」


操縦桿を戻す。


ヴァルグレイヴが停止する。


その時だった。


モニターに、一瞬だけ奇妙な表示が浮かんだ。


ERROR。


すぐに消える。


「……?」


「どうした?」


「いや……また表示が」


「ログを確認する」


俺は画面を見る。


だが、何も残っていない。


「気のせいか」


そう思った。


この時は。


まだ。



◇



テストは続いた。


歩行。


旋回。


腕部の可動。


各種システムの確認。


どれもFWとは違っていた。


ヴァルグレイヴは、こちらの操作に対して異様なほど素直に反応した。


まるで機体と身体の境界が薄くなっているような感覚だった。


その一方で。


研究班は困惑していた。


「ありえない……」


モニターを見つめる研究員。


「何が?」


「この反応速度だ」


「速いのか?」


「速いなんてものじゃない」


研究員はデータを拡大する。


「パイロットの入力から機体が反応するまでの遅延が、ほとんどない」


「FWより優秀ってことか?」


「比較できない」


「……」


「そもそも、どうやってこれを実現しているのか分からない」


俺は黙ってヴァルグレイヴの手を見る。


五本の指。


人間の手とほとんど変わらない。


それなのに。


これが亡霊艦隊によって生み出された兵器だと思うと、妙な感覚になる。


「なあ」


俺は通信を開いた。


「こいつ、本当に兵器なのか?」


少しだけ沈黙があった。


「……分からない」


研究員が答える。


「だが、兵器として使える可能性は高い」


「そうか」


俺は前を見る。


巨大な格納庫。


その向こうには、まだ戦争が続いている。


そして俺たちは今。


敵が生み出したものを、自分たちの力にしようとしている。


それが正しいのか。


俺にはまだ分からなかった。


ただ一つだけ確かなことがある。


この機体は、これからの戦争を変える。


俺はそう思っていた。



◇



その夜。


研究施設の奥。


誰もいない格納庫に、一人の研究員が入ってくる。


照明が点灯する。


そこには、静かに佇むHX-01Aがいた。


研究員は端末を確認する。


「……やはり、おかしい」


今日のテストデータ。


その中に、理解できない数値が記録されている。


「パイロットの入力とは別に、機体側から反応が出ている……?」


研究員は眉をひそめる。


その瞬間。


ヴァルグレイヴの頭部が、ほんの僅かに動いた。


「……!」


研究員が顔を上げる。


しかし、機体はもう動いていない。


ただ静かに立っている。


研究員はしばらく機体を見つめた後、端末を閉じた。


「……気のせいか」


誰もいなくなった格納庫。


静寂。


そして。


ヴァルグレイヴのモニターが一瞬だけ点灯する。


そこに表示された文字は――


HX-01A


その下に、見たことのない文字列が一つだけ浮かんでいた。


「……」


すぐに消える。


何もなかったかのように。


そして翌朝。


鳴瀬シンには、正式に一つの辞令が届く。


『HX-01A プロト・ヴァルグレイヴ

 正式テストパイロット任命』


シンはその紙を見つめる。


そして、格納庫に立つ黒い機体を見上げた。


「……今日から、お前が俺の機体か」


ヴァルグレイヴは答えない。


ただ静かに、そこに立っていた。


この時。


まだ誰も知らなかった。


この一機のHXが、やがて人類の歴史を大きく変えることを。


そして。


この世界にはもう一機。


人類に発見されることのなかった「もう一つのヴァルグレイヴ」が存在していることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。