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うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第五章 うちの村だけは幸せであれ

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第127話 コレット砦防衛戦③

書き溜めに余裕があるので、これから本編完結までは月・水・金の週3回更新していきます。

(前話のあとがきでお知らせするのを失念していました。申し訳ありません……)

 緒戦におけるコレット砦防衛部隊の損害は、死者十八人、重傷者三十二人。砦に籠っている有利もあり、総兵力の一割程度に抑えられた。四倍の敵軍と戦った結果としては上出来と言えた。

 しかし、それはあくまでも数字を見た場合の話。死んだ十八人は誰かの家族や友人であり、砦の一角に並べられた遺体の傍には、その死を悲しむ者が集まる。同郷の友を悼んで静かに涙を流す者もいれば、共に従軍していた父親を失ったらしく、その遺体に縋りついて泣き叫ぶまだ若い民兵もいる。

 悲痛な空気が漂う遺体置き場の隅で、ひとつの遺体の前にミカは立っていた。

 それは、投石兵として遠距離攻撃部隊にいたヴァレンタイン領民の亡骸だった。


「敵の矢が運悪く左目を直撃しました。脳まで貫かれて、即死でした」


 ミカの後ろで語ったのは、死んだ領民の隣で石を放って戦っていたために、彼の死の瞬間を目にしたという家臣ルイスだった。報告を聞きながら、ミカはその場に座り込むと、遺体の頭を優しく撫でる。


「……よく戦ってくれたね。ありがとう、ロラス」


 ロラスという名のその領民は、かつてヨエルと共に南の大森林を抜け、移住を果たした領民の一人だった。ヴァレンタイン領民となってからは自身の家と農地を持ち、家庭を持ち、新たな人生を順調に歩んでいた。


「彼はヴァレンタイン領に来て幸せだったかな?」

「間違いなく幸せだったはずです。俺たち家臣も領民も、全員がミカ様の庇護下にいて幸せに生きてますから」


 ミカが問うと、普段は寡黙な家臣はそう語ってくれた。ミカは静かに笑って頷き、目元を流れた涙を指で拭う。

 覚悟していなかったわけではない。これほどの激戦に臨めば、たとえ勝利したとしても犠牲は避けられない。その中に自分の家臣や民が含まれる可能性は決して小さくない。

 それでも、領民の戦死という事実を受け止めるのは辛かった。ヴァレンタイン領の領主となってからもうすぐ九年。これまでいくつもの戦いに臨んできたが、そのいずれにおいても、ヴァレンタイン軍は幸運なことに死者を出さなかった。戦争で庇護下の者を失うのは、ミカにとってこれが初めてのことだった。


「……彼の家族のためにも、戦って敵を退けないとね」


 目を閉じてロラスの冥福を祈った後、ミカは立ち上がり、振り返って言った。ルイスと、護衛として傍に控えていたディミトリが、それぞれ領主の言葉に力強く頷いた。


・・・・・・


「戦闘に復帰できない重傷者は百八十六人です。死者は百二十人程度と思われます」

「……そうか、大損害と言うべきだな。やはり攻城戦は容易ではない」


 純粋派ノーザーランド人によるノイシュレン王国侵攻軍。その別動隊の野営地で、配下の報告を受けて指揮官のヴァルナー・メイエランデルは言った。

 ダリアンデル地方南西部や、アルデンブルク王国領土における戦いでも、ヴァルナーたち純粋派は城や砦に籠って抵抗するダリアンデル人たちと何度も戦った。空堀や防壁に囲まれた拠点というのはなかなか厄介なもので、少数の兵力でも頑強な抵抗を為すことができる。攻城戦における損害は、単なる村落の襲撃や野戦における損害と比べて大きくなるものだと、ヴァルナーたちは経験をもって学んできた。

 それら過去の攻城戦と比べても、今回の戦いは厳しい。敵側の砦は相当に頑強で、擁する兵力も多い。魔法使いもそれなりの数がいるようで、念魔法を使って高温の油を撒いていた小柄な念魔法使いは、先ほどの戦いの中でも特に印象的だった。


「使い物にならない奴隷兵は如何いたしましょう? 殺しますか?」

「……いや、殺してしまえば他の奴隷兵の士気と忠誠心が下がる。それに、聖戦において義務を果たした以上、神の名の下に報いてやらねばなるまい。ノーザーランド人の同胞たちと平等に手当てしてやれ」


