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みんなの魔力


 翌朝。


 魔力児童保護院は、いつもより騒がしかった。


 王都への移送準備が始まっている。


 職員たちは必要な書類を揃え、子どもたちの荷物を確認していた。


 美咲も、リリィたちの衣類を小さな鞄に詰めている。


 けれど。


 手が、なかなか動かなかった。


 昨夜。


 地下室で聞いた声。


 ――五人目……?


 あれが何だったのか。


 まだ分からない。


 そして。


 王都が四人を欲しがっている理由も。


 分からない。


 ただ一つだけ。


 美咲には確信していることがあった。


 この子たちを。


 何も知らないまま連れていかせてはいけない。


【リリィ】「……みさき」


【美咲】「ん?」


 振り返る。


 リリィが、小さな鞄を抱えて立っていた。


【リリィ】「これ……全部、持っていくの?」


【美咲】「うん。必要なものだけね」


【リリィ】「……ここには、置いていかないの?」


【美咲】「帰ってくるかもしれないからね」


 その言葉に。


 リリィが少しだけ笑った。


【リリィ】「……帰ってきたい」


【美咲】「うん」


【リリィ】「ここが、好きだから」


 美咲の胸が温かくなる。


【美咲】「私も好きだよ」


 その瞬間だった。


 ――ドン。


 建物全体が、わずかに揺れた。


【美咲】「……え?」


 窓ガラスが、かすかに震える。


 食器棚の中で、皿がぶつかり合った。


 ガチャガチャと音がする。


【リリィ】「……地震?」


【美咲】「分からない」


 もう一度。


 ――ドン。


 今度は、明らかに違った。


 地面から。


 何かが響いてくる。


【リリィ】「……魔力」


 リリィが呟いた。


【美咲】「え?」


【リリィ】「地下から……魔力が来てる」


 美咲は立ち上がった。


     *


 廊下へ出る。


 そこには、ノアとユナがいた。


【ノア】「みさき!」


【美咲】「ノア!」


【ノア】「いっぱい、聞こえる!」


【美咲】「何が?」


【ノア】「魔力!」


 ノアは耳を塞ぐように両手で頭を押さえている。


【ノア】「いろんなところから……いっぱい……!」


 顔色が悪い。


 美咲はすぐにノアの前にしゃがんだ。


【美咲】「ノア。大丈夫。ここにいるよ」


【ノア】「でも……」


【美咲】「全部聞かなくていいよ」


【ノア】「……え?」


【美咲】「聞こえてくるなら、聞かなくてもいい」


 ノアの目が揺れる。


【美咲】「今は、私の声だけ聞いて」


【ノア】「……みさきの声」


【美咲】「そう」


 ノアがゆっくり頷く。


 すると。


 彼の周囲にあった魔力の揺れが、少しずつ弱くなっていった。


 しかし。


 次の瞬間。


 ユナが胸を押さえた。


【ユナ】「……こわい」


 その言葉と同時に。


 ユナの魔力が膨れ上がる。


【美咲】「ユナ!」


 壁に飾られていた魔石が、一斉に光った。


 職員たちが騒ぎ始める。


【職員】「また魔力暴走!?」


【職員】「子どもたちを部屋へ!」


【職員】「早く魔力抑制具を!」


 その声に。


 ユナの顔がさらに強張った。


【ユナ】「やだ……」


【美咲】「待って!」


 美咲は職員たちを止めた。


【美咲】「抑えないでください!」


【職員】「何を言っているんですか!」


【美咲】「今、怖がっています!」


【職員】「だから抑えるんでしょう!」


【美咲】「違います!」


 美咲自身も驚くほど、大きな声が出た。


【美咲】「今までと同じことをしたら、またユナが苦しくなる!」


 ユナが泣きそうな顔で美咲を見る。


【美咲】「怖いよね」


【ユナ】「……うん」


【美咲】「王都に行くのも」


【ユナ】「……うん」


【美咲】「ここを離れるのも」


【ユナ】「……うん……」


 涙がこぼれる。


【ユナ】「行きたくない……」


【美咲】「うん」


【ユナ】「こわい……!」


【美咲】「うん」


【ユナ】「……ママに、会いたい……」


 ユナが声を上げて泣いた。


 その瞬間。


 魔力が大きく揺れた。


 けれど。


 暴走しない。


 美咲の《観察眼》が開く。


 ――精神状態:悲哀


 ――魔力:高出力


 ――魔力循環:安定


 ――周囲への魔力影響:上昇


 美咲は息を呑んだ。


【美咲】「……安定してる」


【レオン】「ああ」


 いつの間にか、レオンが廊下の奥に立っていた。


 その手には測定器がある。


【レオン】「泣いているのに、魔力は暴走していない」


【美咲】「……ユナは、泣いてるから苦しいんじゃない」


【レオン】「逆だ」


 レオンが測定器を見る。


【レオン】「泣くことを許されたから、魔力が流れている」


 その言葉に。


 美咲は、はっきりと理解した。


 でも。


 まだ何かがおかしい。


 ユナだけではない。


 周囲の魔力まで動いている。


 ノア。


 リリィ。


 そして。


 ミア。


 四人の魔力が。


 互いに引き寄せられている。


【美咲】「……レオンさん」


【レオン】「気づいたか」


【美咲】「はい」


 レオンも頷く。


【レオン】「この建物全体の魔力が、四人に反応している」


 ――ドン。


 また地面が揺れた。


 けれど今度は。


 さっきよりも柔らかい。


