見えない魔力
翌朝。
研究室の机の上には、三つの魔石が並んでいた。
赤。
青。
そして、透明。
一見すると。
ただの綺麗な石にしか見えない。
けれど。
それぞれに違う種類の魔力が込められているらしい。
私は机の向かいに座るノアを見た。
【美咲】「ノアくん、準備できた?」
【ノア】「うん!」
ノアは少し緊張しているようだった。
その隣にはレオンが立っている。
いつもの黒い服。
いつもの真剣な表情。
ただし。
今日はいつもより少しだけ慎重だった。
【レオン】「無理に答える必要はない」
【ノア】「……うん」
【レオン】「分からないなら、分からないと言っていい」
【ノア】「分かった」
私は小さく笑った。
【美咲】「じゃあ、最初はこれ」
赤い魔石を指差す。
【美咲】「何か感じる?」
ノアは魔石に近づいた。
じっと見る。
触らない。
しばらくして。
【ノア】「……あったかい」
【美咲】「あったかい?」
【ノア】「うん」
レオンが測定器を確認する。
【レオン】「火属性魔力が込められている」
【美咲】「ノアくんが言ったことと一致してますね」
【レオン】「ああ」
次に。
青い魔石。
【美咲】「これは?」
ノアは少しだけ眉を寄せた。
【ノア】「……つめたい」
【美咲】「冷たい?」
【ノア】「うん。あと……」
ノアが首を傾げる。
【ノア】「静か」
レオンの目が細くなった。
【レオン】「水属性だ」
【美咲】「静か、っていうのは?」
【レオン】「分からない」
【美咲】「レオンさんでも?」
【レオン】「魔力の性質を測定器で測ることはできる。だが、『静か』という感覚を数値にはできない」
私はノアを見る。
【美咲】「ノアくんには、どうして静かに感じるの?」
【ノア】「……分かんない」
【美咲】「そっか」
私は無理に聞かなかった。
そして。
三つ目。
透明な魔石。
【美咲】「これは?」
ノアが近づく。
すると。
さっきまで楽しそうだった顔が。
少しずつ曇った。
【ノア】「……これ」
【美咲】「うん?」
【ノア】「嫌い」
私は驚いた。
【美咲】「嫌い?」
【ノア】「うん」
ノアが一歩後ろへ下がる。
【美咲】「怖い?」
【ノア】「……分かんない」
レオンが魔石を確認する。
【レオン】「これは無属性の魔石だ」
【美咲】「普通の魔石とは違うんですか?」
【レオン】「特に変わったものではない」
私はもう一度、魔石を見る。
何も感じない。
ノアだけが。
その魔石から距離を取っている。
【美咲】「ノアくん」
【ノア】「……」
【美咲】「もう見なくていいよ」
【ノア】「うん」
ノアはすぐに視線を逸らした。
レオンは魔石を布で包み、机の端へ移動させた。
【レオン】「今日はここまでにしよう」
【ノア】「え?」
【レオン】「疲れただろう」
【ノア】「まだできるよ」
【レオン】「だからこそだ」
レオンは静かに言った。
【レオン】「能力を測ることより、能力を壊さないことのほうが重要だ」
ノアが目を丸くした。
私も少し驚いた。
レオンは。
昨日までなら。
もっと測定したがったかもしれない。
でも。
ユナの一件があって。
少しずつ変わっている。
【美咲】「じゃあ、今日の実験は終了!」
【ノア】「……うん」
ノアは立ち上がった。
そして。
研究室を出る前に。
【ノア】「美咲」
【美咲】「なに?」
【ノア】「僕、すごかった?」
私は笑った。
【美咲】「うん」
【ノア】「ほんと?」
【美咲】「ほんと」
【ノア】「魔力、少なくても?」
【美咲】「もちろん」
ノアは嬉しそうに笑った。
【ノア】「……そっか」
扉が閉まる。
研究室に静寂が戻った。
私は机の上に残された記録を見る。
赤い魔石。
正確に火属性を感知。
青い魔石。
水属性を感知。
そして。
透明な魔石。
拒絶反応。
【美咲】「……何だったんだろう」
【レオン】「分からない」
レオンは即答した。
【美咲】「ですよね」
【レオン】「だが」
彼は透明な魔石を見つめた。
【レオン】「興味深い」
【美咲】「やっぱり研究者だ……」
【レオン】「何か言ったか?」
【美咲】「いえ、何も」
私は笑った。
* * *
昼前。
子どもたちは庭で遊んでいた。
ユナも。
今日は少しずつ他の子どもたちの輪に入っている。
昨日までなら。
大人の顔色ばかり見ていた。
けれど。
今日は違う。
【ユナ】「ノア! こっち!」
【ノア】「待って!」
ノアが走る。
ユナが笑う。
その少し離れたところでは。
リリィが絵本を読んでいる。
そして。
ミアは花壇の前に座っていた。
いつも通り。
花を見ている。
私はその様子を眺めていた。
すると。
【ノア】「……あ」
ノアが立ち止まった。
【美咲】「どうしたの?」
【ノア】「なんか来る」
【美咲】「何が?」
ノアは空を見上げた。
【ノア】「魔力」
