第二十一話
岸に打ち上げられた巨体は、まだ息をしていた。
これほどに斬られ、撃たれ、嬲られてなお命の灯がともり続けている。始まりの蛇のなんとしぶといことか。
しかし、ここからの復活はない。
正しく虫の息。断末魔をあげる力もあるまい。
「……ユ、ユルサヌ。ユルサヌ、ゾ……」
すでに目も空ろな頭部の前へ、四人は立っていた。
いずれも人型。すでに戦闘体制ではない。
もっとも、得物はたずさえたまま。油断はしていないが。
「オレハ、カナラズヨミガエッテ、キサマ、ラ、オ……」
「やかましい」
未練たらたらの繰言を、文久が容赦なくぶった切る。
「外道の行き先は閻魔の庁のさらに下と相場は決まってんだ。六文銭は後で放ってやるから、さっさとくたばりやがれ」
人型を取り、人の言葉を話す存在を殺すこと。それに躊躇がなかったといえば嘘になるだろう。
しかし相手の殺意・悪意・異質。己の命の危機、半ば自身の戦いの記憶は、それをのりこえさせた。
悪罵と共に、かなり強烈な蹴りを額に放つ。
それが、本当のとどめとなったものか。
しゅうしゅうと、この期におよんで毒煙をあげながら、巨体が崩れてゆく。
硫黄と糞尿を合わせて熱したような強烈な刺激臭が周囲にただよう。
近海ではしばらく魚がとれないかもしれない。
「最後まで始末の悪ぃ。海だっただけまだましか」
「湖沼だったら目も当てられませんでしたね。毒の沼になったんじゃありませんか」
目の前で溶け崩れてゆく姿を鼻を押さえて睨みつつ、そんなことを呟きかわす。
こんな化け物でも、あの世へいけるのだろうか。
「……お地蔵さんによろしくな」
釈迦入滅後、五十六億七千万年後に衆生を救うとされる弥勒菩薩が出現するまで、御仏不在の六道を救済すると謳われるのが、地蔵菩薩である。
特に弱者を救わんとするこの御仏は、幼くして死んだ子らが親不孝の罰として三途の川原で永遠の石積――積んだ端から地獄の獄卒が蹴り崩してしまう――をさせられて泣いている場へ現れ「今日より後は我をこそ 冥土の親と思うべし」となぐさめるという。
悪行三昧、石積みをさせられる子の何人かは確実に殺めたであろう妖怪がどうなるかは判らない。普通ならば死んでも滅ばず、やがて復活さえするからだ。
しかし今回は例外であるような気が、なんとなくしていた。
煙が収まり、身体はすべてかき消え、残った頭蓋もボロボロと崩れてゆく。
最後に、一抱えもある石が残った。
これを文久が軽々と抱え、一行はその場を離れる。
幸いにして気に当てられたものか、あまりに恐ろしい音に怯えたのか、人間の野次馬は来ていない。
両岸からは町方が早々に住民を避難させていたので、巻き添えはないだろう。
だが、あまりに派手すぎた。
もたもたしていると、幕府の対妖怪組織である妖改方だの、方々の妖怪だのが、おっとり刀で駆けつけかねない。
姿を隠し宙に舞った四人は一度沖に出、高空を通って直上から村に戻るつもりでいる。
面倒ごとは御免なのだ。




