第133話 ヴァレンタイン領の戦い④
それから間もなくして始まった攻防は、これまでと同様に激しいものとなった。矢や石や火魔法が両軍の頭上を飛び交い、押し寄せる敵軍を防衛部隊が丸太柵越しに退けようと奮戦する光景が、ヴァレンタイン城の南側一帯でくり広げられていた。
「ミカ様! あっちにまたカタパルトが出てきました!」
「分かった! すぐに追い払うか潰す!」
城門の直上、物見台に立って連射式クロスボウを操っていたミカは、円盾を構えて主人の頭上を守りながら敵陣を見回していたディミトリの指差す方を見て、得物をバリスタへと持ち替える。
敵軍が布陣しているのは家々の並ぶ村の中。敵兵たちはそれら家屋の間を縫うようにして前進を為し、バリスタやカタパルトも平地に布陣する際とは違い、戦場後方に散らばって配置されることになる。
敵軍の攻城兵器による攻撃を許せば、非戦闘員や重傷者たちのいる主館の中にまで被害が及びかねない。そのためミカは、家々の間にバリスタやカタパルトを発見すると最優先で攻撃する。既に二台のバリスタと一台のカタパルトを破壊している。
新たに確認された敵軍のカタパルトの位置は、城を囲む急斜面と空堀の外側、旧領主館である宿屋の裏庭。射撃準備が行われているそのカタパルトを狙い、ミカはバリスタの矢を放つ。飛翔した矢はカタパルトを操作していた敵兵の一人を貫いたが、カタパルト自体は無事で、残る敵兵が引き続き石の発射用意を進める。
「あぁっ、もう!」
ミカは悪態をつきながらバリスタを置くと、物見台の隅に積まれた石の山を振り返る。このような事態に備え、投擲用の武器として用意されていた大ぶりな石のひとつを「魔法の手」で引っ掴むと、敵軍のカタパルト目がけて投擲する。
数十キログラムの重量がある石も、ミカが念魔法を用いて投げれば小石のように飛んでいく。衝撃力においてはバリスタよりもさらに重い一撃を放つことができ、装填作業が不要なのがこの投石攻撃の利点。一方で魔力消費が大きいのが欠点。
ミカは「魔法の手」で石を次々に掴み、合計で四つ投げた。まるで砲弾のように飛翔した石のひとつが、敵軍のカタパルトを直撃して無力化。それ以外の三つは後ろの宿屋を次々に直撃し、外壁に大穴を開けた。
「ああっ、宿屋が穴だらけ!」
「大丈夫大丈夫! だいぶ古い建物ですし、いっそ戦後に建て直しましょう!」
嘆くミカを励ますように努めて明るい声で言ったのは、今まさにミカが壊した宿屋を平時の職場としているジェレミーだった。彼は今日も、ミカのクロスボウやバリスタの装填作業の補佐を担っている。
そうしてミカが臨機応変に戦う一方で、自軍の仲間たちも果敢に戦い続ける。
広い村の中に布陣していたときとは違い、投石紐を振り回す空間を必要とする投石兵たちがヴァレンタイン城の前庭に大勢並ぶのは難しい。そのため彼らは、城の前庭のみならず、倉庫や厩舎、さらには主館の屋根にまで立って石を投擲している。弓兵たちも、屋外はもちろん、主館二階の窓際などあらゆる場所を持ち場として砦の外に攻撃をくり出している。
丸太柵の裏の足場にはこれまで通りクロスボウ兵と白兵戦部隊が並び、迫りくる敵兵の群れを懸命に退ける。全員が立つには足場の面積が足りないため、丸太柵の裏には交代要員が控え、負傷したり疲弊したり、あるいは戦死したりして戦列を離れた者と交代して戦う。
城の規模が小さいために正面戦力は限られるが、一方で攻め手である純粋派ノーザーランド人の別動隊も、これまでとは違ったかたちで難儀する。人工の丘の上に築かれているヴァレンタイン城は、コレット砦や村よりも長い斜面に囲まれており、空堀の底からこの斜面を上りきって柵に梯子を立てかけるにはこれまで以上の苦労が必要。防衛側の抵抗を潜り抜けて城に侵入するため、兵数に頼った力押しの攻勢が続く。
双方にじわじわと死傷者が増えながら、戦況がすっかり硬直した頃、城門の正面から新たに敵の一団が城へと迫る。
