あなたの魔力
ミアの言葉が。
頭から離れなかった。
――みさきも。
――魔力、きこえるよ。
翌朝になっても。
私はその言葉を何度も思い出していた。
朝食を作りながら。
廊下を歩きながら。
子どもたちの着替えを手伝いながら。
何度も。
何度も。
【美咲】「……私の魔力?」
小さく呟く。
もちろん。
私には何も感じられない。
魔法を使ったこともない。
そもそも。
この世界に来るまで、魔力なんてものは知らなかった。
それなのに。
ミアは言った。
私にも魔力がある、と。
私は胸元に手を当てた。
心臓がある。
呼吸をしている。
普通に生きている。
でも。
その奥に。
この世界の人たちとは違う何かがあるのだろうか。
【ノア】「美咲?」
【美咲】「え?」
振り返ると。
ノアがこちらを見上げていた。
【ノア】「どうしたの?」
【美咲】「ううん。ちょっと考え事」
【ノア】「おなか痛い?」
【美咲】「大丈夫だよ」
【ノア】「眠い?」
【美咲】「それもちょっとあるかも」
ノアが笑った。
【ノア】「じゃあ、朝ごはん食べよ」
【美咲】「うん」
私は笑い返す。
その瞬間。
ふと。
ノアの周囲に。
淡い光が見えた気がした。
【美咲】「……え?」
瞬きをする。
消えた。
もう一度見る。
何もない。
【美咲】「今の……」
私が目をこすると。
【ノア】「どうしたの?」
【美咲】「ううん。何でもないよ」
私は首を振った。
気のせい。
きっと。
* * *
朝食が終わると。
私は研究室へ向かった。
扉を開ける。
レオンはすでに机に向かっていた。
【美咲】「おはようございます」
【レオン】「おはよう」
【美咲】「昨日のことなんですけど」
レオンが顔を上げる。
【レオン】「ミアのことか?」
【美咲】「はい」
私は昨日の出来事を話した。
ミアが石畳に触れて「魔力が眠っている」と言ったこと。
そして。
私の手を握って。
「魔力が聞こえる」と言ったこと。
レオンは黙って聞いていた。
【レオン】「……君自身は、何か感じたか?」
【美咲】「何も」
【レオン】「魔力がある感覚は?」
【美咲】「ありません」
【レオン】「魔法を使えるか?」
【美咲】「使えません」
【レオン】「魔力核は?」
【美咲】「……魔力核?」
初めて聞く言葉だった。
レオンが少し眉を上げる。
【レオン】「知らないのか?」
【美咲】「はい」
レオンは少し考える。
【レオン】「この国の人間は、生まれたときから魔力核を持っている」
【美咲】「魔力を生み出す場所?」
【レオン】「そうだ」
【美咲】「じゃあ、私にも?」
【レオン】「本来ならあるはずだ」
レオンは机の引き出しから小さな測定器を取り出した。
【レオン】「調べてみよう」
【美咲】「いいんですか?」
【レオン】「君自身も気になっているのだろう」
【美咲】「それは……まあ」
私は椅子に座った。
レオンが測定器を持って近づいてくる。
【美咲】「……ちょっと緊張しますね」
【レオン】「痛くはない」
【美咲】「それならよかった」
測定器が。
胸元へ近づく。
淡い光が点灯した。
ピッ。
小さな音。
数字が表示される。
レオンが画面を見る。
そして。
動きを止めた。
【美咲】「……どうでした?」
返事がない。
【美咲】「レオンさん?」
レオンが顔を上げる。
【レオン】「……妙だ」
【美咲】「え?」
【レオン】「魔力核は存在する」
【美咲】「じゃあ、普通なんですね」
【レオン】「いや」
レオンが首を横に振る。
【レオン】「魔力核はある」
【美咲】「はい」
【レオン】「だが、魔力がほとんど流れていない」
【美咲】「……?」
【レオン】「正確には」
レオンが測定器を見直す。
【レオン】「魔力が、外へ流れる直前で消えている」
