海主
港にいた全員が、海を見つめた。
海面が大きく盛り上がる。
ゴボゴボと泡が浮かび、海がまるで沸騰しているようだった。
「なんだ、あれ……」
ルクが思わず息を呑む。
次の瞬間――
ドォォォン!!
巨大な触手が海面を突き破った。
「うわっ!」
触手は防波堤へ叩きつけられ、石畳に大きな亀裂が走る。
港中に悲鳴が響いた。
「逃げろー!」
「船を離せ!」
漁師たちが慌てて避難する。
セレンはその触手を見つめる。
「……でかい。」
直径だけでも大人二人分はある。
吸盤一つひとつが拳ほどの大きさで、不気味に蠢いていた。
「これが原因か……。」
その時、兵士の一人が叫ぶ。
「港を守れ! 触手を街へ近づけるな!」
兵士たちが一斉に槍を構えた。
だが、槍が触手に刺さっても浅い。
すぐに弾かれてしまう。
「硬すぎる!」
「刃が通らない!」
ルクが剣を構える。
「俺たちも行く!」
「待て。」
セレンは手を前に出した。
「焦るな。」
《鑑定》を発動する。
頭の中へ情報が流れ込む。
⸻
ディープクラーケン
Lv??
状態:未確認
情報不足
⸻
「……鑑定できない?」
セレンは眉をひそめた。
レベルすら表示されない。
今までこんなことはなかった。
「セレン?」
カイトが不安そうに声をかける。
「かなり格上だ。」
その一言で三人の表情も変わった。
その時だった。
「クゥ……!」
(あそこ……!)
ユキが低く唸る。
その視線は海ではなく、触手の付け根へ向いていた。
セレンも目を凝らす。
「……あれは?」
一瞬だけ見えた。
海中に沈む巨大な影。
頭部らしきものだ。
だが次の瞬間には海へ沈んでしまった。
「本体は出てきてないのか。」
つまり今戦っているのは――
触手だけ。
ガルドが思わず顔をしかめる。
「触手だけであの強さかよ……。」
すると一本の触手が勢いよく振り下ろされる。
「危ない!」
セレンは近くにいた子どもを抱き寄せ、その場から飛び退いた。
ドゴォン!!
石畳が砕け、破片が飛び散る。
「ありがとう!」
子どもの母親が何度も頭を下げる。
「早く避難してください!」
セレンが叫ぶと、親子は港の奥へ走っていった。
兵士が駆け寄ってくる。
「冒険者!」
「このままでは港が壊される!」
「本体はまだ海の中ですが、触手だけでも止めなければなりません!」
セレンは短剣を握り直した。
「……分かりました。」
ルクも剣を構える。
「やるしかないね。」
ガルドは斧を肩へ担ぐ。
「俺は正面から行く。」
カイトは矢を番えた。
「援護は任せて。」
ユキも前へ出る。
「クゥ!」
(ぼくも!)
セレンは仲間たちを見る。
「今回は無理をするな。」
「危なくなったらすぐ下がれ。」
「うん!」
「了解!」
その瞬間。
海から二本目、三本目の触手が姿を現した。
港全体が大きく揺れる。
そして海の奥から、低く響く咆哮が聞こえた。
「グォォォォォ……!」
その声だけで、港にいた誰もが息を呑んだ。
本当の戦いは、これから始まる。




