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忘れられた魔法


 ――ドクン。


 王立魔法研究院の地下から響いた魔力の鼓動に。


 美咲は、思わず息を止めた。


 まるで。


 巨大な心臓が。


 地面の下で脈打っているようだった。


【美咲】「……千年ぶりって」


 白髪の魔導師は答えない。


 ただ、美咲を見つめている。


 その目には。


 驚き。


 警戒。


 そして。


 ほんの少しだけ。


 懐かしむような色があった。


【レオン】「質問に答えてください」


 レオンが一歩前へ出る。


【レオン】「五人目とは何のことですか」


【???】「……君は知らされていないのか」


【レオン】「何を?」


 白髪の魔導師は、静かに息を吐いた。


【???】「ならば、まだ話す段階ではない」


【レオン】「子どもたちを連れてきた以上、俺には説明する義務があります」


【???】「君に?」


【レオン】「この子たちは俺が保護院から預かってきた子どもです」


 レオンの声が低くなる。


【レオン】「少なくとも、理由も分からないまま研究対象にされることは認めません」


 白髪の魔導師は。


 しばらくレオンを見ていた。


 やがて。


 ほんの少しだけ口元を緩めた。


【???】「……なるほど」


【美咲】「何が、なるほどなんですか?」


 美咲が尋ねる。


【???】「その顔だ」


【美咲】「……顔?」


【???】「千年前の記録にある」


 美咲の背中に。


 ぞくりと寒気が走った。


【???】「子どもたちを守ろうとする者の顔だ」


 その言葉に。


 美咲は言葉を失った。


     *


 白髪の魔導師は。


 研究院の奥へ歩き始めた。


【???】「ついてきなさい」


【レオン】「どこへ?」


【???】「地下だ」


 その一言に。


 ミアがぴくりと反応した。


【ミア】「……おうち」


【美咲】「ミア?」


【ミア】「おうち、いる」


 白髪の魔導師が振り返る。


 初めて。


 その表情が大きく変わった。


【???】「……その子が、そう言ったのか」


【美咲】「はい」


【???】「なるほど」


 魔導師は、ミアを見る。


【???】「やはり、この子も覚えている」


【美咲】「何をですか?」


 答えは。


 返ってこなかった。


     *


 地下へ続く階段を下りていく。


 一段。


 また一段。


 白い研究院の床とは違い。


 階段は古い石でできていた。


 壁には。


 見慣れない文字が刻まれている。


 美咲は足を止めた。


【美咲】「……これ」


【レオン】「古代文字だ」


【美咲】「読めるんですか?」


【レオン】「一部だけなら」


 レオンが壁に手を近づける。


 そこには。


 保護院の地下室で見たものと。


 よく似た言葉が刻まれていた。


 ――整える。


 ――重ねる。


 ――響かせる。


 そして。


 その下に。


 現在の魔法理論では使われない言葉があった。


 ――共に、感じる。


【美咲】「……」


 美咲は、その文字を見つめた。


【レオン】「保護院の地下にあった記録と同じだ」


【美咲】「じゃあ……ここも」


【レオン】「千年前の施設と繋がっている」


 その瞬間。


 ミアが壁に手を触れた。


 淡い銀色の光が広がる。


【ミア】「……いた」


【美咲】「誰が?」


【ミア】「いっぱい」


 光の中に。


 一瞬だけ。


 小さな影が浮かんだ。


 子ども。


 何人もの子どもたち。


 笑っている。


 泣いている。


 手を繋いでいる。


 その周りには。


 大人たちがいた。


 誰かが泣いている子を抱きしめている。


 誰かが笑う子どもの頭を撫でている。


 そして。


 子どもたちの魔力が。


 まるで歌うように。


 互いに重なっていた。


【ユナ】「……きれい」


【ノア】「いっぱい、聞こえる……」


 ノアが目を閉じる。


【ノア】「みんな、笑ってる」


 リリィも。


 黙ったまま光を見つめている。


 美咲は。


 その光景から目を離せなかった。


 魔力を制御するために。


 感情を抑える。


 それが。


 今の魔法教育だった。


 けれど。


 ここに残っている記録は。


 まったく逆だった。


 泣いて。


 笑って。


 怖がって。


 誰かを想って。


 そのすべてを。


 魔力とともに受け入れている。


【美咲】「……これが」


 美咲は呟いた。


【美咲】「本当の魔法……?」


【???】「そうだ」


 白髪の魔導師が答えた。


【???】「少なくとも、千年前の人々はそう考えていた」


     *


 地下の最奥。


 そこには。


 大きな円形の部屋があった。


 中央には。


 巨大な魔石。


 その周囲には。


 五つの台座。


 四つではない。