【美咲】「消える?」
【レオン】「そうとしか表現できない」
私は自分の胸を見る。
何も感じない。
【美咲】「それって……病気とか?」
【レオン】「違う」
レオンは即答した。
【レオン】「魔力核そのものは正常だ」
【美咲】「じゃあ、なんで?」
【レオン】「分からない」
レオンが測定器を置く。
【レオン】「ただ」
【美咲】「ただ?」
【レオン】「君の魔力は、子どもたちとは少し違う」
私は黙った。
また。
「違う」。
この世界に来てから。
何度も聞いた言葉だった。
でも。
不思議と怖くなかった。
むしろ。
どこか納得している自分がいた。
【美咲】「ミアちゃんが言っていたことと関係ありますか?」
【レオン】「可能性はある」
【美咲】「じゃあ、私にも特殊な魔力が?」
【レオン】「まだ分からない」
【美咲】「ですよね」
私は苦笑した。
【レオン】「だが」
レオンが私を見る。
【レオン】「君の《観察眼》については、調べる価値がある」
【美咲】「……観察眼?」
【レオン】「以前、君が子どもたちを見ていたときに使っていた力だ」
私は少し驚いた。
【美咲】「あれって、魔力なんですか?」
【レオン】「断定はできない」
【美咲】「じゃあ何なんでしょう」
【レオン】「それを調べたい」
レオンが紙を取り出した。
そこには。
私が今まで見てきたものがまとめられている。
リリィ。
ノア。
ユナ。
ミア。
そして。
私。
【レオン】「君の観察には、共通した特徴がある」
【美咲】「特徴?」
【レオン】「魔力そのものを直接見るのではなく」
レオンが指先で記録をなぞる。
【レオン】「感情、行動、表情、周囲の環境から魔力の状態を推測している」
【美咲】「……そう言われると」
【レオン】「さらに」
レオンが一枚の紙を見せる。
そこには。
私が以前見た《観察眼》の表示が記録されていた。
――精神状態:安心。
――魔力:安定。
――感情と魔力の同期率:上昇。
【レオン】「これは、一般的な魔法感知とは違う」
【美咲】「じゃあ……」
【レオン】「君は魔力を見ているのではなく」
少し間を置いて。
【レオン】「魔力と、その持ち主との関係を見ているのかもしれない」
私は言葉を失った。
魔力だけを見る。
それなら。
レオンの測定器でもできる。
魔力量を測る。
属性を測る。
流れを測る。
でも。
その魔力を持つ人が。
今、何を感じているのか。
なぜ魔力が乱れているのか。
何を怖がっているのか。
何を望んでいるのか。
それを見ていたのは。
私だった。
【美咲】「……それって」
【レオン】「何だ?」
【美咲】「保育士向きってことですかね」
レオンが一瞬。
黙った。
【美咲】「……違います?」
【レオン】「いや」
レオンは静かに答えた。
【レオン】「君らしいと思う」
胸が。
少しだけ熱くなった。
【美咲】「……そういうこと、さらっと言うんですね」
【レオン】「何がだ?」
【美咲】「いえ。なんでもないです」
私は視線を逸らした。
* * *
その日の午後。
子どもたちは庭で遊んでいた。
私はベンチに座りながら。
昨日のことを考えていた。
ミア。
ノア。
ユナ。
リリィ。
みんな。
普通の魔法学では説明できない部分を持っている。
でも。
それは本当に「異常」なのだろうか。
もしかしたら。
今までの魔法学のほうが。
子どもたちを正しく見ていなかっただけなのではないだろうか。
【ユナ】「美咲!」
声がして。
私は顔を上げた。
ユナが走ってくる。
【美咲】「どうしたの?」
【ユナ】「これ!」
ユナが手のひらを差し出した。
小さな花。
【ユナ】「ミアがくれた」
【美咲】「綺麗だね」
【ユナ】「うん!」
ユナは嬉しそうに笑った。
