初体験
店主はニッと笑った。
「任せな。今日はいい魚が入ってるんだよ」
そう言うと、氷の上に並んだ魚の中から一匹を選び取った。
銀色の体に淡い青の模様が入った魚だ。
「こいつは“シーブルーフィッシュ”ってやつでな。この辺じゃ一番旨いって言われてる」
「へぇ……」
セレンは興味深そうにそれを見た。
店主は慣れた手つきで包丁を取り出し、あっという間に魚を捌いていく。
ルクたちは目を丸くしてその動きを見ていた。
「すげぇ……」
「速いな……」
数分もしないうちに、薄く透き通るような身が皿に並べられた。
そこに、ほんの少しだけ塩と柑橘の果汁が添えられる。
「はいよ。これが刺身ってやつだ」
「これが……生で食べる魚か」
セレンは一口分を箸で取った。
少しだけ迷いながら口に運ぶ。
――そして。
「……うまいな」
思わず声が出た。
ルクたちも次々と食べ始める。
「え、何これ……!」
「焼き魚と全然違う!」
「口の中でとろける……」
ガルドまで珍しく驚いた顔をしていた。
ユキも横でじっと見ていたが、セレンが小さく切って渡すと――
「クゥ!」
(おいしい!)
嬉しそうに尻尾を振った。
店主はそれを見て笑う。
「気に入ったみたいだな」
セレンは皿を見ながら小さく息を吐いた。
「海の街ってのは……面白いな」
ルクが笑う。
「また来ようぜ!」
「そうだな」
その時だった。
港の方から大きな鐘の音が鳴った。
――ゴォン、ゴォン。
市場の空気が少しだけ変わる。
ざわつきが広がる。
店主の顔が少しだけ真剣になる。
「……そろそろか」
セレンはその音を聞いて、港の方へ視線を向けた。
「何かあるのか?」
店主は包丁を拭きながら答えた。
「この街じゃよくあることだ。海のやつらがそろそろ動き始める時間だよ」
「やつら?」
セレンが聞き返した瞬間。
港の方で、もう一度鐘が鳴った。
今度はさっきよりも大きく、緊急を告げる音だった。
ルクがごくりと唾を飲む。
「……なんか、ヤバそうじゃない?」
セレンはゆっくり立ち上がる。
「行ってみるか」
海風が少し強く吹いた。




