あなたが安心できる場所
それから。
半年が経った。
ルミナリア王国では。
少しずつ。
魔法に対する考え方が変わり始めていた。
――泣いてはいけない。
――怒ってはいけない。
――怖がってはいけない。
――失敗してはいけない。
そんな言葉を。
子どもたちに言わなくなった。
少なくとも。
以前よりは。
*
魔力児童保護院。
朝。
庭から子どもたちの声が聞こえる。
【子ども】「先生ー!」
【美咲】「どうしたの?」
【子ども】「魔法、失敗した!」
庭の端。
小さな魔石から。
ぷすん、と煙が上がっている。
【美咲】「怪我はない?」
【子ども】「ない!」
【美咲】「じゃあ、大丈夫」
【子ども】「怒らない?」
【美咲】「怒らないよ」
【子ども】「……よかった!」
子どもが笑う。
その瞬間。
淡い魔力が。
ふわりと広がった。
美咲は。
それを見て笑う。
【美咲】「ほら」
【子ども】「?」
【美咲】「魔法も安心したみたい」
子どもは。
嬉しそうに魔石を見る。
【子ども】「じゃあ、もう一回やっていい?」
【美咲】「もちろん」
少し離れたところから。
ノアが声を上げた。
【ノア】「みさきー!」
【美咲】「ノア?」
ノアが駆けてくる。
以前より。
少し背が伸びた気がする。
【ノア】「新しい子が来たよ!」
【美咲】「新しい子?」
【ノア】「うん!」
ノアの後ろから。
小さな女の子が顔を覗かせた。
六歳くらい。
ぎゅっと服を握っている。
その身体の周りには。
不安定な魔力が漂っていた。
【美咲】「こんにちは」
【女の子】「……こんにちは」
【美咲】「ここ、怖い?」
女の子は。
少し考えてから。
頷いた。
【女の子】「……うん」
【美咲】「そっか」
美咲は。
笑った。
【美咲】「じゃあ、怖いままでいいよ」
【女の子】「……え?」
【美咲】「怖くなくなるまで、ここにいていいから」
女の子の目が。
少しだけ大きくなる。
【女の子】「……泣いても?」
【美咲】「うん」
【女の子】「失敗しても?」
【美咲】「うん」
【女の子】「魔法が、うまくできなくても?」
【美咲】「もちろん」
女の子の目に。
涙が浮かぶ。
けれど。
今度は。
誰も止めない。
女の子は。
ぽろぽろと泣いた。
その魔力が。
ゆっくりと落ち着いていく。
ノアが。
嬉しそうに笑う。
【ノア】「……あったかい」
【美咲】「うん」
【ノア】「この子の魔力も、あったかくなった」
美咲は。
その言葉を聞きながら。
胸の奥が温かくなるのを感じていた。
*
昼。
子どもたちは庭で遊んでいた。
リリィは。
木陰で本を読んでいる。
以前なら。
一文字読むたびに周囲を気にしていた彼女が。
今では。
時々本を閉じて。
花を眺めるようになった。
【リリィ】「……美咲」
【美咲】「ん?」
【リリィ】「この前、魔法の試験で失敗しました」
【美咲】「うん」
【リリィ】「三回」
【美咲】「三回も?」
【リリィ】「はい」
リリィが。
少し恥ずかしそうに笑う。
【リリィ】「でも」
【美咲】「うん?」
【リリィ】「前より、魔法が好きです」
美咲は。
目を細めた。
【美咲】「そっか」
【リリィ】「はい」
リリィの周囲に。
淡い光が浮かぶ。
昔のような。
強く鋭い光ではない。
柔らかく。
穏やかな光。
【リリィ】「失敗しても」
リリィが。
その光を見る。
【リリィ】「また、やってみたいって思えるんです」
【美咲】「それが一番だね」
*
少し離れた場所では。
ユナが。
新しく植えられた花壇に水をやっていた。
【ユナ】「ミア、こっち!」
【ミア】「……ん」
ミアは。
相変わらず眠そうだった。
けれど。
以前よりも。
笑うことが増えた。
【ユナ】「この花、咲くかな?」
【ミア】「咲くよ」
【ユナ】「ほんと?」
【ミア】「うん」
ミアが。
土に手を触れる。
