第十九話
文久があからさまに姿をさらし、高い耐性と圧倒的な防御力・生命力を生かして敵の注意を一身に引きつけている間、件の三人も遊んでいたわけではない。
中天に座す満月の周囲に、その光を圧して九つの炎塊が浮いていた。
金燐に縁取られた、白い炎。
美しくも残忍なそれが円を描き、その中心の延長線上に巨大な蛇体を捉える。
【晴明印・展開】【早九字】【妖力・狐火】【木生火行発破】【九尾詠唱】【連射球形成】
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前」
右手の人差し指と中指を立てた刀印でまず平安時代の大陰陽師・安部晴明が好んで用い、洗練させた術力を強化する五芒の印を切り、次いで四縦五横の早九字を切る。
場が清められることで雑多な干渉が排除され、力に重ねられた術が威を増し、九尾が各々一人の術者であるかのように強力な狐火の塊を維持して、そこから火線が炸裂する。
「喝っ!!!」
一声。
姿は消えているものの、見る者が見れば明らかな強烈な精気が吹き上がり、巫女装束がゆるんで金毛白面九尾が本性を現す。
頬を引き裂いてつりあがった口は狂相。
赤い瞳が捉えるは怨敵。
その意に従った九つの炎塊から毎秒一発、分間五百四十発という近代兵器なみの弾幕が、目標めがけて降りそそぐ。
【上級破術発動:炎耐性・熱耐性突破】
埠頭において、本来炎熱に対して強い耐性を持つ燭陰の身を焼き、その事実と痛みによって戸惑わせ、一時的な退却へ追いこんだ原因。無効化能力を減少ではなく、完全突破する付与術。弱点を突くために複数の属性を育てるより、耐性を無視する手段を修得することであらゆるものを焼きつくす方向を選択したファイヤーハッピー。本家白面の得意技でもある。
実体弾を音速超過で打ち出す機関砲と、明確な質量を持たない目に見える速度で飛ぶ炎では、弾着による破壊力は比べるべくもない。しかし、常識外の高熱が執拗にからみついて骨身を焼く狐火は、生物にとって焼夷弾に等しい殺傷力を持つ。
「シャアァァァア!!」
雌叫びとともに降る火の豪雨は、途切れない。場を形成し、気を流し続ける限り連続掃射を可能とする連射球形成は、九尾狐の膨大な気力に支えられ、ますます火勢をあげる。
火の妖怪を、あえて焼き殺す。
性悪な狐そのものの攻撃が、蛇体を襲う。
正面戦闘における忍者の弱点とはなにか。
いくつかあげることはできるが、その第一は火力不足である。
専業武者の大威力近接攻撃。
陰陽師の馬鹿げた威力を持つ術法攻撃。
いずれも、忍のおよぶところではない。
不意打ちからの弱点狙い。その究極形たる首落とし。中には妖力をこめた専用爆薬による微塵隠れの術で火山噴火のような有様を作り出す者もいるが、少数派だ。
基本、忍者の武器は威力に欠ける。大量に所持しておくことはできるが、手裏剣は弓矢に劣る。携帯性を重視して小ぶりな忍者刀は、太刀に劣る。
鋭く、速く、正確に打ちこむことで効果を上げることはできるが、最大値ではやはりなかなかおよばない。
敵が巨大な場合は、特にやっかいだ。
しかもリアル。
首落とし? 幅が一丈(約3m)にもなりそうな相手に、刃渡り二尺(約60cm)にもならない刀でどうしろと。まぁ、ぐるりと一周すれば頚動脈かなにか切れそうではあるが、気によって強靭さを増した鱗と皮を切り裂くには、そうとうな力がいる。それはない。
忍者の身上は隠身、そして速さ。
ならば求められる役目も異なる。
戦いが始まって以来、麻はひたすらクナイを放っている。
何度も、何度も。
袖葛篭に仕込んだ大量のクナイを、ひたすらに。
それらは正確に鱗を避け、隙間から潜りこみ、皮を裂いて肉を刺す。
しかし、与えるダメージは微弱だ。
肉を削ぎ骨を抉る斬撃や、けっこうな威力をありえない連射で叩きこみ、時には傷口に飛びこんで再生を阻害し、激痛を与える炎弾とは刺激の強さが比較にならず、痛痒を感じるどころか、気づいた様子さえない。
しかし、それでよい。
忍者の身上は隠身。
痛みは、異常を伝える危険信号。
それに気づかないということは、危機にも気づかないということ。
知らないことには、対処できない。
真綿で首を絞めるように、蛙をいれた鍋を弱火で煮込むように。
