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うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第五章 うちの村だけは幸せであれ

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第134話 ヴァレンタイン領の戦い⑤

「グレンダ様、おはようございます。ご体調のほどはいかがですか?」


 ヴァレンタイン城を堅実に守りきった戦いの翌々日。主館の二階の一室で、ミカは義姉にあたるグレンダ・ヒューイットに尋ねる。

 彼女は昨日の戦いで足に矢を受け、すぐに魔法薬が使われたこともあって幸いにも致命傷とはならなかったものの、重傷者として戦闘からは離脱することとなった。


「既に血は止まり、痛みもましになりました……本来は卿が休むべき寝室まで借りてしまって、誠にかたじけない」

「いえ、どうかお気になさらず。僕は場所を選ばずにぐっすり眠れる質ですから」


 グレンダが休んでいるのは、普段はミカとアイラの寝室として使われている部屋。他に空いている個室はもはやなかったため、この寝室を彼女とアイラが使うことになった。ミカ自身は一階の応接室を寝床として、自家の家臣たちと共に休んでいる。


「……敵の動きの方は如何ですか?」

「今のところは敵側も休んでいるようです。このまましばらくの間、大人しくしていてほしいものですが……」


 ミカがそう言った直後、寝室の扉がノックされる。扉の向こうから、敵軍が攻勢準備の素振りを見せていることがヨエルの声で告げられる。


「……なんと間の悪い」

「あはは、思い通りにはならないものですねぇ。それじゃあ、僕は城門の方に向かいます」


 グレンダと微苦笑を交わしたミカは、そう言って傍らを振り返る。


「アイラ、行ってくるね」

「ええ、行ってらっしゃい……どうか気をつけてね、ミカ」


 愛する妻と抱擁し、口づけを交わし、ミカは寝室を出る。今は一人でも多くの人手を防衛戦やその後方支援に割くべきときなので、グレンダの世話は彼女の家臣たちではなく、彼女の妹であるアイラが担っている。


「……はあ、いつまで続くんだろうね、この戦いは」

「いい加減飽き飽きしましたね。援軍はいつ来るんだか」

「私もうんざりしています、ミカ様」


 一階へと続く階段を下りながらミカがぼやくと、後ろを歩くディミトリとヨエルがため息交じりに返した。皆の前では厳粛な振る舞いをしているヨエルも、ミカやアイラや側近たちしかいない場ではこうしてくだけた態度を見せ、ミカのことも「閣下」ではなく「ミカ様」と呼んでくれる。

 言うまでもなく、純粋派ノーザーランド人を相手取ったこの防衛戦はミカたちがこれまで経験した戦いの中でも最も過酷なもの。どちらかが滅びるまで続く異教徒との戦争は、妥協点や引き際を見つけやすいダリアンデル人同士の争いとは比較にもならない。

 拠点を守るために奮戦し、限界がくれば後退し、また次の拠点を守って戦う。そのくり返しの末に、とうとう最後の拠点まで下がってしまった。これ以上どこにも後退できない。敵が力押しの攻勢に終始する限りまだしばらくは城を守れるだろうが、その先には全滅という結末が待っている。

 結末を変えるには、援軍が必要。そもそもこの戦いは、ダリアンデル地方北東部からの援軍が間に合うことに賭けた時間稼ぎとして始まったもの。そろそろ北東部からの援軍が丘陵北側の本隊のもとに到来し、勝利を成した本隊がこの別動隊を助けにきてほしい。心からそう願いながら、ミカはもう何度目かの防衛戦に臨む。


・・・・・・


 これまで通り敵味方が布陣した後、始まった攻防は、しかし今までとは違う展開を見せた。


「ミカ様! あいつら丸太柵の前の斜面を掘ってます! 柵を根元から崩すつもりです!」


 戦闘の最中、ミカに伝えたのは家臣ジェレミーだった。正面から門に迫る敵兵を連射式クロスボウで撃ち抜いていたミカは、普段は陽気な家臣の悲痛な叫び声を受けて物見台から左右を見やり、血相を変える。