 指示を受けて司令部天幕から出ていく配下の背を見送った後、ヴァルナーは共にこの別動隊を率いる首長たちを見回す。


「ヴァルナー首長、次は如何する?」

「明日、再び攻勢を仕掛けるか?」

「……いや。このまま力押しをしていては損害が大きくなりすぎる。我らの役割はあの砦とその後方にある小領地を制圧し、小領地から北に延びているという街道を通って丘陵北側に進軍し、敵軍本隊の後方を蹂躙して味方本隊への援護を為すこと。砦攻めの段階であまり戦力を削がれるわけにはいかない」


 問われたヴァルナーは、短い思案の後にそう答える。


「幸い、こちらの本隊は戦力の数でも質でも敵側に勝る以上、正面からぶつかって敗けることはまずない。我々が役割を果たすまでの時間的猶予は十分にある。ここは過去の攻城戦の経験を活かすとしよう……数日をかけて敵を疲弊させ、その上で一気に攻め崩す。それが最善手のはずだ」


 クラウダよりこの部隊の指揮権を預かった立場として決断し、ヴァルナーはさらに細かな指示を下していく。


・・・・・・


 緒戦が防衛部隊の一応の勝利で終わった翌日より、敵軍は攻め手を変えてきた。


 全軍で攻めかかってくることはなく、その代わりに行われたのは、火矢による執拗な攻撃。屈強なノーザーランド人兵士たちが木板を重ねて作ったらしい大盾を構えて砦に近づき、その大盾に共に隠れる弓兵たちが砦の中に火矢を撃ち込み、こちらが満足な反撃を為す前にすぐに矢や石の射程圏外まで下がる。そのような攻撃が、時間を問わず散発的にくり広げられた。攻撃の位置さえ一定ではなく、主戦場である西門側はもちろん、周囲の森に紛れて北や南、ときには東から敵部隊が砦に接近してきた。

 もちろん砦の防衛部隊も接近してきた敵に反撃を為すが、大盾に守られた敵部隊を狩るのは容易ではない。弓やクロスボウ、投石による攻撃の多くは大盾に阻まれ、バリスタや火魔法による攻撃は百メートル以上も離れた位置にいる敵兵にはそうそう命中せず、敵側の損害は少ない。


 この地道な攻防の結果、ミカたち防衛部隊は疲弊を強いられる。敵がどの方角から攻撃を為すか分からない以上、全方位に一定の兵力を置いておかなければならず、それだけ人手を割けば各自が休める時間は減る。

 また、火矢が砦の内部に降り注ぐため、防衛部隊は対応に奔走することになる。門は定期的に水をかけられて濡らされ、指揮所は頑丈な石造りで、兵舎や糧秣庫や厩舎は表面に泥が塗られているので、いずれも火矢による炎上の心配はない。一方で兵舎に収まりきらない者たちの寝起きする天幕は火に弱く、物資や負傷者の輸送に使われる荷馬車は屋外に野ざらしのまま並べられている。それらに火矢が落下すれば小火が起こり、素早く消火しなければならなくなる。


 火矢が降ってくる中で消火活動を行っていれば、必然的に矢を受けて死傷する者が出る。飛来する矢の数自体が少ないので、よほど運が悪くなければ命中することはないが、その不運を引き当ててしまう者は一定数発生する。

 火矢の一部は当然ながら、砦を囲む丸太柵にも命中する。すぐに火が燃え広がるわけではないが、放っておけば柵の一部が焼失しかねないため、この場合も騎士や兵士たちが迅速な消火活動に動くことになる。主に民兵たちが水を汲んだ桶を抱えて柵から身を乗り出すと、そこを腕の良い敵弓兵たちが狙い撃ちすることがあり、その狙撃によって倒れる者も出る。

 死傷者は一日に十人も出ないが、それでも着実に防衛部隊の損害は増す。また、傷を負っていない者たちも、いつ矢が降ってくるか分からない状況ではなかなか落ち着いて眠ったり食事を取ったりすることもできず、日に日に精神をすり減らすことになる。


 さらに、敵軍は毎晩、時には一晩に複数回、夜襲の素振りを見せてくる。松明を手に、大声で威嚇の声を出しながら、夜闇の中で砦に近づいてくる。

 そうなると、防衛側も対応せざるを得ない。見張りの者たちが敵軍接近の報を発し、皆が叩き起こされて物見台や土塁に上がり、しかしその頃には敵軍は騒ぐのを止めて下がっていく。そのような嫌がらせがくり返され、どうせまた夜襲の素振りだけだろうと防衛側が思い始めた頃、敵軍は一度だけ本当に夜襲を仕掛けてきた。気を抜いていた防衛部隊は慌てて迎撃し、敵の攻勢自体はさしてしつこく続くこともなく終わったものの、本当に夜襲を受ける可能性があるとなれば、その後も敵軍が接近してくる度に真面目に対応せざるを得なくなる。