猫の爪は、確実に敵を追いつめてゆく。
回復役というのは集団戦の要だ。
実際の戦闘部隊でも救護役の衛生兵は育成や運用を重要視される。
ゲームと違うのは、基本的に衛生兵をこそ真っ先に狙うという戦術をとる者はまずいないということだ。少なくとも大っぴらにやる馬鹿はいない。
当然といえば当然の話で、衛生兵は戦場では極めて貴重な医薬品を所持しており、その分だけ装備が少なく戦闘能力が低い。どうせ潰すなら強い者から潰す方が理にかなう。また、捕虜にすれば監視の必要があるとはいえ、味方を治療させることもできるだろう。
もしもの時に自身が治療を受ける可能性を下げれば、死ぬ確率が上がる。人間が集団になってこそ力を発揮する存在である以上、最低限の配慮をしない者は恩恵を受けることもできない。無差別殺戮をおこなう馬鹿なゲリラは、ちょっとした切り傷から破傷風で死ぬのだ。
ところがゲームの世界で対人集団戦などということになると、まず回復役を潰すのはセオリー中のセオリーとなる。
なにしろあと一息で前衛の息の根が止まるという状況から、一瞬で全快させてしてしまうだけの力があるのだ。現実ならそれっきりとなる死を与えてすら、場合によっては復活させる。防御力の上昇や耐性付与まで始まったら、まともに傷を与えることすらおぼつかなくなる。
衛生兵は事後の死亡率を下げる存在だが、回復役は戦闘の勝敗そのものを左右できるのだ。
そういう意味では四人の中で太郎坊円海こそが最も目立ってはならない。
そして、大天狗には最適の専用アイテムが存在した。
【天狗の隠れ蓑】
単純に宝、あるいは妖具・宝貝などとも呼ばれる、物理的な機能を逸脱した超常の力を持つ道具。中でも昔話などで有名なこの品は、山の長として鋭い感覚を誇る天狗のものだけに、単に視覚だけではなく、臭いや気を肌で感じる触覚、意思を捉え未来を結ぶ第六感すら誤魔化すことができる。
唯一音だけは隠せないのだが、身のこなしに優れ音を封じる術をもつ天狗にとっては、油断さえしなければどうとでもなる欠点にすぎない。
隠れ蓑によって気取られることなく、術で音を消したうえで翼によって素早く移動し、味方の傷を癒す。
事前の施術や護符によって仲間の力を増し、防御を整える。
戦闘全体を視野に収め、非常時には的確に対処する。
それが円海に求められる役目であった。
出番が来た。
目の前で派手に刃を振りかざし、とんでもない威力の斬撃で筋骨を抉る酒呑童子。
だが単位時間あたりの総ダメージ量では、回避や移動・体勢の立て直しに時間を食う武者より、距離にさえぎられることなく馬鹿げた速さの連射を続けることができる術者の方がはるかに性質が悪い、ということにようやく気づいた燭陰の両眼へ薄赤い光が宿り、周囲を素早く見回した。
まずもって最も怪しい炎塊の中心、満月の位置を見るが、そこには誰もいない。
驚き慌て、周囲を見回す内にも炎弾の攻撃は続き、横っ面に大刀の一撃がはいる。
その衝撃で下がった視点の先、永代橋を支える柱の傍ら、水面より少々上の位置に七重の姿があった。
攻撃の最初こそ上にいたものの、以降はここで術を操っていたのだ。
隠形結界で見えないはずの姿が、赤い光の中に映し出される。
【看破灯明】
灯は照らし出すという意によってもたらされる不可視化看破の妖力。にわかに気色ばんだ燭陰が、目に宿す力を切り替える。
【燭熱邪視】
赤い光熱線が狙い違わず、彼女のいた場所を貫く。
【法力・金剛界羯磨曼荼羅陣】
前動作をとらえて即座に七重の前へ飛んだ円海を中心に、二十一の諸仏・菩薩の像が立体的に配置された空間場が展開し、厄難を払い、邪な氣を昇華させ、攻撃を防ぐ。
ただ受けたり回避しただけでは橋桁が焼き落とされ、橋が崩落していただろう。頭が伸びあがっている限りは橋が物理的な障害となって不可視看破も意味がなかいという位置取りだったのだが、タイミングが悪かった。
「ありがとう」
「いえいえ」
短いやりとりのみで、すぐに移動する。
位置を悟られたなら長居は無用。さっさと退いて、次を取る。
確かに、ほとんど一方的にダメージを与えてはいる。
しかし、それは事前の情報収集と準備、考え抜いた戦術があってこそだ。
敵の攻撃はことごとく大出力・高威力。性質も悪く、防御手段抜きで一撃でもクリーンヒットされれば、かなりの被害を覚悟しなければならない。
