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2 : 静寂なお茶会

翌朝。目を覚ました私は、天蓋付きのベッドの上で数秒ほど現実逃避を試みた。


しかし残念ながら、視界いっぱいに広がる豪華な寝室は消えてくれない。


「……夢じゃないのよね。」


悪役令嬢ルベリア・フォーマルハウト。


将来は国を燃やして首を刎ねられる予定の公爵令嬢。


我ながらひどい肩書きだ。


重い身体を起こしていると、扉が数回ノックされた。


「お嬢様、失礼いたします。」


侍女たちが入ってくる。あれよあれよと鏡の前へ座らされ、慣れた手つきで身支度が進められていく。


その間、私は必死に記憶を探っていた。


ルベリアの記憶。


ゲームの記憶。


そして失われた昨日の記憶。


どれだけ探しても昨日だけがぽっかり抜け落ちている。


まるで最初から存在しなかったかのように。


「お嬢様?」


「へ?ああ、なにかしら。」


「お加減が優れませんか?」


鏡越しに侍女が心配そうに尋ねてくる。


そういえば昨日も似たようなことを聞かれた。


「少しね。きのうから妙に頭が重いの。」


すると侍女たちの顔色が変わった。


「あらまあ...!」


「やはり……。」


「神格適性の覚醒兆候かもしれませんね。」


「公爵家のお嬢様ですしね、それにしても早いですけれど。」


え。そういう扱いなの?私は思わず瞬きをした。


昨夜考えていた言い訳が必要なくなった。


まあ、結果オーライかな。



朝食の席には既に父がいた。


長いテーブルに並ぶ豪華な料理。


「おはようございます、お父様。」


席につきながらそう告げる。その瞬間。


空気が止まった。給仕が固まった。

侍女が固まった。父も固まった。


……あ。もしや、やってしまった?


ルベリアはこのようなことをしないのかもしれない。


「べ、ベリィ?」


父が驚いた様に、だが慎重に口を開く。


「はい?」


「今、何と?」


「おはようございます?」


父が黙る。周囲も黙る。


どうしよう、嫌な予感しかしない。


数秒後。父はなぜか感極まったような顔になった。


「成長したな……!」


「はい?」


「ベリィ、少し勝手が違い戸惑うかもしれないな。それは神格適性の覚醒だ。性格が変わったり、好みが変わったりするがそういうものだ。怖がらなくてもいい。」


便利だな神格適性。


「ありがとうございます。」


私は給仕にも礼を言う。再び空気が止まった。


給仕の青年が目を見開いている。


やっぱり言わなかったんだな、ルベリア。


朝食を終える頃には、屋敷中に噂が広まっていた。

『お嬢様が丸くなられた』という内容で。



食後。


私は書斎へ呼ばれた。父がソファに腰掛けている。

その向かいへ案内された。


「体調は大丈夫か?痛みや、辛さは?」


「昨日よりは良いです。」


「そうか。」


父は少し考え込むように顎へ手を当てた。


「実は今日、お前に第二王子殿下がお見えになるんだ。」


危うく紅茶を吹きそうになった。


ハイタ。ルベリアの婚約者。


そして将来、私を断罪する男。


未来、ルベリアはこの断罪がきっかけで神の化身となり、災害級の事件を起こすのだ。


「そうでしたの。」


平静を装う。内心は全く平静ではない。

進展が早い。早すぎる。

こちらに来たばかりなのにもう攻略対象と接触があるなんて!


「ベリィがきついのなら無理はしなくていい。殿下には連絡を入れて、またの機会にでもしてもらおう。」


父は珍しく真面目な顔をしていた。


「お前の様子が変わったことは理解している。」


「...大丈夫ですわ。それになんだか、前よりも気分がいいんですの。」


「そうか、お前がいいならいいんだ。」



そして昼過ぎ。茶会のため庭へ案内される。


深呼吸を一つ。


席に座る金髪の少年。


黄色い装飾の多い王子らしい格好。


冷たい印象を与える端正な顔立ち。


第二王子ハイタ・アルデウィンド。


ゲームで何度も見た立ち絵そのままだ。


「ご機嫌よう、殿下。」


私は礼をした。ハイタがこちらを見る。


そのまま数秒、黙る。


何だろう。


ふたたび嫌な予感しかしない。


「……誰だ。」


「ルベリアですわ。」


「そういうことではない。何かあったのかという意味だ。」


「神格適性の覚醒で、昨日から少し。」


「そうか。」


ハイタは短く答えた。それだけだった。


だがその視線は妙に鋭い。私を観察しているようだ。


ゲーム知識によれば、彼は他人にあまり興味を示さないはず。少なくともルベリアには。


なのに。


今は違う。何かを確かめるようにこちらを見ている。居心地が悪い。


そんな私の気持ちを「しるか」とでもいう様に庭の黄色いチューリップが揺れて嘲笑っていた。



その日の夜。


私は部屋へ戻り、一人で考え込んでいた。


ヒロインを虐めなければ未来は変わるだろうか。

婚約者へ執着しなければ未来は変わるだろうか。

あの破滅を避けられるだろうか。


分からない。けれど。


「やるしかないわよね。」


私は窓の外を見た。


夜空には無数の星が輝いている。

星座は変わらないのか、獅子座が輝いている。


窓に、一瞬だけ。誰かの視線を感じた気がした。


振り返る。誰もいない。

気のせいだろう。


そう思うことにして、私はカーテンを閉めた。

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