銀色の光が。
ほんの少しだけ広がる。
芽が。
ゆっくりと開く。
【ユナ】「わあ!」
ユナが笑う。
その魔力が。
花壇全体へ広がる。
ミアの銀色の光と。
ユナの光が。
重なっていく。
【ミア】「……なかよし」
【ユナ】「うん!」
美咲は。
その光景を見つめる。
そして。
ふと。
自分の指先を見る。
銀色の光。
以前より。
ずっと自然に現れるようになった。
もう。
魔力を怖いとは思わない。
自分の中にあるものを。
少しずつ。
受け入れられるようになった。
*
午後。
研究室。
机の上には。
大量の書類が積まれている。
その向こう側に。
レオンがいた。
【レオン】「……終わらない」
【美咲】「珍しいですね」
【レオン】「誰のせいだと思う?」
【美咲】「私ですか?」
【レオン】「半分は君だ」
【美咲】「半分……」
美咲が苦笑する。
最近。
研究院から送られてくる報告書には。
必ず美咲の名前が入るようになった。
――魔力と感情の相関。
――共鳴反応。
――児童魔力教育の新指針。
――安心できる環境と魔力安定性。
千年前には当たり前だったことを。
もう一度。
この時代で証明し直している。
【美咲】「大変ですね」
【レオン】「君も手伝うんだ」
【美咲】「ええー……」
【レオン】「保育士だろう?」
【美咲】「研究員じゃありません」
【レオン】「でも観察眼は?」
【美咲】「それを言われると弱い……」
レオンが。
ほんの少し笑った。
以前より。
ずっと表情が柔らかくなっている。
【美咲】「そういえば」
【レオン】「何だ?」
【美咲】「結局、私が五人目なのかは分からないんですよね」
レオンの手が止まる。
【レオン】「ああ」
【美咲】「千年前の記録には、四人の子どもと一人の大人がいた」
【レオン】「そうだ」
【美咲】「でも、その大人が私と同じ存在だったとは限らない」
【レオン】「その通りだ」
レオンは。
少し考える。
【レオン】「ただ」
【美咲】「はい」
【レオン】「君が五人目として共鳴したことだけは事実だ」
【美咲】「……はい」
【レオン】「それに」
レオンが。
窓の外を見る。
庭で遊ぶ子どもたち。
笑い声。
花。
銀色の魔力。
【レオン】「五人目が誰なのかなんて」
少しだけ笑う。
【レオン】「今は、どうでもいいんじゃないか」
【美咲】「……どうでもいい?」
【レオン】「君がここにいることのほうが、大事だ」
美咲は。
少しだけ目を見開いた。
レオンは。
いつものように淡々としている。
けれど。
耳が。
ほんの少し赤い。
【美咲】「……レオンさん」
【レオン】「何だ」
【美咲】「今の、ちょっとずるいです」
【レオン】「何が?」
【美咲】「そういうところです」
【レオン】「よく分からないな」
美咲は。
思わず笑った。
*
夕方。
子どもたちが眠りについたあと。
美咲は一人。
保護院の庭に出た。
夜空には。
たくさんの星が浮かんでいる。
静かな風が。
頬を撫でていく。
この世界に来て。
もう半年。
最初は。
何も分からなかった。
魔法も。
この世界も。
自分自身のことも。
けれど。
今は。
少しだけ分かる。
自分が何者なのか。
それは。
まだ分からない。
五人目なのか。
千年前の誰かと繋がっているのか。
あるいは。
まったく別の存在なのか。
答えは。
まだ見つかっていない。
でも。
それでいいと思えるようになった。
昔の自分なら。
すぐに答えを探して。
誰かの役に立とうとして。
自分のことを後回しにしていた。
けれど。
今は。
急がなくてもいいと思える。
分からないことがあっても。
怖いことがあっても。
誰かに頼ってもいい。
そう教えてくれたのは。
子どもたちだった。
そして。
この世界だった。
【美咲】「……ありがとう」
誰に向けた言葉なのか。
