第十二話
ゲームと現実の戦闘で一番の違いは、敵が逃げる可能性だ。
大魔王からは逃げられないが、大魔王も逃げられない。シナリオボスがピンチになるたびに逃げ出していてはゲームにならないからだが、現実は違う。勝てないなら逃げる。それだけならまだましな方で、復讐の算段をして舞い戻って来たり、身内へしつこくつきまとわれたりしては、目も当てられない。
一方で、初見の大妖怪を殺しきれるかというと、これも難しい。
なにしろ攻撃手段や得手不得手といった要素以上に、斬っただけでは死なないなどというモノが普通にいるのだ。ゲームでは山鳥の尾で作った尖り矢を用いなければ射落とせない鵺や、大宰府に祀ることで初めて沈静化する怨霊・菅原道真公あたりが有名どころだった。そもそもPCの妖怪が死亡した場合、その場で道具なり術なりで蘇生させずとも、一定時間がたてば事前に指定した拠点に不活性状態(石化とか霊体化とか)で出現するため、そこで処置して復活させることができた。基本的に不滅の存在なのだ。
妖怪退治は、まず情報収集。それが鉄則。
しかしながら、今回はあまり悠長にしてはいられない。時間をかけるほど被害者が増えるのは明白だ。しかも加速度的に。
短時間の観察ではあるが、相手がかなり油断していると結論づけた四人は、退路を確保し、保険をいくつかけた上ではあるが、まず一当てして相手の情報や正体を探る、威力偵察に打って出た。
自分達の情報も与えることにはなるが、人数が多く、戦闘手段も多彩なこちらの方が、用意できる手段が多いだろうという計算である。大物退治のためにまず死亡前提で突貫し、行動パターンなどの情報を集めて拠点へ死に戻り、蘇生して再挑戦などという戦法もゲームにはあったが、さすがに却下だ。相手が復活する可能性は考えても、PCの復活に関するルールが現実でも通用するか否かなど、実験する気はない。
そして最も重要な確認事項は、奴がどうやって現実世界に来ているかだ。
まさかこちら出身ということはあるまいし、自分達と同じような存在だというのも、実際に目を合わせた時の異質感からすれば考えにくい。あまりにも人間的なところが感じられないのだ。焼影にからんでいることから考えても、リアルの大江戸世界から来た可能性は高い。
ならば、どこかに行き来を可能とするなにかがあるはずだ。それを封じないことには最悪、追いつめるたびにあちらとこちらを移動して逃げ回られることもありえる。
というような頭脳派二人が考えた戦略の下におこなったのが、晴海公園での戦闘だった。
そして案の定というか予想どおりに、それはあった。
第六台場。黒船来航に驚いた幕府が江戸湾防衛のために砲台を築く計画を立て、埋め立てをおこなって作り出した人工島。計画そのものは中途半端に終わり、本来の役目を果たすことはついぞなかったのだが、小さな島そのものは現在でも残っている。閑散とした無人島としてだが。
その台場。生い茂る草木の中に埋もれるようにして「歪み」が存在していた。
向こう側の景色が、溶けたガラス越しに見るようにひしゃげている。
ゲームにおいては隠れ里などの異界、空間を跳躍する次元通路「陰の道」の入り口などが、このように見えていた。
四人はいつでも戦闘にはいれる状態を保ったまま、遠目にそれを観察する。占術の反応そのものはすでに消えていて、周囲に潜んでいる様子もない。
「あれが奴の、こっちでの塒の出入り口だって可能性は?」
「ないではないですが、その場合でも封印した上で監視しておけば、動きを確認できるでしょう。別の出入り口があるとやっかいですけど、この手のものは複数個所につながっていると不安定になりますからね。隠れ家なら異界と現世のつながる場所は一つ。通路なら二点間のみというのが原則です」
「監視は式神でできるわ。封印して対策準備、あとは焼影を始末しないと」
「本性見せてくれたからね~。色々調べられるでしょ」
「じゃぁ、それでいくか。封印はできるのか?」
道を封じる手段は、いくつかあったはずだ。
「今回はこれでいこうかと」