 まるで。


 大きな何かが。


 目を覚まそうとしているようだった。


     *


 中庭。


 子どもたちは、全員そこへ集められていた。


 建物の中にいるより安全だという判断だった。


 しかし。


 魔力の揺れは収まらない。


 花壇の花が一斉に揺れる。


 水の入った噴水が、風もないのに波打つ。


 魔石灯が明滅する。


【職員】「魔力測定器が全部おかしい!」


【レオン】「無理に測定するな!」


【職員】「しかし――」


【レオン】「今測っても意味がない!」


 レオンが声を張る。


 そのとき。


 ノアが、突然顔を上げた。


【ノア】「……みさき」


【美咲】「どうしたの?」


【ノア】「聞こえる」


【美咲】「何が?」


【ノア】「地下の魔力」


 ノアが、地面に手をつく。


【ノア】「すごく、さみしい」


 美咲の胸が締めつけられた。


【美咲】「さみしい……?」


【ノア】「ずっと……ひとりだったみたい」


 その言葉に。


 ミアが歩き出した。


【美咲】「ミア?」


 ミアは花壇へ向かう。


 しゃがみ込み。


 土に手を触れた。


【ミア】「……泣いてる」


【美咲】「誰が?」


【ミア】「おうち」


 銀色の光が広がる。


 花壇の土の中から。


 細い光が一本。


 地面の下へ伸びていく。


【ミア】「かなしい」


【美咲】「……地下が?」


【ミア】「ずっと、待ってた」


 美咲は息を呑んだ。


 地下の施設は。


 ただ眠っていたのではない。


 誰かを。


 何かを。


 ずっと待っていた。


【レオン】「……四人だ」


【美咲】「え?」


【レオン】「地下の魔力が、四人の魔力を探している」


 リリィ。


 ノア。


 ユナ。


 ミア。


 四人の身体から、淡い光が立ち上がる。


 そして。


 その光が、地下へ吸い込まれていく。


【リリィ】「……怖い」


 リリィが呟いた。


 すぐに。


【美咲】「うん。怖いよね」


【リリィ】「でも……」


 リリィはユナを見る。


【リリィ】「ユナちゃんが、もっと怖そう」


 ユナは泣きながら、リリィを見る。


【ユナ】「……リリィちゃん」


【リリィ】「大丈夫」


 リリィが手を伸ばす。


【リリィ】「ここにいるから」


 その瞬間。


 リリィの魔力が、柔らかく光った。


 ユナの魔力が、それに重なる。


 ノアの魔力が、その二つを感じ取る。


 ミアの銀色の光が、三人を包む。


 ――そして。


 美咲の胸が熱くなった。


【美咲】「……!」


 銀色の光が。


 美咲からも流れ出す。


 五つの魔力が。


 初めて。


 完全に重なった。


 ――共鳴。


 大きな音はしなかった。


 爆発もしない。


 ただ。


 保護院全体が。


 淡い銀色の光に包まれた。


 風が止まる。


 魔石灯が静かになる。


 花が一斉に開く。


 そして。


 地下から。


 声が聞こえた。


【???】「……おかえり」


 美咲は、息を止めた。


 その声は。


 あの時聞いた声と同じだった。


 けれど。


 今度は。


 少しだけ、嬉しそうだった。


【???】「ずっと、待っていた」


 光が消える。


 静寂が戻る。


 誰も。


 しばらく言葉を発することができなかった。


     *


 その夜。


 レオンは研究室で一人、記録を書いていた。


 美咲は隣にいる。


 机の上には、今日の測定結果。


 しかし。


 数値のほとんどが意味を持たない。


【レオン】「四人の子どもだけではない」


【美咲】「……はい」


【レオン】「君を含めて、五つの魔力が共鳴した」


【美咲】「五人目……」


 昨夜の声が蘇る。


 ――五人目……?


【美咲】「私が、五人目なんでしょうか」


 レオンはすぐには答えなかった。


【レオン】「分からない」


【美咲】「……ですよね」


【レオン】「ただ」


 レオンが、美咲を見る。


【レオン】「君の魔力は、子どもたちと共鳴した」


【美咲】「……はい」


【レオン】「そして、地下の施設も君に反応した」


 美咲は、自分の手を見る。


 淡い銀色の光。


 まだ消えずに残っている。


【美咲】「私は……何なんでしょう」


 初めて。


 美咲は自分自身に、その問いを向けた。


 異世界から来た。


 魔法なんて知らなかった。


 なのに。


 この世界の千年前の施設が。


 自分を知っているように反応する。


 怖かった。


 けれど。


 逃げたいとは思わなかった。


【美咲】「……知りたいです」


【レオン】「何を?」


【美咲】「私のことも」


 少しだけ息を吸う。


【美咲】「この子たちのことも」


 そして。


【美咲】「この世界が忘れてしまったことも」


 レオンは静かに頷いた。


【レオン】「なら、王都へ行こう」


【美咲】「……はい」


【レオン】「ただし」


 レオンは立ち上がった。


【レオン】「研究されるためじゃない」


 美咲を見る。


【レオン】「真実を探すために行く」


 美咲は頷いた。


 窓の外。


 月明かりが保護院を照らしている。


 その地下深く。


 千年間眠っていた魔力が。


 ほんの少しだけ。


 再び、脈打っていた。

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