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第1話「未知なる機体」

 世界は、神によって創られた。


 それが、この世界に生きる人々にとっての始まりだった。


 大地が生まれ、海が生まれ、空が生まれ、生命が生まれた。


 人類は長い時間をかけて文明を築き、やがて空を飛び、宇宙へ進出し、自らの手で世界を変えていった。


 誰もが思っていた。


 この世界は完成している。


 少なくとも、人間の目にはそう見えていた。


 だが――世界が創られた、その瞬間。


 神の手からこぼれ落ちた、ほんの僅かな歪みが存在していた。


 あまりにも微細で、あまりにも小さなものだった。


 それは誰にも認識されることなく世界の片隅に残り続け、長い年月の中で蓄積していった。


 やがて、その歪みは形を持った。


 異変。


 それは世界そのものに生じた、小さなほころびだった。


 空間が歪む。


 物質の構造が崩れる。


 本来なら存在するはずのないものが、この世界に姿を現す。


 そして、それらは一つの目的を持っていた。


 世界を壊す。


 人類がそれを理解したときには、すでに遅かった。


 世界各地で異変が発生し、そこから現れた存在たちが文明を襲い始めた。


 空を覆い尽くす異形の艦艇。


 巨大な怪物。


 人型にも見える異形兵器。


 そのすべてが、まるで一つの意思によって動いていた。


 人類は、彼らをこう呼んだ。


 亡霊艦隊。


 戦争が始まった。


 最初、人類は圧倒された。


 通常兵器が通じない。


 戦車も、戦闘機も、艦艇も、次々と撃破されていく。


 世界各地の都市が戦場になり、国家や文明は次々と崩壊していった。


 それでも人類は生き残るために戦った。


 研究者たちは敵の構造を解析し、技術者たちは新たな兵器を作り、兵士たちはそれに乗って戦場へ向かった。


 そして生まれたのが――


 FWシリーズ。


 人類が自らの技術によって作り上げた、人型戦闘兵器だった。


 亡霊艦隊の兵器には及ばない。


 それでも、量産できる。


 整備できる。


 人間が操縦できる。


 何より、人類自身の力で作り上げた兵器だった。


 戦争が長期化するにつれ、FWは人類側の主力兵器となった。


 そして、いつしか兵士たちはこう言うようになった。


 ――FWに乗って戦う。


 それが、この時代の当たり前だった。


     ◇


 その日も、空は赤かった。


「右舷、敵影!」


 警報が鳴り響く。


 鳴瀬シンは反射的に操縦桿を握り込んだ。


「数は?」


『前方に十七! さらに後方から第二波!』


「多すぎだろ……!」


 コックピットのモニターに敵影が次々と表示されていく。


 シンの乗る機体は、FW-01《ガーディアン》。


 人類が運用する最も基本的なFWの一つだった。


 突出した性能があるわけではない。


 特別な装備があるわけでもない。


 だが、頑丈で、扱いやすく、整備性も高い。


 そして何より――数がある。


 戦場にはシンと同じガーディアンが何機も並んでいた。


「鳴瀬、前!」


「分かってる!」


 シンは操縦桿を倒した。


 ガーディアンが地面を蹴り、敵へ向かって加速する。


 視界の先から異形が迫ってくる。


 シンはその動きを見極め、機体を滑らせるように回避した。


 敵が通り過ぎる。


 すぐさま反転。


 追撃。


 爆発。


 別のFWが敵を押し返す。


「一機撃破!」


『鳴瀬、そのまま右へ! 敵を防衛線から引き離せ!』


「了解!」


 シンは答えながら、ちらりと周囲を見る。


 今日もいつもと同じ戦場だった。


 敵が来る。


 FWで迎え撃つ。


 撃退する。


 そして生きて帰る。


 それだけだ。


 少なくとも、シンはそう思っていた。


 自分が世界の歴史を変えることになるなんて、考えたこともなかった。


 ましてや――。


 この日、自分が一機の異形と出会うことになるなんて。


『……待て』


 突然、通信に声が入った。


 隊長だった。


『全機、攻撃を止めろ』


「え?」


『敵部隊の奥に……何かいる』


 シンは前を見る。


 最初は何も分からなかった。


 亡霊艦隊の異形が大量に飛び交っている。


 いつもの光景。


 だが。


 その奥に。


 何かがいる。


「……なんだ、あれ」


 それは、人型だった。


 異形兵器ばかりの亡霊艦隊の中で、明らかに異質な存在。


 人間が作ったFWにも似ている。


 しかし、違う。


 装甲の形状。


 四肢の構造。


 背部に存在する未知の機構。


 そして何より――。


 その機体には、これまでの亡霊艦隊兵器には見られなかった、異様な完成度があった。


『識別不能』


『データベースに該当なし』


『新型か?』


 通信がざわめく。


 シンは目を細めた。


「亡霊艦隊に……人型兵器?」


 その瞬間だった。


 機体が消えた。


「――っ!」


 レーダーから反応が消失する。


