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大江戸・百鬼夜行  作者: 塚本 仁
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第十四話

 夜はもちろん昼間であっても、七重の式神は家々の影・軒下・林や茂みの中といった、焼影が隠れやすい場所を探り回っていた。

 本人が仮眠をとっていても式神自体は術が破られない限り活動することができる。和紙を切り紙して作った細身の狐といった外見の探索用の式神は、とにかく数を用意することに重点が置かれていた。

 ゲームの大江戸にもあった【式神術・天目】という陰陽術系技能の一つに相当するのだが、大江戸全域に数百体という広範囲同時多数展開は、リアルになってから得た基礎知識を応用し、奈々子が独自のアレンジを加えて実行したものだ。元々自前でネット検索プログラムの構築までできてしまう超高校級理系脳の彼女にとって、発想自体は簡単に出てくるものであり、実現するための知識が備わっている以上、あとは工夫次第であった。

 得られた情報は人並みの知能を持たせた整理作業用の小鬼型式神に文章で記録させ、必要に応じてこちらの人員に連絡する一人司令部。それがいまの奈々子であり七重である。

「ふうん。やっぱりプレイヤーのやってたお店はないのね。でも店舗の内容や店構えはほとんどそのまま。あ、こっちはまた邪魔してきたのか。ブラックリストに追加と」

 大江戸の大地図に付箋つきで次々と書きこまれてゆく内容、時々目を閉じて送られてくる視聴覚情報を受信し、ぶつぶつと呟きながらデータベースソフトを展開したノートパソコンのキーボードを打つ。

 現実でゲームやリアルの品物を取り出せるなら、現実からリアルへ持ちこむこともできるのではないか。思いついた奈々子はすぐに試し、成功していた。そして、焼影探索と同時に大江戸の情報収集と、今回の作戦に非協力的な連中のリストまで作成している。

 この事態に遭遇して以来、奈々子は知識欲や術の運用といった、あえていうならマッドシャーマニスト的な方向に暴走気味ではあるものの


、足元をおろそかにしないだけの分別は残していた。ただ暴走するだけのお子様よりはるかに性質が悪い。

 リアルの大江戸で、自分達は完全な異邦人ではない。実際どういうことになっているのかは不明だが、彼女達の人格が混ざる以前にも七重


や仲間は存在し、現地の存在と親交を結び、生活していた。その関係を引き継ぐことも、ほぼできている。

 しかし、その生活の中で大江戸全域を総ざらいしなければならないほどの事件は、これまで起こっていなかった。ゲームの方でも大妖怪の侵攻などは地方で発生させることが多く、府内でおこなわれる大討伐戦はボスが身体的に巨大ではない年末のぬらりひょん退治ぐらいであった。それとても、リアルでは毎年恒例などという馬鹿な話にはなっていない。

 つまり現在のように彼女達が表立ち、力ずくで動かなければならないような状況は存在せず、多くの者は彼女達のようなものがいるということ自体を知らなかった。

 今回とて組頭連中には口止めをし、公儀には老中を通して情報だけ渡しているので、大々的な流布というほどのことではない。しかし、いままでより身辺がうるさくなる可能性はある。

 ならば可能な限り事前に情報を入手しておき、ことがあった場合の対策を立てておくのは、仲間内で頭脳労働担当の片割れである自分の役目だろう。彼女はそう認識し、嬉々として行動していた。

 大江村の裏山に千覚寺と並んで用意された、晴明神社の拝殿。

 膨大な情報へ立ち向かうのは、巫女装束に金の髪と狐耳。背後に巨大な九本の尾を広げ、楽しげにゆらしている大妖怪。

 金毛白面九尾狐・七重。

 かつてインド・中国の王朝を滅ぼし、日本に渡っては宮中を揺るがせて、国中の退魔の者を総動員することでようやくに倒し、それでもなお怨嗟を結して変じた殺生石を高徳の僧である玄翁和尚が鎚をもって打ち砕き、ようやく滅ぼしたとされる、怪物中の怪物である。

 ゲームでも最大の殺生石から復活したとされ、大討伐戦「封神大戦・妲姫娘々降来」の目標となった俗に「真・白面」と呼ばれる九尾の狐は、まさに天を覆わんばかりの巨大妖怪であり、詐術・幻術に長け、強化された妖力【狐火】を火山弾のごとく振りまき、その凶悪さで参加したプレイヤー達を震撼させた。妖怪というより自然現象、あるいは天変地異に近い存在である。

 PCの九尾狐にはさすがにそこまでの力はなく、和尚が砕いた欠片の一部から生じた化け狐が自力で霊格を上げたものとされている。この設定は七重の記憶とも合致していたが、その詳しい経緯を知る者は非常に少ないと考えられる。現場にちょうど出くわしたのでもない限り、九尾自身が語らなければ分かるはずもないからだ。