 その結果、防衛部隊は夜もゆっくりと眠ることができず、さらなる疲弊を強いられる。兵力の絶対数が少ないため、敵軍が迫ってくれば皆で起きて守りを固めざるを得ず、睡眠不足によって体力を消耗していく。

 一方で敵側は未だ大幅な数的有利を得ているため、見せかけの夜襲に全軍を割く必要はない。交代で動くことで十分な休息の時間をとり、防衛側ほどには消耗していない様子。


 また、敵軍は見せかけの夜襲の際にも矢を放ってくる。加えて、ノーザーランド人には夜目の利く者が多いらしく、夜襲とは別で少数の弓兵が密かに砦に近づいては、矢を幾らか放ってすぐに逃げ去る、という嫌がらせも展開される。こうした矢によっても少数ながら死傷者が発生し、何よりも「ろくに周囲が見えない夜にどこからともなく矢が降ってくる」という状況が生まれることで防衛側はさらなる緊張を強いられる。安心できるのは頑丈な建物に入った場合のみとなり、皆が指揮所や兵舎、さらには厩舎まで利用して休み、収まらない者は常に不安を抱きながら屋外で過ごすことになる。

 そのような厳しい状況が五日も続いた頃には、砦の内部に満ちる空気は随分と重くなっていた。


「……もうそろそろ、良い報せがほしいねぇ」

「まったくです。いい加減きつい。気が滅入ります」


 疲れた表情でミカが呟くと、傍らでディミトリが頭をかきながら答える。

 二人がいるのは、石造りの指揮所。ミカたち魔法使いは、できるだけ体力と魔力を温存し回復させる必要があるため、いつでも安全な場所に入って休むことを許されている。身辺警護を担う者も同様に。交代制で安全な場所を譲り合っている他の者たちとは違う、極めて重要な戦力であるが故の特別扱いだった。


「長期の籠城戦がこんなに大変だなんて、実際に自分が臨むまでは分からなかったなぁ……」


 石材の敷かれた屋根を支える木造の天井を見上げながら、ミカは嘆息する。

 前世の創作物や今世の歴史書では一か月単位の籠城戦が当たり前のように描かれているので、防衛拠点の守りさえ堅ければそのような長期戦もこなせるものなのだろうと思っていたが、いざ自分が砦に孤立する立場となると、心理的な負担は想像以上に大きい。

 おそらくは、この戦いが籠城戦の中でも特に過酷な部類のものであることも、皆の身にのしかかる負担をより重いものにしている。敗北した場合にはまず間違いなく虐殺される上に、いつまで持ちこたえれば助けが来るのか分からず、そもそも必ず助けが来る保証もない状況での時間稼ぎに臨んでいる状況。おまけに陰湿な攻め方をされて気が休まらないとなれば、部隊全体の士気が下がっていくのも当然だった。この状況で心身ともに元気でいられる人間はそうはいない。


「ヴァレンタイン閣下! 敵軍が攻勢の素振りを見せています! 今すぐ西門の物見台へお越しください! 他の者たちも配置につけ! 戦闘準備だ!」


 そのとき。指揮所に飛び込んできたヒューイット領軍兵士の呼びかけを受け、休んでいた騎士や兵士たちが急ぎ足で、あるいは重い足取りで、指揮所から出る。


「……昼間に攻めてくるのは久しぶりだねぇ。また見せかけの攻勢かもしれないけど」


 そう言って立ち上がったミカは、ディミトリを伴って指揮所を出る。駆け足で西門に向かい、物見台に上がってグレンダの隣に立つ。


「どうやら今回は、全軍での接近を為すようです。いよいよ次の本格攻勢に出るのか、単なる威嚇かはまだ分かりませんが……」

「こっちはかなり疲弊してますから、もし攻勢に出られたら緒戦以上に厳しい戦いになるでしょうねぇ」


 指揮官である義姉と言葉を交わしながら、敵軍が接近してくる方を眺めていたミカは――次第に表情を険しくする。


「……あれは」


 グレンダも同じく眉根を寄せ、硬い声で呟く。

 砦と対峙し、戦闘に向けて隊列を整える純粋派ノーザーランド人の軍勢。その総数は、ざっと見て二千を優に超えている。三千に迫っている可能性もある。


「増えてる……」


 ミカは呟きながら、これから始まる戦いがますます厳しいものになることを確信せざるを得なかった。

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