表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大江戸・百鬼夜行  作者: 塚本 仁
17/23

第十七話

「来た。大川口に向かってる」

 府内で焼影の姿を見なくなってから三日。ついに燭陰が動いた。

 一時はこちらの考えに気づかれたかとも思った四人であったが、杞憂だったようだ。

 そもなぜ彼らにやつの居場所が分かるのか。

 これには陰陽師が持つ術式の内、ゲームではあまり重視されていなかったものがからんでいる。

 歴史上、陰陽師本来の役目にして最も重要な仕事の一つは、暦法の制定である。

 星を読み、時を計り、農事の節目を定め、天候を予想する。

 七重の生業「天文太師」の名も、ここから来たものだ。

 後年、制度が整い数が増えると、陰陽師の中でも勢力争いが起こる。公認陰陽師の役所である陰陽寮、その頂点たる陰陽博士といった役職を得るためには実力だけでなく貴族である公卿の後押しも必要であり、有力者の御抱えともなれば手当で栄耀栄華を誇ることもかなう。

 自然、売りこみ争いは過激なものとなってゆき、当初は吉凶を占い移動の際に不吉な方位を避ける「方違え」などを指南するていどであったものが、不穏なものへと変化していった。自身の運を伸ばし難を避けるのではなく、競争相手を積極的に害する方へと。

 いきついたのが「呪詛」である。

 もとは民間の怪しげな方士・巫覡の類が密かに招かれておこなっていたものを、裏でとはいえ正規の陰陽師が請け負う。都合の悪い政敵の排除、想い人の寵愛を独り占めする女御の呪殺。はては皇位争いにまで関わり、蠱毒や子の刻参りがわざわざ法で禁ぜられ、行使者は死罪とまで定められた事実は、その蔓延り方の凄まじさをうかがわせる。

 晴海公園で七重が燭陰に放った「白炎」には多くの術が重ねられていたが、その中の一つに【呪詛:禍印まがじるし】がある。

 本来は広範囲を逃げ回る目標の捕捉が必要な物語などで使うもので、刻んだ印を対象とした占術で位置の把握が可能になる。入手可能な情報が限定されている代わりに、印が消されない限り確実に効果を発揮するという点が、占うたびに抵抗される可能性のがある通常の占術との違いだ。

 名称がやけに凶悪なのは、これを入手して行使する物語「津軽・怨み慕情」の内容に沿った結果だ。男性陣が女性の情念に恐怖する話、とだけいっておく。

 白炎と組み合わされた禍印の恐ろしいところは、炎で負った火傷が完治しない限り、解除も抵抗もが不可能という点だろう。そのれゆえ並みの呪いなど、その身に宿る膨大な陰氣で払拭してしまう燭陰にも刻むことができたのだ。当然ながら傷の治りが遅くなる類の呪詛も重ねられている。

 先の一戦、情報も準備も足りない中であえて挑んだのは、これを刻むことができれば全力で逃げてもよいという考えがあったからだ。

 存在に気づかれて傷を治してから隠密裏に動かれるたら厄介だと警戒していたのだが、それは避けられた。

 かといって、安穏としているわけにはいかない。

 己が放った手駒が排除されたことを察知したものか、燭陰は本性を現して大川をさかのぼろうとしている。

 それ自体は望むところだ。正直、海中にいられたままではまともな勝負ができない。相手も熱線などは使いにくかろうが、行動を制限されるという意味ではこちらの方が厳しい。焼影狩りはおびきだしを兼ねていたのだから、試みは成功といえる。

 しかし、あんな巨体で街中に暴れこまれては、被害がどこまで拡大するか、考えるだに恐ろしい。熱線を無差別にばらまかれでもしたなら、これまでの苦労が水の泡。大江戸は結局、大惨事にみまわれることになる。

「いくぞ」

 一声かけ、猫招の離れの縁側に立ち、宙返りして庭へと飛び出す文久。着地した先は綺麗に整えられた庭先の苔の上ではなく、金色の雲の上だ。

 不自然に庭先へわだかまる一塊の雲。いわゆる【觔斗雲の術】である。

 西遊記に登場する妖猿・孫悟空が好んで用いる有名な仙術で、「觔斗」すなわち宙返りして特殊な雲に乗ることができる。原典では宙返り一つする時間で十万八千里 |(唐代換算で約65000km)を飛ぶとされる超高速飛行の術でもあるが、ゲーム内で闘仙勝仏――旅の果てに仏尊となったは孫悟空――の分霊に教えてもらったこの雲には、術者の力量の問題でそこまでの力はない。ただし、戦闘においては別途非常に優れた部分がある。

 庭先から空へ飛び出し、宙に舞う觔斗雲。本家には劣るも相当な速さがあるため、人目につくことはない。

 その雲の上で、文久が身をゆすった。

 密度を高めながらも一丈七尺へと膨れ上がる隆々たる筋骨。

 鬣のごとく伸びる灼髪。

 天を衝いて伸びる金色の角。

 はるか前方の巨体を睨みすえるのは、すべてを見通す火眼金睛。

 凶悪な笑みを浮かべる口元から牙が突き出し、夜闇に浮かぶ白い肌の上には、厳重な足拵えに黒のたっつけ袴と白の小袖。

 まとう鎧はシンプルな基本の造形に縁まわりのみ繊細な彫刻を施した、黒鉄地生りの最上大業物:神代具足・手力雄たじからお

 手にするは刃渡り一丈・柄五尺の大豪刀、天下逸品:妙法大酔伝村雨。

 人型の面影を残す鬼面の左目じりには、名残りの泣き黒子。

 一声、咆声。

 満月の光を帯びた夜気をふるわせ、あたりに轟く雄叫びは、恐ろしくも美しい姿そのもので。

「剣聖妙法大酔伝・酒呑童子文久!

 推して参るぜぇ!!」

 戦の鬼が、名乗りを上げる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