 しかも霊格第四階梯は中国神話でいう天狐、一千年以上の修行で神に近づいた存在に匹敵する。ゲーム的な話でいえば、階梯を一つあがるたびに能力値総計が乗数的に増大するようになっていた。

 その圧倒的な地力に乗せて陰陽道・神道・仙道の各術式を用い、これらをもって生来の妖力を千変万化させる「妖術」まで駆使するとなれば、並みの妖怪では歯が立たない。

 そして、目の前で炸裂する爆弾が水爆か原爆かなどという話は、もれなく蒸発する当事者にとってはどうでもいいことであり、判別もつかない。彼女の姿を目にし、本来の伝承を知る者が抱く恐怖は、いかほどのものか。

 それが分かっているからこその警戒であり、大妖怪にありがちな慢心からくる隙は、人間である部分によって払拭されているといえた。

「あ、これは後で脅しのネタに使えそうね♪」

 そして、普段無表情な顔の口元をわずかにつりあげて呟く彼女の台詞は、黒い。

 真っ黒である。

 有利不利を考えたというより、単に楽しいだけなのかもしれない。

 心なし、資料整理をしている式神達の顔色も悪いように見える。

 まぁ、元々文字どおり紙の白さなのだが。

「ほどほどにしておいてくださいよ? 協力したことが不利益となったら、次が困るのですから」

 拝殿の隅で座禅を組んでいた円海がごく軽くたしなめる。

 その装束は兜巾ときんに赤の結袈裟と鈴懸・足袋。完全に修験道の行者のものだ。

 しかし、背中から白い翼を広げる彼が現在行使しているのは真言密教系の護法使役であり、数体の戦闘能力を持つ護法鬼が七重から得た情報を基に、人目につかぬよう焼影を狩っている。

 大江戸・百鬼夜行にも修験者という生業は存在するのだが、円海はこれを選択していない。彼の生業・天臨座主は、仏僧系であり術者の中でも法力の行使に長け、回復・防御・支援系統を得意としている。手妻の住職は寺持ちの仏僧として檀家の相談に乗る交渉系や、仏教系の法話・説話・経典・宗教問答などの知識系技能に長じていた。

 ではその修験者姿はなにかといえば、本性から来たものだ。

 大天狗愛宕太郎坊・円海。

 天狗系第四階梯・大天狗の一角で、京・愛宕山の主とされる。PCの場合は愛宕山において天狗としての行を修め、霊格を上げた存在として認められたことを意味しており、翼による飛行や専用装備の隠れ蓑を使った隠形、鷲などの猛禽類に匹敵する視力など、修験者の術である験力に似た効果の妖力を多く持ち、生業で術を取れば合わせて効果が大幅に上がるというデザインで、敏捷性の向上や怪力などもあることから、自身を術によって強化する魔法戦士的な存在として用いられるのが主流であった。

 他方、移動能力の高さから術をかける際に射程の関係で味方との相対位置が重要となる回復職にも重宝され、生業が仏僧である者も相当数存在した。円海はその一人といえる。

 リアルになってから、特に儀式系の法力使用に必要となった読経が苦にならないというのも強味だろう。周囲は信仰心の問題はどうなっているのか気になっているが、穏やかに微笑まれると怖くて聞けなかったりする。

「濫用なんてしないわよ。ネタを握っておくだけで」

 ほどほどにという意見への返しは、収集行為そのものではなくその運用に関するものであった。発想が明らかに頭にヤやマのつく集団よりである。妖怪がらみが基本的に裏家業であることを考えると、別に問題ないともいえるのだが。

 円海も、わずかに首をふるだけで、それ以上は言及しない。

 しばらくは七重がぶつぶつ呟く声だけがし、右手で人差し指と中指だけを立てる剣印を結んだ円海は無言となる。

「そういえば」

 不意に、七重が小さくとも独白とは異なる声音をあげた。

 円海も心得たもので

「はい?」

 と軽く応じる。

「あなたはどう思う? この現象?」

 割と大雑把な問いである。

「それは現象が起きた意味、ということですか?」

 原因、ということでは「よくわからないけど御地蔵様のせい」ということで全員が一致している。この身体になってみてどうか、という話は文昭が尋ねた時にした。

「そうそう。かなりおかしなことよね、これ。それなりにメリットもあるし」

 うっかり人格崩壊の危機であったり、あやうく焼き殺されそうになったり、現在進行形で命がけの戦いをしなければならなかったりはしているが、よいことが一つもないかというと、そうでもない。特に、物質的にはかなり恵まれている。袖葛篭を介して現実でゲームの小判を出せた時には、さすがに驚いた。それが、本物の金を含んでいたことにも。