「どこに行った!?」


 次の瞬間。


 衝撃。


「ぐあっ!」


 ガーディアンが吹き飛ばされた。


 警告音が鳴り響く。


『左腕部損傷!』


「クソッ……!」


 シンは機体を立て直す。


 いた。


 目の前だ。


 さっきまで数百メートル先にいたはずの機体が、今はすぐそこにいる。


 シンは息を呑んだ。


「……速すぎる」


 敵機が動く。


 シンも動く。


 だが、読めない。


 こちらの動きを先回りしているようだった。


 回避。


 旋回。


 反撃。


 それすらかわされる。


「こいつ……!」


 ガーディアンの装甲が削られていく。


 警告表示が増えていく。


 普通なら、とっくに撤退している。


 だが、シンの後ろには仲間がいる。


 この機体を突破させるわけにはいかなかった。


「……だったら!」


 シンは操縦桿を握り直した。


「俺が止める!」


 ガーディアンが加速する。


 敵機が迎撃態勢に入る。


 二機が真正面からぶつかった。


 衝撃。


 装甲が砕ける。


 ガーディアンの推進器が悲鳴を上げる。


 それでもシンは離さない。


「まだだ!」


 敵機の姿勢が僅かに崩れた。


 その瞬間。


 シンは機体を叩きつけるように突っ込ませた。


「うおおおおおっ!」


 轟音。


 二機が地面へ墜落する。


 土煙が戦場を覆った。


 しばらくして。


 コックピットの中に、シンの荒い呼吸だけが残った。


「……はぁ……はぁ……」


 生きている。


 機体は酷い。


 だが動く。


 シンは前方を見る。


 土煙の向こうに、あの機体が倒れている。


「……止まった?」


 通信が入る。


『鳴瀬! 無事か!』


「隊長……!」


『機体は!?』


「大破寸前です。でも、まだ動けます」


『敵機は?』


「……止まってます」


 短い沈黙。


 そして。


『上から命令が来た』


「命令?」


『その機体を破壊するな』


 シンは眉をひそめる。


『確保する。』


「……確保?」


 シンは目の前の機体を見た。


 これまで誰も見たことのない機体。


 亡霊艦隊が生み出した、未知の人型兵器。


 それを、人類は初めて手に入れた。


     ◇


 数時間後。


 鹵獲された機体は、人類側の施設へと運び込まれた。


 研究者たちは言葉を失った。


 FWとは根本的に違う。


 しかし、亡霊艦隊の既存兵器とも違う。


 未知の構造。


 未知の動力。


 未知の機構。


 そして――人型。


 人類はこの機体を解析することを決定した。


 後に人類が「HX」と呼ぶことになる新たな兵器体系。


 その最初の一機。


 HX-01A。


 正式名称――


 《プロト・ヴァルグレイヴ》


 それが、人類とヴァルグレイヴの長い歴史の始まりだった。


 だが。


 シンには、まだ何も関係なかった。


 彼はFWパイロットだ。


 明日もガーディアンに乗る。


 そう思っていた。


 数週間後。


「鳴瀬シン」


「はい」


「君に新しい任務がある」


 研究施設の一室。


 目の前には、一枚の資料。


 そこに書かれていた文字を見て、シンは固まった。


 HX-01A プロト・ヴァルグレイヴ


「……これ、何の冗談ですか?」


「冗談ではない」


 研究責任者は淡々と言った。


「君には、この機体のテストパイロットを担当してもらう」


「俺が?」


「ああ」


 シンは資料を見つめる。


 自分が倒した機体。


 あの戦場で、自分たちを圧倒した未知の存在。


 そのコックピットに――自分が乗る。


「……FWのパイロットですよ、俺」


「だからだ」


「え?」


「君はこの機体を、初めて実戦で相手にした人間だ」


 研究責任者は静かに続ける。


「そして君は、生き残った」


 シンは何も言えなかった。


 窓の向こう。


 巨大な格納庫の中で、黒とも灰色ともつかない機体が静かに佇んでいる。


 まだ名前すら定着していない。


 まだ人類の兵器ですらない。


 ただ敵から奪った、一機の異形。


 それでも。


 シンには、なぜか分かっていた。


 あの機体が。


 この戦争を変える。


 そんな予感がした。


「……分かりました」


 シンは資料を閉じた。


「やります」


 こうして。


 FW-01ガーディアンのパイロットだった鳴瀬シンは、


 人類史上初期のHXテストパイロットとなった。


 そして、人類はまだ知らない。


 この機体から始まった技術が、やがてHX-01Bを生み。


 さらにその先で、完成された一機――HX-01C ヴァルグレイヴへと繋がっていくことを。


 そして。


 その歴史の果てに。


 人類が手に入れられなかった「もう一つのヴァルグレイヴ」が、再び戦場に姿を現すことを。


 ――ロストヴァルグレイヴ。


 これはまだ、その始まりに過ぎない。

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