自分のことも大切に
朝。
目が覚めた瞬間。
私は右手を見た。
昨日。
確かに。
指先に光が灯った。
ほんの一瞬。
淡い光だった。
けれど。
あれが気のせいだったとは。
どうしても思えなかった。
【美咲】「……魔力」
私は手を握る。
何も起こらない。
開く。
やっぱり何もない。
【美咲】「……分かんないな」
私はベッドから起き上がった。
とりあえず。
朝の仕事をしなければ。
そう思って。
部屋を出た。
* * *
朝食の準備をしていると。
ノアがやってきた。
【ノア】「美咲、おはよう!」
【美咲】「おはよう、ノアくん」
【ノア】「今日ね、ユナと遊ぶの」
【美咲】「よかったね」
【ノア】「うん!」
ノアは嬉しそうに笑った。
その顔を見て。
私は自然と笑顔になる。
すると。
胸の奥が。
ほんの少し。
温かくなった。
【美咲】「……?」
私は胸元に手を当てる。
さっきまで何もなかったのに。
今。
何かが動いた気がする。
魔力。
そう思った瞬間。
《観察眼》が浮かび上がった。
――精神状態:安定。
――魔力:微弱。
――魔力循環:良好。
そして。
最後に。
見慣れない表示が出た。
――自己魔力反応:上昇。
【美咲】「……!」
私は思わず息を呑んだ。
【ノア】「美咲?」
【美咲】「ううん! 何でもない!」
慌てて笑う。
けれど。
胸の奥では。
心臓が早鐘のように鳴っていた。
昨日の光。
今の反応。
やっぱり。
私にも魔力がある。
でも。
なぜ。
ノアが笑っただけで。
私の魔力が反応したのだろう。
* * *
朝食のあと。
私は研究室へ向かった。
レオンはすでに研究資料を広げている。
【美咲】「レオンさん」
【レオン】「来たか」
【美咲】「昨日の話なんですけど」
【レオン】「君の魔力か?」
【美咲】「……はい」
私は今朝のことを話した。
ノアが笑ったこと。
その直後。
胸の奥が温かくなったこと。
そして。
《観察眼》に「自己魔力反応:上昇」と表示されたこと。
レオンは黙って聞いていた。
【レオン】「もう一度、測定してみよう」
【美咲】「はい」
私は椅子に座る。
レオンが測定器を手に取った。
胸元へ近づける。
ピッ。
数字が表示される。
レオンは眉を寄せた。
【美咲】「どうですか?」
【レオン】「昨日より、わずかに上がっている」
【美咲】「本当ですか?」
【レオン】「ああ」
【美咲】「じゃあ……」
【レオン】「ただし」
レオンが測定器を見る。
【レオン】「上昇したと言っても、一般的な魔法使いと比べれば極端に少ない」
【美咲】「……ですよね」
私は少し肩を落とした。
すると。
【レオン】「だが、問題はそこではない」
【美咲】「え?」
【レオン】「昨日は、魔力が外へ流れる直前で消えていた」
【美咲】「はい」
【レオン】「今日は違う」
レオンが画面を見せる。
【レオン】「少量だが、外へ流れている」
【美咲】「……!」
【レオン】「何か条件がある」
私は考えた。
【美咲】「ノアくんが笑ったこと?」
【レオン】「可能性は高い」
【美咲】「でも、なんで?」
【レオン】「それを調べる必要がある」
レオンは測定器を机に置いた。
【レオン】「もう一度、同じことをしてみよう」
【美咲】「どうやって?」
【レオン】「君が楽しいと思うことをする」
【美咲】「……」
【レオン】「何でもいい」
【美咲】「急に言われても」
【レオン】「昨日、君が笑ったときにも魔力反応があった」
【美咲】「え?」
【レオン】「記録を見返した」
レオンが一枚の紙を差し出す。
そこには。
私が子どもたちと話している時間帯の魔力記録が並んでいた。
【レオン】「子どもたちと過ごしているときだけ、微弱ながら魔力が外へ流れている」
【美咲】「……」
【レオン】「君自身の感情が変化したときに反応している」
私は紙を見る。
嬉しい。
安心する。
楽しい。