私は空を見る。
何もない。
雲が少しあるだけだ。
でも。
ノアは真剣な顔をしている。
【ノア】「こっち」
ノアが指差した。
庭の端。
そこには古い石造りの壁がある。
私はノアについていった。
【美咲】「何かあるの?」
【ノア】「分かんない」
ノアは壁に手を近づける。
すると。
指先が触れる前に。
淡い光が一瞬だけ走った。
【美咲】「……!」
私は思わず後ずさった。
レオンが研究室から飛び出してくる。
【レオン】「今のは?」
【美咲】「ノアくんが、この壁から魔力を感じたって」
【レオン】「壁から?」
レオンが壁を調べる。
魔力測定器を当てる。
数秒。
反応はない。
【レオン】「……何もない」
【美咲】「でも、さっき光が」
【レオン】「分かっている」
レオンは壁を何度も調べる。
それでも。
測定器は反応しない。
【レオン】「測定不能だ」
【美咲】「また……?」
私はミアを見る。
けれど。
ミアは花壇の前で。
じっとこちらを見ているだけだった。
【ノア】「……あ」
【美咲】「どうした?」
【ノア】「もう、いない」
【レオン】「何が?」
【ノア】「魔力」
ノアが壁から手を離す。
すると。
今度は。
何も起こらなかった。
レオンは黙っていた。
やがて。
【レオン】「……美咲」
【美咲】「はい」
【レオン】「昨日のノアの適性表示を、もう一度確認したい」
【美咲】「でも、もう消えちゃって……」
【レオン】「そうか」
レオンは壁を見つめた。
【レオン】「なら、記録するしかない」
【美咲】「はい」
私は記録用紙を取り出した。
そのとき。
庭の奥から。
小さな声が聞こえた。
【ミア】「……ここ」
私たちが振り返る。
ミアが立っていた。
そして。
花壇ではなく。
庭の隅にある古い石畳を指差している。
【美咲】「そこ?」
ミアは頷く。
【ミア】「ここも」
私は近づいた。
何もない。
普通の石畳だ。
【美咲】「何があるの?」
【ミア】「……眠ってる」
【美咲】「眠ってる?」
【ミア】「うん」
ミアはしゃがみ込む。
小さな手を石畳に置いた。
その瞬間。
銀色の光が。
ほんの一瞬だけ。
石の隙間から漏れた。
レオンが息を呑む。
【レオン】「……あり得ない」
【美咲】「何がですか?」
【レオン】「この場所には、魔力を蓄える装置も魔石もない」
【美咲】「じゃあ、今の光は?」
レオンは答えなかった。
ミアだけが。
石畳を撫でながら。
静かに呟く。
【ミア】「ずっと、いるよ」
【美咲】「何が?」
ミアは顔を上げた。
紫色の瞳が。
まっすぐ私を見る。
【ミア】「魔力」
私は言葉を失った。
この場所には。
私たちには見えない何かがある。
ノアには感じられて。
ミアには見えている。
そして。
魔力測定器には。
何も映らない。
* * *
その日の夜。
研究室では、三枚の記録用紙が並べられていた。
一枚目。
ユナ。
感情の変化によって、魔力の流れが安定した。
二枚目。
ノア。
魔力量は低い。
しかし、周囲の魔力変動に対する感受性が極めて高い。
三枚目。
ミア。
魔力量、測定不能。
植物や周囲の物質に対して、未知の魔力反応。
レオンが静かに言った。
【レオン】「三人とも」
【美咲】「はい」
【レオン】「今までの魔法学では説明できない」
【美咲】「……やっぱり」
【レオン】「偶然とは考えにくい」
私は三枚の紙を見る。
強い魔力を持つリリィ。
弱い魔力を持つノア。
測定できないミア。
そして。
感情によって魔力の流れが変わったユナ。
それぞれ違う。
でも。
どこかで繋がっている。
【美咲】「レオンさん」
【レオン】「なんだ?」
【美咲】「もしかして」
私は言葉を選んだ。
【美咲】「私たちが『魔力』だと思っているものって……全部じゃないんじゃないですか?」
レオンは黙った。
長い沈黙。
そして。
【レオン】「……私も、同じことを考えている」
その答えに。
胸が高鳴った。
もし。
この世界の魔法の常識そのものが間違っているのだとしたら。
私たちは今。
その入り口に立っている。
そのとき。
研究室の外から。
小さな足音が聞こえた。
とてとて。
扉が少しだけ開く。
そこに。
ミアが立っていた。
【美咲】「ミアちゃん?」
ミアは何も言わない。
ただ。
私の手を取った。
そして。
小さな声で。
【ミア】「みさきも」
【美咲】「……え?」
【ミア】「魔力、きこえるよ」
私は固まった。
レオンも。
動かなかった。
ミアは私の手を握ったまま。
不思議そうに首を傾げる。
【ミア】「ずっと、きこえてる」
――私の魔力。
私は魔法を使えない。
そう思っていた。
けれど。
もしかしたら。
この世界に来てからずっと。
私自身も。
知らない何かを抱えていたのかもしれない。
そして。
ミアだけが。
それを知っている。