その瞬間。
私の《観察眼》が反応した。
――精神状態:喜び。
――魔力:安定。
――魔力循環:良好。
そして。
今まで見たことのない表示が。
その下に浮かんだ。
――周囲への魔力影響:微弱。
【美咲】「……え?」
私は目を疑った。
ユナ自身の魔力ではない。
「周囲への魔力影響」。
私はユナを見る。
花を見る。
何も起こっていない。
でも。
花の周囲に。
ほんの少しだけ。
淡い光が漂っている。
【美咲】「ユナちゃん」
【ユナ】「なに?」
【美咲】「その花、どうしたの?」
【ユナ】「ミアがくれた」
【美咲】「ミアちゃんは、何か言ってた?」
【ユナ】「うん」
【美咲】「なんて?」
ユナは少し考えた。
【ユナ】「『ユナ、うれしいから』って」
【美咲】「……」
私は花を見る。
昨日。
ミアは言った。
花が泣いている。
だから。
あったかくした。
そして今。
ユナが嬉しいから。
花が光っている。
もしかすると。
魔力は。
人から人へ。
感情から感情へ。
何かを伝えているのではないだろうか。
そのとき。
【リリィ】「美咲」
後ろから声がした。
振り返る。
リリィが立っている。
手には。
以前破れてしまった絵本。
【美咲】「どうしたの?」
【リリィ】「……見て」
リリィが絵本を開く。
破れたページは。
綺麗に修復されていた。
【美咲】「わあ……!」
【リリィ】「職員さんが直してくれた」
【美咲】「よかったね」
【リリィ】「うん」
リリィが笑う。
その笑顔を見た瞬間。
また。
私の《観察眼》が反応した。
――精神状態:安心。
――魔力:安定。
――周囲への魔力影響:微弱。
私は息を呑んだ。
ユナだけじゃない。
リリィにも。
同じ表示が出ている。
私は。
子どもたちを見回した。
ノア。
ユナ。
リリィ。
ミア。
そして。
私。
それぞれ違う。
魔力量も。
属性も。
性格も。
境遇も。
でも。
感情が動いたとき。
魔力も動く。
そして。
その魔力は。
自分自身だけではなく。
周りにも影響している。
【美咲】「……魔力って」
私は小さく呟いた。
【美咲】「一人だけのものじゃないのかも」
その言葉を。
少し離れた場所で聞いていた人物がいた。
【レオン】「……私も、そう考え始めている」
振り返る。
いつからそこにいたのか。
レオンが立っていた。
【美咲】「レオンさん」
【レオン】「今の記録を取った」
【美咲】「え?」
【レオン】「ユナとリリィ。二人とも、感情が安定した直後に周囲の魔力濃度がわずかに変化している」
【美咲】「やっぱり……」
【レオン】「まだ小さすぎる」
【美咲】「でも、ある」
【レオン】「ああ」
レオンが頷く。
【レオン】「確かにある」
私たちは。
子どもたちを見つめた。
誰も。
自分たちの周囲で起きていることを知らない。
ただ笑って。
遊んで。
泣いて。
眠っている。
それだけなのに。
そのたびに。
世界のどこかで。
魔力が変化している。
そして。
その夜。
私は一人で部屋に戻った。
ベッドに腰を下ろす。
静かな部屋。
窓の外では。
月明かりが庭を照らしていた。
私は自分の手を見る。
【美咲】「……私にも、魔力がある」
まだ。
何も分からない。
でも。
ミアの言葉だけは。
妙にはっきり覚えている。
――ずっと、きこえてる。
私は胸元に手を当てた。
すると。
ほんの一瞬。
指先に。
淡い光が灯った。
【美咲】「……え?」
驚いて手を離す。
光は消えた。
もう一度。
手を見る。
何もない。
私はしばらく動けなかった。
やがて。
小さく息を吐く。
【美咲】「……気のせい、かな」
けれど。
その夜から。
私は。
自分自身のことも。
少しだけ。
観察してみようと思った。