そういって武敏が袖葛篭から取り出したのは一体の地蔵尊像、御地蔵様であった。
「おい……」
半眼になる文昭。
「地蔵菩薩・渡界封じ。現世にあらざるべき者が境を越えることを禁じる封印術です。我々が『こうなった』経緯を考えると、今回はこれが一番御利益を期待できると思いますよ」
確かにリアルの大江戸へいけるようになったのは、村の出口へ置いた御地蔵様にお参りしてからだ。詳しいことは分からないものの、無関係ということはあるまい。元より地蔵尊は弱者を救い、道の安全を守護し、「境界を守る」存在だ。だからこそ村の内と外を分ける境に置いた。そう考えると確かに、一番効果がありそうではある。
「そうだな。それでいくか。念入りにやっとこう」
「では」
武敏は雑草を抜いて地をならし、四隅へわずかに塩をまいて場を清めてから地蔵尊像を歪みに正対するように置き、その背へ向けて地蔵菩薩本願経を唱え始める。
ゲームでは省略されたものが自動で流れる形だったが、今回はあきらかに違う。武術の技が自動ではなかったのだから、その伝でいけば読経も自前でやらなければならないはず。妖怪側の記憶にはあるが、武敏は本人も実際に唱えることができる。
想念をこめた自力での読経が必要だとすると、これはありがたい。普通の高校生では真似できないだろう。
武敏のさらに後ろでは、奈々子が祭具である神楽鈴を取り出して、読経に合わせて鳴らしている。
仏教と神道。奇妙な光景だが、地蔵尊は神仏集合の考えの下では道祖神と同一視されている。また、ゲームでは複数の術者が儀式へ参加することによって術の威力を強化することが可能だった。
しかし、平安時代の大陰陽師・安部晴明を祭神とする晴明神社系の巫女として、生業が陰陽師で手妻が巫女である七重が、修験者の格好をした真言密教の僧である円海の術を補助していると考えると、宗教的なカオスっぷりに頭痛がしてくる。
残りの二人は深く考えるのをやめ、敵が現れた場合に備えて周囲の警戒にあたる。
「オン・カカカ・ビ・サンマ・エイ・ソワカ」【他者合力】【地蔵菩薩・渡界封じ】
無事読経が終わり、最後に地蔵菩薩真言で締めると、安置された像がわずかに光って、その手前にあった空間の歪みが消失する。
「これでいいはずです。破られれば分かりますし、ここには滅多に人は来ませんから、像を壊されることもそうそうないでしょう。焼影では石を壊せませんし」
「一応、周囲に人払いの結界を敷いて、見張りの式神を置いておくわ」
いいながらすでに、奈々子は準備を始めている。
「後は焼影退治か」
「こっちが片付いても出てこなければ、向こうにいかないとね~」
「退治の方の準備は?」
「ネットで事件のあった場所と奇妙な影の目撃例で信憑性の高そうなものを調べて、ピックアップしましょう。そこを中心に探索型の式神で虱潰し。見つけたら退治で、新事例が確認されなくなって一週間ほどたてば、まず大丈夫ではないかと」
武敏がすぐに算段を立てるのは頼もしいが、いまの姿でスマートフォン片手に話すのはかなりシュールだ。
「向こうとこちらの行き来は、前に移動した時点・場所の直後に移動していると考えられるから、多少の猶予はあると思う」
「今日が木曜だろ。金曜の夜から土日でできるだけ片付けたいところだな」
「こっちじゃ学校があるもんね~」
これには全員渋面だ。大江戸・百鬼夜行には出世型といわれる遊び方もあり、たとえば戦士に対する騎士の位置にある、武者系の上位である「侍」には、礼法や事務といった技能が存在し、必要な物語を体験してゆけば、いずれ幕閣の枢機に参画することも可能になる。ただし、
その分だけ公務系の物語を優先してこなさなければならなくなり、自由度が下がる。
四人はいずれも独立系で、公職にはついていない。大江戸なら時間はかなり自由になる。しかし、現実の高校生はそうはいかない。
「そこは仕方ねぇ。なんとか効率よくこなそう」
「まぁ、大丈夫でしょう。この四人でなら、大抵のことは対処できます」
「ああ」
全員が各々の表情でうなずく。
元凶も、打ち倒してみせると。