 五つ。


 美咲は。


 それを見て立ち尽くした。


【美咲】「……五つ?」


 レオンも気づいた。


【レオン】「保護院には四つしかなかった」


【???】「あれは子ども用だ」


【美咲】「じゃあ、この五つ目は……」


 白髪の魔導師が。


 美咲を見る。


【???】「千年前の記録では」


 ゆっくりと。


 五つ目の台座へ近づく。


【???】「四人の子どもと、一人の大人がいた」


 美咲の心臓が跳ねた。


【美咲】「……大人?」


【???】「子どもたちの魔力を導く者だ」


【レオン】「魔導師ですか?」


【???】「違う」


 魔導師は首を振った。


【???】「魔法を教える者ではない」


 そして。


 五つ目の台座に手を置いた。


【???】「子どもたちと、心を重ねる者だ」


 美咲の指先に。


 銀色の光が浮かんだ。


 五つ目の台座が。


 淡く輝く。


【美咲】「……!」


 同時に。


 四人の子どもたちの魔力も光り始めた。


 リリィ。


 ノア。


 ユナ。


 ミア。


 そして。


 美咲。


 五つの光が。


 円を描くように繋がっていく。


 レオンが息を呑んだ。


【レオン】「……やはり」


【美咲】「何が?」


【レオン】「君は、偶然ここに来たんじゃない」


【美咲】「……」


 美咲は。


 自分の胸元を押さえた。


 銀色の光が。


 鼓動に合わせて明滅している。


     *


 白髪の魔導師が。


 一枚の古い記録を取り出した。


 紙は黄ばんでいる。


 ところどころ破れていた。


【???】「これは、王家に代々保管されてきた記録だ」


【レオン】「王家が?」


【???】「ああ」


 レオンの顔が険しくなる。


【???】「千年前」


 魔導師が続ける。


【???】「魔法の大規模な研究が始まった」


【???】「人々は、魔力をもっと強くしたいと願った」


【???】「そして、ある研究者が提唱した」


 記録には。


 こう書かれていた。


 ――感情は魔力を乱す。


 ――ならば、感情を制御すればよい。


【美咲】「……」


【???】「最初は、一つの仮説だった」


【???】「だが」


 魔導師の声が低くなる。


【???】「それが、正しいと証明される出来事が起きた」


【レオン】「何が?」


【???】「共鳴室の崩壊だ」


 美咲は息を呑んだ。


【???】「子どもたちの魔力が、一斉に暴走した」


【美咲】「……どうして?」


【???】「記録には、そう書かれている」


 魔導師は。


 紙の一部分を指差した。


 ――悲しみ。


 ――恐怖。


 ――怒り。


 ――それらが重なった。


【???】「人々は考えた」


【???】「感情こそが、魔力暴走の原因なのだと」


 美咲の胸が。


 苦しくなった。


 それは。


 今まで何度も聞いた言葉だった。


 泣くな。


 怒るな。


 怖がるな。


 失敗するな。


 感情を抑えろ。


 そうすれば。


 魔力は安定する。


 でも。


【美咲】「……違う」


 美咲は呟いた。


【???】「何?」


【美咲】「感情が原因だったんじゃない」


 美咲は。


 これまでの子どもたちを思い出す。


 泣くことを我慢していたリリィ。


 失敗することを怖がっていたユナ。


 自分の魔力が弱いと言われていたノア。


 そして。


 ずっと何かを聞いていたミア。


【美咲】「感情を、一人で抱え込ませたことが原因だったんじゃないですか」


 部屋が静まり返る。


【美咲】「怖いなら、怖いって言える場所があれば」


【美咲】「悲しいなら、泣ける場所があれば」


【美咲】「誰かがそばにいてくれれば」


 美咲の銀色の光が強くなる。


【美咲】「魔力は、暴走しなかった」


 ユナが。


 小さく頷いた。


【ユナ】「……うん」


【リリィ】「わたしも」


【ノア】「ぼくも」


 ミアが。


 美咲の手を握る。


【ミア】「みさき、いる」


 その瞬間。


 五つの光が。


 一斉に強くなった。


 巨大な魔石が。


 淡い銀色に染まる。


【レオン】「……共鳴だ」


 レオンが呟く。


【レオン】「感情を抑えるんじゃない」


【美咲】「……」


【レオン】「誰かと重ねることで、魔力を整える」


 白髪の魔導師が。


 静かに目を閉じた。


【???】「ようやく」


 その声は。


 わずかに震えていた。


【???】「証明された」


【美咲】「……何が?」


【???】「千年前に失われた理論が」


 魔導師は。


 五つの光を見つめる。


【???】「間違っていなかったことが」


     *


 翌朝。


 王立魔法研究院の大広間。


 そこには。


 多くの研究者が集まっていた。


 美咲たちの前には。


 昨日までとは違う資料が並んでいる。


 現在の魔法教育。


 魔力制御訓練。


 子どもの魔力暴走記録。