自分でも分からない。
そのとき。
後ろから足音がした。
【レオン】「こんなところにいたのか」
【美咲】「レオンさん」
【レオン】「探した」
【美咲】「何かありました?」
【レオン】「いや」
レオンが。
美咲の隣に立つ。
【レオン】「少し、話したかっただけだ」
【美咲】「……珍しいですね」
【レオン】「そうか?」
【美咲】「はい」
二人で。
夜空を見上げる。
しばらく。
何も話さない。
でも。
不思議と気まずくなかった。
美咲の指先に。
銀色の光が灯る。
レオンも。
それを見る。
【レオン】「……綺麗だな」
【美咲】「魔力ですか?」
【レオン】「ああ」
少し間を置いて。
【レオン】「君らしい」
【美咲】「……私らしい?」
【レオン】「強く押しつけるわけでもない」
【レオン】「消えるわけでもない」
【レオン】「ただ、そこにあって」
レオンが。
美咲を見る。
【レオン】「誰かが安心すると、少し明るくなる」
美咲は。
何も言えなかった。
胸の奥が。
じんわり温かい。
【美咲】「……私」
小さく笑う。
【美咲】「この世界に来てよかったのかもしれません」
【レオン】「そうか」
【美咲】「はい」
【レオン】「なら」
レオンは。
静かに言った。
【レオン】「これからも、ここにいればいい」
【美咲】「……いいんですか?」
【レオン】「俺は、そのつもりだ」
美咲は。
少しだけ笑った。
【美咲】「じゃあ」
銀色の光が。
ふわりと広がる。
【美咲】「もう少しだけ、ここにいます」
遠くから。
子どもたちの寝息が聞こえる。
花が揺れる。
銀色の魔力が。
夜の庭を優しく照らす。
その光は。
もう。
美咲一人のものではなかった。
リリィの魔力。
ノアの魔力。
ユナの魔力。
ミアの魔力。
そして。
美咲の魔力。
五つの光が。
静かに。
寄り添っている。
*
翌朝。
保護院の門の前。
新しい子どもを乗せた馬車が。
ゆっくりと止まった。
扉が開く。
怯えた子どもが。
恐る恐る顔を出す。
美咲は。
その子の前にしゃがんだ。
【美咲】「おはよう」
子どもは。
何も答えない。
【美咲】「怖い?」
小さく。
頷く。
【美咲】「そっか」
美咲は笑う。
【美咲】「じゃあ、一緒に行こう」
【子ども】「……どこへ?」
美咲は。
保護院の中を指差した。
そこには。
子どもたちの笑い声がある。
泣いてもいい。
失敗してもいい。
疲れたら休める。
怖かったら。
誰かが隣にいてくれる。
そんな場所。
【美咲】「あなたが、安心できる場所へ」
子どもが。
ゆっくりと。
美咲の手を握った。
その瞬間。
小さな魔力が。
ふわりと灯る。
美咲の指先の銀色の光と。
優しく重なった。
――魔法は。
誰かを強くするためだけにあるものじゃない。
誰かが。
「ここにいていい」と思えるように。
誰かが。
「泣いてもいい」と思えるように。
誰かが。
「自分を大切にしていい」と思えるように。
その心に。
そっと寄り添うためにも。
きっと。
存在している。
魔力児童保護院。
その門の向こうには。
今日も。
子どもたちの声が響いている。
泣き声。
笑い声。
失敗した声。
誰かを呼ぶ声。
そして。
「大丈夫」と言ってもらえる声。
千年間。
忘れられていた魔法は。
もう一度。
子どもたちから始まった。
そして。
その中心には。
一人の新人保育士がいた。
自分自身を大切にすることを。
まだ少しずつ覚えている。
一人の女性が。
今日も。
子どもたちの手を取っている。
――これは。
剣も。
戦いも。
必要としなかった。
一人の女性が。
子どもたちと向き合い。
世界が忘れていた魔法を。
もう一度、取り戻していく物語。
そして。
きっと。
ここから始まるのだ。
誰かが。
誰かの心に触れることで。
新しい魔法が生まれていく。
――おわり。