そんな時間のあとに。
小さな魔力反応が記録されていた。
【美咲】「……じゃあ」
【レオン】「ああ」
【美咲】「私の魔力も、感情で動く?」
【レオン】「その可能性がある」
私は黙り込んだ。
子どもたちだけじゃない。
私自身も。
同じなのかもしれない。
* * *
その日の午前。
子どもたちは工作をしていた。
ノアは紙を折っている。
ユナは色鉛筆で絵を描いている。
リリィは丁寧に紙を切っていた。
ミアは。
相変わらず花を眺めている。
【ユナ】「美咲、見て!」
【美咲】「わあ、上手!」
ユナが描いたのは。
四人の子どもと。
その真ん中にいる大人。
【美咲】「これ、誰?」
【ユナ】「美咲!」
【美咲】「私?」
【ユナ】「うん!」
私は思わず笑った。
その瞬間。
胸の奥が。
ふわっと温かくなる。
指先を見る。
淡い光。
昨日より。
少しだけ長く灯った。
【美咲】「……!」
けれど。
すぐに消えた。
私は呆然とする。
【リリィ】「美咲さん?」
【美咲】「ううん、大丈夫」
私は手を握った。
今度は。
確かに見た。
自分の魔力。
* * *
昼過ぎ。
私は研究室へ戻った。
【美咲】「レオンさん」
【レオン】「どうだった?」
【美咲】「出ました」
【レオン】「何が?」
【美咲】「魔力」
私は右手を見せた。
【美咲】「今度はちゃんと見えました」
レオンは黙って私の手を見る。
【レオン】「……何色だった?」
【美咲】「淡い……銀色です」
その瞬間。
レオンの表情が変わった。
【美咲】「どうしました?」
【レオン】「銀色?」
【美咲】「はい」
【レオン】「ミアの魔力も銀色だ」
【美咲】「……!」
二人とも。
黙った。
私はミアのことを思い出す。
銀色の光。
花。
測定不能の魔力。
そして。
私。
同じ銀色。
【美咲】「……私とミアちゃんって」
【レオン】「何か共通点があるのかもしれない」
【美咲】「でも、私はこの世界の人間じゃないですよ」
【レオン】「……何?」
しまった。
私は口を閉じた。
レオンがこちらを見る。
【レオン】「どういう意味だ?」
【美咲】「……」
言えない。
異世界から来た。
そんなこと。
普通に考えれば。
信じてもらえるはずがない。
【美咲】「その……」
私は視線を逸らした。
【美咲】「私、昔から魔法が苦手だったんです」
【レオン】「昔から?」
【美咲】「はい」
嘘だった。
でも。
完全な嘘でもない。
私はこの世界に来るまで。
魔法なんて知らなかった。
【レオン】「……そうか」
レオンはそれ以上聞かなかった。
そのことが。
少しだけ。
ありがたかった。
* * *
夕方。
子どもたちが昼寝をしている間。
私は一人で廊下を歩いていた。
少し。
疲れていた。
朝から仕事。
研究。
子どもたちの相手。
昨日は自分の魔力のことで遅くまで考えていた。
身体が重い。
でも。
休んでいる場合じゃない。
そう思って。
次の仕事へ向かおうとした。
そのとき。
【レオン】「美咲」
後ろから声がした。
【美咲】「はい?」
【レオン】「少し休め」
【美咲】「え?」
【レオン】「顔色が悪い」
【美咲】「大丈夫ですよ」
【レオン】「その言葉は昨日、ユナにも言っていたな」
私は黙った。
【レオン】「大丈夫ではない人間ほど、大丈夫と言う」
【美咲】「……」
【レオン】「君もそうなのか?」
胸が。
少し痛くなった。
【美咲】「私は……」
大丈夫。
そう言おうとした。
でも。
言葉が出てこなかった。
レオンが静かに続ける。
【レオン】「君は子どもたちに、失敗してもいいと言った」
【美咲】「はい」
【レオン】「泣いてもいいとも」
【美咲】「はい」
【レオン】「なら」
レオンが私を見る。
【レオン】「君自身も、休んでいいんじゃないか」
私は。
何も言えなかった。
どうしてだろう。
たったそれだけの言葉なのに。
胸の奥が。
じんと熱くなる。