 そして。


 千年前の共鳴理論。


 レオンが。


 研究者たちの前に立った。


【レオン】「これまでの魔力研究には、大きな前提の誤りがありました」


 ざわめきが起きる。


【研究者】「何を言っている!」


【研究者】「千年続いている理論だぞ!」


【レオン】「だからこそ、見直す必要があります」


 レオンは。


 美咲を見る。


 そして。


 子どもたちを見る。


【レオン】「魔力は、感情を抑えることで安定するのではない」


 一拍。


【レオン】「安心できる環境で、自然に流れる」


 誰も。


 すぐには言葉を返せなかった。


 やがて。


 ユナが。


 小さく手を挙げた。


【ユナ】「……じゃあ」


 声が震えている。


【ユナ】「泣いても、いいの?」


 大広間が静まる。


 美咲は。


 迷わず頷いた。


【美咲】「うん」


【美咲】「泣いていいよ」


【美咲】「怖がってもいい」


【美咲】「失敗してもいい」


【美咲】「ちゃんとできなくてもいい」


 そして。


 少しだけ笑う。


【美咲】「誰かに助けてもらってもいい」


 ユナの目に。


 涙が浮かんだ。


 けれど。


 今度は。


 誰も止めなかった。


 ユナは泣いた。


 声を上げて。


 安心したように。


 その魔力は。


 暴走しなかった。


 むしろ。


 穏やかに。


 周囲へ広がっていった。


 研究者たちが。


 息を呑む。


 ノアの魔力が。


 その流れを感じ取る。


 リリィの魔力が。


 そっと重なる。


 ミアの銀色の光が。


 その中心を包む。


 そして。


 美咲の魔力も。


 そこへ重なった。


 ――共鳴。


 誰か一人が強くなるのではない。


 誰か一人が我慢するのでもない。


 ただ。


 互いの心が。


 少しだけ触れ合う。


 それだけで。


 魔力は。


 自然な形を取り戻していく。


 大広間の天井近くに。


 淡い銀色の光が広がった。


 その光を見上げながら。


 レオンが静かに呟く。


【レオン】「……千年間」


【美咲】「はい」


【レオン】「俺たちは、魔法を強くしようとして」


 少しだけ。


 苦笑する。


【レオン】「大切なものを、忘れていたのかもしれないな」


 美咲も。


 光を見上げた。


 子どもたちが笑っている。


 泣いている。


 怖がっている。


 それでも。


 誰かが隣にいる。


 それだけで。


 魔力は穏やかだった。


 ――魔法は。


 心を抑えるものではない。


 心とともに。


 生きるものだった。


     *


 その日の夕方。


 研究院の中庭。


 子どもたちは。


 久しぶりに何の訓練もない時間を過ごしていた。


【ノア】「みさき!」


【美咲】「どうしたの?」


【ノア】「今日の魔力、いっぱい聞こえる!」


【美咲】「嫌じゃない?」


【ノア】「ううん」


 ノアが笑う。


【ノア】「みんな、楽しそうだから」


 その隣で。


 リリィが本を読んでいる。


 ユナは花を摘んでいる。


 ミアは。


 花壇の土に触れている。


【ミア】「……おうち」


【美咲】「まだ何か聞こえるの?」


【ミア】「うん」


 ミアが顔を上げる。


【ミア】「でも」


 小さく笑う。


【ミア】「もう、さみしくない」


 美咲の胸が。


 じんと温かくなる。


 そのとき。


 隣に立っていたレオンが。


 静かに口を開いた。


【レオン】「美咲」


【美咲】「はい?」


【レオン】「君は、これからどうする?」


【美咲】「……どうする?」


【レオン】「この研究院に残ることもできる」


【美咲】「私が?」


【レオン】「ああ」


 レオンは。


 少しだけ迷ってから。


【レオン】「君の《観察眼》と、子どもたちとの共鳴は、この国にとって大きな意味を持つ」


 美咲は。


 子どもたちを見る。


 そして。


 保護院で過ごした日々を思い出す。


【美咲】「……私は」


 一度。


 息を吸う。


【美咲】「この子たちが安心できる場所を作りたいです」


【レオン】「……そうか」


【美咲】「それに」


 美咲は笑った。


【美咲】「この国には、まだ泣くのを我慢してる子がたくさんいると思うから」


 レオンが。


 静かに頷く。


【レオン】「なら」


 彼は。


 ほんの少しだけ笑った。


【レオン】「一緒に作ろう」


【美咲】「……はい」


 夕暮れの空に。


 銀色の魔力が。


 淡く流れていく。


 それは。


 もう誰か一人のものではなかった。


 人と人が。


 心を重ねたときに生まれる。


 新しい魔法だった。


 ――そして。


 千年間止まっていた魔法教育が。


 この日。


 少しずつ変わり始めた。

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