 確かに敵兵たちは、このヴァレンタイン城が立つ人工の丘の外縁、斜面を崩そうと土を掘っていた。純粋派ノーザーランド人たちが例の菱形の盾を頭上に掲げ、その下でダリアンデル人奴隷兵たちが作業に臨んでいるらしかった。

 彼ら奴隷兵の装備は粗末で、ただの農具を持っている者も多い。戦闘においては不利となるその点は、しかしこの土木作業においては有利にはたらく。さらに、敵の中には土魔法使いまで紛れているようで、何箇所かの斜面が凄まじい速さで削られていくのが見える。


「ま、まずい! 皆、柵に取りついてる敵兵を優先的に倒して!」


 言いながら、ミカは自身も丸太柵の防衛に臨む。物見台から攻撃が届く範囲、門のすぐ近くの丸太柵の前に取りついている敵兵に向けて石や丸太を投げ落とす。

 柵の裏の足場に立つクロスボウ兵や白兵戦部隊が、重量物を落として柵の下の敵兵を排除しようと奮闘する。城内に用意されていた石などは残り少なくなっているため、裏庭の工房を解体して用立てられた木材や石なども、敵兵の頭上に投げ落とされる。

 それでも、敵軍による破壊活動はとても止めきれない。村に面している丸太柵の南側全体、広範囲でくり広げられる土木作業を完全に妨害するには至らない。

 また、敵側からは弓やクロスボウや攻城兵器による遠距離攻撃も引き続き行われており、それは防衛部隊に対する牽制として十分な効果を発揮する。騎士や兵士たちは飛んでくる矢に苦しめられて柵の下の敵兵排除になかなか集中できず、ミカも攻城兵器への対処に追われる。


「ああもう、敵が多すぎるっ!」


 家屋の陰から城を狙うバリスタに向けて石を投げながら、ミカは悲鳴じみた叫び声を上げる。

 元々、せいぜい数百人規模の地域紛争に耐え得る防衛拠点として築かれたヴァレンタイン城。千人単位の敵による攻勢を受けることは本来想定外で、だからこそ正面戦闘では退けきれない数の敵が押し寄せ、その一部が城を土台から崩そうとすれば、このように防ぎきれなくなる。

 このままでは本当に城が持たない。全滅の二文字が心の内で存在感を増していく中で、ミカはそれでも懸命に丸太を振るって奮戦する。


・・・・・・


 この日、ミカたちはなんとか敵軍を退けた。どうやら土木作業に臨んでいた敵兵たちの体力が限界に達したようで、敵将は攻勢の仕切り直しを決断したらしかった。

 立て籠もる者たちの命を守ったヴァレンタイン城の丸太柵は、しかしもはや限界に近かった。城の土台となっている人工の丘の外縁は広範囲にわたって崩され、柵の一部は基部が外側に露出しており、柵そのものが傾いて今にも崩れそうな箇所もある。

 そして、最大効率で修復作業を行える土魔法使いのヨエルは、戦闘中に敵の矢を頭に食らい、それ自体は兜に弾かれたものの、衝撃で足場から後方に転落して身体を打ち、意識を失った。目に見える外傷はなく、容体は安定している様子であるものの、いつ目覚めるかは分からない。直ちに土木作業に臨める状態ではない。


 ヨエルの次に土木作業に向いているミカや、その他の騎士や兵士たちによる人海戦術では、広範囲にわたって損壊された丘を一日や二日で修復することはとても不可能。次に敵軍の攻勢を受ければ、おそらく短時間のうちに丸太柵が崩れ去る。そうなれば城の防備に穴が開き、そこから敵兵が雪崩れ込んでくるだろう。

 この二回の戦闘でこちらの死傷者はますます増え、健在の戦力は三百人強まで減っている。これは女性や子供の投石兵まで合わせた人数。質でも数でも勝る敵兵が城内に攻め入ってくれば、とても守りきれない。

 城内にいる者たちは、よくて奴隷化。悪ければ皆殺し。ミカがこのヴァレンタイン領に築いた幸せは永遠に失われてしまう。


「……」


 極限まで追い詰められた状況で、ミカは思案する。体力と魔力を回復させるためにベッドで横になりながら、思考を巡らせてこの現状を打破する術を探す。


 そして、あるひとつの策を、起死回生の一手を思いつく。

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