加えて相手は原初の蛇。体力が比較的少ないというのは最上級の怪物どもと比べての話で、絶対量的に考えれば、そう簡単に削り切れるようなものではない。現に、並みの生物なら致命傷になっていておかしくない深手をいくつも負っていながら、いまだに激しく暴れ続けているのだ。
長丁場の戦いでは攻撃が順調であるほど油断が生じやすい。
二人は改めて気を引き締める。
「てめぇの相手はこっちだっつうんだよ!!」
横っ面を張り倒された位置から七重を狙った燭陰に対し、顔を顰めた文久は、一声吼えざま雲を蹴りつけて飛び降り、勢いと全体重を乗せた斬撃を頬桁へぶちこんで、巨大な顔面を川床近くまで沈める。
自身は激突の反動を利用して宙に飛び、水面に上がった長い胴のうえへ着地すると、そのまま足元の蛇体へ斬りつけた。
「チィエストォォォオオオオッ!!」
【剛力】【鬼神力】【連撃】【蜻蛉の構え】
本来は肩口に刀を立てる示現流の蜻蛉の構え。そこから左右を切り替えつつひたすら的に打ちこみ、心身を練り上げるのが立ち木打ちという修練法だ。これによって完成された必殺の一撃が【不二ノ太刀】なのだが、その前段階は連続攻撃の技として十分に使える。
状態が状態だけに足元を打たなければならない現状は、正確な【蜻蛉の構え】を取れているわけではない。しかし、融通が利くことではVRにも勝るのがリアル。
鱗が砕け、皮が千切れ、肉が弾ける。
たちまちにして膾となる蛇体が、大きく跳ねた。
完全武装した酒呑童子の超重量が、軽々と宙に飛ぶ。
空中の身体に向けて、水面下から飛び出した巨大な顔面。
その中で最も頑丈な額が、高速で迫る。
大江戸城正門を一撃で粉砕しかねない恐るべき速度と質量の頭突き。
単純明快ながら圧倒的な死を感じさせる攻撃に対して、文久は恐怖と歓喜が半々の笑みを浮かべながら愛刀を正面に構え、左手をその峰にそえる。
【剣聖技・合撃】
眉間中央。他部位の激突より一瞬速く斬りこまれた刃は斬り裂くよりも衝撃を伝え、脳をゆらすとともに以後の衝突の勢いを殺す。刃をすべらせ鍔元で再度受けられた頭突きは、鬼の巨体を吹き飛ばしながらも本来の威力を大きく減ぜられ、命を奪うにいたらない。
剣聖。戦闘特化職、武者系列究極の一。
様々な条件をクリアした上で、戦国末に剣豪将軍と呼ばれた足利義輝と、その師であり戦国最強の武人と謳われる剣聖・上泉信綱の御霊を前に、武者系上位職階・大剣豪にいたったPC同士で一騎打ちをおこなう「剣豪将軍御前試合」で勝利しなければ就くことができない生業である。
相当な数の剣術系技能修練度を完全にし、多くの物語を体験してたうえで、プレイヤーのリアルスキルまで要求するこの職は、成るための苦労が多い分メリットも大きい。
その一つが剣聖のみ習得できるいくつかの技能と、自身が習得している技能から選んで指定することができる「剣聖技」である。
一日に使用できる回数に制限がつくものの、威力・効果を本来のものより大幅に引き上げることができる剣聖技は、各々の象徴であると同時に、いざという時の切り札だ。
「合撃」は居合い道や柳生新陰流などに見られる合気の要素を持つ技で、相手の斬り下ろしに対してわずかに遅く抜き合わせ、その峰に刃を当てて軌道をそらすと同時に正中線を制して斬りつけ、相手の刃は鍔元で受けるという、攻防一体にして後の先を極めた技の一つといえる。
本来は刀対刀で用いるものであり、文字通りの必殺であって、いまのような用法は存在しない。
しかし大江戸・百鬼夜行においては、相手の大技を無効化する技としても使われた。
武士は、立っていなくてはならない。
最後まで立ち続け、背後にいる仲間を、守るべき者を傷つけさせてはならない。
敵が反撃する隙もないほどに打ち続け、万一反撃を許したならば、それを殺さなければならない。
剣の聖たる者は、あらゆる剣を殺し斬れ。
活人の道は、剣をこそ殺す。
剣聖技の一つに合撃を選んだ時にいわれた、上泉伊勢守の言葉。
あれはゲームだったか、リアルだったか。
そんなことはどうでもよく、いまこの時、自らの技としてそれを成しえたことが、ただ嬉しい。
岸辺に向かって恐ろしい速度で吹き飛ばされながら、文久は笑う。