これまでの攻防で対峙したものと同じ、屋根付きの破城槌。また運搬役の兵たちに油を浴びせて無効化してやろうとミカが考えていると、しかし敵兵たちはこれまでとは違う動きを見せた。
運搬役の兵たちは、破城槌で城門を打とうと前進するのではなく、門前にそれを置いた。どうやら本体部分である丸太の下に、地面に置くための足が取りつけられているようだった。
そして、運搬役の兵たちが何故か逃げるように下がっていき――次いで、敵軍前衛の隊列の中から重装備の兵が二人、飛び出してくる。
よく見ると、彼らの手元には白い魔法光が浮かんでいる。そのうち両手に戦斧を構えた一人が尋常でない跳躍を為して破城槌の屋根に飛び乗り、そこを足場にもう一度跳躍して城門の上の物見台――ミカの持ち場へと迫る。ミカが物見台の前に「魔法の手」で構えていた連射式クロスボウを、戦斧の一本で払いのけるようにして破壊しながら。
「なっ!?」
動きからして肉体魔法使い。破城槌を足場として利用し、物見台を直接攻撃して防衛側の厄介な戦力を、つまりはこの自分を討つための一手だと理解しながら、ミカは驚きに硬直する。
物見台の正面側に防壁として設置された大盾に、肉体魔法使いは左手の戦斧を突き立てることで己の体重を支える。同時に、右手に構えたもう一本をミカ目がけて振りかざす。
「クソが!」
敵の攻撃がミカにくり出される前に、ディミトリがミカの襟首を掴んで後ろへ下がらせ、自身が前に出ながら戦斧を振るって反撃する。すると肉体魔法使いは、盾に食い込ませた戦斧一本を支えとして物見台に取りついている不安定な姿勢にもかかわらず、素早く身をよじってディミトリの一撃を躱した。
敵を退けようとするディミトリと、物見台に上がろうとする肉体魔法使いの攻防がくり広げられる一方で、さらにもう一人、肉体魔法使いが破城槌を足場として物見台に飛びかかる。
「ミカ様!」
「危ない!」
ミカを守るため、物見台の隅に立てかけてあった槍を手に前に出たのは、クロスボウやバリスタの装填作業を担っていた家臣ジェレミーと古参領民フーゴだった。これまでの訓練の成果を発揮して彼らが鋭くくり出した槍の一撃は――見るからに手練れらしい肉体魔法使いにあっさりと躱される。さらに、肉体魔法使いは片手で物見台の正面側の柵を掴んで体重を支えながら、もう一方の手に握っている剣を素早く一閃。ジェレミーたちの槍は半ばから切断され、無力化される。
肉体魔法使いはそのまま剣を振り上げ、ジェレミーの脳天目がけて振り下ろし――
「駄目っ!」
大切な家臣が、目の前で今まさに殺されようとしている危機的状況を前に、ミカは本能的に念魔法を行使する。
と、ジェレミーの頭に剣の刃が当たる寸前で、肉体魔法使いは動きを止めた。正確には、動きを止められた。ミカの念魔法によって。
ミカの「魔法の手」が、本来であれば極めて難しいにもかかわらず、他者の身につけているものを掴んでみせた。
「っ!?」
驚愕する肉体魔法使いから、ミカは剣を力ずくで奪い取る。そして、それを高速回転させながら振るう。
右手の武器を奪われ、左手は物見台に取りついているために自由にならない肉体魔法使いは、もはや勝ち目がないと考えたのか、手を離して物見台から落ちると、破城槌の屋根を転がって後方へ逃げていく。
それを見届けながら、ミカは高速回転する剣を横薙ぎに振るう。ディミトリと激しい攻防をくり広げていたもう一人の肉体魔法使いが、突如として横から迫ってきた剣に対応しきれず、横を向いて驚きに目を見開いたまま首を刎ねられて落下していく。
「み、ミカ様凄いっす!」
「敵の武器を魔法で奪うなんて!」
「……ついに成功ですか」
ジェレミーとフーゴは興奮した様子で、強敵との戦闘を乗り越えたディミトリは疲れた様子で息を吐きながら、それぞれ言った。
「あははっ、無我夢中でやったらできちゃったよ。もう一度できるかと言われたら……試したくはないかな」