「そうですね。金銭的な面でも、立場的な意味でも、ほとんど不自由していません。いまのところ自由意志もはっきりありますし」

 異世界に飛ばされるとまでいわずとも、いきなり外国に放り出されれば、かなりひどいことになるのは明白だ。言葉は通じず、自国の大使館がどこにあるか分からず、使える金もないとなったら。ましてそこが身元不明者の命など極めて軽い地域だったなら、多少の力があったところでどうにもならない。そのてのフィクションをそれなりに読んでいる身としては、自分達の状況はかなり恵まれているといえた。

 なにより、自由意志と選択の余地が残されている。実際にやったらどうなるかは分からないが、少なくとも守りだけ固めて引き篭もるという、この現象を起こした存在にとっては困ったことになるだろう選択を検討することはできた。

 小首をかしげて考える風を見せた円海は、割合すぐに言葉を返す。

「順番にもよるんじゃありませんか」

「順番?」

「ええ。我々がなにかの事故でこちらに来てしまった。それが原因で現実とリアルがつながってしまい、燭陰が現実にも現れるようになった。これだと単に偶発的な出来事なわけです」

 そこには、特に意味などない。

「しかし、こちらとの接続が起こったのは文昭が設置した地蔵尊像にお参りをした時であるとすると、ただの偶発事と考えるのは腑に落ちませんよね?」

「まぁそうね」

 偶然で片付けるには意味深にすぎる。しかも、後から来た三人は現象を再現できた。それでいて他のPCの姿はない。

文昭の置いた御地蔵様だけで起きる、他者が再現可能な現象。条件があまりに限定的かつ恣意的だ。

「そこで、順番が逆だと考えます。なんらかの理由で空間が歪み、地球と大江戸世界をつなげる道が開いてしまった。それによって生じる惨劇を防ぐために、事態の沈静化が可能な能力を持つ存在を用意する必要が生じた。また、その存在には自発的に行動してもらわなければならない。ゆえにメリットも用意した、と」

 必要な行動をとらざるをえないよう追いつめるというのも手ではあるが、長期的な展望が開けないのでは自棄になってしまうこともありうる。単純にメリットだけでは持ち逃げや保身に走る可能性もあるわけだが、今回に限っていえば自身はもちろん友人知人親兄弟に死者が出かねない。そちらの心配は少ないだろう。

 大江戸・百鬼夜行において空間の歪みが妙なところへつながってしまうという話は、かなり頻繁にころがっている。出雲の黄泉比良坂は冥府魔道の根の国と常時直結しているし、国内には亜空間へ設けられた隠れ里への出入り口が数多く存在する。袖葛篭も、小さな異界へつながっているといえなくもない。

 そうしたゲームの世界に酷似しているリアルの大江戸で、たまたま地球につながる穴が開いたとしても、それほど不思議ではない。空間が歪んで別の場所につながるという意味では、同じことなのだから。

 ゲームを介して二つの現実がつながり、物品のやりとりまでできるという、自分達が体験している現象の方が、むしろ作為の産物だろう。持ちキャラとほとんど変わらない妖怪と融合したというのも、そういうことなら理解できる。

 燭陰に対しては、地球とリアルの大江戸、双方の常識と知識を持ち、強大な力を持つ存在でなければ、適切な対処は不可能だ。ゲームともつながっているのは、必要な力を与える支援の一環だろうか。

「やっぱりそうよね」

 わしゃわしゃと頭をかく七重も、分かってはいたようだ。一応確認したかったのだろう。

「僕はかまいませんよ。命がけで敵と戦って、倒さなければならないというのは確かに重いですが、向こうがこちらを殺そうとしていて、対抗するための手段を与えてくれるというなら、断る理由がありません。おまけに役得まであるのですから、文句をいったらばちが当たります」

 最初から即決していたわけでもあるまいが、武敏はまさに修行を積んだ僧侶のごとく泰然としていた。ためらったり迷ったりしている様子は感じられない。

 VRで先に疑似体験をし、融合した記憶がそれに酷似していたということもあるだろう。ワンクッション置いた形だ。

 事前情報もなくいきなり現状に放りこまれていたら、与えられた能力にここまで早く順応し、応用まで始めることはできなかっただろう。

そういう意味でも、この現象はよくできている。

 結果から逆算した黒幕の意図と考え方は、そう酷い物ではない。

 だからこそ率先して問題の解決をはかろうという気にもなる。

 理詰めで一応納得し、感情的にも最初の驚きがすぎれば興味の方が先に立つ。

 ただ、事後に自分達こそが混乱の火種になってしまうことは避けたい。七重の行動はそこまで考えた上での予防線でもあった。

「あの二人、そこまで考えてると思う?」

 ため息交じりの問いには、期待感というものがない。

「……まぁ、我々でフォローしましょう」

 その結論も、いつものことであった。


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