優しい手
お楽しみください
茜はケラの短刀をことごとく避けた。
茜の瞳が光っている。
「お前何をしてる?」
茜はギリギリだった。
常時【探視】を発動し、ケラの筋肉の動きを視て次の動作を予測して、短刀を避け続けている。
(くぅ——ボクの探視を使ってもギリギリだ……エナジーの限界も近い……ゆかさん……ボクに力を……)
ケラの連続攻撃が徐々に茜を追い詰めていく。
「そろそろ俺の刃が届きそうだな!死ね!」
茜の頬が少し切れ血が流れる。
その時ケラに向けて何かが飛んできた。
短刀で振り払うとモップがバラバラになって床に落ちた。
ケラと茜が、モップの飛んできた方を見た。
そこには赫灼の瞳でケラを睨みつける舞がいた。
「なんなの?あなたたち、見た目で判断して悪いけどあなたが悪者でしょ?」
ケラに視線を送る。
「見た目で人を判断しちゃいけねえな……まぁ当たってるんだけどな!」
遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。
ケラの意識が一瞬だけサイレンの音に向いた。
その瞬間を狙って茜が蹴りを放つ。
ケラが避けようとした先に、舞の投げた、鉄製のちりとりがすごい勢いで飛んできた。
ちりとりを避けた瞬間に、茜の蹴りがケラの横腹にめり込んだ。
「ごぉぉあ!ちくしょうやりやがったな」
ケラが脇腹を押さえながら間合いの外側に逃げた。
「娘!嫌な目で睨んでんじゃねぇよ、まぁすぐにその可愛い顔が歪むことになるんだがな」
「何言ってんのよ」
「はははっ!さっき兄弟から聞いたぜ。手紙……涙がちょちょぎれたってよ!」
結城舞の顔から血の気が失せた。
ケラはその表情を満足そうに眺めると、茜から距離を取った。
「さて、俺もそろそろ行くとするか」
そう言い残し、ケラは廊下の奥へと姿を消した。
「ま、待て、お前たち何を」
茜の手がケラに向かって虚空に伸びた。
◇◇◇
——少し前——
結城健介が自宅に戻ってくると妻の結城恵子がリビングで泣いていた。
「どうしたんだ?恵子」
慌てて駆け寄ると恵子が便箋を見せた。
「舞から……」
便箋には女の子らしいかわいい文字がびっしりと並んでいた。
『お父さん。お母さん。6年前記憶のない私を本当の娘のように迎えてくれてありがとう。』から始まり、感謝の言葉が、いっぱいの愛が綴られていた。
そして最後に『今日はお父さんとお母さんの結婚記念日だよね。バイトして貯めたお金……少ないけど、これで二人で久しぶりにディナーデートでもしてきて♡』と書いてありテーブルには数万円が置いてあった。
健介の手が震え、涙が止まらなかった。
あの日の記憶が鮮明に蘇る。
◇◇
趣味の渓流釣りに出掛け、川に流されてきた女の子を助けた。
女の子は自分の名前だけしか覚えておらず、帰るところも分からなかった。
医者である健介がその場で診察した。
大きな怪我はなかったが額に引きつれたような火傷の跡があった。
ボロボロの衣服。焦げたシャツの下に共鳴紋が見えた。
「共性……」
車に乗せ自分の診療所に連れ帰った。
そこに連絡を受けた恵子もやってきた。
少女をおぶって山を下りたとき、小さな手が健介の肩をぎゅっと掴んでいた。
その手の温もりが、今も肩に残っているような気がした。
二人は結婚してから子供を授かることがなかった。
検査の結果、恵子は子供を授かれない身体だということがわかった。
二人は手を取り合い、夫婦で生きていこうと決め、事実そうしてきたが、目の前のこの小さな命を見て心が揺らいだ。
「この子……共性……なんだ。知ってるだろ?レゾナント」
「え?知ってるわ、でも初めて見たわ」
「このまま警察へ連絡し保護されると、きっと病院でこのことがバレるだろう」
健介は続けた。
「知ってるか?共性の人たちは見つかると保護対象となりどこかへ連れていかれる。そして保護とは名ばかりの研究対象とされて、帰ってくることはほとんどないということ……俺は医者だからそういう話を聞いたことがある」
健介が少女の手を握る。
「なぁ恵子……どうなるか分からないけど……この子……家に連れて帰らないか?」
「あなた……」
恵子は、ゆっくりと何かを確かめるように女の子の手を握った。
すると、眠っている少女が、その手を包み込むように両手で握り返してきた。
「温かくて優しい手……」
恵子の目に涙が浮かぶ……
「どうして泣いてるんだ?」
「この子……私の手を握り返してくれたの」
その手に健介の手も重なる。
「……本当だな」
◇
検査を重ねても少女の過去は分からなかった。自分のことで覚えているのは名前だけだった。
共性ということを隠し警察へ連絡し行方不明者リストも調べたが素性は一切分からなかった。
二人は舞を連れ帰り家に迎え入れた。
「おかえり。ここが今日から舞の家だぞ」
「私の家……」
両手を健介と恵子に繋がれた舞の手が力強く二人の手を握り返した。
それから手続きは大変だったが晴れて特別養子縁組で【舞】は【結城舞】になった。
◇◇
「あの小さかった娘がこんな……私たちの娘が……」
健介と恵子は抱き合い涙した。
「せっかくだから、あなた……食事行かない?」
「あぁ行こう」
健介が答えたその瞬間、恵子の胸から何かが飛び出した。
刀の刃だった。
健介の手が恵子に向かって伸びた。
◇◇
アトロ・グリードを追っていたゆかは途中でアトロの姿を見失っていた。
「アトロ・グリード……一体どこへ行った?」
急いで電話をかけた。
「マユリ!まだアトロの行方わからないの?」
「ゆか、無茶を言わないでおくれよ。あいつらが防犯カメラに映るようなことをすると思うのかい?」
(どこだ?どこだ?あいつらの異常性……狙いは結城舞……結城舞の拉致……)
ゆかはアスファルトに拳を叩きつけた。
アスファルトが拳の形に凹んだ。
「まさか!あいつら……!」
蒼い風が走り出した。
◇◇
ゆかは結城家の近くまで来た。
一見何も変わったところはなかったが、少し手前の路地に気配を感じた。
音もなく路地からその気配の主が現れた。
ゆかはその顔を見て息を呑んだ。
「あんた……なんでここに?」
金髪の女は、目の前に現れた青い髪の女を見つめた。
ここでフェアリーと命のやり取りをするつもりだった。
その瞬間を待ちわびていた。
ヒリヒリと焼けつくような戦いを想像するだけで、胸が昂っていたはずなのに。
あの夜、バーで出会った女。
その顔を見た瞬間、戦う気など完全に失せてしまった。
銃のグリップを握っていた手が緩んだ。
あの家の中で何が起こっているのかも知っている。
金髪の女は俯き、呟いた。
「……行かない方がいい」
「何言ってるの? あんた何者?」
「そんなことはどうでもいい」
「どうでも良くないわよ! ……あんた……敵…………なの?」
「……」
「アトロ・グリードはまだいるの?」
「……」
「結城家の二人は?」
「……」
金髪の女は何も答えることができなかった。
ゆかは走り出し、金髪の女のすぐ横をすり抜けた。
一瞬、エメラルドグリーンの瞳がゆかを追ったような気がした。
ピクリと金髪の女の手がゆかに向かって動きかけて、止まった。
読んで頂きありがとうございます