そう答え、ミカは苦笑いを浮かべる。これまで地道に練習を重ねた結果、咄嗟の状況で初めて成功した離れ業。そんなものが、一度できたからといって二度目も成功するとは限らない。
「まあ、二度目の成功が難しいのは敵側も同じだろうね。最初だから驚いたけど、敵がああいう手を使ってくるって分かってるなら次は防ぎやすい。物見台に取りついてくる前、無防備な跳躍中にクロスボウで撃っちゃえば――」
「がっ」
そのとき。後ろから呻き声が、次いで何か重いものが物見台の床を打つ大きな音が聞こえた。
ミカが振り返ると――フーゴが倒れていた。彼は目を見開いたまま動かず、その胸には矢が突き立っている。
「ふ、フーゴ!」
「そんな!」
ミカは悲痛な声で見知った古参領民の名を呼び、ジェレミーは彼を抱き起こす。が、フーゴは何の反応も示さない。どう見ても、既に絶命していた。
「ミカ様! 敵のカタパルトがまた前に出てきてます! この物見台を狙ってるみたいです!」
「……っ、分かった! 迎撃しよう!」
円盾でミカの頭上を守りながらディミトリが叫ぶ。ミカは一呼吸で気持ちを切り替えると、もう一台の連射式クロスボウを「魔法の手」で構える。
狙いの定めやすさを優先してか、大胆にも門の真正面の通りに現れたカタパルト。その周囲で発射準備を行う敵兵たちに矢の雨を浴びせて打ちのめし、次いで石を投擲してカタパルトそのものを粉砕する。
この日、ミカたち防衛部隊はヴァレンタイン城を危なげなく守りきった。死者はおよそ二十人。ミカがこの地に来た当初から古参領民としてヴァレンタイン領を支えてきたフーゴも、その一人だった。
・・・・・・
「やはり、あの念魔法使いがあまりにも厄介だな」
「まったくだ。こちらの肉体魔法使いが奴に何人殺されたことか……」
「敵軍全体としても、まだ十分な士気を保っているようだ。窮地に追い込まれているにもかかわらず面倒なことだ」
「窮地に追い込まれているからこそだろう。今日もまた百人ほど死傷者が出た。敵地蹂躙に向けた前哨戦としては、さすがに損害が大きくなり過ぎている」
純粋派ノーザーランド人による別動隊、その司令部天幕。集った首長たちは、表情を険しくしながら厳しい現状について語り合う。
「私としても同感だ。あの城を落とした後に本隊の援護を為すことこそが我々の目的である以上、さらに大きな損害を被って兵力を減らすことは許容できない……なので、攻め方を変える」
そう語ったヴァルナーに、首長たちの注目が集まる。
「攻め方を変えると言っても、どのように?」
「何か新たな策を思いついたのか?」
「ああ。丸太柵を突破する上で、おそらくこれが最も楽な方法だろう」
問いに頷き、ヴァルナーは話を続ける。
「今日観察して分かったが、あの城が置かれている丘は、見たところ人工的に築かれたものだ。丸太柵はしっかりと打ち込まれ、自然に倒れるようなことはないだろうが、丘の外縁を――あの急斜面を崩せば柵自体を崩壊に追い込むことも可能なはずだ」
指揮官の言葉を受け、他の首長たちの顔に驚愕と感心の色が浮かぶ。
「なるほど、柵自体を……」
「しかし、あれだけの規模の柵が崩れるほど斜面を掘るとなれば、かなり苦労するのでは? 敵側も必死に抵抗するはずだ」
「とはいえ、柵を乗り越えたり門を突破したりするよりは容易だろう。村の外の落とし穴を潰したときのように、盾を頭上に構える兵と斜面を掘る兵を二人一組にして、広範囲で同時に作業をさせれば、敵側も全てを防ぎきれまい」
「それに、土魔法使いを投入すればより早く作業が進む」
「戦闘要員でない土魔法使いを前に出すのか? それは……いや、この際仕方ないか」
首長たちの反応を見たヴァルナーは、再び口を開く。
「諸卿より異論もないようなので、この策を次の攻勢の主軸とし、委細を決めていこう」
大首長クラウダの側近であり、この部隊における全権を握るヴァルナーの呼びかけに、首長たちは力強く応えた。