【美咲】「……休んでも」
【レオン】「ああ」
【美咲】「いいんですかね」
【レオン】「いい」
その瞬間。
胸の奥から。
ふわっと。
何かが広がった。
指先を見る。
淡い銀色の光が。
今までよりも。
はっきりと灯っている。
レオンも気づいた。
【レオン】「……美咲」
【美咲】「はい」
【レオン】「今の魔力反応を記録した」
【美咲】「え?」
【レオン】「感情が大きく動いた」
【美咲】「……」
【レオン】「そして、魔力が増えた」
私は。
自分の手を見つめた。
私は。
誰かに安心させてもらった。
たったそれだけで。
魔力が動いた。
その事実が。
不思議だった。
そして。
少しだけ。
怖かった。
【美咲】「……私も」
【レオン】「何だ?」
【美咲】「子どもたちと同じなのかもしれません」
【レオン】「……ああ」
レオンが頷く。
【レオン】「そうかもしれないな」
* * *
その夜。
子どもたちは眠っていた。
静かな保護院。
私は窓の外を眺めていた。
月明かりが。
庭を照らしている。
花壇の中で。
ミアが一人。
眠っていた。
その周囲に。
銀色の光が浮かんでいる。
私は窓を開けた。
【美咲】「ミアちゃん」
ミアが目を開ける。
【ミア】「……みさき」
【美咲】「こんなところで寝たら風邪引いちゃうよ」
【ミア】「……ねむい」
【美咲】「うん。じゃあ、お部屋に戻ろう」
ミアが私の手を握る。
その瞬間。
銀色の光が。
私の指先へ流れ込んできた。
【美咲】「……!」
温かい。
怖くない。
むしろ。
懐かしいような。
不思議な感覚だった。
【ミア】「みさき」
【美咲】「うん?」
【ミア】「やっと、あったかくなったね」
【美咲】「……え?」
ミアは。
眠そうな目で私を見る。
【ミア】「ずっと、ひとりだったから」
私は。
言葉を失った。
【美咲】「……私が?」
ミアは頷く。
【ミア】「うん」
【美咲】「どういう意味?」
ミアは答えなかった。
ただ。
私の手を握ったまま。
小さく笑った。
その瞬間。
庭いっぱいに。
銀色の光が広がった。
花が。
一斉に開いていく。
夜なのに。
まるで。
朝が来たように。
私は息を呑んだ。
そして。
その光を見つめながら。
ようやく気づいた。
私の魔力は。
強いわけじゃない。
特別な攻撃魔法を使えるわけでもない。
誰かを倒すための力でもない。
ただ。
誰かと心が繋がったとき。
安心したとき。
誰かを安心させたとき。
ほんの少しだけ。
温かくなる。
そんな魔力なのかもしれない。
そして。
それは。
この保護院で起きていることと。
同じなのかもしれなかった。
――魔力は。
感情から生まれる。
もし。
それが本当なら。
今まで子どもたちに教えてきた。
「感情を抑えなさい」という教育は。
魔力を安定させるどころか。
逆に。
魔力を壊していたのではないだろうか。
私は。
眠るミアを見つめる。
その小さな手を。
そっと握り返す。
【美咲】「……一緒に探そうね」
何を。
とは。
言わなかった。
この子たちの魔力のこと。
私自身の魔力のこと。
そして。
この世界の魔法そのもののこと。
まだ何も分からない。
でも。
もう。
引き返すつもりはなかった。
* * *
翌朝。
研究室の机の上に。
一枚の古い資料が置かれていた。
レオンが。
昨夜、王立魔法研究院の資料庫から取り寄せたものだった。
紙は黄ばんでいる。
文字も古い。
その表紙には。
こう書かれていた。
――『魔力と心の相関について』
そして。
その資料の最後の一文に。
レオンは目を留めていた。
――魔力は、心を抑えることで安定する。
だが。
その下には。
誰かによって。
後から書き足されたような。
小さな文字があった。
――本当に、そうなのか?
レオンは。
その文字をじっと見つめた。
千年前の誰かが。
すでに。
同じ疑問を抱いていた。




